第6話 性欲には勝てなかったよ
「は……早まっちまった、気がする……」
翌日。
俺は朝起きてさっそく後悔していた。
なにを後悔しているのかって、昨日麻栗に対して言い放ったセリフをである。
勢いあまって「やれるもんならやってみやがれ」と言ったはいいものの、実際にやられたら……否、ヤられたら困るのは俺だ。
思春期の高校生男子の性欲は無尽蔵、などとはよく言われるが、実際問題としてそんなことはまるでない。石油や天然ガスなどと同じで、我が息子のタマタマに内蔵されている命の種は有限資源である。搾り尽くされればあっさり尽きるし、使った端からすぐに再生産されるような代物でもないのである。
「ヤバい……これはヤバい……昨日の勢いで搾取されまくったら比喩ではなく死ぬ……」
起きて一番、ガクガクと俺は震え出す。
そのくせ、高校生男子のごく常識的な生理現象で勝手に朝〇ちはしているのだから腹立たしいことこの上なかった。
「し、仕方ねぇな……これはもう、麻栗には誠心誠意、昨日の言葉を撤回させてくれと頼み込むしかないか」
自分の言葉を翻すのは男らしくなくていささか情けないが、身の危険には変えられない。
ともかく、今日会ったら麻栗とはしっかり話し合わねばと思う俺であったが……。
***
「おはよう、聖くんっ」
通学時間を迎え、俺の家まで迎えに来た麻栗の様子は、いつもと変わらぬ清らかさを振りまいていた。
長く滑らかな髪には天使の輪のごとくキューティクルが輝いており、清楚さを感じさせる笑顔からは昨日の乱れっぷりがまるで嘘のようである。
雑誌の中で日本全国から憧れの目を向けられたこともある、『清純派』の具現化がそこにいた。
「お、おう、おはよう……」
「? どうしたの、妙な顔して」
「え、いや……してるか、そんな顔?」
「うん。むつかしい顔、してる」
ぐいっと顔を寄せてきて、麻栗が俺の目をじぃっと覗き込んでくる。
そこにあるのは、濁り一つない澄み切ったはしばみ色の瞳だ。なぜだかいたたまれなくなって、思わず俺は彼女から視線を逸らした。
「あ、い、いや……今朝ちょっと考え事してて、そのせいかもな」
「考え事?」
「あ、ああ。ただ、別に大したことじゃない。麻栗が気にすることじゃないさ」
「……? そっか、ならいいけど……」
ちょっと心配そうな表情で、麻栗が俺から顔を離す。
(……こんな澄んだ目をする麻栗が、あんなに性欲でドロドロに濁った目つきになるなんて、ちょっと考えづらいよな?)
そんな風に考えていると、麻栗が俺を促してきた。
「ほら、なにボーっとしてるの聖くん? そろそろ学校、行かないとだよ?」
「あ、ああすまん。そうだな」
麻栗にそう促され、彼女と並んで歩き出した。
その時に、付き合い始めたこともあり俺は彼女と手でも繋いで歩こうとそっと手を差し出してみたのだが……。
「も、もうっ。学校に行くときはダメだよっ。ひ、人目もあるし……」
「そ、そうか、すまん」
照れと恥じらいに顔を赤くした麻栗からは、そう言って手を繋いで歩くのを拒絶されてしまった。
……まあ、考えてみればその通りではあるんだよな。
麻栗の人気ぶりは、もはやアイドル的といっても過言ではない。人の目に触れるような場所で、公然とイチャつくのは彼女の仕事に差し触る可能性もあるだろう。
とはいえ……昨日のあの勢いが嘘でなければ、むしろ麻栗の方からくっ付いてきそうなもんだとも思ったのだが。
やはり俺が、ちょっと大げさに捉えて勘違いしているだけなのだろうか?
***
その後も、麻栗の振る舞いは極めて普段と変わらないものだった。
それは学校に到着してからも同じことで、無理に俺に迫ってきたり、発情していたりする様子もない。俺と常に一緒にいようとするわけでもなく、普通に女友達のグループの輪で談笑していたりと平常運転だ。
「うーん……」
そんな彼女の様子を見ているうちに、俺も本格的に自信がなくなってきてしまう。
あの、乱れまくっていた麻栗の姿が、本当に自分で見たものだったのだろうか……?
***
「そりゃおめー、勘違いも甚だしいだろー」
三限目の授業を終えたところで、相談相手であるDTは、開口一番にそう断言した。
DTというのは、我が親友こと
イケメンかつ成績優秀かつ性格もいい。そんな嫌味な三拍子揃っているDTは、呆れた目を俺へと向けていた。
「あの村月嬢だぜ? デビュー作では少年少女の純愛を描き、その揺れ動く純粋な感情を鮮やかに表現したことから純愛
「いや、俺もそうは思うんだが、実際に五発も搾られてるとな……」
「それが事実なら、こんなに羨ましい話もねぇけどな。でも思うに、それはおめー……アレじゃねえか?」
「アレというと?」
めちゃくちゃ真剣な目でDTは俺の目を覗き込んだかと思うと、重苦しい声で彼は告げた。
「村月嬢への想いの丈が、めちゃくちゃ幸せでエロエロエッサイムな夢をお前に見せてくれただけ、とかじゃねえ?」
「………………………………超ありうる」
説得力の塊であった。
確かにそっちの方があり得そうなんだよな。
エロエロで淫らで激しい彼女とか、そんなの欲しいに決まってる。だって高校生男子だぞ?
しかもそれが、普段は『清純派美少女天才クリエイター』とか言って日本全国でもてはやされている麻栗が相手ならば、ギャップでさらにエロいしヤバい。そんな彼女と乱れまくりのヤりまくり性活なんて、告白する前から妄想しまくってきたことですらある。だって高校生男子だぞ?
挙句の果てに、付き合い始めた勢いでそんな妄想拗らせて夢の中までズッコンバッコンとかしない方が不自然なほどだろう。だって高校生男子だぞ?
……あれ、この理屈通りならば、告白した辺りからすべて俺の夢と妄想と願望だったりするのでは? 俺と麻栗が付き合い始めたというのは……まさか、幻、想?
そうか……そうだよな。俺じゃ麻栗と釣り合わねえもんな、ハハ……。
「……うん、ありがとなDT。多分これあれだな、俺の願望を夢の中で麻栗に押し付けてただけっぽい気がしてきたわ」
「おう、解決したなら良かったぜ。ところで聖夢、一つ頼みがあるんだが……」
「悩みを解消させてくれた礼だ、なんでも言ってくれ」
「もし仮に村月嬢がお前が言った通りのエロエロエッサイムな女の子だったら、ぜひオレの筆おろしを――」
「だからお前DTなんだよ」
童銅帝一郎。
イケメンで成績優秀、かつ性格もいい、嫌味な三拍子揃った好青年。
備考――童貞。
***
DTの戯言はサクッと無視して、尿意を解消するためにトイレへと立っていた。
次の授業まではあと五分。それほど急ぐ必要もないが、のんびりしてるほどの猶予があるわけでもない。
男子トイレに駆け込むと、俺は小便器に向かってボロンと我が息子を取り出していた。
「さーておしっこおしっこ……ん?」
そのまま小便をしようと思ったのだが、次の瞬間、横から伸びてきた手によってむぎゅっと我が息子を掴まれてしまう。
白くすべらかな、まるで白魚のようなその指先は、あまりにも見覚えがあるもので……。
「……せ、性欲には勝てなかったよ」
「え? ちょ、え、ちょ、待――えぇぇぇぇぇ!?」
すぐ隣へと視線を向ければ、そこには天使みたいな顔で恥じらいの表情を浮かべる、我が幼馴染の姿があるのであった。
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