第9話 フリッツの実力


「フリッツ~! 助けてくれ~!」


 俺は走りながら彼の名を呼んだ。


 すると、彼もまた俺に気付く。あと俺を追う男達にも。


「バレたのかい?」


 彼は困ったような顔で言った。


 俺は足を止めて、彼の背に隠れながらも「ああ!」と返す。


「戦闘担当だろ! どうにかしてくれ!」


「しょうがないなぁ。でも、この状況を怒られてもボクは悪くないからね?」


 口癖を言いながらも、ポケットに手を突っ込んだ彼が取り出したのは――三つの指輪。


 赤、緑、黄色の宝石が取り付けられた指輪を、左手の指にそれぞれはめていく。


 俺を追って来た男達が勢揃いした頃には剣を抜き、戦闘要員らしい構えを見せる。


「侵入者め!」


「ひぃ! お、俺は悪くないんだよォ! こ、この顔だけは良い男に頼まれたんだァ!」


「君は何を言っているんだい?」


 責任をフリッツに擦り付けたところで、俺は一歩、二歩と下がって行く。


「どうでもいい! まとめてやっちまえ!」


 激昂している男達はフリッツに向かって走り出す。


 先頭を走る男は剣を上段に構えて、容赦なく振り落とすが――フリッツは一歩前へ踏み込みながら剣で剣を受け止めた。


「悪いけど、本気で仕掛けてくるなら手加減はできないよ」


 そう言ったフリッツは三つの指輪が装着された手を男の腹に当てた。


 瞬間、緑色の魔術式が生まれる。


 魔術だ。


 そう認識した瞬間、ドンと爆発するような音と共に風の塊が放たれた。至近距離でそれを受けた男は吹き飛ばされ、数人の男を巻き込んでも尚止まらない。


「魔導具だと!?」


 そこからはフリッツの独壇場だ。


 火と風の魔術を飛ばしながら牽制しつつ、剣で相手の体を傷つける。


 腕を斬り、腹を斬り、時には首を刎ねて。


 相手も二人掛かりならと同時に仕掛けるが、フリッツは相手の攻撃を受け流しながら火の魔術を放つ。


 放たれた火球に巻き込まれた男は火達磨だ。風の塊をモロに受けた男は、体がぐにゃんと曲がりながら吹き飛ばされて海に落ちた。


「そこだー! やっちまえー!」


 俺? 俺は後方から応援よ。


 フリッツ様! 頑張れぇ! ってね。裏声使って黄色い声援を上げる女のマネをしてやった。


「その声、やめてくれないか!」


 太った男が振るう、大振りの槌を剣で受け流しながら。ゴロンと地面を転がったフリッツに睨まれた。


「ああ? どうしてだよ?」


「気が散る!」


 あっそう。じゃあ、もう応援してあげない。


 近くにあった木箱に腰を下ろし、欠伸をしながら戦闘が終わるのを待った。


 こうしてフリッツの戦いっぷりを見ていると……。


 なかなかやるもんだな、という感想が最初に浮かぶ。


 コミュニケーション能力の欠如と自意識過剰で大失敗したっぽいが、本人が言っていた通り実力はあるようだ。


 剣さばきも上手いし、魔導具を使った魔術を放つタイミングも見事。三十人くらいいた傭兵共がばっさばっさと倒していく姿は、まるで英雄譚の主人公みたいだ。


 確かに傭兵団のリーダーとして活動して、領主に気に入られるだけのことはあるな、と。


「ふぅ、終わったよ」


 そんなことを考えていると、フリッツが最後の一人を仕留めた。


 彼が立つ場所の周りには男達が転がっている。中には死体もあるだろうが、大半は気絶したか半殺し程度。


「さっすが戦闘担当」


「まったく……。あとで問題になっても知らないよ? ボクのせいじゃないからね?」


 こればっかりはフリッツのせいじゃない。認めるよ。


「しかし、あんたは魔術も使うんだな」


 フリッツの戦闘スタイルは所謂『魔術剣士』ってやつだろう。


 戦争末期頃に確立された魔術発動用魔導具と剣術を組み合わせたスタイルだ。


「うん。便利だからね」


 そう言って、彼は指にはめた指輪を俺に見せてきた。


 指輪にある赤、緑、黄色の宝石は、それぞれ『魔宝石』と呼ばれる物だ。


 これに魔術式――二重円と文字、数字、記号などを組み合わせたモノを刻み込み、魔宝石内部に含まれた魔力を代償として魔術を発動する。


「杖よりも小さく、持ち運びもできるし」


 元々この世界にあったのは、術者の体内に秘める魔力を活性化させる触媒兼発動体であった『杖』だ。


 杖で術者の魔力を活性化させ、活性化させた魔力を魔術式の刻まれた杖の先端に流し込み、杖の先端で狙いをつけて発動。


 これが大昔の魔術。錬金術師の作った杖を使って魔術を行使する。


 しかも、杖一本につき刻める魔術陣は一つだけ。複数の魔術を使い分けようとしたら何本も杖を持ち運ぶ必要があった。


 だが、十年戦争と異世界召喚を経て、この世界に元々あった錬金術と異世界技術を組み合わせて新しい触媒が作られた。


 それが『魔宝石』である。


 これが完成するまでの魔術は危険性も含んでいた。術者は魔力を使いすぎてぶっ倒れたり、最悪死亡するリスクもあった。


 しかし、魔宝石の登場により代償となる魔力を引っ張り出す部分が『人体』から『魔宝石内の魔力』に置き換わったことで、そのリスクは激減した。


 同時に魔術師以外の人間にとっても魔術がぐっと身近になり、扱いやすくなった。


 現代において、まさに革命レベルの発明品だ。


「君は魔術を使わないの?」


「俺はあんまり好かないねぇ。それに魔宝石って消耗品じゃん?」


 しかし、そんな革命レベルの発明品にもデメリットは存在する。


 それが俺の言った『消耗品』ってところ。


 魔宝石内部に含まれた魔力を消費しきってしまうと、魔術発動体としては機能しなくなる。


 ただの装飾品に早変わりだ。しかも、本来ある装飾品としての指輪と違って宝石の削りが雑なのでB級感がすごい。


「高いしさ」


 あとは価格の高さ。


 発動できる魔術の回数は十回程度であるが、フリッツが愛用する指輪タイプは一つで十万ローゼ――ローゼンターク王国の通貨――もするんだぜ?


 十万ローゼもありゃ、お姉ちゃんを侍らせながら酒をパカパカ飲めるぜ。


 そっちの方がよっぽど良い。


「身を守るには必要だと思うけど……」


「馬鹿言うな。俺は義賊だぜ? そもそも、見つかっちゃだめなの」


 俺は肩を竦めながら言うが、フリッツは周囲を見渡す。


「見つかったからこうなっているんじゃ?」


「たまたまだ。タイミングが悪かった」


 優秀な義賊でもタイミングが悪ければこうなる。起こりうる可能性の一つってだけだぜ。


「あんたは戦闘要員としてスカウトされたんだろう? その分、働いてもらわねえとな」


 そもそも、戦闘は俺の仕事に含まれていない。


 俺は盗むのが仕事。お前は戦うのが仕事ってね。


「はぁ、分かったよ。本当に君って容赦がないね」


「そりゃどうも。知り合った初日にしちゃ、お互いのことをよく知れたな。順調だと思うぜ」


 フリッツの肩をポンポンと叩き、奪った木箱を脇に抱えながら笑顔を向けた。


「しっかしさ。本当にやるじゃないの。実力は確かなんだな」


「それはどうも。ちょっと待ってて。全員にトドメを刺すから」


 そう言って、フリッツは剣を肩に担ぐ。


「容赦ないのはどっちだよ」


「いや、彼らって悪人でしょう? ボク達の顔も見られてしまったしさ」


 悪人には容赦できない、と彼は言った。


 そして、失った片腕の断面を押さえる男の首を刎ねたのだ。


「ボク、あまり悪人は好きじゃないよ。これでも昔は正義の味方であろうとしたんだからね」


 傭兵になって魔獣から街を守っていたのも、傭兵団を結成して大きくしたのも、全ては正義のためだったと語る。


「ボクは確かに失敗したよ。人を見る目もなかった。でも、正義であろうとするのは間違ってないでしょう?」


 ザクリ。


 また一人、首を刎ねる。


「人身売買なんて以ての外だ。たとえ敗戦国の人間であろうとも、ちゃんと人として扱われるべきだ。魔王と裏切りの勇者は死に、もう戦争は終わったんだからね」


「確かに」


 責任転換が大好きなクズにしちゃまともな意見だ。


 しかし、彼の言うことも確かである。


 ――十年戦争はもう終わった。


 魔王国のトップ、魔王は死んだ。


 そして、異世界から召喚された勇者の一人でありながら、魔王国側に寝返った『裏切りの勇者』も殺された。


 悪の二大巨頭が死に、魔王国は連合軍に制圧されて。


 十年戦争は終わったのだ。


「ボク達の世代は戦争を見ていないし、経験もしていないでしょう? だけど、戦争は悲惨だってことは分かる。だからこそ、ボクは戦争の火種になるようなことは止めたいと思うな」


「ご立派な意見じゃないか。だが、確かに人身売買はよろしくないわな」


 復讐の連鎖、負の連鎖ってやつさ。


「火種と言えばさ、結構前に囁かれていた噂があるんだ。魔王軍の残党が魔王と裏切りの勇者が残した『遺産』を使って、魔王軍の再結成を狙っているってね」


「遺産?」


「うん。遺産の正体は不明らしいけどね」


 魔王と裏切りの勇者亡き後、生き残った魔王軍の残党は連合軍から魔王国の土地を奪還しようと密かに目論んでいる――って噂は有名だ。


 その切り札となるのが、魔王と裏切りの勇者が残したという『遺産』らしい。 


「本当にあるのか? 遺産なんてさ」


「さぁ? どうだろう? ボクも酒場の酔っ払いから聞いた噂だからね。でも、連合軍は未だに魔王軍の残党を追っているという話もあるし、あながち嘘ではないのかも」


「嫌だねぇ、戦争なんざ。平和が一番だぜ」


 俺は綺麗なお姉ちゃんを侍らせながら酒をしこたま飲んでいる時が一番幸せだ。


 そんな毎日が続けばいいな、と心の底から思うよ。


「戦争になったらそんなこと夢のまた夢だね」


 フリッツは「ははっ」と笑いながらも、最後の一人にトドメを刺した。


「違いねえ。まぁ、火種になりそうな悲劇はさっさと終わらせようや」


「うん」


 俺は剣を鞘に収めたフリッツと共に死体が散乱する港を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る