第15話 綺麗なのは君の方
「マジ最低。クズ。人間のゴミ。死んじゃえ」
「う……」
朝の我が家のダイニング。
そこには、四人の人物が揃っていた。
一人は俺。もう一人は麻栗。
そして残りの二人は、我が母親である貫井
そのうちの一人、妹の麗華が、ゴミを見る目を俺へと向けながら、先の通りに罵倒してきた。南極の氷よりも冷え切った視線や口振りに俺は思わず閉口するも、追い打ちをかけるかのように彼女はさらに言葉を重ねた。
「ほんっとマジで信じらんない。なんでこんな愚図の変態なんかが麻栗さんと付き合えてるわけ? 人としての恥を知らないの?」
「恥ってお前……あれはそもそも、麻栗の方からちょっかい出してきたわけで……」
「あ゛? 話しかけんな変態。汚い。ゴミが
……こ、コミュニケーションが成立しねぇ~。
貫井麗華――俺の妹。
俺のことを汚物かなにかの転生体だと思って毛嫌いしてくる厄介な妹にして、俺の敵である。
改めて麗華との間にはディスコミュニケーションしか発生しないことを苦く噛み締めていると、横から母親の亜紗子が同調口調で話に加わってきた。
「でもそうよねぇ……麻栗ちゃんが聖夢なんかと付き合ってくれるなんて。本当にこんな不出来なのと付き合ったりして後悔しない、麻栗ちゃん?」
もっとも、母親が同調する先は俺ではなく麗華に対してなのだが。
「言っちゃなんだけどうちの子容姿も良いわけじゃないし、勉強も運動もまったくよ? 麻栗ちゃんみたいに、色々と才能があるわけでもないし……。あ、でも麻栗ちゃんが義理の娘になってくれるなら、ご近所さんにうんと自慢できるから私としては歓迎なのよ? 聖夢の代わりにずっとうちにいてもらってもいいぐらいなんだから!」
「おい! さり気なく俺を追い出そうとするのは、実の親としてどうなんだ!?」
「なによぅ、聖夢の価値なんて、麻栗ちゃんと仲が良いぐらいしかないじゃない」
「言い草! いやもっとあるでしょ俺の価値! 朝からディスがひどいなおい!」
しれっと自分の息子を「無価値」とか断言できる辺り、親として邪悪すぎる発言にも程がある! いやまあ麻栗と比べれば叩き出している『価値』の桁が大違いなんでなんも言えないんですが!
貫井亜紗子――俺の母親。
めちゃくちゃ見栄っ張りで、俺のことを出来の悪い恥ずかしくてダメな上の子として認識している、俺の敵である。
ちなみに父親は朝早くから仕事に出ているため、朝食の席には基本的には参加しない。
若干ATM化しているきらいが父親にはあるのだが……それについては積極的に気づかなかったフリをしたい、そんなお年頃の俺である。
「ディスもなにも、朝っぱらから麻栗さんを襲おうとしてたとか、このゴミただの淫獣だよ淫獣。去勢した方がいいんじゃない?」
「う~んそうねぇ……人様の子に迷惑かけるのは良くないとお母さんも思うわねぇ」
「ってかこのゴミ適当に追い出して麻栗さんをうちで養子にしたらいいんじゃないの? そしたらあたしにもいいお姉ちゃんできるし、名案じゃね?」
「あらあら、聖夢に一人暮らしができるならそれもいいかもしれないわねぇ。有名人の娘ができるなんて嬉しいわぁ、お友達みんなにお母さん自慢しちゃおうかしら」
和やかに言葉を交わす妹とお袋を眺めながら、俺は諦めてため息をついた。
マジでこいつら話が通じねえんだよな。よくもまあ、俺の言葉だけは都合よく右から左へと聞き流せるものである。そもそも麻栗の知名度を、自分の自己顕示欲を満たすために利用しないでほしいものである。
俺の隣で朝食を口に運んでいる麻栗も、めっちゃくちゃ困った表情をしている。いやすまんな、そんな困らせて……妹もお袋も悪気はないんだ、悪気は。根が邪悪なだけの、悪気は本当にない人達なんですよ……。
ちなみに余談だが、麻栗の両親は朝が早く、いつからか俺の家で一緒に朝食を摂ることも多い。俺に対しては辛辣でも、麻栗には優しい我が家族なのである。
俺がこっそり麻栗に対して心の中で掌を合わせていると、タイミングを見計らって彼女が口を開いた。
「あの……わたしなんかより、聖くんの方がよっぽど自慢の息子さんだと思いますよ」
「あら~。お世辞が上手ね麻栗ちゃんたら。でも無理にうちの息子に気を遣ってくれたりしなくていいから~」
「あ、いえ……本当にわたしそう思うんです。聖くんは優しくて、かっこよくて、あの……すっごい綺麗な人だって思いますから」
「「「綺麗?」」」
俺、妹、母親の言葉が期せずしてシンクロする。
それから三人、顔を見合わせて、そろって「んん?」と首を傾げた。
「「「綺麗って……どこが?」」」
そしてまた、当たり前のようにシンクロするセリフ。
こういう反応しちゃうところが、哀しいことに俺とこの
そんな俺たち三人の反応を見て、麻栗は逆にきょとんと首を傾げた。
「え……? え、わ、分からないんですか? 誰も?」
「分かるもなにも……兄貴って不細工だし」
「お父さんに似ちゃったのよねぇ……」
「失敬な。否定はできんけどさぁ……」
こればかりはもはや客観的事実なため、俺もうんうんとうなずくしかない。
だが麻栗だけは、「え? ええ!?」と目をまんまるにして驚いていた。
「ってか、綺麗かどうかって話なら、それこそ綺麗なのは麻栗の方だろ」
そんな彼女に対して、俺は正直に思ったことを告げる。
すると麻栗は、ぼふっと音がしそうな勢いで顔を真っ赤に染めていた。
「わっ、わわっ、わたしが……き、綺麗!? うへっ、ふへへへっ!?」
奇妙な笑い声を上げながら、麻栗が嬉しそうに口元をニヤけさせる。
だが、ハッとした様子で表情を彼女は引き締め直すと、ぐっと両手の拳を握ってなおも先の主張を繰り返した。
「あ、あのっ! でも、本当に聖くんは綺麗なんです! わ、わたしなんかより、ずっとずっと……その、すっごい綺麗なんですよっ」
「う~ん……」
麻栗は物凄く真剣な表情でそう言うが、やっぱりどうにもピンと来ない。
「ま、
と俺が結論付けると、これにはさすがに麗華や母親も同調するかのようにして、
「麻栗さん、あんな綺麗な絵を描けるのにリアルの美的感覚はなんで狂ってるんだろ……」
だの、
「物好きっているのねぇ」
だのと言ってくれやがった。
いやまあ俺もおおむね同意だが、本人の前ではあんまりディスらないでほしいなって思いました。
「で、でもっ! 聖くんは世界で一番……」
「そんな話はどうでもいいから、飯食ったならさっさと学校行こうぜ」
麻栗の話を遮って、俺は彼女にそう話しかける。
すると彼女は、どこか納得いかない様子ながらも、
「……聖くんが、そう言うなら……」
とうなずくのであった。
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