四月その4
「えっ」
「えっ」「ええっ」
「ええーっ!」
まず驚いて変な声を上げたのは泉子さん。その声に驚いた私と真夜のリアクションにさらなる驚きの声を張り上げた泉子さん。きっちり三秒間クールダウンしてから、素っ頓狂なつっこみを入れる泉子さん。
「ちょっ、まっ、ええーっ?」
「そういうことで。じゃ」
私はちょんちょんと手刀切って、呆然とする泉子さんの前を通り過ぎる。
「怪談話、おもしろかったっす。あざっした」
真夜は体育会系のノリでベリーショートの頭をぺこっと下げた。
そんな私らをぐいと引き留める泉子さん。いやん、スカートは掴まない掴まない。
「今までの話聞いてた? この流れだったら『三人で力合わせて部への昇格目指しましょー!』ってハグしたり絆を確かめ合ったりするものでしょ? でしょ!」
はたして何を参考資料にしたのやら。そこにさっきまでの落ち着き払った先輩の姿はなかった。そこにいるのは必死感の溢れる廃部寸前の哀れな部長さん。
「あたしたちもお笑い研究会設立のため部員集めないとなんないんで」
「アドバイスありがとうございました。私らは私らの道を行きますんで」
制服のプリーツスカート鷲掴みの手を丁重に振り解いて出口に向かう。向かうんだが、意外と素早い動きの泉子さんに回り込まれてしまった。
「お願い! 見捨てないでよ! メグルちゃんと真夜ちゃん、二人が最後の希望なの!」
窓の外はもはや夕暮れ。おそらく本日の新入生狩りもひと段落ついて、運動部や人気文化系部活の先輩方も収穫した部員候補をそれぞれの部室に連れて帰る頃合いだ。
正直言っちゃえば私らだってきつい。部員数私ら二人だけではサークル活動さえ認められない。何としてでもあと一人部員候補を捕獲しなければ……、ん? そういえば目の前に一人いるじゃないか。これは逆にチャンスなのでは。
「泉子さん、ひとつ聞いても?」
「もう何でも聞いて」
食い気味にぐいぐい来る泉子さん。
「そもそも民俗資料研究会って何をするクラブ活動なんですか?」
「ふむ、たしかに民俗資料って言われてもわかりにくいかもね」
あざとくも、泉子さんは私らに改めて座るよう勧めてきた。パイプ椅子を二つ引っ張ってくる。仕方なく座る私ら。
「S市全域、そしてM県の各市町村に伝わる土着の言語伝承を研究発表するサークルだったのよ」
「土着の、言語伝承って?」
「その地方だけに伝わる諺とか民謡、あとは伝説説話? もちろん産土神とか、妖怪伝説や怪談話もね」
入部交渉の主導権を握るべくこっちのペースに引き込もうとしたのに、逆に真夜が撒き餌に食いついてしまった。
蠱惑的なワードだけ聞いてるとやたらアカデミックでオカルトチックな雰囲気が漂ってくる。これは真夜の大好物な領域だ。もはや撒き餌どころの話じゃない。釣り針をがっつり咥え込んでいる。
民俗資料なんて言わずに妖怪倶楽部とか名乗ればもっと人も集まるんじゃないかしらん。
「そういうお話を、地域の公民館とか児童図書室にある町史から引用して、独自の視点で再編集して冊子にまとめるの」
泉子さんの背後に立つ書架から一冊の小冊子のようなものを取り出してくる。年度こそ古いものだが、ちゃんと出版されてもおかしくないレベルでデザインされてる。
「地元神社の宮司さんにお話聞けたり、歴史のあるお寺さんの住職さんに町の歴史を教えてもらったり、昔は立派な文化系部活動だったみたい」
真夜が食い入るように読み込む小冊子をベリーショートの隙間から覗き読む。何々、スズメ天狗が教授した斬新な水流稲作とは、って。何その素敵ワード。
「その民俗資料の中でも、私がフォーカスしたのは怪談話だ。古い怪談を読み耽るうちに怖い怖い底なし沼にどっぷりハマった私がいたわけさ」
会話に少し空白が生まれる。ふと顔を上げれば、ニッコリと微笑む泉子先輩の顔。次はおまえらの番だぞ、と切長の目が訴えている。
「私らは」
頭の上で一本にまとめたちょんまげを撫で付けてはらりと散らばる前髪を整えて泉子さんに向き直る。
「私と真夜は幼稚園の頃からずっと一緒です。二人の衝撃的な出来事とか何もなくシンプルにお笑いが好きで、お笑い芸人になるため文化系部活動が異常に活発な睛明館女子高に入りました」
「お笑い芸人になるためかいっ」
真夜が微妙につっこむ。それは弱い、弱いよ、真夜。
「黙っとけ。今泉子さんを口説いてるんだから」
「きゃー。メグルってそういう趣味してたの? 百合? ねえ百合?」
「真夜は見た目男の子みたいで物足りないからね。やっぱ女子高生は黒髪ロングストレートよ。って、ちがうよっ」
私らがイチャイチャしてたら泉子さんが冷めた目線を投げつけてきた。
「だからテンポが悪いって。今ノリツッコミしてる場合か?」
そうだそうだ。目の前のボーイッシュ女子高生よりも黒髪ロングストレート女子高生を口説き落とさねば。
「はっきり言います。船形泉子先輩。民俗資料研究会ぶっ潰して、私らと一緒にお笑いサークル創設しませんか?」
「そう来るか」
「私らは怪談漫才。泉子さんはピンで怪談漫談。トリオ漫才って手もあります。笑える怪談を目標とするか、怖い漫才に焦点を合わせるか。やりませんか、怖いお笑い」
泉子さんはやっぱりニッコリと笑った。アルカイックスマイルってこういう筆で描いた墨絵のような笑顔を言うんだろう。とても癒される微笑みだ。
「イヤだ」
「えっ」「ええっ」
「えっ」
「ええーっ!」
泉子さんの即答に思わず声を上げて驚く私と真夜。その驚きの声に驚いて返す泉子さんのリアクションにさらに驚く私。
「普通この流れだったら『三人で女子高生お笑い界隈のてっぺん取ろうぜ!』ってなるでしょうが!」
「何を参考文献にしたら女子高生お笑い界隈なんてワード出てくるんだ。何度も言わせるな。何度でも言うぞ。怪談師に、私はなる!」
「何度も言うんかい」
「それも最恐怪談師だ」
「何度も聞きました。てか、もう立派な怪談師じゃないですか。次はコントいってみます? はい、ショートコントいきます! ショートコント『美容室』」
私はおもむろに立ち上がり、パイプ椅子に座った泉子さんの背後に回った。きれいな黒髪ロングストレートを手で梳くように触れる。ふわっとシャンプーのいい香り。ほんとにきれいな髪。
「お客さん、今日は中太麺でいきましょうか」
「……」
ノラず、ツッコまず。ただ黙って座ってる泉子さん。
「説明不足だ。まずは細麺を薦めて受け手に想像の余地を与えるべきだ」
「ガチのダメ出しは傷付くのでやめましょう」
「あのー、盛り上がってるとこ悪いんですけど」
私と泉子さんの擬似漫才を見ていた真夜が手を上げた。ショートコント『美容室』の立ち位置のまま、真夜に注目する私と泉子さん。
「埒が明かないんで、こうしましょう。泉子さんにとびきりの怪談話を語ってもらう」
うんうん、黒髪が揺れる程度に頷く泉子さん。
「それがすごく怖いと思ったら、あたしとメグルは民俗資料研究会に入部します」
びしっ。真夜が泉子さんに挑戦状を突き付ける。
「逆にお話が滑っちゃったら、泉子さんがあたしたちのお笑いサークルに入部してください」
むむっ。わかりやすく胸で腕を組む泉子さん。
「いいぞ。それでいこう」
決まりか。私は決め台詞を言ってみた。
「じゃあ細麺粉落としで」
「違うっ。そうじゃないっ」
泉子さんが黒髪を細麺みたいに振り乱してようやくつっこんでくれた。
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