第14話 ボーナスの使い方


 王子様を演じる王女様と別れた俺は、夜道を歩きながら別れ際の会話を思い出す。


『私が王子を演じていること、誰にも喋らないでよね』


『フリッツやセレスティアにも?』


『もちろん。あとロナにもよ』


 初めて聞く名に首を傾げたが、彼女はすぐに「私と一緒にいた少年よ」と返した。


 あの少年はロナという名なのか、と内心思い出しながら――


「どう考えても治癒魔法を使ったとしか思えないよな?」


 エーテル車に轢かれた直後のこと、感じた痛みを思い出す。


 あれはどう考えても骨が折れていた。たぶん、腕やら足やら肋骨やらはイッちまってただろうよ。


 気付いた時には痛みがなく、体は正常な状態に戻っていたわけだ。


 この世に短時間で傷を治す術は治癒魔法以外に存在しない……はずだが。


 錬金術が盛んだった国で誕生した名薬、かつては奇跡の万能薬とも呼ばれたポーションも即効性は無い。


 切り傷を治すにしても、骨やら内臓やら病気を治すにしても一週間は安静にしながらポーションを飲み続けないといけない。


 続けて魔術であるが、魔術に関してはそもそも「治癒系」の魔術は存在していないはず。


 となると、必然的に治癒魔法としか考えられないわけだが。


「魔法、ねぇ……」


 魔法。


 魔術とは違う、神の如き奇跡を可能とする術。


 魔術は魔法を模倣して作られた技術だが、魔法は正真正銘『神の力』である。


 かつては魔王国を治めていた魔王しか使えない、オンリーワンな能力だった。


 お伽話に登場する神様や女神様を除いてね。


 しかし、十年戦争勃発時には魔王だけじゃなく、魔王軍に存在する四天王と呼ばれる者達も魔法を使用していた。


 話によると魔王は魔王軍全員――それこそ、末端の兵士にすら魔法が使えるよう知識を授けていたって話だが。


 結局、魔王以外に魔法を使うことができたのは優秀だった四天王だけって話だ。


 さて、この話が本当なら……。あのロナって子は何者なのだろうか?


「彼女は魔族じゃないと言っていたが」


 リリ王女は少年のことを「魔族ではない」と言っていた。


 彼女の言葉を信じるならば、魔王国以外で誕生した、更には魔王と四天王以外の「魔法使い」ということになる。


「可能性はゼロじゃないわな」


 ただし、魔王や四天王以外に魔法使いが誕生していてもおかしくはない。


 何故なら魔王も四天王も魔法を使えたから。


 魔法はお伽話の中にしか存在しない術ではなく、ちゃんと現実に存在する術なのだ。


 ロナという少年が何らかの拍子に魔法使いとして覚醒してもおかしくはないし、それこそ「神様からのギフト」として生まれ持っていてもおかしくはないのである。


 ……まぁ、ちょっと気になるなってくらいだ。


 俺は自分にそう言い聞かせつつも、最悪の展開にならないことを心の中で祈る。


 仮に少年が魔法使いだった場合、願わくば第二の魔王にならないでくれよってね。


「おっと」


 そんなことを考えながら道を歩いていると、目的地を通り越しそうになってしまった。


 俺は慌てて足を止めて、その建物を見上げる。


 白薔薇の館。


 ここが目的地だ。


「へへへ」


 俺はドアの前に立つミツバチに「よう」と挨拶して館の中に入った。


 既に営業中である白薔薇の館には、数名の貴族らしき男達の姿が見られた。彼らはエントランスにあるソファーに座りながら、案内役のミツバチによる「今日の相手」を紹介されているようだ。


 その先にある階段へ目を向けると、豪華な服を着た小太りの男が娼婦の尻を撫でながら階段を上がっている姿が見られる。


 小太り男はスレンダーな女性がタイプらしい。たぶん、俺と違って尻派なんだろうな。


「さて、俺はどの子に――」


 自分でも分かるくらいニタッと笑いながら、エントランスで待機する女性達を見回した時だった。


 ぐいっと横から腕を引かれる。あと腕にムニュンと柔らかいモノが当たる感触も。


「お客様?」


 俺の腕を引いて声を掛けて来たのは、初めて見る女性だった。


 耳が長い。


 フリッツと違って純血のエルフみたいだ。


 俺の腕を引いた彼女は耳元で「右を見て」と告げる。


 彼女の指示通りに右を向くと……。従業員用の廊下へ続くドアの隙間から、俺を睨みつけるセレスティアの顔が僅かに見えた。


「おおう……」


「早く行った方がいいと思いますよ?」


 エルフの女性にそうアドバイスされて、俺は言われた通りに従業員用のドアへ近づいて行く。


 ドアを開けて廊下に進入すると、腕を組んだセレスティアが明らかに「怒ってます」と言わんばかりの顔で迎えてくれた。


「執務室に」


「はい」


 ここは素直に従っておくべきだろう。


 俺は彼女の後に続いて、彼女の執務室へと向かった。


 執務室に入り、彼女がドアを閉めると――彼女は俺の胸倉を掴みながら怒りに染まった顔を近付けてきた。


「何の用で来ましたの? え"ぇ"? クランボーン傭兵団と戦闘になっておきながら報告しなかった無能義賊!」


 チッと舌打ちを鳴らすセレスティア。


 おお、怖い怖い。


「報告すべきだった?」


「当たり前でしょう! 後から知ってどれだけワタクシが焦ったことか!」


 セレスティアは俺の胸倉をブンブンと振りながら言葉を続ける。


「フリッツのクズ野郎は自分の責任じゃないと言いやがりますし! そもそも義賊のくせに見つかってるんじゃない! 馬鹿、アホ、無能!」


 黒幕がいるのは確実だ。


 その黒幕に自分達の存在がバレたらどうなる、と彼女は俺を捲し立てた。


「貴方一人だけが吊るされるなら構わないですけど、ワタクシにまで迷惑を掛けないで下さいます!?」


 せっかくここまで娼館を大きくしたのに。せっかく貴族相手に地位を築き上げたのに。


 自分のしてきたこれまでを無駄にさせるな、とセレスティアは本気で怒っていた。


 国のためだとか、リリ王女のためだとかじゃないってところが強欲で悪女な彼女らしいね。


「おお、すまん。次からは気を付けるよ」


「当たり前ですわっ! 次に同じことをしたら殺して港に死体を投げ込みますわよ!?」


 最後に彼女は俺の耳を摘まみ、ぐいいっと捻じり上げた。


 痛い。


「んで? 結局どうしたんだ? バレてないんだろう?」 


「ええ、当然でしょう。クランボーン傭兵団のシノギを奪おうと他所から別の傭兵団が王都にやって来た、という筋書きをでっち上げましたわ」


 彼女は王都に存在する噂流し「スズメ」と呼ばれる者達を使い、他所の街からやって来た豪商から聞いたという体で噂を流したようだ。


「クズのフリッツが全員殺したからいいものを。バレてたら最悪でしたわね。今頃、血走った目で赤髪の男を探し回っているはずですわ」


「ふぅん。クズ野郎に感謝だな」


 もし、次も同じことがあればアイツに始末してもらうか。


 使えるモンは使わねえとな。


「ところで、今日は何の用件でここに?」


 説教がようやく終わったところで、俺は「もちろん、綺麗な姉ちゃんと添い寝しに」と告げた。


 だが、彼女は俺を信用していないようだ。


「はぁ? 前にも言ったでしょう? ワタクシの館は安い娼館じゃありませんのよ? 最低でも三十万――」


 前にも言っていた金額を口にしたところで、俺はコートの内ポケットから取り出した札束を執務机に叩きつける。


「五十万ある。綺麗なお姉ちゃんと酒、それに飯も頼むわ」


 勝ち誇った顔を見せてやると、彼女は「いつの間にそんな大金を」と漏らしながら札束と俺の顔を交互に見る。


「ふふん。俺をナメてもらっちゃ困るね」


「……まぁ、いいでしょう。部屋を用意してあげますわ。ですが、一晩だけですわよ?」


「おお、構わねえよ」


 稼いだ金は一夜で使い切るのが俺の主義だ。


 いつ死ぬかも分からねえ人生、好きな時に好きなだけ好きなことをしておかねえとな。


 死ぬ寸前で後悔するなんてことは御免だね。


「因みにあんたは抱ける?」


「ワタクシが五十万程度で抱けるとでも?」


 彼女は俺を見下すように鼻で笑った。


「ふぅん。じゃあ、次は抱けるだけの金を用意してくるさ」


「そう。楽しみにしていますわ」


 話も終わったところで。


 さぁて! お楽しみの時間だ!


「なぁ、好きな子を選べるのか!?」


「ええ。もちろん。白薔薇の館はお客様の好みを百パーセント実現させるのがモットーですもの」


「フゥー! たまんねえ!」


 自信満々に言ったセレスティアを見て、俺のテンションはアゲアゲだぜ!


 彼女と共にエントランスへ向かい、セレスティアの右腕であり案内役であるミツバチに説明を受けながら今夜共にする女性を選んだ。


 俺が指名したのは、エントランスで声を掛けてくれたエルフちゃんだ。


「今夜はよろしくね、ダーリン?」


「へっへっへっ! よろしく!」


 セクシーな下着姿で密着してきた彼女の腰を抱き、一緒に二階へと上がっていく。


 個室に入ってからは夢のような時間を過ごして……。


 最高の夜だった。


 最高だぜ、白薔薇の館!


「俺、もうここに住む!」


 もう一生ここで暮らす! 義賊は辞めて白薔薇の館で雑用係でもいいや!


 そんなことを宣言して棲みつこうとしたのだが……。


「早く出て行って下さいまし!」


 結局のところ、朝になるとブチギレたセレスティアに尻を叩かれながら追い出されてしまった。

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