第23話 侯爵家潜入


 翌日、東区にある屋敷にて。


 決断を下した王女様の意向通り、ボルドー侯爵を徹底的に調べることになった。


 今回の件にボルドー侯爵が裏切っているのか否かを判別するには、ボルドー侯爵邸に忍び込んで証拠を探すのが手っ取り早い。


 となると、俺の出番ってわけだ。


「実行は今夜。夜の闇に紛れて屋敷に忍び込み、証拠を探して下さいまし。これで白黒つきますわ」


 実にシンプルな仕事だ。


 コッペンの時と同じく、証拠になりそうな書類でもあればアウト。


 無ければ――次の手を考えるだけ。


「屋敷に人は?」


 俺はソファーに座るセレスティアに問う。 


「監視していたミツバチの話によりますと、ボルドー侯爵は屋敷に帰宅しておりますわ。屋敷で雇われている使用人の数は二十人。敷地内には使用人用の離れがありますが、深夜になっても全員が屋敷の中から消えるってわけではないでしょう」


 主人が眠る深夜であろうとも、雇われている使用人達は主人第一に考えなければならない。


 夜でも屋敷で待機している使用人が数名はいるはずだ、とセレスティアが予想した。


「まぁ、数人なら問題無いな」


 俺は凄腕だからな。


 期待しておけよ、とセレスティアにウインクを返した。


 だが、一方で男装した王女様の顔は険しいまま。


「…………」


 決断したものの、まだ心には葛藤があるって感じか。どうにか嘘であってくれ、と祈っているような表情にも見える。


「侯爵家の周辺には同じく侯爵家がございますわ。敷地が広いため隣接しているわけではございませんが、何か大きな音を立てればすぐに通報されてしまうでしょうね」


 貴族家の屋敷が建ち並ぶ区画は北区だ。


 王城も存在する区画なだけあって、騎士団による見回りも頻繁にある。通報されればすぐに騎士達が集まってくるだろう。


「大丈夫だって。任せておきな」


「その軽さが心配の元なんですけど……。まぁ、いいでしょう。どうせ貴方が捕まっても切り捨てられるだけ。ワタクシ達には害は及びませんわ」


 ああ、そういや……。俺達には首輪があるって思っているんだっけ。


 セレスティアの体にも刻まれているのかな。彼女の服を脱がし、確認と同時にお楽しみができる日はいつかくるだろうか?


「さて、行きますか」


 俺が席を立つとフリッツも同じく席を立った。


 彼は北区の入口付近で待機してくれるという。


 問題が起きた際、手伝える範囲で脱出の手助けをしてくれるようだが……。今回ばかりは出番がないかもな。


 なんて思いながらもフリッツと共に北区の近くまで移動して、深夜になってから行動を開始する。


「侯爵家の場所は分かっているよね?」


「ああ、問題無い。ここで待っててくれ」


 俺はフリッツに「じゃあな」と別れを告げて、北区へと侵入していった。



 ◇ ◇



 ボルドー侯爵家は北区の中でも奥側に存在する。


 貴族家の並びは爵位に応じて奥へ奥へと位が高くなっていくんだとか。あと屋敷のグレードも豪華になっていく。


 手前側に並ぶ男爵家の屋敷は二階建てで横に広い屋敷がドカンとあるだけ。中盤にいって伯爵家の屋敷になるとやや広めの庭が付く。


 最奥付近、王城が建つ丘の近くまで行くと侯爵家の屋敷が見えてくるが、侯爵家ともなると敷地全体が広大だ。


 伯爵家には見られない色とりどりの花が咲く庭園まで造れちまうほどの敷地と、三階建てにもなる巨大な屋敷がドカンと与えられるってわけだ。


 そういった背景からボルドー侯爵家も広大な庭を所有している。


 敷地は鉄柵で囲まれているが……。まぁ、俺には関係無い話だ。


「よっと」


 鉄柵を乗り越え、敷地内に侵入。近くにあった庭園へと潜り込みつつ、屋敷の構造を観察していく。


 侵入するなら裏口かな。


 そう考えながら屋敷の裏へと向かい、使用人が使うであろう裏口の鍵をピッキングツールで解錠して侵入を果たす。


「…………」


 屋敷の中は当然ながら真っ暗だったが、一階の廊下を少し進むとドアの隙間から灯りが漏れる部屋があった。


 恐らくは使用人が待機する部屋だろうか?


 となると……。セオリー的には屋敷の主人達が使う部屋は逆側だろうな。


 現在地は屋敷の東側だ。静かに廊下を通ってエントランスへ出て、そこから西側へと進む。


 西側の廊下にはドアが四枚。どれも灯りは漏れていない。


「あ~」


 加えて、廊下には肖像画が飾られていた。肖像画は全部で五枚飾られているが、歴代のボルドー家当主だろうか。


 一番右側には当代当主の肖像画が。


 白の混じった灰色の短髪。灰色のカイゼル髭。今年で六十を迎えるボルドー侯爵らしい、歳相応の皺と茶の目が特徴的。


 セレスティアが語っていたボルドー侯爵の姿が描かれていた。


「しっかし……」


 貴族の屋敷にはありがちな光景であるが、どうして貴族って生き物は自分達の顔を飾りたがるのかね?


 よほど顔面に自信があるのか、あるいは家を存続させてきたことが誇らしいのか。


 どちらにしても、俺には理解できない気持ちだ。


 俺は首を振りながら仕事を再開。 


 一部屋ずつ調べていくも、執務室は廊下の最奥にある部屋だった。


「さて……」 


 書類が積み重ねられた執務机の上を漁り、机の引き出しを漁り、壁際に並んだ本棚を漁るも成果は無し。


 積み上がった書類の内容は列車関連であったが、輸送する荷物のことではなく車体のメンテナンスに関わる内容ばかりだった。


 加えて、マナステル採掘に関わる書類も無し。


 コッペンと同じく床下か? とも思ったが、床下にも細工は見られない。


 ――まさか、黒幕じゃない?


 そんな考えが過るが、俺はそれを振り払う。


 商人よりも用心深い貴族ならば、執務室に証拠は隠さないのではないか?


 もう少し屋敷の中を調べてみようと、音を立てずに屋敷内を歩き始めた。


 結果、疑わしい場所への入口を見つける。


 地下室だ。


「食糧庫やらワインセラーになっている可能性もあるが……」


 ただ、何かを隠すには定番だよな。


 食糧庫やワインセラーじゃなく、不用品を詰め込む倉庫になっている可能性だってある。


『先代の荷物を地下に運び込んだ。ゴチャゴチャしているし、家のことに関わるから使用人は立ち入らぬように』


 といった言い訳もしやすい。


 それにだ。


 暗くて蜘蛛の巣が張った地下室にある古びた木箱。その中には当家の秘密が記された重要な書類が――なんてね?


 一人で想像しながら「フフン」と笑ってしまいつつも、俺は地下室に向かうための階段を下りていく。


 想像していた通り、暗い地下室があるのかと思いきや。意外にも階段の先にあったドアの隙間からは灯りが漏れている。


 慎重にドアへ近づき、音が鳴らないようドアを少しだけ開けて。地下室に人の気配が無い事を察し、堂々と中へ侵入したのだが……。


「おいおい、マジかよ……」


 地下室は石の壁に囲まれた「らしい造り」であった。


 天井がやや高く、広さも十分ある。石ブロックで作られた壁も頑丈そうだ。壁にはランプが複数個取り付けられていて、光源は十分に確保されている。


 地下室の奥には長机と黒板が配置されており、机の上と下には大量の書類が散乱している。石の壁に掛かった黒板にはチョークで描かれた文字や図形がびっしりと書き込まれていた。


 そして、ここからが問題だ。


 壁に掛かった黒板の下には――ボルドー侯爵と思われる人物の死体が横たわっていた。


「…………」


 死体に近付いて確認してみても、ボルドー侯爵本人としか思えない。廊下に飾られていた肖像画と同じ特徴がある。


 俺がここまでハッキリと断定できる理由は、死体が非常に綺麗だったからだ。


 まるで


 たった今、殺されたばかりのような状態。顔には殺された瞬間を表現しているような、驚愕と恐怖が混じり合った表情が張り付いている。


「首を一突き、か?」


 死因は首に刃物を刺されたようだ。首元には凝固した血も残る傷跡があった。


 死体に触れてみると恐ろしく冷たく、体はガチガチに固まっていた。


 見た目はたった今殺されたかのような状態であるが、死後数日は経っていると思われる。


 数日経っているはずなのに、どうして死体が綺麗なままなのかって問題は一旦置いておこうか。


 たぶん、答えは出ない。


「となると――」


 次の問題だ。


 じゃあ、ミツバチが監視していた『ボルドー侯爵』は一体誰なんだ?


 ミツバチ達は今日、監視していたんだぞ。屋敷に帰るところまで。


「……いよいよ、俺の予想通りになってきやがったな」


 独り言を呟いてから立ち上がり、壁に掛かっていた黒板を見た。


 黒板に描かれた文字の中には『魔法』『神の奇跡』とあり、魔術式に似た図形がいくつも並ぶ。


 そして、中央には『どうして魔族だけが魔法を使えるのか?』『魔族の身体的構造に解明の糸口がある?』という疑問文が。


「チッ」


 俺が舌打ちした時だった。


 急に背後から気配を感じ、急いで振り返ると――


「おや、こんな時間に客人かね?」


 ドアを背に立っていたのは、貴族服を着ただった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る