第16話 次のステップへ


 男装した王女様が現れてから数分後、フリッツとセレスティアも屋敷に姿を現した。


「全員揃ったな」


 俺達はソファーに座りながら男装した王女様の言葉を待っていると、まず始めに招集した理由は「今後の方針について」だと語られた。


「敵の目的は人身売買だけではないことが分かった」


「人身売買だけじゃない?」


 セレスティアが声を上げ、フリッツは無言で首を傾げる。


「ああ。敵は特殊な毒を入手し、それを父上に飲ませている可能性が浮上した。我々が追う敵は人身売買だけじゃなく、王家への反逆も行おうとしている可能性が高い」


「お待ちになって下さいまし。それはどこからの情報ですの?」


 セレスティアは立ち上がりながらも「私の情報網には無い」と口にする。その態度と言葉からは少々焦りが感じられた。


「ジョンがもたらした情報だ」


「ふっふーん!」


 俺が腕を組みながら胸を張ると、セレスティアは俺を睨みつけてくる。


「証拠として提出された手帳には破かれたページがありましたけど、貴方、もしかして……!」


 どうやら彼女も察したらしい。


「おお。ボーナスが欲しかったもんで」


 ニヤッと笑いながら指で丸いマークを作ってやると、セレスティアは「チッ」と舌打ちしながら射殺すような視線を向けてくる。


「このクズ悪党! ワタクシの仕事を邪魔しないで下さいまし!」


 おお、怖いねぇ。


 だが、自分のやる気を満たすために俺を使ってネックレスを盗ませた悪女に言われたくはねえなぁ。 


「早々に黒幕を断定したい。セレスティア、君の方で何か情報は?」


 俺とセレスティアのやり取りを完全に無視しながらも、王女様は話を続けた。


「……ワタクシの調べによりますと、やはり荷物が王都へ運ばれてくる際は海路を使っているようですわね。ロージポール海運商会という輸送商会ですわ」


 入手した手帳の情報から読み取るに、クランボーン傭兵団と頻繁に取引している輸送商会は大陸南側にある国に本店を構えているようだ。


「ですが、王都から先は輸送しておりませんの」


 ローゼンターク王国まで海路を使って輸送しているのは確かだが、王都で荷物を下ろすとまた南に戻ってしまう。


 この南から来るロージポール海運商会は、あくまでも『王都まで』という関りのようだ。


「王都に到着した荷物ですが、クランボーン傭兵団の倉庫に搬入されますわ。そこから先は王都に存在するコッペン商会に引き渡されるようですわね」


 荷物の保管はクランボーン傭兵団が担当し、各顧客への商品販売は『コッペン商会』が担当している。


 この商会も取引頻度が急激に増えた商会である、とセレスティアは語った。


「問題はここから。コッペン商会に商品を引き渡す際、クランボーン傭兵団が所有する輸送コンテナが使われているみたいなんですの」


「輸送コンテナ? 列車か?」


 俺が首を傾げると、セレスティアは頷きを返す。


「ええ。都市間輸送にも使われる貨物列車ですわね」


 東区にある駅から発車する列車には、ローゼンターク王国国内の主要領――東西南北にある伯爵家の領――を繋いでいる国内線と隣国に繋がる海外線の二つが存在する。


 国内線は東西南北を移動してから中央である王都に戻るが、海外線は北部領に向かった後に北上を続けて隣国の南部へ。


 列車は国内外に対する人の移動と物流を担う、ローゼンターク王国経済の要とも言える要素だ。


 まぁ、昔は何週間も時間を掛けながら馬車で荷物を輸送していたんだ。それが今ではたった数日で遠方まで荷物を運べるんだからな。


 そりゃ国内経済発展の要になるよ。


「んで、今では犯罪的な商品の輸送にも使われていますってか」


 人身売買なんて非道な商売をする連中も便利なモンは積極的に使いたいらしい。


 魔導技術ってのは素晴らしいね。


「まぁ……。バレなければ経費削減になるでしょうしね。人だろうが荷物だろうが一度で大量に運べますし」


 俺が肩を竦めていると、セレスティアは「輸送に掛かる経費を考えると列車を使わない手はない」と語る。


「商品をコンテナに詰め、様々な地に送られている。あくまでも王都は経由地に過ぎないようですわね」


 行く先は様々。


 国内であったり、国外であったり。


 ただ、全部が全部『人』であるかは不明。中には人ではなく、不正に輸入した別の商品である可能性も否定できないと彼女は語る。


「いや、でもさ。セレスが言った通り、バレなければでしょう? 貨物輸送って検査が入るんじゃないのかい?」


 続けてフリッツが質問をぶつける。


「そう、そうこですわ。まさに問題はそこですのよ」


 フリッツを指差すセレスティアは「どうしてバレないのか?」という点を強調する。


「貨物を輸送する際、二度の検査が行われますの。出発時と到着時に。どちらの検査も列車を運営している貴族が雇った人員と騎士団が協力して行いますわ」


 現在、列車の運行やら車体のメンテナンス等は国内に列車の技術を誘致した「とある貴族」が担当している。


 要は列車の運営に関わる全てを握っているってことだ。


 まぁ、ここは別におかしくはない。


 貴族は国を発展させるために働いているし、王城勤めの貴族は王都の発展を第一に考えるものだし。


 利権に関しても素晴らしい技術を国内に持ち込んだという功績から、運営するだけの資金があれば問題もないだろう。仮にこれが運営資金のない貴族の功績だった場合、国と相談して割合を決めることになるだろうし。


 ただ、利権を握っているってことは「責任」もあるってことだ。


 列車が犯罪に使われているなら、列車の利権を握る貴族はその犯罪を阻止する責任がある。


 だからこそ、騎士団と一緒に検査をしているはずだが。


「この人身売買には騎士団の一部も関わっている可能性があると言ったでしょう? 意図的に見逃されている可能性がありますわ。ですから――」


「待ってくれ!」


 セレスティアの言葉を制止したのは王女様だった。


 彼女は机を叩いて立ち上がりながら、信じられないといった表情を見せる。


「列車を管理しているのはボルドー侯爵だ。彼は父上と旧知の仲で、私もよく知っている人で……」


 不安で気持ちが揺れているからか、あるいは動揺しているからか。彼女の言葉はどんどん小さくなっていく。


 その理由として、彼女が言った通りボルドー侯爵家は古くから存在する貴族家だ。王家とも距離が近く、長く国に仕えてくれているという実績から信頼も厚い。


 また彼女の父親とボルドー侯爵は王立学園での同級生でもある人物だったという。


 ……それに恐らくだが、王子の正体も知る貴族だ。王女様が王子様を演じている、という秘密も知っている貴族なんだろう。


「いえ、お待ちになって下さいまし。ワタクシは列車を管理するボルドー家を疑ってはいますけど、ご当主本人が関わっていると断定する気もございませんの」


 列車に関する総責任者はボルドー家当主である。


 だが、検査自体を毎回ボルドー家当主が実施しているわけじゃない。ボルドー家が雇った者と騎士団から派遣された人員で行われているのだ。


「当主本人は知らず、その下にいる人間が犯罪に関わってるって可能性もあるか」


 俺が腕を組みながら言うと、セレスティアは頷いた。


「ええ。現状は明らかになった輸送ルートを語っているだけで、まだ黒幕は不明ですわ。もっと言えば、ボルドー家が雇った人員と騎士を買収した他の人間が黒幕という可能性もありますもの」


 俺達の会話を聞いていた王女様はホッと胸を撫で下ろすような様子を見せる。


 自分が信頼している者が裏切者となれば焦りもするだろうしな。


 まぁ、とは言っても……。彼女が信頼するボルドー侯爵が関わっていないってのもまだ証明されていないんだがね。 


「と、ここまでがワタクシの掴んだ情報。ここから先は一つ一つ潰していくしかございませんわ。確かな証拠も確保しつつ、同時に黒幕も暴き出すしかございません」


 セレスティアはニヤッと笑いながら俺とフリッツを見た。


 猛烈に嫌な予感がしやがる。


「まずはクランボーン傭兵団に退場して頂きましょう? 傭兵団を先に潰しておけば、取引先であるコッペン商会を追い詰める際の面倒事が減りますもの」


「あー……。それはつまり、俺とフリッツでクランボーン傭兵団を壊滅に追い込めと?」


「ええ。その通りですわ。犯罪に関わる傭兵団なんて存在する意味がない。そうでしょう、殿下?」


「まぁ、そうだね」


 ニッコリと笑ったセレスティアが王女様に同意を求めると、王女様も王女様で顔色を変えずに頷きやがった。


 なんだ、こいつら。他人事みたいに言いやがって。


 やるのは俺達だぞ。


 なぁ、フリッツよ!?


「ボクは別に構わないよ。正義のためだしね」


「クズのくせに一丁前の正義感を語ってんじゃねえよ!?」


 正義のためだっつーなら、まずはお前がぶっ殺されるべきだろうが。


「だってさ、正義のために働けばボク達の罪も浄化されそうじゃないか」


「笑えるぜ。だったら俺はここにいねえよ」 


 俺はフリッツを鼻で笑ったあと、セレスティアに改めて問う。 


「クランボーン傭兵団をぶっ潰すとして、黒幕にバレたりしないのか?」


「大丈夫でしょう。既にスズメ達を使って噂は流しましたわ」


 今夜、他所から流れてきた傭兵団が本格的にクランボーン傭兵団を潰そうと襲撃を画策している。総勢百名以上の傭兵達がクランボーン傭兵団に成り代わって仕事を奪おうとしている……などなど。


 とにかく、クランボーン傭兵団を刺激するような噂を流しまくったようだ。


「それってつまり、向こうも向こうで全員集合する恐れがあるんじゃねえ?」


「もちろん、それが狙いですわ。今夜の襲撃で一網打尽にして下さいまし」


 ニコリと笑うセレスティアは「期待していますわね」と。


 この悪女め……!


「今夜である理由は?」


 俺が彼女を睨みつけていると、フリッツが質問した。


「今夜、例の海運商会から荷物が届きますのよ。アホ共を壊滅した上で荷物を確認して下さいまし。ああ、ついでにアホアホ団のリーダーを捕らえて拷問しながら吐かせるのもアリですわね」


 簡単に言ってくれるぜ……。


「海運商会は他国の商会ですから、ちょっと手は出しにくい。最悪、国際問題に発展する可能性もあるでしょうし。ですので、まずはクランボーン傭兵団。次は傭兵団と取引を行う商会を潰して黒幕を暴きましょう?」


 海運商会は一旦置いておいて、まずは国内の犯罪者を一掃する方向性をセレスティアは王女様に提案した。


 二日間連続で動き、とにかく黒幕を明らかにする方向性だ。


「いいだろう」


 王女様も了承しちまったよ。


 これでもう止まらねえじゃん……。


「ジョン、フリッツ。計画通り、今夜で傭兵団を潰すように。仕事が終わったらまた屋敷に戻って来てくれ」


「へーい……」


「分かりました」


 俺は渋々ながら王女様の命令に頷いた。


 はぁ……。今夜はしんどそう……。

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