第19話 次の相手


 ローブで身を隠したサキュバス姉妹を連れた俺は、東区にある本屋を目指して路地を進む。


 路地を抜けて本屋に辿り着くと、入口のドアを開けて二人を店内に誘った。


 姉妹は本屋の中を見渡して、とても不思議そうな顔を見せる。


 まぁ、逃がし屋に連れて行くと言っておきながら辿り着いたのが本屋だからな。不思議に思うのも当然だろう。


 店の奥へ向かい、ドアをノックすると――


『おや、今日はお客様を連れていらっしゃるのですか』


 ドアの向こう側から返ってきた声の主は、まるでこちら側を見ているような発言をした。


 これもまた不思議に思ったのだろう。まだ幼い妹は姉の手を握り締めながら「どうして分かるの?」と言わんばかりの顔を見せる。


「例の事件に巻き込まれた姉妹だ。脱出の手配を頼む」


『ええ、承知しました。すぐに連絡致しましょう』


 話が早くて助かる。


 俺は姉妹に木箱へ座るよう勧めて、ドア越しに老人と会話を始めた。


「彼女達の話だと、魔王国の西にまで手を伸ばしているようだ。攫われた彼女は大きな街に連れて行かれた、と言っていた」


『なるほど……。今の魔王国は元王都が連合軍に占領されていますからね。恐らくは王都に集められているのでしょうな』


 魔王国各地で拉致された被害者達は元王都に集められ、そこで各商人が購入。そこから顧客の元へと運ばれるのだろう。


「輸送した商会はロージポール海運商会だ。辿れるか?」


『承知しました。伝えておきます』


「見つけた後は任せる。同じ村で他にも攫われた人がいるって点も伝えてくれ」


『ええ』


 今回の件で分かったことを伝えると、俺は改めて姉妹へと振り返った。


「よし、これで安心だ。以降はドアの向こう側にいる奴の指示に従ってくれ」


「は、はい……」


 姉の方に今後の指示を告げるも、彼女の顔にはまだ不安が残っていた。


「大丈夫。これから君達を安全な場所に送る。君達みたいに一度は攫われたが、助けられた人達が集まる場所だ」


「私達のような……? 魔王国人が身を寄せている場所ということですか?」


「ああ、そうだ。場所を管理している奴も魔王国人だし、守ってくれる人達も魔王国人だ。だから心配いらない」


 誰にも知られていない秘密の場所。彼女達を『魔族』と呼び、迫害するような輩はいない場所。


 不自由しないとは言えないが、それでも今よりはマシだろう。


 今後はひっそりと静かに暮らさねばならないが、それでも害を被ることはなくなるはず。


 だから、この先は安心していいと告げた。


「あの……。貴方は……?」


「俺? 俺は義賊さ。悪い奴らから金を奪い取ったり、時には君達みたいな人達を助けたり……。まぁ、色々だな」


 肩を竦めると、姉に寄り添っていた妹が俺の傍にやってくる。


 彼女は俺のシャツを掴むと――


「お兄さん、ありがとう」


「ああ。もう安心だからな」


 角の生えた頭を撫でてやり、俺はドアの向こう側にいる老人へ告げる。


「あとは頼んだぞ」


『承知しました』


 俺は姉妹に別れを告げ、本屋を出て行った。



 ◇ ◇



 本屋を出たあと、俺は屋敷へと戻った。


 屋敷には全員が勢揃いしていて、執務室に入って来た俺に顔を向けてくる。


 どうやらフリッツから事の経緯は聞いているようだが。


「フリッツから被害にあった姉妹は逃がし屋に預けたと聞いたけど……。どうなった?」


 男装した王女様が問うてくる。


「ああ、ちゃんと預けてきた。今夜中には王都を出るだろうな」


 俺の言葉を聞き、王女様は安堵するような表情を一瞬だけ見せる。


「しかし、逃がし屋とは一体誰ですの? この街でワタクシも知らない者がいるなんて……」


 次にリアクションを返したのはセレスティアだ。


 彼女は腕を組みながら俺を睨みつける。その目には「本当に逃がし屋なんているのか?」と問うているようにも見えた。


「おいおい、そりゃ自惚れってやつじゃないか?」


「まさか。自惚れではなく事実ですわよ。ワタクシが王都で活動を始めて数年経ちますが、情報網は王都一だと確信していますのよ?」


 だが、その情報網には引っ掛からない。


 それがとてつもなく気味悪く、そして嫌なんだろうな。


「義賊には義賊の繋がりがあるもんさ。それこそ、王都一の情報屋が掴めないような繋がりがね」


 肩を竦めて語ってやると、セレスティアは「ふん」と鼻を鳴らしながら顔を逸らす。


「まぁ、いいでしょう。被害者をどうするか悩まなくて済みましたもの。しかし、貴方は随分とお優しいのですね?」


「当然さ。俺は義賊だぜ? 弱者の味方なんだよ」


 勘違いしてもらっちゃ困るぜ、と俺も鼻で笑ってやった。


「とにかくだ」


 手を叩きながら注目を集めたのは王女様。


 彼女は俺達の目を惹き付けると、改めて「決定的な証拠は得た」と口にする。


「確実に人身売買が行われている証拠は見つけた。被害者も安全な地へ送ることになった。今日はこれで良しとするが、問題は次だ」


 事件に加担していた傭兵団は壊滅した。


 次のターゲットは同じく事件に加担している『コッペン商会』だ。


「コッペンについての情報は?」


「コッペン商会を運営するのはベン・コッペン。今年で四十五になる商人ですわ。王都の東区メインストリート沿いに店を構え、地方領にある支店は全部で十軒。まぁ、スタンダードな豪商と言えましょう」


 王女様の問いに対し、セレスティアは詳細を語った。


「スタンダードな豪商って? もっと特殊な豪商もいるのかい?」


 フリッツが首を傾げながら問うと、セレスティアは「そうですわね」と頷く。


「豪商にも二種類いますの。一つはどこかの貴族の御用商人となっている者。こちらは地方領を治める貴族と協力している者が多く、地方経済の活発化も担っておりますわ」


 貴族の注文を受けての商売を基本としており、地方におけるインフラ整備等にも関わっているため商人としての地位も実入りも盤石だ。


 まぁ、領主と共倒れになる可能性もあるが。


「もう一つは王都で独自のブランドを築く商人。コッペン商会はこちらですわね。彼らのような商人は王都で十分に名を上げ、それから王都で活動する上位貴族や王族に取り入ろうと考える者達ですわ」


 こちらに関しては地方領で活躍する豪商よりも大きく稼げるというメリットがある。


 もちろん、成功すればという前置きが付くが。


 自分の名を王都中に轟かせ、王都で大金を稼ぎながら自分の価値を示す。


 そして、上位貴族や王家の御用商人となれば、国政に関わる重要な案件の下支えを行うわけだ。商売としても大きくなる分、実入りも大きい。


 加えて、国政を支えた商人として同業者の中では一目置かれる存在となるだろう。


「コッペン商会が主に扱うのは服飾商会に納める糸や生地、染料などですわね。先代が築き上げた他国との繋がりを維持し、今も他国から珍しい色の糸や生地、特殊な染料を輸入しておりますわ」


 服飾関係に携わっているだけあって、服飾ギルドと共同で立ち上げた独自の洋服ブランドも展開しているようだ。


 ローゼンターク国内の洋服文化と他国の洋服文化を組み合わせた服を売っているらしく、服飾ギルドが最近始めた「服の規格化」にも参加。

  

 王都の外にある大きな工場で平民向けの服を量産したり、貴族向けのオートクチュール店も構えているんだとか。


「ふぅん。服で一発当てようって考えだったのか」


 服ってのは流行り物の移り変わりが激しく、商売としては難しいらしいがね。


「ええ。ですが、あまり上手くいってないようですわ」


 コッペン商会の先代は素晴らしい商才があったようだ。ただ、今代の商会長にその輝きはないとセレスティアは評価する。


「調べによると赤字続きのようですし……。だからこそ、今回の事件に加担したのかもしれませんわね」


 彼女曰く、黒幕がコッペン商会に目をつけたのは『他国との繋がりがある』という部分ではないか、と。


 頻繁に他国との取引を行うコッペン商会ならば、王都の港に他国籍の船が何度出入りしようとも怪しまれない。


 輸入品のリストを改ざんした上で「あくまでも商売に使う商品の輸入だ」と言い張れば隙も無くなるってわけか?


「まぁっ! ワタクシには隠し通せませんでしたけどもっ!」


 セレスティアは胸を張りながら「おーっほっほっほっ!」と高らかに笑う。


「更には黒幕らしき男と行動していたという証言もある。次で黒幕の正体を知ることが出来そうだな」


 王女様が言った通り、次のターゲットであるコッペンを押さえれば、ようやく黒幕の正体を知ることができるかもしれない。 


「コッペンの周りに護衛は?」


 フリッツが問うとセレスティアは「フッ」と笑う。


「いましたけど、壊滅しましたわ」


 つまり、コッペンの護衛役もクランボーン傭兵団だったってことか。


 面倒事が減るってのはこれだったみたいだな。


「あれ? 護衛役が全滅したって知ったらヤバいんじゃ? 身の危険を感じたコッペンは逃げちまうんじゃねえの?」


「ご心配なく。現在、コッペンはワタクシが依頼した仕事で地方へ行っていますわ」


 コッペン商会の関与が浮上し、傭兵団を潰すと決めた時から、セレスティアは「娼館で使う新しい衣装を揃えたい」とコッペン商会に急ぎの依頼を出したようだ。


 結構な数を揃えて欲しい、上等な生地を使いたい、急ぎなので割り増し料金で構わないなどと美味しい大口依頼を出したおかげで――更には西区最大の娼館であり、貴族からも親しまれる白薔薇の館による依頼ということもあってか、コッペン自身が依頼に従事しているという。


「帰りは明日の夜と言ってましたわ。移動は列車でしょうから……。王都に到着する最終便は夜の十時。この時点ではまだ傭兵団の壊滅を知らないはず」


 セレスティアが考えた計画は、傭兵団に扮したフリッツが駅までコッペンを迎えに行く。


 馬車に彼を招き入れ、そこで昏倒させて拉致。


 コッペンに同行する部下がいた場合、処理はミツバチが行うと彼女が付け加えた。


「同時にコッペンからの遣いとして本店に伝言を入れますわ」


 伝言を受け取った店の従業員達は店を閉めて帰宅するはず。そのタイミングで店の中に侵入しろ、とセレスティアは語った。


「店の中に黒幕へ通じる証拠があるかもしれませんわ。それを確保してきて頂戴」


「拉致した本人は?」


「当然、尋問しますわよ? 店の中に証拠があるとも限りませんし」 


 何をおかしなことを、と彼女は首を傾げた。


「では、また明日の夜に頼むよ」


 王女様の一言で本日は解散となった。


「では、参りましょうか。殿下」


「ああ」


 解散となった後、王女様はセレスティアと共に部屋を出て行く。


 もしかして、夜に外出出来ているのは彼女のおかげ? 


 王子様として外出できている理由は、セレスティアにあるのだろうか?


 ……まぁ、いいか。


 今日は疲れちまったし、さっさと酒飲んで寝よう。

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