第9話 ※注意喚起:ブラックコーヒーをご準備の上読み始めてください

 その後。

 気づけばコトは終わった後で、トイレの中に残されていたのは頬をつやつやさせて満足そうな表情をしている麻栗と、出すモン出して理性を取り戻してしまった俺の二人ばかりであった。


 授業にはニ十分ほど遅れ(教師には体調を崩した麻栗を介抱していたら遅れたと説明した。嘘は言っていない)、席に着いても授業の内容はまったく頭に入ってこなかった。それどころか、一度冷静さを取り戻した俺の脳内を占めるのは、「やっちまった!」という後悔の念一色である。


 なんというか本当にやらかした感が凄い。

 俺も大概エロ河童な自覚はあったが、まさかこんな学校とかいう公共施設のど真ん中でヤることヤっちゃう度胸なんぞがあるなどとは思ってもいなかった。


 というか、これでも一応途中までは理性が本能を上回ってくれていたはずなのだ。麻栗がやたらめったら色仕掛けを駆使してきたりしなければ。

 そもそも俺は悪くねえ。男子トイレにまで忍び込んできて俺のナニをにぎにぎしてきた麻栗が全面的に悪いはずだ。


 その上で彼女をトイレの個室に連れ込んだのは行き掛かり上仕方のないことだし、そこで凹に凸をプラグインしたのだって別にシたくてシたわけじゃない。ちょっと理性が麻栗に焼ききられてしまっただけで、要するに非は麻栗の方にある!


 そうさ、俺は悪くねぇっ! 展開上、責任の一端があったのは確かだが、情状酌量の余地はあり一概に俺だけが悪いとは言い切れないはずだ!


 そんな風に脳内で自己正当化のための言い訳を並べたてながら、バン先生(現国教師・四十二歳独身男性)の授業を聞き流しているうちに、授業は終わり昼休みを迎えていた。


  ***


「よーっし昼飯だ! 聖夢、飯食いに――」

「聖くぅん♡ 一緒にお昼ご飯にしよっ」


 そして四限目の授業が終わり、昼休みを迎えると同時。

 駆け寄ってきた麻栗が、DTのセリフを遮るようにしてそんな言葉をかけてきた。


「えーと……じ、じゃあ、三人で食べる?」


 とりあえず、DTと麻栗との間で視線を往復させながら、俺はそんな風に提案してみた。

 なぜなら麻栗がどっからどう見ても捕食者の目つきをしているためである。あれれーおかしいぞー。さっきシたばかりなのになぁ? なんで俺へと向けられる視線が、完全に獲物を見る感じなんだろうなぁ? お昼ご飯で何を食べるつもりなんですかねー?


 などと危機感を募らせている俺の気持ちを知ってか知らずか、DTは「いいね!」と乗り気な反応を見せてくれた。


「聖夢からさっき聞いたんだけど、二人とも付き合い始めたんだって? これまであんま麻栗さんと絡んだことなかったけど、良かったら飯食いながらでもどんな感じで付き合い始めたりしたのか聞かせてくれよ!」


 などと、いっそ軽薄にすら見えるノリでDTが麻栗へと話しかける。

 そんなDTに対して、麻栗はスンっと一瞬で顔から表情を消した。


「あ、いえ。わたしは聖くんと二人でご飯にしたいので。あと軽々しく名前で呼ばないでください」

「そんなつれないこと言うなよ~。ほら、親友が彼女の前でどんな顔してんのかとかさ、興味あるじゃん」

「貴方がそれを知って、いったいどうするつもりなんですか?」

「あ、いやその……き、興味本位?」

「つまり聖くんに興味津々であると? まさか聖くんを狙っている……と、いうことですか?」

「ちっちちちちげーよ! なんでそうなるの!? い、一応男同士なんですけどぉ! 聖夢相手にとかありえねえから!」

「あり得ない? それはもしかして、聖くんに対する侮辱ですか?」

「どうしてそうなる!? オレはただ、友人の恋愛を祝福してやりたいだけで――」

「不要です。お引き取り下さい」


 徹底的に無感動な口調&表情で、麻栗はDTへと言葉を返す。


 ……なんで知らんが、麻栗は昔から俺以外の男子に対してはめちゃくちゃ素っ気ないんだよな。容姿もスペックも高いんだから俺より良い男なんていくらでもこれまで言い寄ってきただろうに、とにかく全員に対してかなりキツめの塩対応がデフォルトだ。


「いや予想以上に塩いわー……」


 などと、DTも想像以上の素っ気なさに、げんなりと表情を歪めていた。


「と、いうわけで――聖くぅん♡ ごっはんーごっはんー聖くんとごっはんとしょっくごっのうんどー♡」


 それから麻栗は、DTに対する態度とは一転。きゃぴるんっ、とでも擬音が聞こえてきそうな豹変ぶりで、俺へと向き直ってくる。

 もはや一種の芸だよな、とでも言いたくなるような変わり身っぷりである。ほらDTがドン引きして固まってんぞ……。奴の脳内では、『清純派』のイメージがガラガラと瓦解していることだろう……。


「ほら早く早くぅ~。一緒にイこぉ♡」


 ああもう引っ付くな腕を組むな危ういセリフをエロい感じに口にするな。教室の中に残ってた男子の八割が前かがみになったじゃねえか。


 ……というかそもそも、麻栗の仕事や知名度的に、公然の場でこんなに俺にイチャついてきたりしてもいいのだろうか? これ、あとで問題に発展したりしないよな、大丈夫だよな?


 ともあれ、「どうどう」と俺は彼女を宥めつつ、


「まあほら、俺も彼女と親友が仲良くしてくれるに越したことはないからさ。今日ぐらいはDTと飯食うぐらい良くないか?」


 と、改めてもう一度提案してみた。

 麻栗はスンっとした表情になって、即答する。


「は? 普通に嫌ですけど?」

「そこをなんとかさぁ!」

「……浮気?」

「じゃないよ!?」

「でも男性の身体のツボを一番抑えられるのは男性だって話もあるし……」

「何でもかんでもシモい方向に持っていくのは良くないと思うんだ!」

「わたしは真剣に聞いてるんだよ聖くん!」

「なお悪いわ!」


 言われるとちょっと想像しちゃって思わず「うっ」ってなっちゃうじゃん!

 どれだけ顔が良かろうが、DTはあくまで男である。できれば想像すらさせないでほしい。


「まあとにかく聞いてくれ麻栗。これもいい機会だと思うわけですよ俺は」

「いい機会?」

「ああ。お前ちょっと男性恐怖症みたいなところがあるけどさ、さすがにいつまでもそのままってわけにもいかないだろ? だったら、DTなら俺の親友だし悪いやつじゃないし、俺以外の男に慣れる訓練相手としてちょうどいい相手なんじゃないか?」


『マルチメディアクリエイター』として今は身を立てられているとはいえ、俺以外の異性と一切関わらなくてもいいかと言われればそんなことはないだろう。

 そう思い彼女に提案してみると、麻栗はすっごく嫌そうな顔をして「う~ん……」と眉間にしわを寄せてしまった。


 それでも一応、真剣に俺の提案を吟味してくれたらしい。不承不承ふしょうぶしょうながら彼女は「……分かった」とうなずくと、


「じゃあ、ギューってして?」


 と、両腕を俺に向かって広げ、そう告げてきた。


「……え?」

「ギューってして?」

「ここ教室のど真ん中なんですが?」

「ギューーーーってして?」

「いやあの他のみんながこっちを見ているんですが?」

「ギューーーーーーーーーーーーってして?」

「その写真を撮られて後で週刊誌とかに売りつけられたらあとで困るのは麻栗の方にもなるわけで――」

「ギューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ」

「いやあのアンタねぇ!?」


 麻栗が耐えかねたかのように俺の首筋に抱き着いてくる。

 仕方なくそれを受け止めつつも、呆れた反応を隠せない。


 そんな俺の腕の中で、こちらを見上げてにへらぁと麻栗は笑顔を浮かべた。


「ギューってしちゃったねぇ」

「お前が無理やりしてきたんだろ」

「でも受け入れてくれたねぇ」

「逆に聞くけど、避けさせてくれたのか?」

「それは無理だねぇ」


 そうでしょうよ。


 はぁ、とため息を漏らしつつ、とりあえずDTのおかげで昼休み中は捕食者の毒牙にかからず済みそうだなと、この時の俺・・・・・は胸を撫で下ろしていた。


 あと余談だが、この後めちゃくちゃみんなブラックコーヒー飲んでた。

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