第24話 一生『汚物』って呼んでやるから

「……ってことなんだよ」


 俺に背を向け、傾聴の姿勢となった麗香に、気づいたら俺は麻栗との間にあったことを話していた。


 麻栗に同棲を持ち掛けられたこと。

 俺を一生養うお金はあるから大丈夫だと彼女が言っていたこと。


 どうしてか、彼女の言葉を、受け入れがたい俺がいるってこと。


 ……情けないといえば、情けない話だ。

 妹に向かって、こんなことを話している時点で本当に恥ずかしいやつだ。


 それでも麗香は俺の話が終わるまで一言も口を利かなかったし、それに甘えて俺は麻栗との間にあったこと全部をぶちまけるぐらいの勢いで言葉を紡いでいた。


 別に麗香とは仲の良い兄妹ってわけじゃない。俺は麗香を鬱陶しいと思っているし、彼女は俺をウザいキモいと日頃から貶して憚らない。あるいは本気で俺のことを嫌ってすらいるかもしれない。


 それでもこういう時、話を聞いてやろうとか、話を聞いてもらいたいだとか……そんな風に思えるってのが、俺たちが兄妹だっていう何よりの証なのかもな、なんてことを、麗香に向かって語りながら感じる俺がいるのも事実であった。


「なんか……なんつーか、多分今さらになってビビっちまったんだと思うんだよな。麻栗がすげえやつで、俺なんかとは違う世界に住んでるっていう事実に対して」


 情けないことを吐き出している俺の視線の先にある、麗香の背中は微動だにしない。

 こちらからは見えないが、きっと彼女は憮然とした面持ちをしているに違いない。それでも何も言わないで、黙って聞いてくれているのが、あるいは彼女なりの気遣いってやつなのかもしれなかった。


「麻栗は……麻栗はさ。やっぱり俺とは違って、凄いやつなんだよな。どんどん結果出してって、気づいたら物凄いところまで駆け上がっていて……それ見て最初はスゲェスゲェって思ってたんだけど、多分どっかで無意識に怖くなって。このままじゃ手が届かないところに行っちまうって思ったから、慌てて繋ぎとめたくて、どこかに行っちまう前に麻栗に告白したりなんかして……」

「……」

「そうやって恋人って関係になれば、同じところに立てた気分になるんじゃないかって……もしかしたら俺は、そう思ってただけなのかもしれねぇな、って……」


 麻栗のことが好きだから告白する。

 釣り合わないとか知ったことか。


 告白する時はそんな風に思っていた。だけどそれは、嘘だった。

 俺は、麻栗とは釣り合わないけど、好きだからって理由で告白したわけじゃない。すべては逆だ。逆なんだ。


 釣り合わないって分かったからこそ、引き留めたくて告白したんだ……。


「でも気づいたら全部麻栗のペースで、俺は振り回される一方で……」


 そこへ麻栗からの『同棲』のお誘いだ。

 それでなんだか、色々と一気に分からなくなってしまったのである。


「……麻栗は、俺の告白受けてくれたけどさ。俺のどこを、どうして、どんな風に、麻栗は好きになってくれたんだろう」

「……」

「だってやっぱり……今さらかもしれないけど、どう考えても釣り合ってねえだろ。麻栗と俺となんかじゃ、さ」


「そうだね、釣り合ってないよね」という言葉を期待して、俺は麗香の背中へと視線を送る。

 だけどそこでこちらをちらりと振り返り、麗香の口にしたのは、俺の期待したものとは違うセリフであった。


「……で、結局兄貴はどうしたいの?」

「……は?」

「兄貴が今言った話って、麻栗さんとの間にあったことと、麻栗さんと比べて俺ってダサくてかっこわりぃって自虐ネタ以外になかったんですけど。しかもネタのくせに突っ込みどころも笑いどころも全然ないし。聞いててもぶっちゃけ鬱々しいだけでつまんないし」

「な、おま……」

「で、しかも今さら、釣り合ってないとかなんとか、分かり切ったこと言ってるし。付き合う前からそれぐらい覚悟しとけってのバッカじゃねーの」


 ……訂正。こいつ別に黙って聞いてるからって俺に気遣ってるわけじゃなかったわ。

 全然言うじゃん。言ってくるじゃん。凹むぞマジで。いやまあ反論できないんだけど。


「……で? 結局兄貴は何がしたいの?」

「あ、いや、それは、麻栗がなんで俺のこと好きなのかなって……てか、ほんとに好きなのかなって……」

「それって考えたところで意味あんの?」


 ……とんでもねえこと言ってきやがる。


「意味っつーか……大事なことだろ。相手が自分のこと好きなのかどうかって。もしかしたら、俺に変な幻想抱いてるだけなのかもしれねぇし……」


 以前、DTの言っていた言葉を思い出し俺はそう返す。

 だが、麗香はますます憮然とした面持ちとなって、


「でもそれって麻栗さん側の問題で、兄貴の問題とは別なんじゃない?」


 などと言い返してきた。


「麻栗さんは、ああしたいとかこうしたいとか全部言ってきてくれてんじゃん。でも兄貴って、麻栗さんに対してそれしてなくない?」

「……」

「麻栗さんがしてくれてること、そのまま兄貴も返せばいいじゃん。くっだらね」


 そう吐き捨てると、麗香は椅子から立ち上がる。

 それから、「あー時間無駄にした!」なんて言いながら、スタスタと部屋から立ち去っていく。


「あ、おい麗香!」


 思わず引き留めようとする俺だが、そんな俺を彼女はゴミでも見るような目つきで一瞥すると、「ふんっ」と鼻を鳴らし扉を閉める。


「ま、マジかよ……」


 と、俺が立ち竦んでいると、しばしの間を空けて、部屋の扉が改めてちょっとだけ開かれた。

 そこからちらり、と麗香が顔を覗かせて、ボソリと呟く。


「……あ、そうそう。麻栗さん泣かせたら、一生『汚物』ってアンタのこと呼んでやるから」


 ……それだけ言って今度こそ麗香は姿を消した。


「汚物って……」


 取り残された俺は呆然と呟く。

 本当に……口が悪いのだけはどうにかしてくれ、我が妹よ。


 おかげで本当に――いつもいつも、分かりづらいんだよ。優しさが。

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