第5話 悪女の城へ
外に出ると空はすっかり茜色に染まっていた。
「ん~。あぁ~……」
凝った体の骨を鳴らしながら周囲を見やると、屋敷は王都東区にあったようだ。
東区は中流層に位置する平民や豪商が住む地区だ。この屋敷も豪商が所有する屋敷と偽装しているのかもしれないな。
「西区までは歩きでいい?」
「ああ、構わない」
路地を通ってメインストリートに出ると、仕事終わりの平民達と観光客で賑わっていた。
歩きながらも、俺は東区にある一際大きな建物――国内外移動用の列車が停車する駅に目を向けた。
列車もエーテル車と同じく近年の魔導技術発展によって開発された新しい移動手段。大量の人と荷物を運べる便利な乗り物が国内で走るとなった際、国民が「うちの国が潤っている証拠だ!」と大いに沸いたって話は有名だ。
先ほど列車が王都に到着したのか、駅からは大量の人が出てくる。
あれも観光客が大半だとしたら、地方で誕生した商会のオーナーが「いつかは王都に店を出したい」と夢見るのも無理はないね。
顔を正面に戻すと、メインストリートを行く人の人種も様々だ。
半分くらいはヒューマンであるが、そこに獣人やドワーフが混じる。この三種族の中にエルフや魔人種――サキュバスやサテュロスなど――の姿が一人二人と混じる感じ。
十年戦争以降、激変したのはエーテル車や列車などの技術的な面だけじゃない。平民達が着ている服もそうだ。
異世界から召喚された勇者達の言葉は既存の文化にも影響を与え、その最たる影響がこの世界に暮らす人達の美意識を変えたことだと思う。
これまではシンプルな服ばかりであったが、今となっては服もカラフルでデザイン性も激変した。昔からすれば「何それ、おかしい服!」と笑われてしまうようなデザインも普通になりつつある。
ただし、貴族に関しては伝統的なデザインの面影が残る。
これは「貴族」と「平民」の身分差を一目で分かるように、という配慮らしいが。といっても、貴族の好む服のデザインも変わりつつあると思うがね。
「…………」
戦争は技術と文化が成熟するきっかけにもなった。
だが、王子様とも話していた通り、戦争による悪い影響も多く残る。
その一つが魔族と呼ばれる人達への迫害だ。
同じ『人類』なのに呼び方一つで敵になってしまう、という事実。
戦争が終わった今、この中に『魔族』が混じっていると言われても気付かないだろうな。
魔族と言えども多種多様な種族が入り混じっているわけだし、魔王国に住んでたからって元からある種族的な特徴が変わるわけでもない。
魔王国に生まれたから、というだけで区別されるんだ。
正直、だったら魔王国人と呼んだ方がいいんじゃないの? と思う野郎はいなかったのかね?
当時のお偉いさん方はどうして魔王国人のことを『魔族』と呼称したのだろうと疑問を持つ者もいなかったのだろうか。
「……ハッ」
そんな自分の考えに鼻で笑ってしまった。
「おっと、失礼」
道行く人と肩がぶつかりそうになって、人を避けながらもメインストリートを西へ向かう。
東区に並ぶ平民向けの店――特に食堂や酒場はこれから賑わうのだろう。道を歩いている人達がどんどん店の中に吸い込まれて行く。
「足取りに迷いがないね。もう王都の道は覚えたの? 君は王都に来たばかりなんだろう?」
「そりゃ、義賊が最初に覚えるのは街の構造だからな。逃げ道を確保するためにも地理の把握は最優先さ」
ローゼンターク王国王都は港を有した大きな街だ。他の国の王都と比べても大きさは上位に入ると思う。
王都北側、北区にある丘の上には王城が聳え立つ。丘の麓には騎士団本部や魔導技術研究所などの重要施設が立ち並ぶ。
そこからやや南に行くと貴族街と呼ばれる貴族達の屋敷が並ぶ区画があって、基本的に平民が入れない区画とされている。
騎士団本部も近いことから、騎士達による見回り頻度も多い。
俺のような盗人対策も万全ってことだね。
続けて中央区であるが、こちらは傭兵ギルドや商人ギルド、城にある各部署の主張所や王立銀行、貴族向けの高級志向な商会が並ぶ。
住民登録や税金関係など、国の手続きを必要とする平民が出張所を訪れる姿も多く見られるが、圧倒的に多いのは貴族とギルドへ用がある商人だろう。
むしろ、平民は貴族や豪商と揉め事を起こさないよう中央区を避けているような雰囲気がある。
「西区の入口付近は風俗街。奥は港と物流倉庫、だろ?」
「うん、そうだよ」
王都の入口は東側にあって、南区は低所得向けの区画だ。
大体の人間は東から入って西へ進む。雑多で小汚い南区には足を踏み入れない。
東で飯を食ったあと、西でスッキリってわけさ。
俺もそうありたかったが、今では王子様の手下とは。
笑えるぜ。
コートのポケットに手を突っ込みながら、フリッツと共にズンズンと道を進んで西区に入った。
先ほど言った通り、西区の入口からは風俗店や酒場が中心となっている。
風俗店や酒場が多いと聞くとダーティーなイメージを抱く人が大半かもしれないが、区画内はちゃんと整理されていて道も清潔。
中央区から香る華やかなイメージが引き続き感じられる区画だ。
「他の街と違って客引きがいないのは意外だったな」
「あ~。客引きは禁止されているからね。ボッタクリ店が多くて揉め事の原因になってたから」
下品な恰好やみすぼらしい恰好をした奴らが道端に立っていない。これだけで上品なイメージを維持できるのだから大したもんだ。
ただし、これには西区のメインストリート沿いと北西側は、という条件が付く。
西区内でも南側に行けば行くほど建物の立地は雑多になっていき、風俗街と聞いて想像しやすいヤバい店も増えて行く。
酒場に関してもそうだ。
お姉ちゃんを侍らせながら飲む店の中には法外な料金を請求してくる店もある。
こういった店は騎士団によって摘発されているようだが、南側の雑多な構造に紛れて未だ営業している店も多い。
「所詮は表側だけってな」
ハンッと鼻で笑うと、フリッツは困ったような顔で笑った。
「まぁ、区画整理は大変だしね。ほら、西区の奥には港もあるからさ。船を使って外国から来た人達がボッタクリ被害に遭わないように最優先で整備されたんだよ」
ここでも国のイメージを保つための政策が行われたらしい。
怪しい店は徹底的に潰すか、南側へ追いやったってことだ。
「西区の中でも一番の高級娼館が『白薔薇の館』だよ。主な客層は貴族と豪商だね。たまに外国から来た貴族の接待にも使われるんだ」
「ああ、なるほど」
だからこそ、情報収集がしやすい。
酒と女の色香で口が軽くなった貴族や豪商がポロッと出しちまうわけだ。自分を大きく見せる為に。
「ほんと、男って単純な生き物だよ」
「君も男でしょう?」
「馬鹿言うな。俺は女に自慢話を聞かせるような小物じゃない」
男に肝心なのは気前の良さだぜ。俺は金の使い方で女を落とす方が得意なのさ。
「それって金で買ってるだけじゃない?」
「それくらいで丁度良いんだよ。男と女の関係なんてのはな」
俺は肩を竦めながらも、あんたはどうだ? と問う。
「ボク? ボクは……。向こうから勝手に寄って来るからなぁ」
フリッツは恥ずかしそうに頬を指で掻きながら言った。
なんだ、テメェ。殺すぞ。
イケメンがよぉ……。
俺はムカついたので話題を変えることにした。こいつの顔面自慢話になんぞ付き合ってられるか。
自分から振った話題だけど。俺はそんな答えを求めちゃいねえんだよ。
「情報収集の担当はどんな女なんだ? 悪女って話だが、男を篭絡するのが上手いのか?」
「それもあるね。とびっきりの美人だよ。器量もいいし、聞き上手だし。娼館を運営しているだけあって学もある。なにより、男の心をくすぐるのが上手いね」
王都一番の娼婦。高嶺の花。一夜限りであるが、天国を見せてくれる女。娼館を訪れた貴族達がこぞって求婚するほどの娼婦――などなど、彼女に対する好意的な噂は絶えない。
所謂、伝説の娼婦ってやつだ。現役の。
「表向きはね」
しかし、ここまで貴族に愛されるのには理由があるようで……。
「彼女は元貴族令嬢だ。しかも、侯爵家のね」
「侯爵家? 上位貴族の令嬢がどうして娼婦なんかに?」
フリッツ曰く、彼女は大陸北にある国の侯爵令嬢だったという。
「なんでも、貴族の子供が通う学園で王子の怒りを買ったらしいよ。王子と結婚することで得られる権力を欲した彼女は、王子が気に入っていた貴族令嬢――ライバルを学園から追い出そうとしたみたいなんだ」
彼女はライバルを蹴落とそうと影で相手をいじめていたそうだ。
しかし、それが白日の下に晒されて王子の怒りを買うことに。
お気に入りの女を傷付けられた王子は大激怒。怒りを買ったことで王子との婚約なんぞ不可能となり、それが今度は親の怒りを買ったらしい。
他にも悪どいことをしていたようで、彼女は罪に問われて断罪される寸前までいった。
だが、何らかのタイミングで牢屋から脱出。そのまま国外に逃亡してローゼンターク王国王都に流れ着いた――って話らしい。
「元貴族令嬢である経験から貴族ウケする娼婦を演じる一方、裏では未だに権力と金を欲する強欲な女。自分の理想を実現するためだったら誰でも利用する。カイ王子にスカウトされた際も二つ返事だったらしいよ」
つまり、今から会う女は相手が「王子」だから協力しているってわけだ。
国のトップに君臨する家の一員であり、次の王だから。
これが世直ししたいと決意した男爵やら伯爵レベルだったら協力なんかしなかったんだろうよ。
「へぇ。そりゃ悪女だわな」
ただ、金が好きって部分は共感できる。
少しは話が合いそうで安心したぜ。とびきりの美人って点も気になるところだ。
「ただ、情報収集については本当に優秀だよ」
「ふぅん」
まぁ、王子様にスカウトされるくらいだしな。
俺がとびっきり優秀なんだから、同僚も同じくらい優秀でいてもらわないと困っちまうね。
「さぁ、着いたよ」
足を止めた俺達の目の前に聳えるのは巨大な屋敷。
真っ白で上品な外観は貴族の屋敷を連想するような娼館であるが、同時に風俗街の中にあるってことが異質にも感じられる。
なるほど。これが『白薔薇の館』か。
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