第8話 お仕事開始


 白薔薇の館を出た俺とフリッツは西区の奥へと歩いて行く。


 これから飯と酒を楽しもうとする者、二軒目に向かおうとする団体様、既に酔っ払ってフラフラと歩く者。そんな奴らを追い越しながら奥へ奥へと向かう。


 そうして見えて来たのは王都の港だ。


 港には三隻ほど船が停泊しており、船の船員達が搬入作業を行っているのが遠目に見える。


 また、既に作業を終えた船員達が夜の街に繰り出そうとしている姿も。


「さてと」


 港を正面に据えつつ、俺は顔を左側に向けた。


 港の左手に建ち並ぶ大きな倉庫の数は十を超えているが、そのうち一番から十二番までの番号が振られた倉庫がクランボーン傭兵団の所有する建物だという。


「どうするんだい?」


 倉庫に視線を向けていると、横にいたフリッツが問うてきた。


「倉庫を複数所有しているってなると、どこかに倉庫全体を管理する事務所があるはずだ」


 俺は視線を変えずに言った。


 複数の倉庫を抱えている場合、管理業務全体を統括する事務所が倉庫内にあるはずだ。搬入された商品のリストなどもそこで管理されていることが多い。

 

 大体は一番倉庫の中にあるのだが……。今回も同じかな?


「ボクは足手まといになりそうだから外で待っているよ」


「おお。まぁ、優秀な義賊である俺に任せておきなって」


 じゃあな、とフリッツに手を振って、俺は倉庫へと近付いて行く。


 さてさて。侵入できそうな場所はあるかなっと。


 俺はコートのポケットに両手を突っ込みながら自然体で歩いて行く。


 自然体、ここがポイントだ。


 俺みたいな超絶優秀で超絶イケメンな義賊様はコソコソしない。


 むしろ、コソコソする奴は三流よ。だって、傍から見たら超怪しいじゃん。


「~♪ ~♪」


 口笛まで吹いちゃうぜ。


 まるで「これから職場に出勤ですよ」「自分、倉庫管理業務で食ってます」と言わんばかりの雰囲気を醸し出しながらね。


 狙いをつけた一番倉庫の正面まで向かい、搬入口でもある巨大な扉を見上げた。


 その隣にある従業員用の入口に近付き、ドアノブを捻る。


 ここでも自然体にドアノブを回すと、ドアはガチャリと開いた。


 よしよし。


 ただ、ここからは要注意だ。鍵が開いてるってことは中に人もいるだろうからな。


 静かに倉庫内に侵入し、すぐ傍にあった木箱の影に身を隠した。


 そこから倉庫内を見渡して――おっと、奥に明かりの点いた部屋を発見。


「…………」


 荷物の影に隠れながら近付いて行くと、部屋の中には誰もいなかった。


「不用心だねぇ」


 王都最大勢力の傭兵団。俺達に敵対するような輩は誰もいない、なんて自負があるのだろうか? だから、俺達に悪さする連中もいねえってか?


 笑っちまうぜ。


 まぁ、単純に便所へ行っている可能性もあるけど。


「さっさと済ますか」


 部屋の中に入ると、二脚連結された机の上には紙が散らばっていた。


 これが搬入された商品リストだろうか?


「どれどれ……」


 手に取って読んでみると、数日前には芋の入った木箱が百箱も入庫された記録が記載されている。


 他にも金属やら加工済みのパイプなど、とにかく多岐に渡る品がクランボーン傭兵団宛てに届いているようだ。


 それらは〇〇番倉庫に搬入、とご丁寧に入庫先まで記載されている。


「ふぅん」


 一旦、机の上にあった紙の束を置いておく。


 次は机の引き出しを開けて中を調べ始めた。すると、真っ先に目についたのは紙の束を封入したファイルだ。


 大きい物と小さい物があるが、どちらも机の上にあったリストを月順に纏めたものらしい。


 続けて別の引き出しを開けようとすると……。


「おっと」


 鍵がかかっている。


 俺はコートの内ポケットに手を突っ込み、ピッキングツールを取り出した――ところで、キィとドアが開く音が聞こえた。


『あ~……』


 続けて、男のため息と足音も。


 この部屋の管理人が戻ってきたようだ。


 俺はササッと扉の裏に隠れて息を潜める。


 部屋に戻って来た男がドアをガチャリと閉めたところで――


「え?」


「ハァイ」


 目が合った。


 だが、これでいい。


 ニコリと笑った俺は男の腹に拳を叩き込む。


「おごっ!?」


 続けて、くの字に折れた男の首をトンと叩いて気絶させる。地面に倒れた男の体を持ち上げて、近くにあった椅子に座らせた。


 気絶した男を観察すると、結構歳がいっているようだ。着ている服も平民にしては上物っぽい。


 もしかして、こいつはクランボーン傭兵団の幹部か? 歳をとったから最前線から管理職にって?


「まぁ、いいか」


 こいつの素性なんざどうでもいい。さっさと頂くモン頂いてずらかろう。


 俺は先ほどの鍵のかかった引き出しに戻り、改めてピッキングツールを構えた。


 鍵穴にそれを差し込んで数秒ほど格闘すると、ガチリと鍵が開く。


 楽勝だね。


「ほほっ」


 鍵付きの引き出しを開けると、中には黒革の手帳があるではないか。


 おいおい、こりゃ怪しいねぇ。怪しさ満点だ。


 それを手にして中を調べると――


「ははっ。こいつら、馬鹿かよ」


 手帳の中にはご丁寧に日付と商品名が書かれている。


『四月十日 ロージポール海運商会から五人』


 なんてね。


 細かく日付や商品の数、運び屋の名前まで記載しているのは、万が一にも自分達が切り捨てられそうになった時に保険として使うためか?


 お前達の悪事は記録しているんだ。バラされたくなければ一蓮托生だぜ、みたいなセリフを言うつもりだったのかね?


「残念ながら、言えなくなっちまったね」


 悪いが俺達が有効活用させてもらうぜ。


 なんて思いながらページを捲っていると……。


「ん?」


 興味深いことが書かれたページを見つけた。


「ははぁ……。なるほどね。こりゃ儲けられそうじゃないの」


 内容を読んだ俺は思わず笑ってしまう。そして、俺はそのページを破いてコートの内ポケットに仕舞った。


「しかし、用心深いんだかアホなのか」


 黒革の手帳をポケットに仕舞いながら、気絶している男を見やる。


 証拠になりそうなモンは手に入れた。


 次はセレスティアの言っていた八番倉庫にある荷物を取りに行こう。


「ありがとさん」


 俺は気絶している男に礼を言って、一番倉庫をあとにした。



 ◇ ◇



 次の侵入先である八番倉庫まで向かうと、こちらには三人の男が倉庫前でたむろしているのが見えた。


 どいつもこいつもダルそうだ。倉庫に寄り掛かりながら煙草を咥えて、モクモクと口から煙を吐き出している。


 ただし、男達の腰には剣があった。


 倉庫を守る護衛? 一番倉庫にはいなかったのに?


「ふぅん?」


 影に隠れながら考えを巡らせた。


 八番倉庫は倉庫街の中でもやや奥に位置している。


 何かイヤらしいモンを搬入するなら人目のつかない奥の倉庫――港で作業する船員達からも見えない倉庫に入庫するのがベターだろうか。


 仮に八番倉庫内に「例の物」が保管されているとしたら……。護衛は三人じゃ済まなさそうだが。


「まぁ、いいか」


 やや迂回しながら倉庫に近付きつつも、護衛に目撃されないよう注意しながら倉庫周辺を観察していく。


 正面にいる三人以外は外にいない。


 となると、裏口から入らなければならないか。


 文字通り倉庫の裏に向かい、正面にある扉と同じサイズの扉を見つける。ドアノブに手をかけて、ゆっくりと音を鳴らさないよう開けた。


「…………」


 開けた扉の隙間から中を覗くと、先ほどと同じように事務所っぽい部屋が一つ。中には本を読んでいる男が一人。


 ただし、今度は倉庫内に大量の木箱が積み上がっている。特に多いのは中~小サイズの木箱だ。


 この倉庫は小物系を搬入する倉庫なのかもしれない。


 しかし、この中から目当ての物を探すのは相当時間が掛かりそうだ。


 ってわけで、俺は素直に「聞く」ことにした。


 静かに倉庫内へ侵入し、本を読んでいる男に気付かれないよう近付き――そして、声を掛けるのだ。


「よう、ちょっといいか?」


「え!?」


 部屋の中を覗き込みながら声を掛けると、本を読んでいた男がびくりと驚く。


「本に夢中になっているところ悪いんだが、荷物を受け取りに来たんだ」


 俺は自然体のまま問う。愛想の良い笑顔も浮かべてね。


 未だ顔には「誰だ?」という疑問が張り付く男が何かを喋る前に「表にいた奴らが中にいるあんたに聞けって」と、然も外にいる連中と会話したかのようなセリフを吐く。


 俺は普通に入って来たけど、本に夢中だったアンタは気付かなかったんだぜって態度を見せるんだ。


「え? あ、ああ。そうだったのか」


 そうすりゃ、馬鹿は信じるって寸法よ。チョロイぜ。


「バーンズ子爵宛ての荷物だ。これくらいの木箱があるはずなんだが」


 俺はセレスティアが表現した箱のサイズを男にも教える。手でサイズ感を示すと、男は「ああ、あの荷物か」と頷いた。


「こっちだ」


「おう、悪いな」


 倉庫内を歩き出す男の後に続いて行くと、奥の一画に積まれた木箱の前に到着。


 二段になって積まれていた木箱の上には、丁度俺が示したサイズの木箱が置かれていた。


「これだよ」


「おう、ありがとな」


 よし、これで仕事は終わりだ。


 あとは倉庫から脱出して――


『おい! お前達、侵入者がいたって連絡だ! 侵入者は赤髪の男だってよ! 倉庫を全部調べるぞ!』

 

 外からそんな声が聞こえてきた。


「…………」


「…………」


 思わず、案内してくれた男と顔を見合わせてしまう。


 男の視線はゆっくりと俺の赤髪に向けられるではないか。


「お前……!」


 今度はキッと鋭くなった視線が俺の顔に向けられた。


「へへっ」


 俺はニコリと笑い、一瞬だけ相手を油断させてから――男の顔面をぶん殴った。


「ぶべっ!?」


 鼻に拳を叩き込んだ瞬間、俺は走り出す。


 だが、一撃だけじゃ不十分だったらしい。


「侵入者だァァァッ!!」


 男が叫ぶ。


 しかも、タイミング悪く正面から男の仲間達が進入してきた瞬間と重なった。


「待ちやがれ!」


「逃がすなッ!」


 俺の姿を見つけた男達は腰の剣を抜き、全速力で俺を追いかけてくる。


「おおっと!」


 俺は裏口から外に飛び出した。


 そのまま走り出すも、今度は道の先にランプを持った男が。


「侵入者だ! 捕まえろ!」


 後ろから追って来た男達が前方にいる男へ伝えると、ランプを持っていた男の視線が俺に向けられる。


 同時に周囲からは「こっちだ!」などと声が広がっていく。


 このままでは囲まれる。


「こりゃヤバい!」


 倉庫と倉庫の間にある道を走っていた俺は、右手側の倉庫の壁に向かって飛んだ。


 何にも取っ掛かりがないツルンとした壁。普通の奴なら登れないだろう。


 普通の奴ならね。


 だが、俺は違うぜ。


 足の裏が壁に触れ、屋根を見上げた瞬間、俺の足からはバヂンと弾けるような音が鳴った。


「なッ!?」


 追手が驚愕する声を背中で聞きながら、俺はまるで壁を走るかのように上へと向かう。倉庫の屋根の縁を掴んで屋根に登ると、そのまま屋根を伝って逃走再開。


 倉庫の屋根から屋根へとぴょんぴょん飛びながら逃げ続ける。


 だがしかし、相手のしつこさも相当なものだった。


「ずっと追って来やがるなぁ」


 このまま西区に逃げ込むのも難しいか。


 応戦するのもアリだが……。と、ここで俺は名案を思い付く。


「よっと!」


 俺はワザと地面に降りて、そのまま港の入口に向かって走って行く。


 目的の人物を見つけると俺は大声で叫んだ。 


「フ、フリッツ~! た、助けてくれ~!」

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