第17話 傭兵団壊滅


 俺とフリッツは夜になってから西区の先にある港へ向かい、港の入口から倉庫街を監視し始めた。


 港に設置された大量のランプが周囲を照らす中、巨大な帆を張った船が港に到着。続々と積まれていた荷物が下ろされていく。


 あれが『ロージポール海運商会』の船だろう。


 船員達が木箱を懸命に運び出し、港に続々と並べていく。次にそれらを仕分けして、該当の倉庫に運ぶのがクランボーン傭兵団の仕事みたいだ。


 通常であれば、搬入に使う人員のみが港に配置されるのだろう。


 しかし、今夜は違った。


「…………」


 搬入作業を行う男達の周辺には武器を携えた武装集団が配置されている。ざっと数えても四十を超えていそうだ。


 全員、目を血走らせながら作業員達を護衛してるんだが……。


「あれ全員ぶっ飛ばすのかよ……?」


 蛇みたいな顔して「ヒャハー!」とか言いそうな野郎から筋肉モリモリマッチョマンなスキンヘッド野郎まで。街中で目撃したら目を逸らしたくなるような野郎共が勢揃いだ。


「じゃあ、ボクが三十人くらい倒すよ。残り十人は君がやれる?」


「ええ……。せめて五人にしてくれねぇ?」


 あんたは戦闘担当なんだからなるべく多く倒してくれよ。


 そう文句を言うも、フリッツは「うーん」と唸り出す。


「ボクも出来ればそうしたいけど、今回はクランボーン傭兵団のリーダーもいるって話じゃないか」


 フリッツが一番警戒しているのは傭兵団のリーダーである『ゴロダン』という名の男みたいだ。


「ヤバイの?」


「……殺しの達人だと有名だね。人にも魔獣にもだよ」


 曰く、ゴロダンは敵に対して容赦しない男。


 魔獣だろうが人間だろうが、一度『敵』と認識したモノには容赦しない。徹底的に追い込み、徹底的に潰す。


 よくある三流野郎が獲物の手足を切り刻んでゆっくり拷問めいた殺し方をする、なんて話を聞くがゴロダンはそういったことを一切しない。


 敵であるなら即座に殺す。油断を見せず、確実に息の根を止めるのだとか。


 もちろん、腕前もピカイチ。


 前回、三十人程度の傭兵共を軽々と殺したフリッツも噂通りの相手なら苦戦するかもしれない、と。


 ゴロダンの特徴は左目に眼帯。短い黒髪。厳つくてゴツい男だそうだ。


 この特徴の男を見たらすぐに逃げて、と忠告された。


「さすがに三十人を相手にしながらゴロダンの相手もってのは避けたいね」


「うへぇ」


 相手にしたくねぇ~……。


 ゴロダンはフリッツにお願いしよう。


「とにかく、そういうことで。君には最低でも十人は引きつけてもらいたいかな」


「あー……。うん。なるべく頑張る」


 俺は曖昧な返事を返した。


 引きつけるフリをして、フリッツに押し付けてしまおう。俺は戦っているフリをしながら自分の身を守ることを優先しよう。


「じゃあ、荷物が全て搬入されたら仕掛けようか」


 荷物の中にがいた場合、巻き込みたくないとフリッツは言った。


「やりたくねぇ~! 搬入作業が一生終わらなきゃいいのに……」


 なんて言っても時間は残酷だ。


 どんどん荷物が倉庫内に運ばれていき、遂には荷下ろしをしていた船員達が船の中に引き返して行ってしまう。


 船の様子を見ていると、夜だってのに港を出発するようだ。普通ならこのまま王都で一泊、リスクの少ない朝に出発となるだろう。


 そうしないってことは、こりゃ確定かもな。


「じゃあ、行こうか」


「はぁ、最悪だぜ」


 やる気満々で歩き出すフリッツの後を渋々ながら追いかけた。



 ◇ ◇



 さて、傭兵団を襲撃するにしても「どう仕掛けるのか」って話だ。


 取っ掛かりは大事。


 夜という状況を活かし、影から奇襲するのもアリだ。同じく音を殺しながら忍び寄って個別に襲っていくって手も良い。


 だが、このクズ野郎は俺の斜め上を行く。


 セオリーってもんを知らないアホだった、とだけ言っておこう。


「悪党共め!」


「お前もね!?」


 このアホウは正面から突っ込みやがったんだ。


 剣を抜いて、一番手前にあった倉庫の前でたむろしていた武装集団に正面から行きやがったんだよ。


 アホだ。もうアホとしか言いようがねえ。


「正々堂々と勝負だ!」


 もう嫌だ。


 もう嫌だよ、俺は。付き合ってらんない。


「情報通り、襲撃してきやがったか!」


「馬鹿がよ! 正面から乗り込んできやがった!」


 クランボーン傭兵団の武力担当共が剣を抜きながら吼えた。


 その通りだ。お前らの言う通り! もっとこの馬鹿に言ってやってくれ!!


「さぁ、誰から相手になる!?」


 高らかに叫んだフリッツは一人の男に剣を向け、挑発された男もフリッツに向かって剣を振り上げながら走り出した。


 剣と剣が交わり、甲高い金属音が夜の空に響く。


 隙を見つけて別の男がフリッツに仕掛けるが、彼は一撃を躱して魔術を発動。横から奇襲した男は返り討ちにされてしまい、火達磨になって地面を転がった。


「うわ、ひっでぇ」


「お前も仲間か!?」


 俺が高みの見物を決め込んでいると、別の男が剣を抜きながら俺を睨みつけてくる。


 しかも、叫び声を聞いた傭兵共が続々と集まってきやがった。


 こりゃやばい!


「違うよ、違う。僕は関係無いんですぅ」


 人違いです。あんな馬鹿でアホでクズな野郎の仲間じゃありません。


 ただここに居合わせただけの憐れな男なんです、と。


 両手を振ってアピールしたのだが……。


「ジョン! 作戦通りに頼むよ!」


「馬鹿! 名前を呼ぶな! アホかお前!?」


 クズ野郎!


 死ぬならテメェだけで死ね! 俺を巻き込むな!


「お前も仲間かァー!」


「うおわああ!?」


 俺を敵と認めた男が突っ込んで来て、キラリと光る剣を力いっぱいに振ってくる。


 咄嗟に躱してみせたが、あとちょっと遅かったら俺自慢の高い鼻がイッちまってたじゃないか!


「ひぃ~! 俺は違うんですぅ~!」


 走った。


 俺はその場から走り出した。倉庫と倉庫の間にある道に向かって走り出し、倉庫街の奥へと向かう。


「待ちやがれェー!」


 後ろを振り返れば、俺を追う男の数は……十人くらい。


 ようし、ひとまずは作戦通りだ。このまま倉庫街を走り回り、追手を巻いてフリッツに押し付けようと考えたのだが。


「逃がすなよォ! 俺達に敵対する奴らは皆殺しだァー!」


 最後尾にいる男が吼えた。


 よく見れば短い黒髪と左目に黒い眼帯をしている。体も他の野郎共より大きく、デカい猪型の魔獣でさえ一撃でぶっ殺しそうな両刃斧を担いでいるじゃないか。


 も、もしかして……。ゴ、ゴロダンさんっスかー!?


 フリッツじゃなくて俺の方に来ちゃったんスかー!?


「待ちやがれ!」


「ひぃ~!」


 ……さて、どうしよう。


 このままマジでフリッツに押し付けるまで逃げ続けてもいいが。


 走りながら「結構奥まで来たな」と周囲を観察する。


 追手は相変わらず十人だ。ちょっとは働いておかないと報酬を貰う時に揉めるだろうか?


 フリッツの野郎に「彼は逃げ回っているだけだったよ」なんて報告されて減額されるのだけは避けたいな。


「さっさと止まれェー!」


「あのメス共を味わいてぇんだ! 手間取らせるんじゃねえ!」


 ふぅん?


 こりゃ決定的な証拠じゃないの?


 ゴロダン君、ちゃんと部下の躾はしないとダメじゃない?


「まぁ、ちょっとだけ……。さっさと終わらせて酒代と娼館代を貰いたいし」


 独り言を呟きながら、俺はコートの下にあるナイフホルダーへ手を伸ばした。


 決心したとも言えるかな。


 ホルダーから銀色の刃を持つナイフを一本抜き、逆手持ちで握って――急ブレーキ!


 靴底で地面を擦りながら足を止め、追手に振り返りながら逆走を開始した。


「えっ!?」


 急な方向転換に傭兵共は驚きの表情を見せる。


 だが、最後尾にいたゴロダンだけは変わらず俺を睨みつけていた。


 その顔、歪ませてやるよ。


「悪いね。普段の俺なら殺しは避けるんだが」


 状況が状況なモンでね。


「―――ッ!」


 俺は小さく呟き、瞬間的に加速した。


 追手である傭兵共の隙間を縫いながらナイフを振り、すれ違い様に首を斬り裂いていく。


 スパスパッとね。


 斬り裂いた首からは鮮血が舞い、暗い道が赤く染まる。九人目の首を斬り裂いたところで、ゴロダン君とご対面だ。


「よう、お前は殺さないぜ」


 すれ違い様にゴロダンの首へナイフの腹をペチンと当ててやった。


「なッ!?」


 嫌でも分かるよな。


 その声と表情が証拠だろうよ。


「テメェ、何者――ぐっ!?」


 ゴロダンの背後に回り込んだ俺は、しゃがんで奴の両刃斧による振り回しを躱す。


 躱しながら膝の真横にナイフを刺した。足が壊れたせいでガクンと相手の体勢が崩れる。


 次は右腕だ。サクリと刺す。


 その次は左肩と二の腕。こっちもサクサクッと。


「もう腕は上がらないだろう?」


 空に浮かぶ双子月を背に言ってやると、片膝をついたゴロダンの手からゴロンと両刃斧が零れる。


「お前、何者だ……!」


 顔中に脂汗を浮かべたゴロダンが俺を睨みつけながら問うてきた。


「俺か? 大悪党さ」

 

 俺はニヤッと笑いながら、ナイフの刃に付着した血を倉庫の壁に飛散させた。

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