第13話 敵の狙いは?
「このクズ! 何が二つも秘密を知った、よ!」
「はっはっはっ! 俺が何者なのか忘れてないか? 俺を悪党と言ったのはあんただぜ?」
睨みつけてくるリリ王女に対し、俺は挑発するように笑ってやった。
「ちょいとボーナスをくれればいい話さ。安宿暮らしは我慢できなくてね。綺麗なお姉ちゃんが添い寝してくれる宿じゃないと安眠できないんだよ」
再び指で丸いマークを作るが、彼女はそれでも首を縦に振らなかった。
ニヤッと笑った俺は対面に座る彼女の横へ向かい、彼女へ迫るような体勢を作りながら――
「それとも、あんたが俺の相手をするかい?」
顔を近付けて、彼女の顎を指で持ち上げながらニヤリと笑う。
しかし、彼女もまた強気に笑った。
「何か忘れてない? 君は私の駒なのよ?」
そう言った彼女は俺の胸に指を当てた。
ここに刻まれているモノを忘れていないか、と。
「ああ、死の魔術?」
「ええ。こういうこともあると思ったから、私は君に――」
「ジャジャーン!」
俺はコートの内ポケットから白色の魔宝石を取り出す。
しかも、大きなやつだ。子供の拳くらいのサイズ。
おおよそ、コートの内ポケットには入りきらないであろう極大魔宝石を取り出してみせた。
「え、は?」
彼女の顔には「なにそれ」やら「そんな大きな魔宝石、どこから取り出した?」と複数の疑問が頭の中に浮かんだであろう、驚きの表情を見せる。
しかし、俺は彼女に答えはあげない。
片手でシャツをまくり上げて、胸に刻まれた死の魔術式を見せつけながら――片手で握る白色の魔宝石をふりふりと振ってみせる。
「消えろ」
俺は小声で呟いた。
すると、どうだろうか。
俺の胸に刻まれていた黒い魔術式が消え失せていくではないか~!?
「え、あ!? う、嘘!?」
「言ったろう? 俺は大悪党だぜ? 死の魔術式を解除する方法なんか知ってるっつーの!」
通常、死の魔術を解除するには術者の血液が『鍵』となるが、それ以外にも抜け道はある。
きっと彼女は知らなかったんだろうねぇ。
へっへっへっ!
「これで首輪は無くなっちまったな?」
俺は白色の魔宝石をテーブルに置くと、改めて彼女に迫った。
ソファーの上で後退りする彼女を追い詰めていき、覆い被さるようにして。
「さぁ、どうする? 死の魔術はもうないぜ? それとも刺し殺すか?」
代わりに俺を刺して殺すか。
殺して、破いたページを奪い、その情報をセレスティアに与えて調査させるか?
その覚悟があんたにはあるのか? と問う。
「う、うう……」
だが、リリ王女は俺の問いに答えなかった。
代わりに大粒の涙を目尻に浮かべて、俺を睨みつける。
ううん? やりすぎちまったかな?
「なーんてね!」
覆い被さっていた状態から元に戻り、俺は肩を竦めながら彼女を笑う。
口を半開きにした彼女はまだ状況を理解していないようだが。
「な、なに……? 何がしたいの……?」
「ああん? 俺は優しいからよ。悪党を使うって意味をあんたに教えてやっただけさ」
死の魔術は確実じゃない。
悪党を使うってことはリスキーだし、覚悟もいる。
「国を正したい、家族のために奮闘したいってのは立派だがね。世の中には立派な気持ちだけじゃどうしようもないことだってあるってことさ」
最悪の事態を想定して、どんな状況も打破する、あるいは飲み込む覚悟を持て。
じゃないと悪党を利用するのは難しい。
「あんた、いつか殺されちまうよ」
俺はスッと目を細めて言ってやった。彼女の心に言葉を刺すように。
彼女は俺を見ながら肩を震わせて、ようやく自分がやろうとしている意味を知ったようだ。
このまま諦めちまうかな。泣き喚いちまうかな。
そんな考えが頭の中に過るが――彼女は違った。
「それでも……! それでも私は国と家族のためにやるって決めたのよ……!」
彼女はテーブルの上にあったワイン瓶を掴み、まるで棍棒を構えるかの如く態勢をとる。
キッと俺を睨みつける彼女は、本気で俺を殴りそうだ。
「うぉい!? 待て待て! それで殴られたら洒落にならんだろ!!」
落ち着け! と彼女へ必死に訴えた。
「洒落にならないことしようとしてんのよ! このクズ! 悪党! ばか!」
俺の訴えも虚しく、彼女は瓶を振り被って殴りかかってくるではないか。
咄嗟に彼女の手首を掴み、握っていた瓶を奪い取った。
「なんちゅう女だ! 俺はただ警告してやっただけだろうが!」
「うるさい! うるさい!」
彼女の手が届かない距離に瓶を置き、俺はとにかく彼女をなだめた。
たっぷり五分以上も使ったが、ようやく彼女が落ち着いたところで。
「まったく。とんだお転婆姫だぜ」
「……ふんっ!」
なるほど。なかなか可愛いところもあるもんだ。
男装していない、王子を演じていない彼女の『彼女らしい』リアクションは俺の心を心地良く揺さぶる。
「とにかくだ。悪党を使うのはリスクがある。だが、俺は優しいから金で満足してやるってことよ」
金をくれれば言うことを聞いてやる。
金をくれれば襲うこともない。
「金をくれれば、あんたの父親が抱える病気も治せるかもな?」
「……分かったわよ。いくら欲しいの?」
渋々、といった感じだろうか。
まだ何か言いたいことを抱えているだろうが、彼女はようやく俺の要望を聞き入れてくれた。
「ふふん」
俺は手を広げて「五」と示した。
「……五万?」
「馬鹿か。桁が違う。五十万だ」
これは黒染め病に関する情報代。
もちろん、全部終わったら別途報酬は頂くぜ。
「分かったわよ。払うわよ」
「へへっ! まいど!」
やったぜ。
これで安宿からオサラバできそうだ。高級娼館で綺麗なお姉ちゃんと添い寝して――いや、白薔薇の館で過ごすのもよさそうだ。
「……続き、教えてよ」
「おう、もちろん」
仕切り直しだ。
俺はまず、ラミアの毒と黒染め病について語ることにした。
「黒染め病ってのはラミア由来の毒を使った病気だ。毒を飲ませると徐々に体は蝕まれ、体の一部が黒く変色していく」
毒としては遅効性であるが、その分だけ相手を「長く苦しめる」ことに特化したものである。
最初に変色するのは口の中にある舌。次に内臓が蝕まれ、やがては血が黒くなる。
体に浮かぶ血管が黒くなったら末期症状。最後は心臓が真っ黒に染まり、死に至る。
これらの症状を引き起こす原因はラミア族が持つ特殊な毒だ。
ラミア族――下半身が蛇であり、上半身は女性の体を持った種族――は獲物を捕らえる際、獲物に噛みついて毒を流し込む。
毒に冒された獲物をじっくりと弱らせ、そして言いなりにする。
女性しか存在しない種族だからこそ、他種族の男達を捕まえて……ってやつだ。
まぁ、彼女達が毒を使って異種族の男を従えていたのは、まだ人類が野蛮な生活をしていた大昔の話であるが。
「んで、解毒するにもラミア由来の成分が必要だ」
「ラミア族って十年戦争時に全滅してしまったのよね……?」
リリ王女の顔には絶望が浮かぶ。
「ああ。それは確かだが、この毒は危険性も高い。使用者もちょっと口に入れば毒に冒されちまう。安全策として解毒薬も所持してるはずだ」
じゃないと怖くて使えやしないだろうよ。
「解毒薬が存在する可能性は高い。だが、もっと大きな問題はこれを入手した野郎だ」
この破いたページは今回の事件を調査する過程で手に入れた。
人身売買事件を追っている過程で手に入れた。人身売買を行っている野郎共の仲間から手に入れたんだ。
「しかも、ページに書かれた入手日は半年前。王様が病を発症したのは?」
「半年前……」
そうさ。
もうこりゃ決定的だろう?
「つまり、事件の黒幕は人身売買だけが目的じゃない。王家を害することも企てている可能性が高い」
「――ッ!」
リリ王女の顔が強張った。
当然だ。王子を演じている彼女もターゲットにされている可能性が高いのだから。
「まずは王から。これは当然の選択だよな。王様を殺せば、残ったのは双子の王子と王女だけだ」
王子を演じている彼女自身が言った通り、病弱な王子は傀儡にされてしまう可能性が高い。
もしかしたら、王子を演じている彼女が今も無事なのは、敵がまだ「傀儡にすればいい」と利用価値を見出しているだけかもしれない。
しかし、王女はどうだろう? まだ利用価値があると考えられているだろうか?
「あんたが言った通り、王女にも利用価値があると思ってくれていればいい。他国に嫁がせて利益を生み出す駒だと思ってくれればいいさ。だが、あんたが王子を演じていることがバレたら? 小癪な女だと思われたら?」
「……私は殺される」
「かもな」
彼女は黒幕に迫ろうとしているんだ。
身の安全と利益を天秤にかけて、彼女を殺す選択をする可能性は高い。
王様、そして黒幕を追っている王女様を殺し……。残ったのは何も知らない病弱な王子様だけ。
それに王子様も殺される可能性は捨てきれないぜ?
傀儡にして思う存分操ったら、正当な血筋を継承した新しい子供を誕生させればいいんだしな。
「ただ、俺には理解できないんだが……。国の王になるってのはそこまで魅力的なもんかね?」
敵の目的は国の掌握。権利の独占だろう。
王家の血筋を得て、裏から王を操る。あるいは、血筋という正当な理由を得てから王子を殺す。
残った血筋を新しい王として君臨させる可能性もあるが。
俺にとっちゃ、これの魅力が微塵にも理解できなかった。
王様やら国のトップになって何が楽しいんだ? 毎日、女を侍らして酒池肉林のパーティーができるならまだしも、それを実行したら他の貴族も黙っちゃいないだろうし。
結果、血で血を洗う内戦の始まりじゃねえ?
「……マナステルの利益よ」
「あん?」
「エーテルを生成するマナステル。ローゼンターク王国はマナステルの埋蔵量が世界一だから。マナステルに関する権限は全て王家が所有している」
敵の狙いは今のローゼンターク王国を支える『マナステル』だと、彼女は断言した。
「十年戦争が終わった今、異世界の技術を応用して開発された魔導技術はどんどん発展していくはず。そうなると燃料であるエーテルは必須よ」
魔導技術が世界中に普及し、使用されるのが当たり前になったら。
「十年戦争以前、まだ魔術と錬金術しか無かった頃もそうだった。錬金術の材料となる物質や希少な金属を持っている国が潤っていたのよ?」
旧技術に代わって台頭した新しい技術が生まれても、歴史は繰り返すだろう。
使用されるエネルギーを大量に生成できる、生成するための原材料を多く所有する国が経済的に勝つのだ、と。
「なるほどね。エネルギー問題か」
「ええ。魔導技術が普及すればするほど価値が上がるもの」
潤沢なマナステルは長い間、莫大な利益を生み続けるはず。
敵はそれを得るために、王へ毒を飲ませたか。
「……思った以上の巨悪だわ」
「だろうね。王様に毒を飲ませるくらいだ。とんでもねえ悪党さ」
まぁ、人身売買もとんでもねえが。
蓋を開けてみれば、人身売買と王家抹殺、権力掌握の欲張りセットときやがった。
笑えるぜ。
「あんた、王城内に信用できるやつはいるのか? さっき言ってた信頼できる貴族って奴らだけか?」
「ええ。彼らは信用できるわ。お父様も信頼していたし、心から国のことを想ってくれている人達だから」
ふぅん。
人間なんてモンは腹の中に何抱えてるか分からんもんだがね。
「だが、注意しなよ。特に食いモンや飲み物はな」
毒が混入されてたら終わりだぜ。
「……ええ」
顔を強張らせながら頷いた彼女を見て、俺はフッと小さく笑った。
そして、彼女の頭にポンと手を置く。
「まぁ、さっさと終わらせようや。敵の狙いも見えてきたことだしな」
彼女の頭を優しく撫でてやると、しばらくはそれを受け入れていたが。すぐにキッと目を鋭くして俺の手をどかす。
「何よ、優しく撫でて。悪党のくせに」
「ははっ。そうりゃそうさ。俺は金と女が大好きな大悪党だぜ。特に美人は大好物ってね」
だが、と言葉を続ける。
「美人が殺されるのは御免だね。殺されるくらいなら俺が頂く」
キメ顔で言ってやると、王女様の顔が見るからに赤くなった。
「……ばか」
赤くなったことを自覚したのか、彼女は顔を逸らしながら言った。
ほっほ! こりゃ意外な収獲があったもんだ!
「んじゃ、ほら」
王女様の可愛らしい反応を堪能したところで、俺は彼女に手を差し出す。
「え?」
「金」
キョトンとした彼女に告げると、今度はまた目を鋭くして俺を睨みつけてきた。
コロコロと表情が変わるところがまた俺の心をくすぐるね。
「……ばか。悪党。クズ。女ったらし。お金に埋もれて死んじゃえば?」
「おいおい、最高の死に方じゃねえの」
しっかり五十万ローゼ頂いたぜ。
まいどありっ!
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