第7話 最初の仕事


「さて、結論から先に言いましょう。貴方達――特に義賊であるジョンに調べてもらいたいのは港にある倉庫ですわ」


 手帳を開いたセレスティアは、俺を潜入させたい場所を口にした。


「王都最大勢力の傭兵団、クランボーン傭兵団が所有する倉庫ですわよ」


 彼女が語った通り、クランボーン傭兵団は王都で規模を拡大していった歴史ある傭兵団の一つ。


 昔は王都周辺に巣食う魔獣退治を行いながら傭兵団としての名声を築き上げていったが、現在は魔獣退治から身を引いたらしい。


 代わりに不動産業や輸送業などに手を出し始めて、近年に至っては王都西側にある倉庫街のほとんどを管理している。いや、倉庫に関する不動産を牛耳っていると言うべきか。


「元魔獣退治専門の傭兵団が今では不動産業で金稼ぎか。これも時代かね?」


 彼らの主なシノギであった『魔獣退治』から方向転換した理由の一つとして、十年戦争を経てかつての魔術や錬金術が大きく飛躍したことが最大の要因だろう。


 異世界の技術とミックスさせて誕生した魔導技術ってやつさ。


 悪を倒すために勇者様が召喚されて以降、元々この世界にあった魔術と錬金術は異世界の技術と組み合わさって飛躍的に進歩した。


 結果、昔は学のある野郎しか使えなかった魔術が誰でもお手軽に使えるようになった。


 特に国の国防組織である騎士団には最優先で魔導技術が導入される。今では空を飛ぶワイバーンどころか、ドラゴンですら簡単に倒せちまうんだぜ?


 ってことはだよ。昔ほど魔獣に対して人員を割かなくてよくなったってことさ。


 昔ながらの数で攻めるって常識は消え失せた。魔導具を用いて効率よくぶっ殺す時代が到来したってこと。


 騎士団に加えて人員を補填する傭兵って職業も寂れつつあるんだろうね。


「昔からクランボーン傭兵団の評判はよくなかったようですし、最近も所属する傭兵が何人か暴力事件や不正輸入に関わっているという情報も」


 なるほど。


 ついでに昔から「おりこうさん」じゃねえってことね。


「もう傭兵団というよりはマフィアですわね」

 

 セレスティアの言う通り、もはや傭兵団ではない。


 最近のシノギと評判を聞いていると、実力のある者達で構成された武力系マフィアって感じにしか聞こえない。


 ただ、これはクランボーン傭兵団だけに限った話じゃないんだろうな。後追いで他の傭兵団もクランボーンのようにシノギを変えていき、徐々にマフィアの色が強くなりそうな気がする。


 時代だね。


「んで? そのクランボーン傭兵団が人身売買に関わっていると?」


 俺は足を組みなおしながら問う。


「ええ。簡単な推測でしてよ? 人身売買を行うには何が必要か、ですわ」


 人身売買に必要な要素はいくつかある。


 まずは商品を運ぶ安全な輸送手段。何らかの手段を用いて王都まで商品――人を運ぶのだ。誰にも見つからずに。


 次にその商品を保管しておく『場所』が必要となる。これも安全で誰にも見られないところが良し。


 となると?


「港付近の倉庫地区を牛耳っているクランボーン傭兵団を使うのが手っ取り早いですわ」


 素行も悪い傭兵団が所有している倉庫に商品を隠す。


 加えて、同傭兵団が輸送業に手を出しているのもポイントだ。


「なるほどね。妥当な線だ」


 しかし、ここまでなら訳を知る素人でも辿り着けそうな推測だ。


 セレスティアはここから更に怪しい点を付け加えていく。


「最近になって港から入る荷物の数が多いこと。頻度も今週だけで二倍も増えていますのよ?」


 今週だけで倉庫へ入った荷物の数は二倍に増えたが、彼女の調べによると貴族界隈で新しい事業がスタートしたという話も、どこぞの家が新しく店を始めるなんて話もない。


 続けて、停泊する船の身元を探ると――戦地となった魔王国方面からやって来ていることが判明したらしい。


「南から何を仕入れて、何を保管しているんでしょうね?」


 戦地となった魔王国の大地は大荒れだ。農業は壊滅して草も生えず、食糧難が起きているほど。


 空腹に苦しむ魔王国人は臭くて硬いと有名な魔獣の肉を喰らうことで腹を満たしているとの噂もある。


 そんな土地から何を仕入れるというのか、と。


「んまぁ、倉庫を調べるのは決定だな」


 俺の仕事がようやく始まりそうだ。 


 チョチョイと進入して証拠を掴んでくりゃ、俺の懐には大金が入るってわけよ。


 美味しい仕事だねぇ。 


 思わず笑ってしまう俺だったが、セレスティアは「問題はここから」と口にする。


「クランボーン傭兵団を調べるのは容易でしょう。ですが、次の問題は誰が関わっているか」


 噂として囁かれる人身売買が本当に行われているなら、一体誰が関わっているのだろうか? 誰が大元なのだろうか?


「クランボーン傭兵団だけで南から人を攫えるとは思えませんもの。商品を売るにしても専門家は必要ですわ」


 あくまでもクランボーン傭兵団は人身売買に関わっている組織の一つに過ぎない。


 現地で人を攫う組織もいれば、船で商品を運ぶ組織もいる。現地に届いた商品を吟味して値段をつけて取引する商人もいるだろう、と。


「ですので、あくまでもクランボーン傭兵団は足掛かり。内部に忍び込み、情報を入手してから詳しい背後関係や関わっている組織を確定させますわ」


 彼女の口振りからすると、既に関わっている組織をいくつかピックアップしているのかもしれない。


 だが、まだ確証がないって感じか。


「もう一つ。噂として囁かれる人身売買を騎士団が捜査しないのも厄介な点ですわね」


「捜査してないのか? 動きが鈍いんじゃなくて?」


 王子様は大きな組織故に動きが鈍いと言っていたが。


「ワタクシの調べによると、騎士団内部でも捜査するという声が上がっていたようです。ですが、何者かが意図して捜査開始を遅らせているようですわね」


「ふぅん……」


 ってことは、騎士団内部にも関りを持つ者がいそうだ。


 マフィアに変貌した傭兵団。輸送業者と商人、終いには騎士団ときた。


 こりゃ、なかなか厄介な仕事になりそうじゃないの。


「しかし、人身売買をしてどうするのだろう?」


 ここまで黙って話を聞いていたフリッツが問う。


「まぁ……。色々ですわね。使い道はたくさんあるでしょう?」


 人身売買で取引された人間ってのは、基本的に「死んでもいい人間」だ。他の奴らよりも命が軽く、買い手からすれば消耗品として見られている可能性が高い。


 定番は危険性の高い鉱山での強制労働。


 毒の風が隙間から噴き出すような危険な鉱山での採掘作業に使われたり、危険な場所に送り込まれて安全確認をさせたり。


 十年戦争で領民を失い、働き手が少ない国や土地も多い。そういった場所を治める領主が悪い考えを巡らしてってね。


 他には――


「貴族には変態も多いよな?」 


「ええ、まぁ……。そうですわね」


 こちらも定番だ。


 変態貴族の欲を満たすための道具。


「うちの娼館にもたまに来ますわね。禁止行為を破ろうとする貴族が」


「たとえば?」


「……拷問系とか、殺人とか」


 俺は軽率に聞くんじゃなかったと後悔した。


 しかし、そういった行為じゃないとおったたない野郎もいるのが現実だ。


 なんて酷い世の中なんだろうね。今頃、人類を生み出した神様も「失敗しちまったなぁ」って腹抱えながら笑っているだろうよ。


「まぁ、とにかくだ。人身売買で取引された奴らの運命なんざ悲惨な結末一直線ってことよ」


「なるほど。それは許せないね」


 俺が肩を竦めながら言うと、フリッツは真剣な顔で頷いた。


 こいつにも一応は正義感ってもんがあるのか? 


「そろそろ時間ね」


 再び壁に掛かっていた時計の針を見たセレスティアは手帳をパタンと閉じて立ち上がる。


「さっさと証拠を盗んで来てちょうだい」


「はいはい、任せておけって」


 俺も立ち上がると、最後に彼女へ「んで、どこの倉庫だ?」と問う。


「分からないけど?」


「は?」


「実際に倉庫内で商品が保管されているかはまだ不明ですし。それを調べるのが貴方の仕事ですし」


 彼女はポンと手を合わせながら言葉を続ける。


「ああ、そうだ。クランボーン傭兵団が所有している倉庫は十を超えていますからね? どうぞ、義賊のスキルを存分に活かして見つけて下さいまし」


「おいおい、全部調べろってか?」


 さすがにヒントをくれよ、としかめっ面を見せてやった。


「倉庫内に搬入されているのなら、搬入された際に輸送商会からリストが提出されるはず。輸送先や内容も書かれているでしょうね」


 ただ、馬鹿正直に「中身は人です」なんて書かれてはないだろう。


「ですから、明らかにおかしい商品を探すの。たとえば、芋が大量に輸入されていたりとかね? 常識的な量なら疑いませんけど、それが超大量だったら? 月に何度も輸入されていたら?」


 明らかにおかしいでしょう? と。


「そういった点を追うことでワタクシが答えを出しますの。ですから、貴方はワタクシの調査に役立ちそうな物を盗んできて下さいまし」


「帳簿やリストを探してこいってことね。了解だ」


 俺がフリッツに「んじゃ、行くか」と言いかけた時だった。


「ああ、そうですわ」


 セレスティアは立ち上がりかけた俺を引き留める。


「八番の倉庫には必ず行ってちょうだい。そこに『バーンズ子爵』宛ての荷物があるはずですわ。これくらいの小さな木箱で」


 セレスティアは手で木箱のサイズを表現した。その上で木箱には宛名が記載されている、という。


「それも回収してきて下さいまし」


「構わないが……。調査に必要なのか?」


「ええ、かなり重要ですわ」


 彼女の表情は真剣だった。


 知り合ってまだ短い時間だが、絶対に必要であるという強い意志が感じられるほど。


「了解。任せな」


「よろしくお願いしますね」


 俺は彼女に手を振りながら執務室を後にした。


 さて、仕事に取り掛かろうか。

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