第23話 どしたん、話聞こか?

 そのあと家に帰ってから、麻栗についてスマホで調べてみた。


 村月麻栗――作家としての名前は推巻莉子。

 デビュー作の読み切り漫画、『二十四時間あなたと、ずっと。』はたった一冊で五十万部を超え、連載化。現在は五巻まで刊行されており、全体の販売部数は五百万部を超えている。


 さらに漫画のサブキャラクターに焦点を当てたスピンオフ小説も三巻まで出しており、出版不況のこの時代で三十万部のスマッシュヒット。原作の漫画の下駄を履いての結果とはいえ、実に一人で合計七百万部弱の売り上げを叩き出している有様である。


 これらの仕事に加えて、イラストレーターとしての仕事も並行してこなしているというのだから凄まじい。

 改めて、彼女がどれだけ自分よりも遥か高みにいる存在なのかを確認してしまったような気分であった。


「こ、これは……キツいな……」


 好きだから告白する。

 仮に付き合えたとしたら、その後のことはその時考えて決める。


 告白した時はそんな風に甘っちょろいことを考えていたが、現実を改めて認識するとけっこうしんどいものを感じてしまう俺であった。


 だからといって、麻栗に対する愛情が掠れたり、薄れたりするというわけではない。

 だけど心の片隅に浮かんできてしまう、「麻栗がもっと普通の女の子だったら」という感情を、俺は自覚しないではいられなかった。


「……はぁぁぁ、俺、ダセぇぇぇぇ……」


 ベッドと壁の隙間に挟まるようにして膝を抱える。


 麻栗が普通の女の子だったら? 当然好きだし告白している。

 そして普通に高校生らしい身の丈に合った交際をして、たまに二人でバイト代とかをつぎ込んで少しだけ贅沢なデートを堪能してたりするんだろう。

 この間みたいに、ジムでVIP会員登録なんてしたりしなくたっていい。牡蠣だのエビだの、そういう高級な食材を、弁当に詰めて作ってもらったりする必要だってない。


 コンビニで買ったチキンとか食って、公園とかまで散歩したりして、ちょっと奮発して映画に行ったり買い物したり……そういう感じで遊ぶことだろう。


 別に金が欲しくて付き合ったわけじゃない。それを求めたりなどしていない。

 それは断言できるのだ。できるけど……。


「……って、こんなこと考えてる時点で言い訳がましくね? 逆にそれ目当てっぽくてキモいわ、俺」


 そこまで考えたところで思考を投げ出す。

 何が気に食わなくてこんなことを考えてるのか、自分でもわけが分からなくなってきていた。


 ――と。


「おいクソ兄貴! 洗濯物さっさと片づけろってお母さんが――」


 そんなことを言いながら、麗香が部屋に入ってきた。

 そしてベッドと壁の隙間で体育座りをして一人勝手に落ち込んでいる俺を見て、ひくっ、と顔を引き攣らせる。


 ぼそり、と。


「うわ、キモッ」


 と彼女は呟いた。


「へぇへぇ、どぉ~せ俺はキモいっすよ」

「うぇ、な、なに卑屈になってんのいきなり? ウザいんですけど……」

「おー、そうかいそうかい。そりゃ悪ぅござんしたね……キモくてウザい、と。つまり俺はゴミかー……あーしんど……」

「え……えええ……? お兄ちゃんどしたん? いつになくキモみとウザみが爆裂してるんですけど……」

「つまり爆死してくれと。ちょっと待ってC4探してくるわ……汚ェ花火を咲かせてやんよ……」

「ちょー待った待った待ったお兄ちゃんストップ。いったんほら立って立って。ベッドに座って。ほら動く」

「……はいよ」


 麗香に指示を出され、渋々俺は彼女に従う。

 それから麗香は俺をベッドに座らせると、自分は勝手に俺の椅子を引っ張ってきて、俺には背中を向けるようにして座った。


 それからぽつり、と。


「で、マジでお兄ちゃん今日ヤバくね? どしたん、話聞こか?」


 ナンパ師の口説き文句みたいなセリフを俺に告げてくるのであった。

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