第10話 強欲な二人


 さて、今は何時だろう?


 ポケットから懐中時計を出して確認すると、深夜二時だった。


「さっさとブツを預けて眠りてえよ。ふわぁぁ」


 大きな欠伸をしながら言うと、フリッツは「そうだね」と返してきた。


「この時間ってまだ営業中?」


「うん。だから、裏口から入ろう」


 フリッツの宣言通り、白薔薇の館に到着した俺達は裏口から中へ進入した。


 すると、俺達の前に現れたのはパンツ一丁で首にタオルを掛けた人狼族の女性だ。


「おっほ」


 人狼族らしい引き締まったボディにたゆんと揺れる大きなお胸。ふりふりと揺れる黒毛の尻尾と狼耳の生えた長い黒髪。


 こりゃたまらん。


 是非とも酒を飲みながらベッドの上で語り合いたいものだ。


「オーナーを呼んでくれるかな?」


 俺が彼女の体へ釘付けになっていると、フリッツがセレスティアを呼ぶようにと告げる。


「オーナー? まだ営業中だから接客してるんじゃないかな?」


「彼女の欲しい物が届いた、と言えば来てくれるよ」


 首を傾げた女性に対し、フリッツは退かない。


 人狼族の女性は服を纏うと、渋々といった感じでセレスティアを呼びに行く。


「来るのか? 営業が終わるまで待つのは勘弁してもらいたいんだが」


「大丈夫。絶対に来るよ。彼女は強欲だからね」


 本当かよ? と思ってたらマジで来た。


 廊下で待ってた俺達を見つけると、彼女は無言のまま顎で執務室を指す。


 執務室に入ると、彼女はすぐに扉を閉めた。


「お客を待たせてるから手早く」


「お、おお……」


 ソファーに座ることもなく。さっさとしろ、と言わんばかりの視線を向けられた。


「こっちが証拠。中には商品の入荷日と商会の名まであったぜ」


「へぇ」


 彼女は俺から受け取った黒革の手帳をパラパラとめくる。


「本当ですわね。切られた際の保険だったのかしら?」


「と、思うがね」


 同意見だ、と俺は頷いた。

 

 続けて彼女から頼まれた木箱を差し出すと――彼女は急に目の色を変えたのだ。


 封印されていた木箱をいそいそと開けると、中に入っていたのは金のネックレス。しかも、ダイヤモンドが散りばめられた超高級品っぽいやつ。


「これこれ! これですわっ!」


 ブツを見たセレスティアの機嫌が急に良くなった。


 執務室を照らすランプの光を反射しながらキラキラと光るそれを見て、表情をうっとりとさせる。


「ネックレス? これが証拠になんの?」


「え? 違いますけど?」


「は?」


 じゃあ、何なんだよと。


「これはワタクシを敵視している貴族夫人がオークションで競り落とした品ですわ。ワタクシとサシの勝負になりましたの。ですが、僅かな差で負けてしまいましたのよ?」


 曰く、彼女を敵視している夫人とやらは夫がセレスティアの娼館に通っていることが気に食わないようだ。


 妻を蔑ろにしながら娼婦に貢ぐ夫。それを笑顔で受け入れるセレスティア。


 しかし、妻が何を言ったところで当主である夫は行動を改めない。そんな夫に愛想が尽きかけているが、爵位と財産のある生活を手放せないから離縁もしたくない。


 そういった背景もあって、夫人はオークションでたまたま一緒になったセレスティアに嫌がらせをした。


「あのクソ年増、ワタクシが狙っていると知って値を吊り上げましたのよ? 自分は家の金があるからと。ワタクシに財産の差を見せつけて、鼻で笑いやがりましたの」


 彼女は当時の様子を思い出したのか、忌々しい! と言わんばかりの表情を浮かべる。


「しかも、競り落としたネックレスは外国の友人に譲ると! 二度とワタクシの手が届かない場所へ送ってしまおうという魂胆が丸見えですわ!」


 それがこのネックレスってわけらしい。


「じゃあ、何か? 俺はお前の鬱憤を晴らすためにこれを盗んだってわけ?」


「ええ。これが有る無しではワタクシのやる気に繋がりますし、全く仕事と関係無いってことはないでしょう?」


 はぁぁぁ……。


 俺はここ最近で一番デカいため息を吐いた。


「ね? 言ったでしょう?」


 隣にいたフリッツが笑顔で頷く。


 なるほど、こりゃ強欲女だ。


 しかし、強欲女であるセレスティアは逆に胸を張る。


「ワタクシ、自分の欲望には忠実でありたいの。煌びやかな物も権力も、全てを手に入れると決めていますのよ?」


 彼女は「ワタクシは一度、最下層まで堕ちた」と。


「ですが、再び栄光を手に入れる。権力も富も手に入れて、ワタクシは昔のように輝きを取り戻したいの」


 そう言った彼女は俺の目を見て――


「今度は自分の手で、ね」


 なるほど。


 こいつは元侯爵令嬢。その頃の輝かしい記憶が未だ捨てられないってことか?


 また貴族になって、何も不自由がなく、欲しい物をいつでも手に入れられる人生に戻りたいのか。


「ふぅん。まぁ、あんたの夢だ。否定はしないよ。応援もしないが」


「それで構いませんことよ」


 一旦ここで話が終わるが、俺は続けて次の質問を口にする。


「んで、次は?」


「ワタクシが持つ情報と証拠を照らし合わせます。三日ほど下さいまし」


 三日後、セレスティアが答えを王子様に伝える。そうすることで、再び俺達は東区にある屋敷へ招集されるだろう、と。


 あくまでも事件解決の方向性を決めるのは王子様ってことだ。


「王子様と連絡ってどう取るんだ? さっさと報酬が欲しいんだけど」


「連絡要員はおりますが、生憎と今の時間は難しいですわね。明日の昼間なら接触できると思いますけど」


 彼女曰く、王子様は王に代わって政務を行っている。


 頻繁に外へ出ることは叶わず、東区にある屋敷へ行くのも結構無理しているとのこと。


「まぁ、王子様も忙しいか。確か王様が病気なんだっけね」


 続けて、俺は「王様の病気って結局何なの?」と問う。


「原因不明という話ですわね」


「ああ、王子様も同じこと言ってたな。いつからなんだ?」


「半年くらい前ですわね。ウチに来るお客様も言ってましたが、寝たきりで食事もできないようですわ。日に日に痩せていっているようですし……」


 ただ、とセレスティアは続ける。


「一部の噂だと舌が黒くなっている、と。毒を飲まされたのではないかとの噂もあるようですわね」


 セレスティアは自分の舌を「べっ」と出して指差した。


 曰く、これは王城で働く噂好きなメイドから得た情報なんだとか。


 なんで王城のメイドと知り合いなんだよって問いは止めておいた。長くなりそうだしな。


「ふぅん……。そりゃ怖い話だ。王女様も?」


「いえ。王女様は幼少の頃から患っている病気らしいですわ」


「なるほどねぇ」


「では、今夜はこれで解散ですわね。ご苦労様」


 セレスティアが言ったように、王家の噂話を締めに解散となるはずだったが。


「ん」


 俺は最後にセレスティアへ手を差し出した。


「なんですの?」


「仕事代」


 俺はそう言いながらネックレスを指差した。


「今晩、宿に泊まる金が無くってね」


 へへへっ。


 すると、彼女は滅茶苦茶嫌そうな顔を浮かべる。


「義賊なのにお金がありませんの?」


「誰かさんに車で撥ねられた挙句、盗んだ宝石を没収されちまってね」


 そう告げると、セレスティアはブツブツと文句を言いながらも俺に三万ローゼを握らせた。


「これだけあれば東区の安宿に三日は泊まれるはずですわ」


「えーっ! ああ、そうだ! 代わりにここで寝泊まりしてもいいぜ!? もちろん、女の子の添い寝付きで!」


「無理ですわね。あと十倍は持って来なければ無理ですわ」


 一晩、最低でも三十万ローゼも必要なのかよ。


 そりゃあ……。期待できるじゃねえの。


 へへへっ。


「東区に眠る子羊亭という宿がありますわ。そこに泊まりなさい。招集が掛かった時もそこへ使いを出しますわ」


「へいへい。了解だ」


 仕方ねえ。


 別の方法で稼ぐとするか。

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