第12話 約束は守る女
「じゃあここで食べよっか」
と言って麻栗が指差したのは、壁際にある二人掛けのテーブルだった。
もう一度言おう。
壁際にある
「……なあ麻栗」
「なぁに、聖くん?」
「このテーブルだと、DTが後から来た時に座る場所がなくないか?」
「……あ」
おいやめろ。その、『素で忘れてました』って反応やめろ。悪意でハブにされるよりもDTが可哀想になるからやめろ。
「とりあえず、食うのはこっちな」
「はぁ~い」
二人掛けではなく四人掛けの席へと麻栗を誘導し、椅子に腰を下ろす。
麻栗もまた、俺の隣へと腰掛けた。
それにしても……やっぱり麻栗と一緒にいると、周りから視線を集めまくるよなぁ。
周囲からチラチラと感じる視線に、ついつい萎縮しそうになってしまう。告白の時は勢いでしたからそこまで考える余裕がなかったけど、改めて考えてみるとこれはさすがに……『圧』が重い。麻栗が俺より遥かに格上の存在だと分かっている分、覚える重圧感もひとしおだ。
とはいえ、麻栗とこれからも付き合っていく以上は、『恥ずべき相手』だと周りから思われないようにこの重みを受け入れ、向き合っていく覚悟が必要になるのだろう。
そんなことを思いつつ……俺はふと、気になっていたことを麻栗へと問いかけてみた。
「っていうか、前から思ってたんだけどさ……麻栗ってなんでそんなに男が苦手なんだ?」
この問いに、彼女は「う~ん……」と指先を唇にちょんと当て、少し考え込んだあとに答えた。
「なんか……ちょっと汚い感じするっていうか……なんだろ、上手く言えないけど生理的になんか無理」
「う゛……」
……だいぶエグい回答が返ってきた。
全国のファンがこの言葉を聞いたら、立ち直れないレベルのダメージを受けてしまうのではないだろうか? 俺ですら自分のことを言っているわけではないと分かっていても思わず胃袋がキュッとなる。
「生理的に無理」ってぶっちゃけどうしようもないんだよなぁ……あまりにも理屈ではなく感性の問題すぎて。しかもそれが特定個人ではなく、「男全体」となれば、問題としてはかなり深刻だ。
正直、
そんな俺の反応を見て、麻栗は「違うの違うの!」と両手を振って弁解するように口を開いた。
「あのね、DTくんがキモいとか臭いとか汚いとかってことを言いたいんじゃなくて……男の人みんな! みんなそんな感じしちゃうってだけの話だから! だからDTくんは悪くなくてね、聖くんの友達だから嫌いたいわけでもなんでもないんだけど……でも聖くん以外の男の人は傍にいるだけで鳥肌が――」
「や、やめろ麻栗! もうやめてやれ!」
「え? ……あ」
気づいた時には手遅れだった。お盆を手に持ったDTがすぐそこにまでやってきていて、弁解しようとすればするほど切れ味を増す麻栗の言葉によってズタズタに切り裂かれた後だった。B定食(本日はとんかつ定食)の乗ったお盆を手に持ったまま、彼は処理しきれないダメージを受けて「あびゃ……あばばびゃ……」と口を半開きにして完全に放心しきっていた。
「あば……びゃ、ばびゃ……臭い……汚い……あばあばばばば」
「お、おい気は確かかDT! おい、DTィィィィ!」
「う、ぁ……聖、夢……? オレの童貞……お前に、託した……ぜ……」
立ち上がり、DTの肩を揺する俺。
だがそんな努力の甲斐もなく、彼は最期の言葉を遺したかと思うや、そのまま俺の手の中でガクリと意識を失った。
でも、ごめんなDT……俺、もう清い身体じゃないんだ……。あと意識失っても、意地でもお盆は手放さないのな、お前……。
「あ、あの……大丈夫? ごめんね?」
さすがに申し訳なさそうな声で、おずおずと後ろから問いかけてくる麻栗。
まあでも、彼女の言動にも問題はあったかもしれないが、事の発端は俺が麻栗にあんな質問をしたからというのもある。あとでちゃんと二人で、DTには謝っておくこととしよう。
そんな風に考えつつ、気絶して固まったDTの手からお盆を取り上げとりあえずテーブルの上に置く。
それから椅子を引き、DTをそこに座らせたところで、彼は「ハッ」と息を吹き返した。
「い、今、いったいなにが……!? 何やら、胸がめちゃくちゃ鋭い刃物で切り刻まれたような気がしたんだが……」
「あー……いや」
ショックのあまり、どうやら直前の記憶を失っているらしい。
麻栗の男性嫌悪がガチすぎる発言で気絶していた、という事実を告げれば、それはそれで改めて傷を塗り重ねることになりそうである。だからといって、何も言わずにごまかすのもなんだか申し訳ないような気がした。
俺は麻栗と目くばせしあうと、そろってDTに頭を下げる。
「「ごめんなさい」」
「え? いや、いったい何が」
「「理由は言えないけど、本当にごめんなさい」」
「おいおいおい、謝るなって! 事情が分からん、いったいどうした!?」
「ごめん、DT、わけあって理由はどうしても言えないんだが、謝罪だけはさせてくれ! マジで申し訳ない!」
「あ、お、おう、そうか……いや別にいいんだけどよ……」
土下座する勢いで謝り倒すと、DTが若干引き気味にそう言ってくる。
「てか、二人とも頭上げてくれって。なんだか知らんが、飯にしようぜ!」
「あ、ああ……そうだな」
DTが能天気にそう言って話題を変えてくれる。
こういうところが本当にDTのいいところだと思う。基本的にあと腐れがないし、嫌なことはスパッと忘れてその上さらに空気も読める。
おまけにイケメンで成績優秀。……なのになんでこいつ童貞なの?
そんな疑問を抱きつつ、俺は頭を上げて麻栗からもらった弁当の包みへと手を伸ばす。
「じゃ、有難くいただこうかな」
「うんっ。聖くんのために、一生懸命作りました♡」
麻栗とそう言葉を交わしつつ弁当を開くと、彼女の言う通り中身はぱっと見でも随分と凝っていた。
牡蠣フライやエビのフリッター、煮豆、大根とツナと鶏肉の煮物、ニラとほうれん草の和え物など、いかにも美味しそうなラインナップである。
「すげえ、めちゃくちゃ美味そうだ!」
思わず俺は感嘆の声を上げ、対面に座るDTも「ほぉぉ~」と感心したような吐息を漏らした。
「ってか、牡蠣とか海鮮とか……これ、食材だけでもかなり高価なものじゃないか?
「だぁ~いじょうぶだよ! わたし、お金だけは稼いでるから! ぶいっ」
得意げな顔で、麻栗がVサインを指で作ってこちらへと突き出してくる。
それから、
「牡蠣とエビはテストステロンの原料になる亜鉛が豊富に含まれていて、勃起力の改善に効果抜群なんだって!」
などと口にした。
「……は? え?」
「ツナはタンパク質とビタミンDが豊富で、鶏肉は血液の循環機能に効果が高いんだって! どっちも性機能改善に効果の見込める食材らしいのっ」
「あ、お、おう……」
「ごまは必須アミノ酸が豊富で、セサミンって成分が抗酸化作用に優れるから精液の質を保つのにも有効なんだって。あとね、ニラには疲労回復効果が、ほうれん草には血管を拡大するマグネシウムが豊富でね――」
「あ、う、うん……そ、そっか……」
流暢に料理について語り始める麻栗に、俺は思わず口を噤む。
……コイツ、もしや栄養素しか見ていないな?
思考がボディビルダーとかアスリートのそれである。いや、身体のことを考えてくれるのは有難いんだけど、方向性があまりに特化しすぎてないっすかねぇ?
やや引き気味にそんなことを考えながら麻栗の話を聞いていると、彼女は思い出したかのように、「あ、そうそう!」と言ってピルケースを取り出した。
中にはなにやら怪しげな錠剤が入っている。
「なにこれ?」と目で問いかける俺に、彼女はにっこり笑顔を浮かべると、
「マカと高麗人参のサプリ! 食後に飲んでね?」
と、にこやかに告げてきた。
「……え、えっと、なんでそれを俺は飲まされるのか、念のため聞いてもいいだろうか?」
「え、そんなの決まってるじゃん」
と――麻栗は俺の耳元へ口を寄せ、俺にだけ聞こえるようにそっと囁きかけてきたのであった。
「聖くんの
……売り言葉に買い言葉って怖いなと思いました。
あ、麻栗のお弁当はめちゃくちゃおいしかったです。
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麻栗ちゃんのイラスト描いてみました!!!!!!
↓ここで見れます!!!!!!
https://twitter.com/makkux/status/1669663053372346374?s=20
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