第15話 寝不足のロナ
白薔薇の館を追い出された日の同日。
散財した俺は再び安宿に戻っていたのだが、夕方になるとセレスティアの遣いを名乗る女性が部屋を訪ねて来た。
彼女の手足として働くミツバチの一人だ。
彼女曰く、明日の朝から東区にある屋敷へ集合せよとのこと。
その日は安酒を虚しさと共に流し込んで過ごし、翌日を迎えた俺は約束通り屋敷へと向かった。
入口のドアノブを捻ると鍵は掛かってない。もう誰かいるようだ。
招集を掛けた王女様かな?
そんなことを考えながら屋敷の中を進み、以前話し合った執務室へと向かう。
中に入ると誰もいない――いや、一人いた。
「…………」
あのロナという名の少年だ。
彼は相変わらずフードで顔を隠しつつ、俯きながら一人用のソファーに座っている。
身を縮めるように座る姿からは、なるべく目立たないように。なるべく人との交流を避けたいといった雰囲気が感じられる。
全身から醸し出される雰囲気通り、このまま声も掛けずに無視するのもいいが……。
俺にとっちゃ確認するチャンスかもな。
「よう、少年」
俺が声を掛けながら近付くと、彼の小さな肩がびくりと跳ねた。
フードの中にある顔が少しだけ動いて、彼の正面に立った俺を上目遣いで窺い見てくる。
「少年、どうして魔法が使えるんだ?」
「――ッ!」
またしてもロナの肩がビクンと跳ねる。
……別に驚くようなことを聞いているつもりはないんだがなぁ。初日に王女様から治癒魔法を使えるという話は聞いているし。
「お、おに、お兄さんは……」
「ん?」
彼の声を初めて聞いたが、まるで少女みたいな声だ。
辛うじて見える顔も幼さが残っているし、少女と言われても納得できそう。
「お、お兄さんは……。あ、愛されてる……」
「ふぅん?」
愛されてる、ねぇ。
「
俺の問いに対し、ロナは何度も頷いた。
「ぼ、僕は、く、黒いの……。お、おに、お兄さんは……。た、たくさん」
黒いの、ね。
なるほど。こりゃ本物だ。
「どうして魔法使いに? 魔王国生まれじゃないんだろう?」
またしてもロナは何度も頷く。
そして、俺を上目遣いで見つめながら言った。
「ぼ、僕は……。お、お姉ちゃんと祈りを捧げてたら……」
「祈り?」
「お、お姉ちゃんは創神教のせ、聖女でした」
創神教とは大陸東側で広がる宗教である。
基本的に世界を作った創造神――男神と女神――を崇め、最高神として扱っている宗教だ。
因みに大陸西側には別の宗教があって、そちらは神聖教という名だ。こちらも崇めている神は一緒。
違いは信者に説く内容やら発祥の成り立ちだかが違うんだったかな? よく分からんけど。
ただ、西側にある神聖教の方が血気盛んだ。
十年戦争にも「神の奇跡を神以外が使うなど言語道断」と言って参加してたし。武装宗教みたいなもんだ。
「姉ちゃんが聖女ってことは、結構いい暮らししてたんじゃねえの? どうして悪党共が集う場所にいるんだ?」
聖女とは神の声が聞こえる存在として教会の神輿になってたはずだが。
宗教を広く伝える広告塔みたいなもんだし、大事に扱われていたんじゃないだろうか。
「お、お姉ちゃんは……。せ、聖女に相応しくないって言われて……。こ、ころ、殺されました」
「相応しくない、ねぇ」
一体何が相応しくなかったのだろうか?
教会上層部に異を唱えたか? 傀儡として相応しくないと切り捨てられた? それとも真っ当な理由があった?
どちらにせよ、殺すとはね。創神教もなかなかに過激じゃないの。
「だ、だから……。ぼ、僕は……」
俯きながら呟く少年の足元――ローブの端が作り出していた影からドロッとした黒い粘液が湧き出る。
「お、お姉ちゃんを、ころ、殺した人達を……。こ、ころ、殺した」
そう言って、再び俺の顔を見るロナの瞳には確かな闇があった。
愛する家族を殺されたため、大事な姉の復讐をするため。恐らくはそれがトリガーになって魔法使いとして覚醒したのだろう。
加えて、彼の姉が聖女だったって部分もポイントが高い。姉と同じく純粋な信仰心を持っていたはずが、
簡単に言えば闇堕ちした聖人? いや、聖職者?
まぁ、どっちでもいいか。そう思いながらも、俺は彼の足元で蠢く闇を見つめた。
「治癒魔法じゃねえのか」
彼が扱うのは治癒魔法ではない。
もっと違う、別の魔法。治癒魔法とは全く逆の位置にある魔法だ。
正真正銘の治癒魔法が『生』あるいは『光』であるなら、彼の持つ魔法は『死』と『闇』だ。
生と死は表裏一体。光と闇もまた同じ。
本来は違う使い方をする魔法を応用して「治癒魔法もどぎ」を使っているわけか。だからこそ彼の魔法では王様や本物の王子様が抱える病を治せないんだ。
ただ、なかなかに器用で頭が良い子だな、とも思う。
「…………」
俺は屈んで少年の目線に合わせると、フードの中にあった顔を覗き込んだ。
まだ幼さの残る顔立ち。瞳は黒く、目の下には深い隈がある。髪は綺麗な桃色のセミロング。
こうして見るとただの子供だが、その雰囲気と表情からは悲惨で過酷な人生が読み取れた。
「悪夢を見るから眠れないのか?」
フードの中にある顔へ手を伸ばし、彼の頬を両手で挟み込みながら問う。
すると、彼は静かに頷いた。
「心配するな。悪夢はお前を殺しはしないさ」
経験上、よく分かる。
俺もそうだったからな。
「そういう時は人肌を感じながら眠れ。今、誰かと一緒に住んでいるのか?」
ふるふると首を振る少年。
「こ、ここで一人……」
「ふぅん?」
どうやらこの屋敷は彼の住処でもあるらしい。
王女様は太っ腹なのか、単に彼を隠しているだけか。どちらにせよ、デカい家に住んでいるから余計に寂しさを感じるのかも。
「俺はお前と似たような境遇の奴らを知っている。そいつらが身を寄せ合って暮らしている場所も知っている。似た者同士、仲間になれるかもな」
そこへ行くか?
俺は彼にそう問う。
「……いつか」
そう言って首を振る彼の目には「まだやり残したことがある」と語っているようだった。
「そうかい。いつでも言いなよ。俺が連れてってやるから」
別に強制はしない。選択するのはお前の自由。
そう言って俺は立ち上がった。
別のソファーに座って他の奴らを待とうとしたが、意外にもロナは俺のズボンを掴んで離さなかった。
まだ何か聞きたいことでもあるのだろうか。
「お、おに、お兄さんは……。どう、どうして、見えているの? どうして――」
「おっと」
ロナが何を言いたいのか分かった俺は、自分の口に人差し指を当てて「シィー」と口にする。
「それは秘密だぜ。誰にも喋っちゃいけない秘密なんだ」
そう告げると、彼は静かに頷いて手を離した。
物分かりの良い子で助かるね。
また顔を俯かせて静かになったロナを見つつ、俺は対面にあるソファーに座った。
ふぅ、と一息ついた時だ。
ガチャリと執務室のドアが開く。
ドアへ振り返ると、立っていたのは男装した王女様だった。
「よう」
しかも、たった一人で。
前も疑問に感じたが、仮にも王子様に変装して演じてるのにどうやって城を抜け出しているんだろうか?
王族が護衛も無しに外に出られるとは思えないのだが……。だが、現にこうして一人で現れているしな。
謎だぜ。
そんなことを頭の中で考えていると、王女様は俺とロナを交互に見てから眉をひそめた。
「……いじめてないだろうね?」
俺とロナだけって空間がよっぽど心配だったらしい。
「馬鹿言っちゃいけないね。さっきまで楽しくお喋りしていたところだ。なぁ、ロナ?」
「…………」
ロナは黙ったままだったが、それでも小さく頷いてくれた。
彼のリアクションを見て、王女様はポカンと口を開けて固まってしまう。
「……驚いた。ロナが他人と会話するなんて。私を除くと初めてかも」
「まぁ、ほら。俺って親しみやすいし。娼館にいるお姉ちゃん達もすぐに俺のことを好きになっちまうし?」
「ふぅん。私は嫌いだけどね」
フンッと鼻を鳴らしながらスタスタと歩いて机に向かう王女様。
彼女の背中を見送りながら、俺はロナに向かって肩を竦めてみせた。
フードの隙間から見えた彼の口元が少し弛んでいるように見えたのは気のせいじゃないのかもしれない。
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