第21話 商人が持つ情報 2
決定的な証拠を得た俺は、証拠である紙の束を持って店を出た。
裏口から出た俺は西区へ向かい、白薔薇の館を通り過ぎたあたりで南方向へと方向転換。
路地を抜けていき、フリッツの待つ監禁場所――古い宿屋に辿り着く。
王都南西にあるその宿の外観はボロボロ。見るからに廃業となった昔ながらの宿屋って感じだ。
本来なら建て直しやら壊して別の建物が建ちそうであるが、未だ区画整理が始まっていない南西区だからこそ残っていても違和感がない。
入口に近付いてドアをノックすると、数秒ほど経ってから開かれた。
「二階の二〇二号室だ」
「あいよ」
監禁場所を教えてくれたのは、エーテル車の運転手を務めていたミツバチ。
階段を上がって指定された部屋に向かうと、中には椅子に座らされた状態で拘束・目隠しされたベン・コッペンと窓際で椅子に座るフリッツがいた。
宿屋らしい内装は無く、他にあるのは部屋の中を照らすランタン一つだけだった。
「よう、あったぜ」
俺は窓際にいたフリッツに紙の束を見せた。
「本当? それは良かった」
証拠を得たことを確認したフリッツは、拘束されているコッペンに近付いていく。
彼の目隠しを取ると、ポケットの中から小瓶を取り出した。
コルク栓を抜いてコッペンの鼻に近付けると――
「ヒゥ――ウェヘッ! オエッ!?」
小瓶の中にある液体の匂いを嗅いだコッペンが目を覚ました。
しかし、激クサな匂いを吸い込んだせいか、しばらくは涙目でえずきが止まらない様子。
これもミツバチの錬金術師が開発した薬品だって話だが……。白薔薇の館でオイタしたらこれを嗅がされるか、顔面にぶっかけられるかするんだろうか?
恐ろしい話だぜ……。
「ぐ、ごほっ、お、お前達は……! こ、ここはどこだァ!? 私に何をした――ごほっごほっ! オエェェ!?」
効果ヤバすぎでしょ。
まぁ、いいか。さっさと尋問を終わらせちまおう。
「コッペンさんよぉ? あんた裏で悪いことやってんねぇ?」
俺は丸めていた紙の束を開いてコッペン本人に見せつけた。トントンと手で紙を叩いてやると、彼は目を見開きながら驚く。
「ど、どこでそれを!?」
おうおう、認めるのが早すぎねえか?
「どこって。分かってんだろう? あんたの店からだよ」
懇切丁寧に床下から見つかったと説明してやると、コッペンは唾を飛ばしながら「違法捜査だ!」と叫ぶ。
「違法捜査で見つかった証拠は使えないはずだ!」
俺達が法廷に連れ出すとでも思っているのかね? 俺は無言でフリッツと顔を見合わせると、更にコッペンは叫び声を上げた。
「そもそも、この件に関しての捜査は行われない!」
「どうしてそう言い切れる?」
「あのお方が騎士団幹部も仲間だと言っていたからな! ははっ! 私を捕まえたところで無罪放免になるのは分かりきっているのさ! 逆にお前達の方が危ないかもなぁ!?」
こいつの言葉を聞いた俺とフリッツは再び顔を見合わせた。
それが俺達による負けの宣言に見えたようだ。
コッペンは勝ち誇るような表情で「終わりだよ! お前達は!」と言い放つのだが……。
「あんた、勘違いしてねえ?」
「は?」
「俺達は騎士じゃないぜ?」
「あ? え?」
口を半開きにしたコッペンは数秒だけ固まってから我に返る。
「じゃあ、お前達は何者なんだ!? どうして私を拘束しているんだ!?」
「今更聞くかね……?」
こいつ、アホなんじゃねえか?
先走って色々喋ってくれもしたが、気を取り直してじっくりゆっくりといこうじゃねえの。
「まず一つ教えておいてやる。俺達は別にお前を檻にぶち込みたいわけじゃねえ。正直に言えばここで殺した方が楽だ」
つーか、たぶん殺す。
だってフリッツの手が剣に掛かってるもん。
「だが、死なない可能性もある。どうすりゃいいかは分かるよな?」
「……見返りは?」
「ハァーッ! こりゃたまげた!」
おいおいおい、こいつ! 聞いた? ねえ、聞いた?
この期に及んで「見返りは?」だってよ!
思わず笑っちまったよ! たまんねえな! これが商人魂ってか?
「おい、フリッツ。聞いたかよ? こいつは商人として三流だ。商売が儲かってねえのも頷けるぜ!」
「そうだね。腕を斬ろう」
「いや、待て。いきなり腕はやめろ。耳くらいにしておけ。いや、目がいいかな?」
俺達が楽しく相談していると、コッペンの額には脂汗が浮かび始めた。
だが、目付きはまだ死んでない。
俺達を睨みつけながら「そんなことをするはずがない」「簡単に殺すはずがない」と思っているようだ。
「ああ、そうだ! もっといい方法がある」
俺はフリッツに先ほど使った小瓶を出すよう言った。
小瓶を受け取り、コルク栓を外して。空いた片手でコッペンの薄い髪を掴むと顔を上向きにする。
「な、何をする気だ……!」
「さっきは苦しかったよな? この液体、クッセェもんな?」
ニコリと笑った俺は、コッペンの鼻に液体を流し込む。
「ああああ!!?? ごほっごっごぅ!?」
鼻に液体を流し込んで、すぐに頭頂部と顎を手で挟み込んでやった。顔を上向かせたままね。
野郎は咳をしたくてもできない。鼻から液体を噴出するも完全には逃れられない。鼻から流れた液体は鼻を通って喉に流れ落ちていく。
鼻も口も激クサ地獄だ。
「ようし、もう一発いっとこうか。残り半分、頑張んな」
「んー!? んんんー!?」
俺はフリッツに頭と顎を押さえるよう言って、ケタケタと笑いながらコッペンの鼻に液体を流し込んでいく。
野郎の顔はみるみる紫色になっていき、小瓶の中身を流し終えた頃には両目から大量の涙が零れまくっていた。
「よし、手を離していいぜ」
「ごえええ!? あああ……。おうおえええ!?」
フリッツがパッと手を離すと、コッペンは顔を下ろしながら吐き気を訴えた。
だが、まだだ。まだ終わりじゃないぜ?
「さぁて。苦しさの次は痛みだ」
俺はナイフホルダーからナイフを取り出し、俯きながらえずくコッペンにナイフを見せる。
慌てて顔を上げたコッペンの顔には焦りの表情が浮かんでいるが――先に試してきたのはそっちだぜ?
逆手に握ったナイフを野郎のふとももに容赦なくブスリと刺した。
「ああああッ!?」
「おうおうおう、どうだ? これで分かってくれたか? だがよ、俺はまだマシな方だぜ? 俺の隣にいるクズ野郎はもっと容赦がねえ。こいつは簡単に首を刎ねる大量虐殺者だ!」
ひゃーはっはっはっはっ! って笑ってやると、フリッツは俺の肩に手を乗せながら首を振った。
「嘘は言わないでよ。ボクはそんなことしない」
「それこそ嘘じゃねえか。クランボーンの野郎共をぶっ殺しまくったのは誰だよ?」
この会話が決定的だったのかも。
顔中、涙やら鼻から零れた液体やらでドロドロにしたコッペンがようやく「話しゅからぁ……」と口にしたのだ。
「ようし、いいぜ。ここからは人間らしく対話しようや。やっぱり、文明人らしく会話で解決するのが一番だよなぁ?」
暴力なんて野蛮よねっ!
というわけで、俺達はコッペンに質問をぶつけていく。
「まずはどうして人身売買なんてしているか、だ。魔王国人を捕まえて何をしているんだ?」
「わ、分からない……。私はあの御方に指示されて、仲介作業をしているだけなんだ……」
曰く、コッペンの役割はロージポール海運商会とクランボーン傭兵団の間に入ってやり取りを行うこと、荷物を受け取ったあとは依頼主の命令通りに荷物を輸送する手続きを行うだけ。
「倉庫に搬入された荷物を確認して、偽造した書類を作って、輸送先への請求書を作って……。貨物列車に荷物を積んだ後は荷物検査の担当者に金を握らせるんだ」
要は商売における事務手続き担当?
そう聞くと地味な役割だが、商人らしく黒幕の取引には欠かせない役割ってところだろうか?
「ふぅん。輸送先はイデア王国になっているが、イデア王国に送ってどうするんだよ?」
「そ、それは本当に知らない! こちら側から荷物を送って、向こうから送られてきた荷物を受け取るだけなんだ!」
おっと、またしても興味深い意見が飛び出したじゃないか。
「向こうから来た荷物ってのは?」
「マ、マナステル採掘用の最新機材だ」
マナステルの?
こりゃあ、もしかして……?
「マナステルの採掘用機材がどうして代わりに送られてくる?」
「あ、あの御方はマナステルの採掘権を得て王国をエネルギー大国にしようと……」
「マナステル採掘権は王家にあるはずだ。それを奪おうって魂胆かよ?」
俺がそう告げると、コッペンはクワッと目を剥きながら語り出す。
「それだ! まさに問題はそれなんだ! 王が倒れ、実力不足な王子が採掘権を握るなど! あのような何も知らぬ王子には任せておけない! ぼさっとしていては、魔導技術革命が起きている世の中に取り残されてしまうんだぞ!?」
その後も矢継ぎ早にマナステル採掘事業についての重要性を語っていくが、このアホが言いたいことを要約すると「魔導技術が世の中に普及し始めた今、マナステルをガンガン掘ってエーテルを作りまくった方がいい」ということ。
魔導技術を用いた製品が普及し始めた今こそ、大量生産したエーテルを各国に高値で売りつけて利益を確保するべきって話らしい。
経済のことはよく分からんが大体こんな感じだ。とにかくエーテル作れよ、アホ王族がよってことだろうね。
王女様が聞いたらブチギレそうだな。
ただ、彼女の推測が当たっていたのも事実。
やはり敵の狙いはマナステル採掘の利権を掌握することか。
「んで? 協力すればマナステル採掘事業に噛ませてやる、とでも言われたか?」
「…………」
黙っちゃった。図星かよ。
「まぁ、魅力的っちゃ魅力的だよな。絶対に売れる商品が目の前にあるんだし」
ただ、こいつが喰いついた理由も理解できないわけじゃない。
ローゼンターク王国内に眠るマナステルを掘りまくり、エーテルを生成すれば絶対に売れる。
特に魔導技術が普及しつつある国には今すぐ売れる。後追いで普及した国にも売れる。それこそ、こいつが言った通り高値でも売れるくらい需要がある。
「んで、後から別の国でマナステルが見つかったってなれば今の需要が崩れるわけだ。今のうちに稼げるだけ稼ぎたいって気持ちも分からんではないね」
「そう! まさにそうだ!」
俺の意見にコッペンは何度も頷く。
だが、本当にそうなのだろうか? 黒幕は単純に利益を出したいから、という理由でマナステル採掘権を王家から奪おうとしているのだろうか?
「ふぅん。まぁ、これについては俺が考えることじゃねえわな」
理由と真実がどうあれ、決めるのは王女様である。
俺がどう喚こうが国は変わらねえさ。俺は王族でも貴族でもねえんだからな。
「さて、一番重要な質問といこうか」
ニヤリと笑い、最後の質問をぶつけることにした。
「黒幕は誰だ?」
「…………」
俺の質問を聞いたコッペンは黙ったまま俯いてしまう。
このまま喋らないかと思いきや、観念したのかコッペンは口を開いた。
「……ボルドー侯爵だ」
おっと。
出ちゃったよ。最悪の答えが。
いや、王女様にとっての最悪な答えか?
「侯爵本人か?」
念の為問うと、コッペンは弱々しく頷いた。
あーあ。もう確定だ。
クランボーン傭兵団、コッペン商会、それに騎士団まで。事件に絡む奴らの裏で糸を引いているのはボルドー侯爵本人。
まぁ、納得できる答えでもある。
侯爵位を持つ貴族なら抱えている財産も相当だろうし。傭兵団と商人を金で抱き込んで、更には騎士に金を握らせることだって容易だ。
仮に金で動かない野郎がいれば『侯爵』って地位まで使えるんだからな。
人間の一人や二人、消すのは簡単だろうよ。
「……どうする?」
答えは出揃った。黒幕は判明した。
フリッツは俺を見ながら問うてくる。
「ひとまず……。こいつはぶっ殺しておくか」
「え!?」
コッペンの顔には「話したじゃないか!?」と言わんばかりの驚きがあった。
だが、俺は肩を竦めて言ってやる。
「悪いね。俺達は
そう告げた数秒後、彼の首は宙を舞った。
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