第22話 姫様の決断
俺とフリッツは屋敷に戻ると、待っていた王女様達に黒幕の正体を伝えた。
「そんな……。ほ、本当にボルドー侯爵が……?」
王女様は心底信じられないといった表情を浮かべる。
いや、それ以上の感情かもしれないな。今にも倒れそうなくらい顔面蒼白だ。
まぁ、無理もない。
父親と自分が信頼していた家臣が裏切っていたんだからな。
「コッペンが言うにはな」
俺とフリッツは時系列順に経緯を語っていく。
駅で拉致してから店に忍び込んだこと。店の床下に証拠が保管されていたこと。
廃宿で尋問した時、コッペンが語っていた内容も。
「黒幕の狙いは王家が保有するマナステル採掘権だ」
黒幕はイデア王国に捕えた人間と禁制品を秘密裏に輸出し、代わりにマナステル採掘に使用する最新機材を受け取っていたこと。
王家を排除し、マナステル採掘権を掌握しようとしていることも。同時に採掘したマナステルでエーテルを生成し、それを使って利益を得ようとしていることも。
コッペンから得た情報は全て話していく。
一部を除いてね。
「マナステルの採掘権……。う~ん、なるほど?」
そう返したのは忠臣の裏切りに項垂れる王女様ではなく、セレスティアだった。
ソファーに座っていた彼女は腕を組みながらも腑に落ちない顔を見せていた。
「どう思う?」
「何か……。理由が弱い気がしますわね?」
俺の問いに対し、セレスティアはそう言った。
同感だ、とは返さない。内心に留めておく。
「マナステルの採掘権は確かに膨大な利益を生むでしょう。マナステルを採掘し、自国内でエーテルを生成する生成工場も建設すれば完璧ですわ。そうして誕生したローゼンターク王国ブランドのエーテルは世界中の国から取引要請が来るでしょうね」
だが、とセレスティは口にする。
「別にボルドー侯爵だったら王家を排除しなくても実現可能ではなくて? 王や殿下の信頼が厚い忠臣からの提案であれば耳を傾けるでしょう?」
当初、俺達が追っている敵はボルドー侯爵ではないと思っていた。
外部から入り込んだ者か、あるいは王家と繋がりを持たない野心家ではないかと。
こういった輩が「マナステル採掘権を掌握したい」と言っているなら今回の話も納得できよう。
だが、セレスティアが語ったようにボルドー侯爵は王や王子と距離が近いのだ。
普通に忠臣の意見として進言すればよくないか?
国を潤すためにエーテルを生成して売りましょう。私が指揮を執りますので権利の一部を譲って下さい、と。
全部が全部独占できずとも、それでも十分な利益が懐に入り込む。それこそ、列車の権利以上に儲かるだろう。
王家を巻き込んでの事業としてしまえば、安全性は増すはず。わざわざ人身売買のような犯罪を犯さずともよい。
だって、正式に国営事業としてスタートするのだから。
「少なくとも話は聞くでしょう? 仮に進言されたとして、殿下は断りますの?」
「いや……。規模にもよるかもしれないが、断りはしないと思う。国の経済を潤し、国民に還元できるなら……。父上も頷くだろうし……」
未だ顔に落胆の色はあるが、それでも王女様はセレスティアの質問に答えた。
「だとしたら、どうして? となりませんこと?」
「まぁ、確かにな。単純に利益を独占したかったってこともあるかもしれないが」
単純に独占欲が馬鹿みたいに強いとか?
誰にも私の金を渡したくないんだー! みたいな?
しかし、俺の考えを否定したのは王女様だった。
「それはあり得ない。ボルドー侯爵は列車に関する権利で得た利益は国民に還元している。それは今でも続いているんだ」
列車の運用で儲けた金の一部は王国内に存在する孤児院に寄付していたり、王都の再開発計画に金を投入したりしているらしい。
他にも十年戦争で荒れた大地を修復するため、地方の村に金を落としたりしているようだ。
王女様の話を聞く限り、ボルドー侯爵は聖人みてえな貴族だ。
そんな野郎がマナステルとエーテルの利益だけ独占する。しかも、王家まで排除しようとして。
……王女様が信じられないのも納得できるか?
「いや、でもなぁ……。表向きは聖人を演じておきながら、腹ん中じゃドス黒いことを考えてる野郎なんざごまんといるし」
実際、俺はそういった輩をたくさん見てきた。
善意ある人間を演じて近付き、害を成そうとしてくる者達を。
そういった経験をしてきたからこそ、俺はやっぱり素直に信じられないかな。
「殿下のご意見もジョンの意見も理解はできますけども……。疑いが深くなったのも事実ですわ」
「どっちにしろ、証明するならボルドー侯爵を調べないといけないんじゃないかな? 本当に黒幕であるかは置いておくにしても、ボク達の手元にあるヒントはボルドー侯爵なんだし」
二人が正論を言ったところで、俺達は揃って王女様に顔を向ける。
もちろん、ここまでずっと無言のロナもだぜ。
「……一旦、保留にしてくれないか。考えをまとめたい」
内心、俺は考えをまとめたいんじゃなくて「気持ちを整理したい」じゃねえのとは思ったが口にはしなかった。
「ええ。構いませんわ。ですが、時間はあまりありません。クランボーン傭兵団が潰れたことはミツバチを使って封じておりますが、表に出るのも時間の問題ですわ」
同時に今夜殺したコッペンの件も。
セレスティアがミツバチ達を使って偽情報を流しているものの、いつ黒幕の耳に届いてもおかしくはない。
向こうだって独自の情報網を持っているだろうしな。
「分かった。今夜中に決める。明日の朝には君に決断した答えを伝えるよ」
「ええ。承知しました」
こうして今夜のところは解散となった。
今日もセレスティアが王女様を送って行くことになったのだが、俺は二人を見送りながら考える。
さて、どうしたものかってね。
「君は帰らないの?」
「いや、帰るよ。便所行ってからな」
ソファーから立ち上がったフリッツに返事を返しつつも立ち上がる。
「ロナ、またな」
「…………」
屋敷で暮らすロナに別れを告げ、彼の頷きを見てから廊下でフリッツと別れた。
トイレに寄ってから屋敷を出て、少し夜の街をブラブラしてから――俺の足は北区にある王城へと向けられた。
◇ ◇
またしても王城敷地内にある離れに潜入した俺は、暗い廊下を通って奥の部屋へと進む。
真っ暗な部屋の中、ソファーの上で膝を抱えていたのは本来の姿を晒すリリ王女。
「……何しに来たの?」
彼女は暗闇の中で問う。
「いや、どうしているかなと思って」
俺は一瞬だけ迷った。
気の利いたことやら他の言葉を掛けても良かったのかもしれないが、俺が口にした言葉はこれだった。
「まだ迷っているのか?」
俺は壁に寄り掛かりながら問う。
彼女の返事はない。
だが、しばらく待っているとポツポツと語り始めた。
「……私はいらない子だったわ」
ローゼンターク王国王家と貴族の間に伝わる双子の話。
凶兆として伝わっていた話の通り、自分は凶兆の象徴として生まれてしまった子供。
同時に母が死亡したこともあって、リリ王女の立場は幼い頃から不遇であったのだろう。
「子供ながらに分かっていたけどね。ほとんどの人が私への当たりが強かったもの。表面的には笑っているけど、目の奥底では笑っていないのが怖かったわ」
最初は「どうして」と疑問に思っていたらしい。
だが、自分に対する真実を知って納得したと。
「寂しかったし、悲しかったわ」
一度は孤独を抱えたリリ王女だったが、それでも彼女に人らしく接してくれる者も少なからずいた。
その一人がボルドー侯爵だったという。
「彼は父上の友人だったから。私のことも娘として見てくれていると思ってた。接してくれる時も優しかったし、他の人と違って……。見る目が違ったように見えたの」
彼女もボルドー侯爵を叔父のように思っていたのだろう。
父親に相談できないことも、彼には「秘密にしてね」と言いながら相談できていたという。相談を受けたボルドー侯爵も真摯に受け止め、真剣に受け答えしてくれたと。
「そんな人が裏切っていたなんて……。本当は……。私のことも……」
国や王家を裏切られた、という事実よりも周りにいた人間と同じように自分のことを「いらない存在」として見ていたのかもしれない。
そう思われていた事の方がショックなのだろう。
「私は、馬鹿よ……」
リリ王女は膝を抱えながら、声を殺して泣き始めてしまった。
「……知っているか。この世には絶対に抗えないことが二つある」
俺はそう言って、彼女に答えを聞かせた。
「運命と生まれだ。こればかりはどうすることもできない。クソッタレな神様が決めることだからな」
どう足掻こうとも人にはどこかのタイミングで『運命』と呼ばれる瞬間が訪れる。良いことも悪いことも。
生まれもそうだ。
人は生まれた瞬間に色んなことが決まる。王家に生まれれば、産まれた瞬間に責任を背負わされる。魔族と呼ばれる者達の子として産まれれば、産まれた瞬間に世界の『悪』となる。
こればっかりは本人がどうしようもない要素だ。避けられない。どう足掻いても変えられない。
「クソッタレな神を呪いながら諦めるか、それとも直視して受け入れるか」
避けようがないなら、どう当たるか、どう受け止めるかが重要となるだろう。
「だが、幸いにしてあんたの場合はまだ選択肢が残っているよな」
まずは確認すること。
本当にボルドー侯爵が裏切っているのかどうか。
仮に裏切ってなければ万々歳だ。
ああ、よかった! で終わる話。そんで真犯人を捕まえば事が終わる。
「……裏切ってたら?」
「そん時は覚悟しろ。俺の言った運命ってやつだ」
裏切っていた場合、リリ王女は王家の人間として決断を下さねばならない。
諦めるか、受け止めるか。
綺麗な思い出を抱えたまま、裏切り者に自分も家族も国も献上するのか。それとも裏切り者としてボルドー侯爵を断罪するのか。
こんな決断、普通の家に生まれた女の子ならしなくていいことだ。
しかし、彼女は王家に生まれた人間である。たとえ『凶兆の象徴』と疎まれようとも、王家の人間としての責任が発生する。
……自分で考えていても、理不尽だなと思うね。
やっぱり神様はクソッタレだ。
「まぁ、ここまで良い子ちゃんの考えだな」
俺はフッと笑って続きを話すことにした。
「諦めるにしろ、受け入れるにしろ、どうするかはあんたの自由なんだよ。どんな決断をするかはあんたの自由だ」
責任なんざ知らねえよ! テメェらは昔から凶兆の娘だ何だと言ってきただろ! だから私は王家としての責任を放棄する! ――なんて言っても悪くはない。
逆に黒幕であるボルドー侯爵の提案を受け入れてもいいかもしれないね。
私も仲間になるから一緒に好き勝手やっちまおうぜ! って言ってやるのもアリだ。
「あんたの場合は責任を全うするのも自由。放棄するのも自由だろう? まぁ、批判は起きるだろうけどな」
だが、それを選択するのも彼女の自由だ。
大事な家族を捨て、批判されようがクソ扱いされようが彼女の自由。
「少なくとも、俺はあんたの考えを否定しないね」
「何よ、それ……」
彼女の声には絶望感や悲しみよりも、俺に対する呆れの感情が占めていると思う。
そんな声だった。
「いや、マジだって。別にいいじゃん。あんたが良ければ。あんたの人生はあんたのものだぜ?」
さっき言ったように運命と生まれからは避けられない。だが、直面した後の身の振り方は自由だ。
「家族を捨て、国を捨てて遠くに行ってよ。悪党として生きるのも悪くはねえな。何なら俺が盗みのやり方を教えてやろうか?」
世界初、元王女様義賊の誕生だ。
なかなかに面白い人生じゃねえか。
「馬鹿言わないでよ。私は君みたいな悪党にはなりたくないわ」
「そうかい。そりゃ残念だ」
別に悪党生活も悪くねえと思うがねぇ。
好きな時に仕事して、好きな時に飯食って、好きな時に欲望を発散する生活だ。
疎まれる生活より何倍もマシだと思うがね。
「まぁ、どんな決断をしようがあんたの自由だ。逃げる人生もアリってことさ」
俺は鼻で笑いながらも肩を竦める。
「……そう、ね」
彼女もまた鼻で笑った。
「君の馬鹿な話を聞いて少しは楽になったかも。ありがとう」
「そりゃどうも」
しばしの間、沈黙が続く。
その沈黙を破ったのは王女様だ。
「やっぱり私は責任を放棄できない。家族を捨てられない」
だから、と彼女は決断を口にした。
「ボルドー侯爵を調べるわ。彼を調べて、本当に裏切っていたら……。その時は……」
暗闇の中、彼女の顔が俺に向けられた。
「罪を償ってもらう」
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