四月その3
「フェイク? どうしてそう思った?」
私の控えめな異議申し立てを、泉子さんはニヤッと笑って真正面から受け止めてくれた。
この笑顔はアレだ。新しいオモチャを見つけたって顔だ。大人びた整った顔立ちしてるのに、子どもみたいな笑顔を見せてくれる。とにかく楽しそうだ。
「たしかに怖いお話ではあるけど」
「おい、やめとけ」
真夜が小声で私のスカートの裾をつんつんと引っ張るが、無視。
「典型的な創作怪談です。B子さんの体験を聞いただけなのに、現場の描写が事細か過ぎます。まるで見てきたかのように表現してます」
「うん。それで?」
「当のB子さんですら知り得ない状況を語っている点もあります。その恐怖体験がウソだとは言いませんが、怪談話としてより怖がらせようとオーバーに言ってませんか?」
「恐怖案件をより誇張するのは怪談話として当然すべきことだろ?」
「はい。悪いことではないと思います。でも、B子さんの周りがあまりに普通じゃない環境設定だとかえって引いちゃいます。怖さよりも先に」
「私の怪談、作り込み過ぎちゃった?」
泉子さん、ちょっと斜め上を見上げて頭をぽりぽり掻きむしる。いかにもやっちまったってポーズだ。
「避難口でもある窓を本棚で塞ぐのはまずいですよ。無理があります」
「あれか。部屋を薄暗くしたかったんだ」
「漫才で言うなら設定詰め過ぎて笑うより納得が先に来ちゃう感じです」
「しっかり考えて漫才やってるんだね、メグルちゃん」
「はい。わりと本気で」
「偉いっ。好きよ、そういうの」
と、私と泉子さんの創作バトルに我慢し切れなくなったのか、真夜が私のさりげない小ボケをようやく拾ってくれる。
「って、B子ってどっから来たのさ」
「大事なのはそこじゃないし」
「じゃあ実はオバケがB子ちゃん?」
「違う。そうじゃないっ」
「おーい、そこボケツッコミ始めないの」
今度は泉子さんが私と真夜の間に割って入る番だ。
「そのテンポの悪さも、おまえらの怪談漫才が笑いも恐怖も取れない要因だぞ」
ううっ。泉子さんのさらなる追撃。私と真夜は精神的ダメージを受けた。
「えーと、どこまで話したっけ。そうそう、フェイクかどうか、だ」
こほん、と咳払いひとつで場をリセットする泉子さん。
「この怪談は、私の体験談をちょっと演出を濃いめに味付けしたものなんだ。そういう意味では本当にあった話で、同時に創作怪談でもある」
泉子さんはさらりと白状してくれた。
「私の体験談、ってことは泉子さんがB子さん?」
「S子だ。いい加減B子は忘れろ」
「でもフナガタイズミコって、どこにイニシャルSが?」
「Sっ気があるからS子さん。それはどうでもいいか」
S属性な泉子さんはニヤニヤが止まらない様子だ。私と真夜ってオモチャがよっぽど気に入ったらしい。
「おまえの言う通り、ほぼ正解だ。自分の体験に尾鰭をくっつけて、即興で作ったお話だ」
あっけらかんと創作を認める泉子さん。まあ、それは悪いことでもないし、そもそも正解だからどうだって話だ。別にフェイクだろうと真実だろうと、怪談は怖くてナンボだ。
「メグルちゃんの考えてる通り、怪談にフェイクも実体験もない。物語を人にどう伝えるか。それが怪談話の肝であり、楽しさであり、怖さでもある」
私の思考が読めるのか、泉子さんはニヤニヤしたまま言う。
「漫才もそうだろ? 空想の出来事でも、実際にあった面白話でも、物語の伝え方が一番大事だ」
例の真っ逆さま落下女子生徒の窓を開け放ち、下を覗き込んで泉子さんはさらに続ける。
「話し手の伝え方次第で、物語はいくらでも姿を変えてしまう。でも伝えたいことは変わらない。今でも私には見えるんだ。あのソテツに引っ掛かった子が泣いている姿が」
「えっ、そこはマジの話なんですか?」
真夜が泉子さんの隣に立ち、無神経にも身を乗り出して窓の下を覗き込む。いくら運動神経のいい真夜でもそんな体勢じゃ危ないって。泉子さんはそんな真夜が落っこちないよう背中に手を添えてくれた。Sっ気があるとは言え、先輩らしく優しい仕草。
「うん。でも幽霊じゃないぞ。私は怪談の中で一言も飛び降り自殺した女子生徒の霊だなんて言ってないし」
言われてみれば、たしかに。聞き手の私らが勝手にそうだと妄想しただけだ。
「実際に目撃したのは、二階の窓から無理矢理ソテツの木に飛び移らされるってイジメ行為だけどな」
「マジですか! それは許せん!」
「うん。何とか助けてあげたくて、ずっと思ってることがある」
ぐっと黙り込んでしまう真夜。ちらっと背中越しに私を見やる。そんな目で私を見ないでよ。そりゃあ私も変な対抗心燃やしちゃって、先輩に食ってかかるような真似しちゃったけどさ。
「えーと、ごめんなさい。創作だなんて言っちゃって」
「違うし。謝る必要なんてない」
泉子さんはぶんぶんと首を横に振るった。黒髪ロングストレートがぶるんぶるん揺らぐ。黒髪も落ち着く頃合いで、ふうとひとつ息を吐き捨てる。すうっと胸を張り、私と真夜を見据える泉子さん。
「そのいじめられた子の居場所を作ってあげたいんだ。改めて自己紹介する」
そんな泉子さんの立ち姿に私らも思わず居住まいを正す。
「私は民俗資料研究会会長、二年の船形泉子だ。会員はみんな三月で卒業してしまい、現三年生もいない。現在会員は二年の私一人」
ん?
「我が部の目標は三つ。いじめられっ子の居場所を作るべくその子を勧誘する。研究会から部へ昇格して『語部部』を創設する。そして、怪談師に私はなる!」
なんか雲行きが一気に怪しくなる。そんな海賊王になりたがる少年のように目をキラキラさせて宣言したところで、現在部員数一人きりでは休部扱いだ。
「秋保メグル、栗駒真夜。ようこそ『語部部』へ! 二人の入部を歓迎する!」
「イヤです」「イヤです」
私と真夜は同時即答した。
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