魔女様の婚約指輪

茶竹抹茶竹(さたけまさたけ)

第1話

 朝の気配がする。

 外の檻でコカトリスが騒いでいる。鶏の頭に蛇の尾を持つこの怪鳥は、夜明けと共に卵を産んで鳴き喚く。

 私は彼女に噛みつかれないように避けながら産みたての卵を貰いうけた。薄暗い中で卵は仄かな光を放っている。原理は分からない。とても食べる気にはなれない代物だ。我が主のルル様はこれをゆで卵にして食べるのが日課となっている。

 石造りのキッチンに卵を持ち帰り、居間のカーテンを開ける。暖炉を寝床にしているサラマンダーの幼体にハムを与えて、燃え盛る尻尾の先から火種を拝借する。

 そして私はルル様の部屋へ向かった。

 トレントから切り出した材木で出来た家は建築から五十年程経っても木の香りが漂っている。千年樹の大木に穴を開けた洞窟の様な家だ。

 家の一番奥、ルル様の部屋のドアをノックしても返事がなかった。

 また寝坊かと私はドアを開ける。

 薄暗い部屋だ。足元は散らかり、素材かゴミかも分からない物達が床を埋め尽くしている。

 干からびたマンドラゴラ、折れたゴブリンの骨、カビの生えたスライム。部屋の隅に押し込まれているのはオリハルコンやミスリルの鉱石。壺に入った人魚の半身は先端が乾いている。

 壁に備え付けられた木棚にはガラスの瓶が並び、倒れて中身が零れている物もあった。混ざりあった紫色の粘性の液体が、棚の板を溶かして床にまで垂れている。

 蒸した空気に燻した薬草の強烈な臭いが混ざる。

 この部屋は魔女の作業場だ。

 私が住み込みのメイドとして仕えるルル様は、片付けこそ不得意としているが高名な魔女である。

 「この国至高の」とまで称され、国王の寵愛を受け遠い海の果てまで名が届く偉大な人物だ。ルル様が子供の時から仕えて十年になるが、気が付けば大層立派になっていた。

 当の本人は珍しく寝坊せず起きていた。ドアが開いた事に気付く気配もなく熱心な様子で作業台に向かっている。

 その後姿は今も昔も変わらないように見える。

 椅子に座ると足が床につかない低い身長。これは見栄を張って立派な椅子を使っているせいもある。鋏をいれるのをひどく嫌がる髪は床にまで垂れている。炎よりも赤い髪は手入れ不足とひどい癖毛が相まって、ところどころで渦を巻いている。

 着崩したローブからは細く白い手足が覗いていた。

 その手に握っているのはマイトドラゴンの牙から削り出したナイフだ。先端が細く針の様になっているナイフでルル様のお気に入りだった。何かを削ったり加工したりする際は必ず使っている。

 集中しているのは顔が見えずとも分かる。

 私はそんな背中に声をかけた。

「おはようございます、今朝は早いですね」

「メ、メイ!?」

 ルル様は驚いた様子で私の名を叫びながら、そのまま盛大に椅子から転げ落ちた。こちらに勢いよく振り返った拍子に体勢を崩したのだ。

 派手な音と共に作業台の下に積み上げてあった千年孔雀の羽根を舞い上がらせた。

「痛い……」

「あらまぁ」

 千年孔雀の七色に輝く羽根を頭のてっぺんから足元までくっつけてルル様は起き上がった。ローブを手ではたきながら独り言で悪態をついている。顔はひどくしかめっ面だ。

 そばかすだらけの頬と低い鼻。不機嫌そうに強く結んだ血色の良い唇。ぼさぼさの前髪から覗く丸い瞳には金色が光る。顔立ちは亡くなった母親に似て整っている方だと思う。

 立派な成人ではあるが内外共に子供の時から何も変わっていない。伸びなかった身長も相まって未だ子供の様に見える。

 こんな見た目に関わらず、この国では至高の魔女と呼ばれている。

 「まじない」で国一つが滅ぶだの、泥から金を生み出しただの、竜の背に乗って雨を降らしただの、色々と尾ひれの付いた噂をされて畏怖と敬意を集めている。

 当の本人は人間嫌いの引きこもりで、まじないの研究にしか興味がないので、世間からは距離を置いて人目を避けているのだが、それがますます噂を膨らませていた。

「ルル様、お怪我はありませんか?」

「うっさい、あんた笑ってるじゃない。全然心配してないでしょ」

「そんなことはありませんが」

「だいたい椅子が悪いわ、世の中の椅子が高すぎるのよ」

「ご自分で選ばれたではないですか」

「もっと背が伸びるはずだったのよ!」

 まるで今にも噛みついてきそうな剣幕だ。

 そこで私は気が付いた。

 作業台の上に置いてあるもの。

 銀の指輪だ。

 その表面にナイフで文字か細工かを掘る作業をしていたようだ。

 魔女のまじないに関わるものであろうか。

 ルル様は私のところへ歩いてくると両手を大きく動かして全身で怒りの感情を表現していた。

「それと勝手に開けないで!」

「ノックしましたよ」

「そ、それでも勝手よ!」

「それは失礼をしました。それと、やはりこの部屋も掃除させていただきたいのですが」

「だからー、魔女の部屋に入るのだけは駄目だって言ってるじゃない!」

「こんな有り様では、床に指輪を落としたら見つけられなくなりますよ」

「指輪……あ! こ、これは、その……婚約指輪だけど……その、見ないで!」

 ルル様が婚約指輪と言ったので私は大変驚いた。

「婚約指輪?」

「い、ち、違うわ! もういいでしょ!」

 私に作業を見られたのがよっぽど堪えたのか、ひどく動揺と憤慨をしている様子だ。これ以上ルル様を刺激するのはよくないと考え、私は話題を変える。

「街に買い出しに行ってきます。必要な物はありますか?」

「ないから! 早く行ってきなさいよ!」

「いつものパンはよろしいのですか?」

「それは買ってくるに決まってるでしょ!」

 ルル様はそう叫びながらドアを勢いよく閉じた。飛び出した埃が廊下の方に舞う。後で床を磨かなければ。

 ルル様の態度は理不尽極まりないが、とっくに慣れたものだった。

 私は身支度をして家を出る。

 千年樹の森に作られたルル様の隠れ家から街までの道を往く。街道に出て森の方を振り返ると、隠れ家は木々に紛れて見えなくなっていた。

 太陽が地平線から顔を覗かせている。ランタンがなくとも足元が見えるくらいの明るさ。

 街までは走り続けても一刻はかかる。

 街外れの森で人目と関わり合いを避けながら住んでいるルル様が、まさか結婚をするつもりになるとは。

 驚くべきことだ。

 だが、相手は誰だろうか。

 ずぼらで女性らしい魅力に欠ける彼女であるが、それでも今まで何人からも求婚されている。

 この国至高の魔女という肩書はあまりにも魅力的だからだ。

 本人は俗世に関わるつもりはないと言い切っているが、その影響力が故に誰もが放っておけないのだ。

「それにしてもいきなり結婚とは……」

 仕えてきた身としての老婆心ではあるが、身勝手で傍若無人で人間嫌いのルル様の行く末を心配していたのは確かである。

 子供の頃から世話をしてきたルル様が誰かと結婚するなんて想像したこともなく寂しさもあった。

 どことなく落ち着かない心持ちでいつもよりも足早になっていたようだ。

 いつもより早く街に着いた。足元は石畳の硬い音に変わる。背の高い石積みの壁が街の外周を囲む。街の何処からでも見える背の高い王城。この国の王都である。

 大通りに出る。馬車がすれ違える程の広さがあるが、朝から市場に来た人でごった返している。木箱で積み上げられた林檎から熟れた匂いが漂っていて、魚の塩漬けを売ろうとする呼び込みが聞こえる。

 人混みに流されながら私はルル様の婚約相手について考える。

 まず最初に思い浮かんだのは、この国の第二王子だった。

 まだ若いが次期国王に相応しい気品を持ち合わせている。

 彼の持病をルル様のまじないで治療して以来、度々王城に呼び出されては彼の相談役となっている。

 さすがに王族の頼みを無下にするわけにはいかないと、引きこもりのルル様も三回に一回は応じている。大した成長だ。

 第二王子はルル様をずいぶん信用しているらしい。内々に求婚されたことがあった。

 彼女は一蹴したようだが。

 その時は背の高い人で尽くしてくれる人が好みだからと言っていた。

 色恋沙汰に興味があるとは思ってもいなかったので、そう聞かされた時は大変驚いた覚えがある。

 そうなると第二王子は違うだろうか。

 ルル様と背丈はさほど変わらないし、王族らしい強引な振る舞いも目立つ。尽くしてくれる感じではない。

 そんなことを考えていると声をかけられた。

「魔女様のとこのメイドさんじゃないか」

「あら、おはようございます」

 服屋の女店主だ。

 この街で一番古い服屋であり貴族も訪れる由緒ある店である。高価な素材であるガラスを豪勢に使った店構えは大層目立っていた。

 それを背に、女店主はまるで待ち構えていたかのように立っていた。立派な鉤鼻と鋭い眼光には商魂逞しさが滲み出ている。

 店主は今年で齢七十を越えた筈だが、昔から歳を取った様子は一切ない。これも何かのまじないではないかと私は疑っている。

「毎朝、遠くからご苦労なことだね」

「いえ、大したことではないですから」

「こんなに献身的なメイドはそうそういるもんじゃないさ」

 店主はその丸眉を下げて困った様子で私に言う。

「ところで、ちょいと見てってくれないか」

 店の中に招かれる。そうして店主が奥から出してきたのは煌びやかな純白のドレスだった。

 手の込んだレースの装飾としっかりとした裁縫。光のあて具合で微かに赤色にも見える不思議な生地。

 見ただけでも分かる、価値ある品だ。

 このドレスで何か困っているのだろうか。

「どうしたんですか?」

「特殊な生地でな。海の向こうの仕立て屋に頼んだんだが、向こうが丈を間違えてよ」

 言われてみれば確かに丈が長すぎる。

 並みの女性の身長ではまるで似合わないだろう。

「直すのは無理だし、向こうは注文通りだったの一点張りでどうにもならんくてな。買い手がつかなくて大損なんだ。どうだい、安くしておくよ」

 なるほど事情は分かった。気の毒な話でもある。そして私にこれを買って欲しいらしい。

 私はドレスを改めて眺めた。

 こんなドレスを着る機会、それこそ結婚式の時くらいのものだろう。

 ルル様が結婚したら式を挙げるだろうか。

 その時にこのドレスを着ることになるだろうか。

 いや、気が早すぎるか。

 まだルル様は婚約指輪を造っているだけなのだ。誰と結婚するかも知らされていない。

 私は首を横に振る。

「残念ですが、私には着る機会がないものですから」

「そうかい。突然すまんね。背の高い女性って言ったら、この辺じゃメイドさんくらいなもんだから」

 店主は残念そうに言う。壁に立てかけられた姿見に私の姿が写っていた。

 確かに私は女性としては背が高い方だ。

 幼い頃のルル様は私の身長をひどく羨ましがっていた。悪い気はしなかったものだ。

「魔女様によろしく言っておいてくれよ」

 ドレスを後にして、私は服屋を出た。

 再び考えるのは、ルル様の結婚相手のこと。

 他に求婚してきたのは隣国の貴族の嫡男だ。

 背が高く美しい金髪が印象的な方だった。

 ルル様を気に入って何度も贈り物を持っては会いに来る。門前払いをくらいながらも諦めないあたり、ルル様の言っていた尽くしてくれる人が良いという条件にも合致しそうだ。

 だが、貴族の彼に対してもルル様は求婚を断っていた。その時は確か、長い黒髪が好みだからという理由だった。お金にも興味はないので宝石や金に執着しない人が良いとも言っていた。

 貴族の彼はルル様の好みとは合致しないだろう。

 そんな時。

「髪飾り買ってくだせぇ。お姉さんの長い綺麗な黒髪によく似合うはずでぇ」

 この国では珍しい黒髪を威勢良く褒められて私は足を止めてしまった。

 声の主は道端の行商人である。遠方から来たのか喋りに独特の訛りがあり、分厚い唇と切れ長の目元には異国感が漂う。頭には見慣れない模様の布を巻いている。

 道端に大きな布を敷いて銀製品を所狭しに並べた彼は口元から銀歯を覗かせた。

「その髪飾りよりもさ、こっちのほうがお似合いでよぉ」

 高価そうな銀の髪飾りを彼は指先で持ち上げた。欠けた月をモチーフにしているらしい。

 私は前髪に着けている髪飾りに手をやって首を横に振る。

「ごめんなさい、これは主から頂いた特別な物なのです」

「……よく見たらそりゃ『ポセイドンの髪飾り』とは。随分珍しい物をお持ちでぇ。主様に大事にされていらっしゃる」

 私の姿をまじまじと見ながら行商人は言う。

 知らなかったが、私が着けている髪飾りはとても珍しい物らしい。

 元々はルル様の物だった。まじないで大きな井戸を掘り当てた際の礼品である。「あんたの方が似合うでしょ。私よりは綺麗な髪なんだし」とルル様から半ば強引に押し付けられたのだ。

「お姉さんが仕えてるのは貴族様のとこですかい」

「いえ、私は」

「ならどうです、主様に銀食器は。一式揃っているんでぇ」

 そう言って行商人は布巻きにされていた銀食器を広げてみせた。一式どころか何人分もある。パーティでも開催できそうな勢いだ。

 高価な食器をこんなに沢山使う予定はなく私は首を横に振った。

「残念ですが」

 私は行商人の前を離れる。

 農村からバターを売りに来た子供に声をかけ、ルル様の調合した薬と交換してもらう。

 物々交換の最中、ルル様に求婚してきた人をもう一人思い出した。

 東の国の遊牧民だ。何度も交易の為にルル様の家を訪れている。長い黒髪であったし精悍で背も高い。東の国の珍しい素材を持ってくるのでルル様も気に入っている相手だ。

 ただ。

 彼に関しても、ルル様は求婚された時に断っていた。

 その際にはルル様はいつも家にいてくれる人が良いと言っていた。あと年上が良いとも言っていた気がする。

 彼はルル様より一つ年下であるし、狩りや交易の為に方々を渡り歩く彼とは合わないだろう。引きこもりで出不精なルル様が付いていくとは到底思えない。

 中々、ルル様の好みに完璧に合致する人はいないものだなと思った。

 ようやく目当てのパン屋に着いた。白い壁と茶色の屋根は焼いたパンの様だ。

 エプロンに白い粉を付けた女将が笑顔で迎えてくれる。

「いつものパンをください」

「毎日遠くからご苦労です」

「ルル様はこれしか食べないと決めていますので」

「気に入ってくれて嬉しいですよ。魔女様に長い間召し上がっていただけるのはうちの誇りです」

 私がルル様と初めて会ったのは私が十八歳、彼女が十二歳の時であった。もう十年も仕えているが、ほぼ毎朝ここのパンを食べている。

 今更ながら、子供の時から見ていた彼女が結婚すると思うと寂しく哀しくなってきた。

 涙をぐっとこらえてパンを受け取る。ライ麦の香りが鼻をくすぐる。

 女将は笑顔で言う。

「そう言えば新しい窯が出来たんです。魔女様の下さった石材のおかげです」

 ルル様が古代ゴーレムの群れを討伐した時の残骸を「窯にでも使えるんじゃないの?」と言って、ここに勝手に持ち込んだのである。無茶苦茶だと思ったが女将が喜んでいるのならば良いかと私は思った。

「窯のお礼に魔女様に何でも焼いて差し上げたいのです。ケーキもクッキーもどんとこいです」

「そうですか、伝えておきます」

「是非!」

 目当てのパンを手に入れて私は家に戻る。帰り道でもずっと考えるのはルル様の婚約相手の事だ。

 一体誰と結婚をするつもりなのか

 そもそも男性とは限らないのか。

 昔、妖精の子供を育てた時に子供が出来なくとも結婚したっていいじゃないと言っていた。

 何だったら人間を生み出す魔法を開発してみせるとも熱く語ってもいた。

 あれは男性と結婚する気がないという意思表示だったのかもしれない。

 ルル様の結婚相手として女性も選択肢に挙がるとなると、ますます誰なのか分からなくなってきた。

 改めて考えてみると、ルル様の口ぶりはいつもいつも特定の誰かを思い浮かべていたような気がする。

 ルル様には以前から心に決めた人がいたのだろうか。

 人付き合いを嫌い、滅多なことでは人前に姿を現さず、私以外の人間と会話する機会が殆どない。

 そんなルル様に親しい相手がいるとは知らなかった。

 いくら考えても謎は深まるばかりでお手上げだった。

 後はルル様本人に聞いてみるほかないだろう。

「……というわけなのですが、一体誰と結婚されるおつもりですか」

 家に戻った私はルル様にそう聞いた。今朝ずっと考えていた事を順を追って話もした。

 朝食の席でパンにバターを塗りたくっていたルル様は、私の質問に対してその手を止めて不機嫌そうな表情になる。

「なんで……それで……、分からないのよっ!」

 ルル様は何故か突然憤慨しだした。

 いつものことであるが私はとりあえず謝っておく。

 ルル様はぶつくさと「鈍すぎる」「こんなに気がつかないとかある?」などと独り言を繰り返していた。

 ルル様はしばらく不機嫌そうであったが、何度かの咳払いの後、パンを皿に置いた。そして手元を拭い、ローブの懐から今朝の婚約指輪を取り出し私の前に置いた。

 樫のテーブルの上で指輪は磨き上げられた美しい輝きを放っていた。銀に別の素材を混ぜ込んでいるようで、波打つような不思議な模様を描いている。フェニックスの尾羽根を思わせる装飾と裏面にはナイフで何か文字が刻んである。私は読めないが、ルル様がまじないの際に使われるルーン文字だというのは分かった。

 これで完成したということだろうか。

 顔を上げるとルル様はその頬を真っ赤に染めていた。私から顔を逸らしてそっぽを向いている。

「指輪。あんたに」

 ぶっきらぼうにルル様は言った。私は溜め息を吐いて諫める。

「婚約指輪くらいは、ご自分でお相手の方に渡すべきだと思います。メイドに任せてはいけません」

「ちーがーう! なんであんたはそんなに鈍いのよ! あんたにあげるって言ってんの!」

「これは結婚する方に渡すものでしょう?」

「だから!」

 ルル様は大きな音を立てて勢いよく椅子から立ち上がる。彼女は力強く私の方を指差す。犬歯が見えるほどの勢いで大声をあげる。何故か大層怒っている。

「あんたと! 結婚する! ってこと!」

 私は少し遅れて言葉の意味を理解した。

 ルル様が結婚しようとしている相手は私らしい。

 私……。

「え? えぇ!?」

「あんたどんだけ鈍いのよ、知ってたけど!」

 驚く私にルル様はまくしたてる。顔を真っ赤にしたまま机を叩く。皿の上のパンが飛び上がった。暖炉で寝ていたサラマンダーが飛び起きる。

「鈍いと言われましても」

「あーもうっ!」

 ルル様は長い癖毛を振り回し、腕を振り回し、金切り声を上げた。そして大声で宣言する。

「良いわね! 結婚するから! 式だって挙げるんだから! ドレスに、銀食器に、大きなケーキも用意して!」

 そのわがままな態度が、今は照れ隠しなのだと気が付いた。

 ルル様でも私相手に緊張することがあるらしい。その姿がなんだかとても愛おしく感じた。

 そして、今日一日のことを思い出して私はつい笑ってしまう。

 そんな私にルル様はたじろぐ。

「な、なによ……」

「いえ、ふふっ。お任せください」

 言いつけ通り盛大な式を用意しなくては。

 ドレスに、銀食器に、大きなケーキ。

「不思議なことに、どれもアテがあるのです」

【完】

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