第4話 仲間を追放した男


 案内された部屋の中は広々とした執務室であった。


 大きな机が部屋の奥に配置されており、部屋の中央には応接のソファーとローテーブルが配置されている。


 そして、何より注目すべきはソファーに座っていた一人の男性。


 彼は部屋の中に入って来た俺達を見つけると、カップを持ちながらニコリと笑う。


「やぁ。君が新しい仲間かな?」


 俺を見ながらそう言った彼の顔は、王子様にも負けないくらい整っていた。


 薄緑色のサラサラヘアーとほんの少しだけツンと伸びた耳。


 これらの特徴と人より優れたイケメン顔を加味するに、彼の種族はハーフエルフなのだろう。


「おう。よろしくな、先輩」


 相変わらず、エルフの血が混じった野郎は顔がいい。


 あれ? もしかして王子様もエルフの血が混じってる?


「先輩はよしてくれよ。ボクの名前はフリッツだ。よろしくね」


 そんなことを考えていると、ハーフエルフのフリッツはソファーから立ち上がって近付いてきた。


 背丈は百八十くらいだろうか。


 顔は俺と同レベルであると認めざるを得ない。


 だが、身長は俺の勝ちだ。俺は百八十五もあるからな。


 悪いね。


「よろしく。俺はジョンだ」


 頭の中の考えは口に出さず、俺はニコリと笑って手を差し出して握手を交わした。


「さっそくだけど、あんたも悪党ヴィラン?」


「君、遠慮がないね?」


 フリッツは少し困ったような顔を浮かべながら言うが、こういうことは早めに聞いておいた方がいいからな。


 仮にこのイケメンハーフエルフが大量殺人を犯した殺人鬼だったら……。なるべく近付きたくはないからね。


 誘拐殺人犯だとか爆弾魔なんかも勘弁してくれよ?


「悪党同士の親交を深めるのは後にしてくれ。私はすぐに王城へ戻らなければならないから、さっさと仕事の説明をしたい」


 俺達のやり取りに割り込んだ王子様は、執務机の傍にあったサイドテーブルの上に畳まれていた黒いコートを手にとった。


 俺のコートだ。


 彼はコートを俺に投げると、続けてナイフが収まったナイフホルダーを投げてくる。


「おっとっと」


 俺はそれらを受け止めて、ナイフホルダーとコートを纏い始める。


「着替えながらでいいから聞いてくれ。仕事の内容は、王都で行われている闇取引の阻止だ」


「闇取引?」


 ナイフホルダーを体に巻き付けていた俺が問うと、王子様は「そうだ」と返す。


「最近、魔族が我が国へ輸入されていると聞く」


「へぇ。ご機嫌なことをやってる連中もいるもんだ」


 所謂、人身売買ってやつだ。


 敗者の処遇は勝者が決める。戦争における真理の一つであり、大昔から続く伝統ってね。


 これは十年戦争が終わった今の時代でも変わらない。


 しかし、敗戦国の国民に関しては違う。


 いくら敗戦国の国民であろうとも、魔族と罵られようとも、世界の国々が決めた国際ルールで人権は確保されているのだ。


 負けて国が搾取されようとも、一人一人が持つ人権だけは冒してはいけない。


 それがルール。


「戦地だった魔王国では人攫いが横行し、捕まった人達は人身売買の餌食となっているという話は有名だろう? その餌食となった人達が我が国で取引されているという噂を聞きつけた」


 戦争犯罪者を強制労働送りにするならまだしも、何も罪を犯していない人に『何か』を要求するのは犯罪行為だ。


 繰り返しになるが、敗戦国の人達であってもね。


 これに関しては王子様としても迷惑な話なんだろう。


 仮にローゼンターク王国の人間が人身売買に関わっていたら、王家の人間として見過ごせない。


 犯罪行為を摘発して、国際ルールに則った健全な国家であることを証明するべきだ。


 続けて仮にローゼンターク王国の人間が関わっていなかった場合。こちらに関しても自国が『取引所』となっていることが見過ごせない。


 下手をすれば「本当はお前の国の人間も関わっているんだろう!」と疑問視されてしまうからな。


「君達にはこれを阻止してもらいたい」


「つーか、王国騎士団は?」


 仕事の内容を聞かされたところで、一番気になるのは「どうして王国騎士団に任せないのか」という点だ。


 そもそも、治安維持は王国騎士団の仕事でしょうが。


 こういった事件を未然に防ぐのも仕事でしょうが、と言いたい。


「大きな組織故に動きが遅くなる。人身売買については非常にデリケートな問題であり、国としては早く片づけたい」


 デリケートな問題。早く片づけたい、ね。


 俺はニヤッと笑った。たぶん、すっごくいやらしい顔をしているだろうな。


「正直に言いなよ。秘密裏に解決して表に出したくないんだろう?」


 王子様は「悪党を狩るには悪党を使うのが一番」とは言っていたが、俺のような悪党を集めた理由にはこういった側面も含まれているはずだ。


 戦争が終わった今、次の時代に向けて健全な国であるイメージを保ちたい。国際社会に向けて『綺麗な国』のままでいたいんだ。


 だからこそ、悪党を使って臭いモンは誰にも見られないところで処理したいってことよ。


「……否定はしない」


 意外な反応だった。


 いや、地下室で言っていた「腐敗しています宣言」も考えると王子様らしい答えか?


「ふぅん。素直に認めるところは好感が持てる。好きだぜ、あんたのそういうところ」


「ば、馬鹿を言うな!」


 どうして頬を赤らめる。


 やめろ、変な想像をしちまったじゃねえか。


「ただ、好感が持てるのと依頼料は別だ。ヤバい仕事ほど割高になる。それが俺の流儀ってモンよ。今回は特別コース扱いだぜ?」


 俺は指で丸を作った。


 弾んでもらうぜぇ。へっへっへっ。


「私は君のそういうところが嫌いだ。いや、嫌いになった」

 

 王子様は表情を一変。今度は俺を睨みつけながら言った。


「そりゃどうも。また一歩お互いを知れたな」


 俺はハンッと鼻で笑ってやった。


「ボクは彼のように難癖付けませんよ」 


 フリッツはニコリとイケメンスマイルを見せながら言った。


 ハンッ。良い子ちゃんぶりやがってよ。


「それでいい」


 そう言った王子様は俺を見て「予め言っておく」と前置きを口にした。


「私が集めた人員にはそれぞれの役割を全うしてもらう。フリッツは戦闘要員。ジョンは義賊のスキルを活かした潜入と証拠の奪取だ」


 役割分担があることはいいことだ。無駄に責任を負わなくて済むからな。


 義賊である俺は潜入と盗みをしてりゃ金が貰えるってこと。


 隣に立つフリッツは戦闘要員ってことらしいが……。


 チラッと奴の腰に目を向けると、そこには鞘に収まった剣がある。


 こいつは剣士か? 元傭兵とか?


 ……もしかして、マジで大量殺人犯? 戦場でイカれて殺しまくったとか? もしくは、非戦闘員を虐殺したとか?


 見た目は大人しそうな野郎だが、剣を抜いた瞬間に人格が変わるとかじゃねえだろうな?


 ゾッとする想像をしながらフリッツの顔を見つめていると、彼はイケメンスマイルを俺に向けながら「どうしたの?」と微笑んできやがった。


 この女ウケするような笑みの下には残虐な心が潜んでいるのだろうか?


 俺は怖くなって無言のまま首を振った。


「問題を解決するにしても情報収集は重要だぜ?」


 フリッツから顔を王子様へ戻して問うと、彼は「その通りだ」と頷く。


「情報収集の担当はセレスティアという女性だ。王都の西区にある風俗街、高級娼館である『白薔薇の館』のオーナーだ」


「へぇー! 高級娼館!」


 こりゃいい話を聞いた。


 高級娼館のオーナーが仲間となりゃ、仲間割引で遊ばせてくれるかね?


 テンション上がってきたぜ。


「場所はフリッツが知っている。彼と一緒に彼女の元へ行き、情報を貰って証拠を奪取してくるように」


 仕事の話としてはこれで終了。


 とにかく、まずは人身売買が王都で行われているという証拠を掴むのが最優先。証拠を掴んだら王子様が次の手を考える、とのことだ。



 ◇ ◇



 というわけで、俺は先輩であるフリッツと共に高級娼館へ向かうことになったのだが。


「なぁ、さっきの話の続きだけどよ。あんたも悪党なのか?」


 廊下を歩きながら中断されてしまった話題を再び口にすると、フリッツは困った顔を浮かべながら頷いた。


「ボクは悪党というか……。根っからの悪人ではないよ」


 そう前置きしてからフリッツは自分の罪を語り出した。


「ボクは他国で大量虐殺の罪に問われてしまったんだ」


「ええ……」


 まさかの予想的中かよ。


 マジで勘弁してくれよ、と思っていたところでフリッツは「でも、事情があってね」と話しを続けた。


「ボクは傭兵団のリーダーだったんだ。ボク自身も優秀な戦闘技術を持っていると自負しているし、仲間も各分野に長けた優秀な人達だったよ」


 こいつ、自然に自分を自慢したよねえ?


 イケメンスマイル浮かべながら言えばすんなり受け入れられると思ってる?


「領主からの覚えもよくて、街の傭兵ギルドでもトップランクと認められていたんだけど……」


 傭兵団のリーダーだったフリッツは順風満帆の人生を送っていた。それこそ犯罪者の烙印を押されるような人生を歩むはずがなかった、と。


「ボクの人生の転機は……。仲間の一人をクビにしたところかな」


 フリッツの傭兵団は十人の傭兵で構成されていた。だが、内一人が実力不足であったらしい。


 領主の依頼に従事するも、実力不足な男はいつも足を引っ張っていた。やがて傭兵団に属する仲間達の間では溝ができ始め、遂には実力不足の男をクビにした方がいいという話題が出る。


「当時のボクは浮かれていてね。トップの実力を持つ自分がいればどうにかなるとも思っていた。だからこそ、彼の仕事っぷりをよく見ずに……。仲間の意見を鵜呑みにしてクビにしてしまったんだ」


 実力不足だと思われていた男は、実際のところ『縁の下の力持ち』だった。  

 

 これはクビにした男を追って傭兵団を脱退した元仲間の女性が教えてくれたことらしいが、男は実力不足ではなく前線で戦うフリッツ達のサポートに徹していたようだ。


 それを知らずにフリッツや仲間達は『実力不足』と判断してクビにしてしまう。


 男を傭兵団から"追放した"ってわけだ。


「正直、ボクはリーダーの器ではなかったんだろうね。人を見る目も無かったんだと思う」


 結果、フリッツの傭兵団は連携がボロボロになった。


 優秀なサポート役だけじゃなく、更にもう一人の仲間まで失ったフリッツの傭兵団は完全にバランスが崩壊して依頼の失敗が続く。


 極めつけは魔獣の群れが街を襲うという大事件が発生。


 悪い意味で真の実力を知ったフリッツ達は街を防衛することができず、辛くも魔獣を鎮圧したものの街や住人に多大な被害を出してしまった。


「当然、群れの規模からボク達や他の傭兵団だけでは限界があると説明していたんだけど……。終わったあとに領主や住人が激怒してね。責任を問われた際、仲間にも見放されてボク一人の責任になってしまったよ」


 激怒した領主や住人に詰め寄られた傭兵団の仲間達は「サポート役をクビにしたフリッツが悪い」と一斉に彼を指差した。


「結果、ボクは街の被害と死んだ住人の数から大量虐殺の罪に問われてね。捕らわれる前に国外へ逃亡したんだ」


 祖国から逃げ出し、辿り着いたのがローゼンターク王国ってわけか。


「過信していた過去の自分に後悔も反省もしている。さっきも言った通り、ボクはリーダーの器でもなかったし、人を見る目もなかった」


 今では反省している。過信していた自分が間違っていた。もっと周りを見て慎重に判断すればよかった。


「でも、全部が全部ボクの罪ってわけじゃないんだよ? 他の人もちゃんと彼の実力を把握してくれていればよかったし、領主や住人も期待しすぎだと思わない?」


 などと供述しており、ってところかね。


「ふぅん……」


 まぁ、リーダーであった彼が何かしらの責任を負う必要はあったかもしれないが……。


 しかし、こいつが言った通り、領主達もまぁまぁ無茶苦茶じゃねえ?


 外国で起きた出来事だし、フリッツの意見だけしか聞けないから正確には判断できないけどよ。


 それと、もう一つ聞いておきたいことがある。


「いや、そもそもさ。あんたがクビにした男はサポート役に徹してたって話、自ら申告したの?」


「ボクは聞いた覚えがないんだけど、彼を追って脱退した女性はクビを宣告される前に言ったと。前々からそういった働きをしてたじゃないかって。ボクが話をまともに聞かなかったって逆に怒られたよ」


「なんだ。あんたがクズなだけじゃん。ついでに元仲間も大体クズじゃん」


 ちゃんとコミュニケーション取れよ、と言いたい。


 だが、この点に関しては本人も言う通り自惚れていたのが原因なのかもな。


「ハッキリ言うね」


 俺が正直な感想を口にすると、フリッツは困った顔を浮かべながら笑った。


「微妙な反応されるよりいいだろ。クズだろうがぶっ飛び級の悪党だろうが俺は構わねえよ。俺に迷惑かけなきゃな」


 聞いといてなんだが、こいつの過去なんざ知ったこっちゃねえ。


 今でも血に飢えている大量殺人犯で虎視眈々と俺の首を狙ってるってわけじゃなきゃどうでもいい。


 これはただの確認作業にすぎないんだよ。


「君は義賊なんだっけ?」


「おお、そうだよ。あんたよりはクリーンな悪党さ」


 俺は肩を竦めながら言った。


 フリッツはまた困った顔で笑う。


「んで、あんたも悪党ってことは……。これから向かう娼館の女オーナーも悪党?」


 続けて問うと、フリッツは「うん」と頷いた。


「彼女は悪女だよ。ボクは今日までの二十八年間、色んな女性と過ごしたけれど……。これまでの人生で彼女ほどの悪女は見た事がないね」


「へぇ。そりゃ楽しみだ」


 人を見る目がなく、傭兵団を支えていた男を追放したクズ。


 次はフリッツ曰く最悪の悪女ときた。


 面白くなってきたじゃねえの。 


 あと、最後にモテ自慢を挟んだよな? 


 聞き逃してねえからな、クズ野郎。 

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