第20話 商人が持つ情報 1


 俺とフリッツはセレスティアが用意したエーテル車の中にいた。


 場所は東区にある王都駅のロータリー。駅の入口からよく見える位置にエーテル車を停めて奴を待つ。


 濃い緑色のボディを持つエーテル車はクランボーン傭兵団が使っていた車体と同じカラーリング。これなら駅から出てきたコッペンも疑うことなく乗り込むだろう、と。


 運転席にはセレスティアの手足として働くミツバチの女が座り、助手席にはフリッツが。俺は後部座席に乗って準備万端。


「……来たぞ」


 運転席に座るミツバチの女が俺達に告げた。


 駅の入口を注視すると、茶の短髪と白色の豪華な服を着た小太りの男が見えた。片手には茶の鞄を握っている。


 セレスティアが言っていた通りの外見だ。あれがターゲットであるベン・コッペンだろう。


 どうやら部下はいないらしい。


 そのまま奴を見ていると、向こうもこちらに気付いたようだ。


 ロータリーの前でキョロキョロと動いていた顔が俺達の乗るエーテル車を見つけて止まり、一直線にこちらへと歩いて来る。


「じゃあ、作戦通りにね」


 フリッツが放った言葉を合図に、俺はコートの内ポケットから小瓶とハンカチを取り出す。


 運転席の背もたれで隠れるよう、両足の間で瓶の中にある液体をハンカチに含ませた。


 ……これくらいかな? ちょっと液体を含ませすぎたかも。ハンカチがちょっとびちゃびちゃになってしまった。


 まぁ、いいか。


 すぐに小瓶をポケットに仕舞い、後部座席のドアを開けたコッペンを笑顔で迎える。


「ん? いつもの者達とは違うな?」


 向こうは迎えに来た者達の顔ぶれが違うことを指摘する。


「ああ、前から担当してた奴らは病気になっちまってね」


「病気?」


 俺の嘘に首を傾げるコッペン。


「安い娼館で遊んじまったんだ」


 俺はハンカチを隠しながらも、空いていた片手を自分の股間付近でワシャワシャと動かす。


 下半身がイッちまったんだ、と。男にとっちゃ重病だよ。


 ウーッ! と苦しそうな表情も見せながら説明してやると――


「ああ……」


 コッペンも嫌そうな顔をしながら頷いた。


 やっぱり男相手にはこの嘘に限るぜ。


「つーわけでよ。いっちょ眠ってくれや」


「え?」


 コッペンは俺の言葉を聞いて顔を向けてくる。その顔に濡れたハンカチをビチャッと当ててやった。


「むぐっ!?」


 ビチャビチャに濡れたハンカチを顔に押し付け、追加でぐりぐりと塗りたくるように押し付けて。結果、コッペンの体がガクンと落ちた。


「一丁あがり」


 濡れたハンカチを足元に落とし、同じく濡れていた自分の手をコッペンの服で拭いた。


「……すごい効き目だね」


 助手席から振り返りながら見るフリッツが呟いた。


 この眠り薬はセレスティアがミツバチに作らせた物だと聞く。


 ミツバチって組織は万能だ。


 腕の良い元女傭兵から錬金術に長けた者まで、才能豊かな人員が揃っているそうだ。


「水で手を洗っておいた方がいい。嗅いだらあんたも眠ってしまうよ」


 運転席でハンドルを握る女がバックミラー越しに忠告してきた。


「そうか。店へ行く前に洗っておくよ」


 俺はドアを開け、外に出る。


「んじゃ、また後で」


「うん」


 こちらはフリッツに任せ、俺はコッペン商会の本店に向かって歩き出した。



 ◇ ◇



 東区にあるコッペン商会本店はコンクリートで造られた二階建ての建物だ。最近建て直したのか、やけに外壁が綺麗であった。


 路地の隙間から建物の様子を窺っていると、夜の八時を迎えた段階で従業員が店を閉め始めた。


 どうやらセレスティアが手配した「コッペンの遣い」はちゃんと機能しているらしい。


 そのまま様子を見ていると、従業員らしき男が店のドアを施錠する姿を目撃。彼はそのまま道行く人に混じって歩いて行ってしまった。


 恐らくは家に帰ったのだろう。


「さてっと」


 手早く済ませるか。


 俺は道を横断してコッペン商会の裏へと回った。


 裏口へ向かい、鍵が掛かっていたドアをピッキングツールで解錠。堂々と中へ侵入していく。


「執務室は上かな?」


 裏口は店の奥に繋がっていて、大量の商品が置かれた部屋と二階へ続く階段があった。


 階段を上がって行くと廊下の先には三部屋あって、一部屋ずつ確認していく。結果、一番奥の部屋がコッペン本人が使う執務室だった。


「どこから手を付けようか」


 執務室の中は非常に綺麗だ。


 部屋の奥には大きな執務机と革張りの椅子。机の上には書類ケースがあって、大量の紙が置かれていた。


 床には上等な絨毯が敷かれており、部屋の壁には本棚が一つ。


 あとはコッペンの趣味なのか、高そうな絵画や美術品やケースに入った宝石が飾られているだけ。


「ひとまず、これは頂こうか」


 俺は小さな宝石ケースを開けて、中にあったダイヤやルビーなどの宝石を無造作に掴む。


 そのままコートのポケットに入れて今夜の酒代と娼館代を確保した。


 次に手を伸ばしたのは机の上にあった書類ケースだ。


 中にあった書類を掴んでパラパラとめくっていくと、表側の仕事に関わる書類の束だったらしい。中にはセレスティアが依頼した偽依頼に関する発注書も混じっていた。


「まぁ、見えるところには保管しないよな。馬鹿じゃあるまい」


 犯罪の証拠だからな。そこらへんにポイと置く馬鹿はいないさ。


 となると、隠す場所は限られる。


 鍵付きの引き出しだとか。金庫だとか。他人が簡単には開けられない場所。


「うーん?」


 まずは机の上段にあった鍵付きの引き出しを漁ってみるも、それらしいモノは見つからない。


 代わりに見つかったのは娼婦の名刺だ。赤い口紅をインク代わりにしたキスマーク付きのね。


 野郎は『グランムーン』って娼館のキャシーちゃんがお気に入りらしい。


 続けて、金庫は無し。


 引き出しの中には無く、金庫は存在しない。となると?


「下だな」


 一階ってわけじゃない。


 俺は執務机の真下にある床へ目を向け、床を手でノックしていく。


 コンコンっとね。


 すると、一部だけ返って来る音が違う。当たりだ。


 ホルダーから抜いたナイフで床板をほじくりながら引っぺがすと――やっぱりあった。


 床の一部がくり抜かれており、中には茶の書類ケースが収まっているではないか。


「どれどれ」


 それを引っ張りだして机の上で確認すると……。


 書類の中には『クランボーン傭兵団』の文字と『ロージポール海運商会』の文字が見つかる。


 しかも、一緒に同封されていたリストには偽造前の商品名が記載されているではないか。


「…………」


 リストを眺めて驚いたね。


 こいつら、半年前から犯行を重ねて実に百名以上もの魔王国人を王都に搬入してやがる。


 クランボーン傭兵団のリーダーであるゴロダンは、搬入された魔王国人の中には「死体」も混じっていたと言っていたが。果たしてこの百名の中に何体の死体があり、何人が生きていたのだろうか。


「種族は……。魔人族が多いか?」


 ざっと見た感じ、多いのは魔人族だ。サキュバスやらインキュバス、中には吸血鬼なんて珍しい魔人も含まれていた。


 その次に多いのがエルフである。


 ヒューマン、獣人、ドワーフはかなり少なく、この三種族に限っては一桁ずつだった。


 人以外に搬入されていたのは、こちらもゴロダンが言ってた通りの「禁制品」である。


 奴が言ってた通り、他の国で栽培された煙草の葉やローゼンターク王国では禁止されている薬物の原料となる植物も。


 他には魔獣の内臓を乾燥させたモノやドラゴンの心臓なんて文字まであった。


 その中でも最も多いのは、大陸南で自生している薬草だ。


「麻薬の原料か」


 大陸南で製造される麻酔薬の原料となる薬草であるが、製造過程で手を加えると麻酔薬から麻薬に大変身する便利な薬草。


 薬にも毒にもなるって噂の草だな。


 これが毎月のように搬入されている。


 送り先は……。


「イデア王国?」


 イデア王国とは大陸中央にある大国であり、魔術と錬金術発祥の地。


 現在では旧技術と異世界技術を組み合わせて誕生した『魔導技術』の発祥地と言った方が分かり易いかもれない。


 元々研究者としての魔術師も多ければ、その魔術師を支える錬金術師も多かった。


 十年戦争が終わったあと、戦争という役目を終えた勇者達をいち早く国に招く。その後は持ち前の技術力と人材を駆使して異世界技術を吸収・融合させた国。


 要は大陸一番の技術大国だ。


「ふぅん? やっぱりローゼンタークは中継地に過ぎないか」


 大陸南から中央にあるイデア王国まで陸路を使うよりも、東にあるローゼンターク王国の港を経由した方が確かに早い。


 しかし、そんな技術大国に人身売買された魔王国人と禁制品を送って……。何をしているんだろうね?


 束になっていた紙をパラパラとめくっていると、紙と紙の間からポトリと何かが零れ落ちた。


 机の上に落ちたのは紙のカードだ。


 裏になっていたカードを拾い、表側を見た。


「ハッ」


 思わず笑ってしまったね。


 カードの表面中央には王冠のマーク。王冠の後ろには三本の杖が重なっている。


「こりゃあ面白くなってきたじゃないの」


 俺の中にあった予感が確信に変わった瞬間だった。


 やはり、ここに俺が探している物がある。


「撥ねられた甲斐があったってもんさ」


 ニヤッと笑った俺は、カードをポケットに仕舞い込んだ。

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