第6話 悪女セレスティア
王都西区風俗街に君臨する『白薔薇の館』は、確かに貴族ウケするような高級感溢れる外観だった。
入口前には五段ほどの階段があって、扉の前には黒い上下のスーツと白シャツ、黒ネクタイを装着した女が立っていた。
「入口にいるのは白薔薇の館に属する下部組織と言えばいいのかな。館の主である悪女に仕える『ミツバチ』達だよ」
娼館には様々な問題も付き物だ。
娼婦に暴力を加えるよろしくない客とかね。
そういった輩から守り、そして娼館自体を守護する存在。同時に館の主である『悪女』の手足となって働く者達を『ミツバチ』と呼ぶらしい。
「全員、女なのか?」
「そうだよ。男はいないね」
彼女達は武力的な面もそうだが、客のプライバシーにも配慮するよう徹底的に教育されているという。
入口に立つ彼女は元傭兵であり、彼女の役割は白薔薇の館に不釣り合いな客を入口前で即刻排除すること。
なるほど。こりゃあ、貴族も安心だ。
金も無く、貴族の噂話を収集しに来た輩は絶対に中へ入れない。
表向きはお上品であるが、腹の中にはグツグツと煮え滾る特殊な趣味をお持ちな貴族も安心して過ごせるだろうよ。
「さぁ、行こうか」
歩き出したフリッツの後に続くと、入口にいたミツバチは彼を見て会釈する。
フリッツは「どうも」と返し、俺は「ご苦労さん」と返しながらミツバチが開けた扉を潜った。
「おおっ」
上品な外観から想像した通り、中も素晴らしく上品だ。
エントランスの天井には巨大なシャンデリアが吊り下げられており、床は自分の姿が反射するくらい磨かれた白い大理石。
二階、三階へと続く階段があって、二階と三階は全て個室になっているようだ。ざっと見ても個室の数は一階層に二十はある。
そして――
「ふひひっ」
エントランスに置かれたソファーや椅子に座って客を待つ、スケスケなナイトドレスを身に着けた娼婦達の姿も。
みんな最高だ。
童顔な顔の持ち主から凛々しい顔の持ち主まで。スタイルもボンキュッボンな子からスラッとしたスレンダーな子までいやがる。
とにかく幅広い層に対応できるよう、様々なタイプの女性が客を待っているってわけだ。
天国かよ、ここは。
「こりゃたまらねえ!」
よし、決めた。
俺はここに住むぜ。
そんな決意を胸に抱いていると、横にあったカウンターの隣――従業員用通路があるであろう扉が開いた。
「あら? クズ野郎と……。新人?」
凛とした声がよく通る。惹かれる声だ。
声の元に顔を向けると――目を奪われた。
そこにいたのは、上品で気品に溢れた女性。
事前に元貴族令嬢と聞いてなければ「彼女が娼婦? あり得ない!」と感想を漏らしていただろう。
紫色の長い髪は先端がくるっと巻かれており、髪と同じく紫色の瞳と顔の作りが上品さと気品の高さを生むのだろうか?
しかし、同時に体のラインがハッキリと分かるほど肌に密着した白いドレスを身に着け、そのセクシーな恰好からは男心をくすぐる艶やかさと色気がムンムンと出ているのだ。
恐らく、この娼館へ初めて訪れた貴族共はこのギャップにやられる。その上で骨抜きにして、抜け出せなくするんだ。
骨抜きにされた貴族共は彼女を我が物にしようと金を落としまくる上客に早変わりってね。
まさに『悪女』である。
こいつは危ない。まるで獲物を糸で絡め取るアラクネみたいな女だ。
一目見ただけで「こいつは男を狂わす天才だ」と俺の経験が警鐘を鳴らす。
「やぁ、セレス」
俺が彼女に目を奪われている一方で、フリッツは娼館の女オーナーであるセレスティアにイケメンスマイルを見せた。
女であればイチコロな笑顔だ。
イケメンと美女の邂逅はどうなってしまうんだろう、とウブな第三者は心を高鳴らせるに違いない。
しかし、セレスティアの表情に浮かんだのは嫌悪の表情。
当然だ。
だって、フリッツを見た瞬間に「クズ野郎」って言ってたもん。
「ここじゃ邪魔になるから奥に」
貴族を相手にする高級娼婦とは思えないほど冷淡な対応である。
俺とフリッツは彼女の後を追い、従業員用の廊下を通って彼女の執務室に通された。
執務室にあったソファーに座って……。まずは自己紹介といこうじゃないか。
「俺はジョンだ。よろしく」
俺はフリッツに負けないほどの良い笑顔を見せながら手を差し出した。
「知っていますわ。義賊のジョン。偽の依頼に引っ掛かったアホウ」
フンッと鼻で笑うセレスティア。
俺は手を引っ込めた。笑顔は……。引き攣ってるだろうね。
ただ、彼女の言った言葉から察することができた。
「なるほど。俺を見出したのはあんたか」
「正解ですわ」
正体不明の優秀で華麗でイケメンな義賊と囁かれていた俺を見つけて、王子様に代わり偽依頼を出したのはこの女だ。
なるほど、その見事な情報収集には感心させられてしまうね!
「優秀だと評判ではありましたが、華麗でイケメンという情報はありませんでしたわよ?」
「馬鹿言ってんじゃないよ。俺を見てイケメンじゃないって言う奴は俺に嫉妬した男だけだ。どこをどう見ても凄腕でイケメンな義賊だろうが」
なぁ! そうだろう、フリッツよ!
「いや、ボクの方がイケメンだ」
「あ? 殺すぞ、クズ野郎!」
テメェなんざ神が作った美男美女の血に甘えているだけだろうが。
本当に見る目のねえ野郎だ。だから大量虐殺の罪に問われて仲間にも売られるんだよ。
「貴方、本当に義賊のジョンですわよね……?」
「おう、そうだぜ。悪女のセレスティアさんよ。いや、元侯爵令嬢のセレスティアさんか? 悪党同士、仲良くしようや」
ニヤッと笑いながら言うと、キッと鋭くなった彼女の視線がフリッツに向かう。
「クズ野郎! さっそく新人にワタクシの過去を喋りましたわね!?」
「え? だって聞かれたからさ。ボクは聞かれたから答えただけであって、責任は聞いてきたジョンにあると思わない? ボクは悪くないよ」
フリッツはまるで悪びれていない。
本当に心の底から自分は悪くない、と思っている表情だ。
「このクズ男! 貴方はいつもいつも! 自分は悪くないと責任逃れする最低男! ほんっとに嫌いですわっ! 本当にキライ!」
ムキーッと怒るセレスティアとフリッツの間には過去に起きた問題の名残がありそうな気がする。
大丈夫かよ、こいつら。
「あー、ほら。俺も一応、自分に害があるかどうか知りたかっただけだから。言いふらしたりしねえよ」
落ち着けよ、美人さん。
そう言いながら手で制するが、彼女はフンと鼻を鳴らす。
「別にワタクシの過去を知るのは結構。ですが、自分の口から語りたかっただけ。他人から聞くのでは誤解が生まれることもあるでしょう?」
「え? じゃあ、素直に聞いたら教えてくれるのか?」
「もちろん。ワタクシ、このクズ野郎と違って自分の生き方に後悔はありませんもの」
自信たっぷりに語るセレスティアは胸を張る。
ぷるんと彼女の巨乳が震えた。たまんねえ!
ただ、彼女はすぐにフリッツを睨みつける。
「このクズ男は何でもかんでも責任を他人に押し付ける最低野郎だから嫌いなだけですわ。それに最低最悪のクズ野郎から語られて、ワタクシ自身の価値を落としたくありませんの」
なるほどね。
聞いた俺も悪いかもしれないが、こいつも「本人から聞け」と言えばいいだけだしな。
「ボクは悪くないよ」
それが口癖か? 口癖まで最低じゃねえか。
「ふぅ、もういいですわ。時間もありませんし。とにかく、今後はこのクズ野郎経由で聞かないように」
そう言って、彼女は壁に掛かっていた時計を見た。
「分かった。肝に銘じておくぜ」
落ち着きを取り戻したセレスティアが再び着席したところで――
「んで、マジで元侯爵令嬢なの?」
「……ええ」
彼女は「今聞くのかよ」あるいは「蒸し返すのかよ」と言わんばかりに、今度は俺を睨みつけた。
「ふぅん。だからか。あんたからは気品と優雅さが感じられるよ。その雰囲気は簡単に身に着けられるモンじゃねえからな」
彼女から感じられるオーラ。気品。優雅さ。高貴さ。
多くの貴族があんたを求めるのも納得だ、と。俺は息を吐くように世辞を口にする。
「ん、んふふ! そうでしょう! そうでしょう! 貴方、このクズ野郎と違って人を見る目がございますわね!」
おーっほっほっほっ! と笑うセレスティアを見て、俺は「なんてチョロイんだ」と思った。
あと、また乳が揺れた。
「今度抱かせてくれねえ?」
「それはお断りさせて頂きますわ」
さっきまでご機嫌に笑っていたのに、急に真顔になりやがった。
まぁ、いいさ。
次は金で仕掛けてやる。
「とにかく、雑談はここまで。貴方達、仕事の話をしにきたのでしょう? そろそろ店がスタートする時間ですわ。手早く終わらせて下さいまし」
そう言ったセレスティアは、執務机の上にあった手帳を手にとった。
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