第3話 魔法・世界・技術


 王子様の手下になる宣言をした俺は拘束を解いてもらった。


 縛られていた腕をぐるぐると回してほぐしながらも、体に異常がないかを確認していく。


 エーテル車に撥ねられたのは現実だからな。


 一旦保留していた考えを再び考え直すと、どうしても聞いておきたい疑問が思い浮かぶ。


「なぁ、改めて聞きたんだが」


 俺はそう前起きしながら質問をぶつけた。


「俺の体がマジでイカれちまってたとしたら、どうやって治したんだよ? ポーションでもそんな早く完治しねえぞ。それとも、俺が拘束されて一ヵ月は経過したなんて言わないよな?」


「だから言ったろう? 彼が治したんだよ」


 繰り返された質問に対し、やはり王子様は灰色のローブを着る子供を指差した。


 彼、と言ったな? となると、こいつは男か。


「どうやって?」


「奇跡の力だよ」


 奇跡、ね。


「魔法か?」


 十年戦争が起きた切っ掛けでもある奇跡の正体を口にすると、灰色のローブを着た子供の肩がびくりと跳ねた。


 肩が跳ねた拍子にフードが若干ながら浮く。


 垣間見れた彼の顔は幼く、少女のように可憐だ。しかし、同時に目の下には濃い隈があった。


「―――ッ!」


 少年は慌ててフードを掴むと、頭に押し付けるように端を引っ張った。


「彼は人見知りなんだ。それと無用な詮索はするな」


「そうかい」


 魔法。


 それは魔王と一部の魔族が使う奇跡の力――いや、使っていたと言うべきか。


 長く大陸で繁栄を続けてきた人間達が神の奇跡を模倣して作り上げた『魔術』とは違い、魔法とは本物の奇跡だ。


 火球を飛ばすだとか、風の塊を飛ばすだとか、そんな限定的でちゃっちい真似事じゃない。


 魔法ってのは天候を変えられたり、大地から木々を生やして森を作り出してしまったりと、人類が作り出した魔術では実現不可能なことを可能にする。


 正真正銘、神と同じ力。驚異的で神秘的だ。


 だからこそ、十年戦争が起きた。


 魔法を使う魔王を恐れた各国の王は連合軍を結成。魔王を『神の力を悪用する者』とし、異世界から勇者達を召喚して魔王を討ったのだ。


 もし、彼がその驚異的で神秘的な力を使えるのなら……。


 車に撥ねられてバッキバキになった俺の体を一瞬で治すのも可能だろうよ。


「…………」


 少年は両手で掴んでいたフードを少しだけ持ち上げて、上目遣いで俺の顔を見つめてきた。


 どこからどう見てもただのヒューマン――いや、ちょっと体調が悪そうなヒューマンの子供にしか見えない。


 十年戦争を語る英雄譚や自伝に出る邪悪な魔族ではない。


 とは言っても、そもそも魔族ってのは種族名じゃないからな。


 勇者を召喚した連合軍が名付けた敵への呼称みたいなもんである。


 魔族とは要するに魔王が治めていた国である『クライブス魔王国に住んでいた人達』を指すのだ。


 敵と認識された連中をひっくるめて『魔族』と呼んでいただけであり、魔族の中にはヒューマンもいれば獣人だっている。


 エルフやドワーフもいるし、吸血鬼やらサキュバスといった魔人種も。


 ――さて、ではこの少年は? 元々は魔王国に住んでいた少年なのかな?


 そんな考えが過るが、少年の目に浮かぶ怯えの感情を読み取って首を振った。


「悪い、怖がらせたな」


 俺は少年の頭に手を置いて優しく撫でた。


「…………」


 彼はじっと俺の顔を見てくるだけだったが、少なくとも彼の目から怯えの色は消えたようだ。


「ところで、俺が着てたコートは? あと仕事道具も」


「上で保管している」


 没収されていた私物の行方を問うと、王子様が天井を指差した。


 やはりここは地下室か。


 俺は王子様と少年の後に続いて部屋を出る。


 上の階に続く階段を上がって行くと、一階の廊下に出た。


 廊下の様子を見る限り、ここはよくありがちな貴族の屋敷みたいだが。


「なぁ、ここは屋敷か? 城じゃないよな?」


「当たり前だろう。ここは私が所有する屋敷の一つだ。名義人は偽装しているがね」


 所謂、隠れ家ってやつだろうか。


「シンプルでいいね」


 廊下の壁は真っ白。床には赤い絨毯が奥まで敷かれている。しかし、貴族の屋敷にありがちな豪華で装飾過多な壺やら置物なんかは飾られていない。


 代わりにあったのは、壁に取り付けられたエーテルランプ。


 魔術の光と同等の明るさをスイッチ一つで実現させる、最新技術で作られた家具の一つだ。


「さすがは王子様のお屋敷だ。家具も最新式かい」


 壁に取り付けられたエーテルランプも俺を撥ねたエーテル車も、十年戦争が産んだ副産物。


 戦争ってのは多くの血を流す酷い戦いであるが、同時に相手を打倒するために技術力も急速に進化する力も持っている。


 勝利した連合軍側はそれを成した。


 この世界にあった既存の技術である『魔術』と『錬金術』は召喚された勇者達が住んでいた元の世界――異世界の技術をミックスして新しい技術に進化した。


 それが現在主流となっている『魔導技術』だ。


 次世代の新型燃料である『エーテル』も異世界で発展した燃料技術を応用して開発された。馬車に代わって馬を必要としない車の開発が進められたのも、異世界技術に因るところが大きい。


 今、この世界は偉大な勇者様のおかげでどんどん便利なモンが発明されていく。


 まさに技術革命の黎明期ってやつだ。


 戦争の代償としちゃ、どうかと思うがね。


「我が国はエーテルを生成する素材の一つ、マナステルが豊富に採掘できるからな。それと引き換えに最新技術が入り込んで来るのは君も知っているだろう?」


「おお、もちろんさ。それに関しちゃ王家に感謝しているよ」


 王子様が言った通り、ここローゼンターク王国は十年戦争末期頃から非常に潤い始めた。


 理由は彼も語った通り、次世代燃料であるエーテルの生成には欠かせないマナステルが多く埋蔵される土地だからだ。


 マナステル採掘事業と他国への輸出は王家主導で行われ、儲けは国民に還元されてきた。


「どんだけボロい家でも毎日熱いシャワーが浴びれるのはありがたい話だね」


 他にも色々と便利な道具はあるが、そういった便利な道具を国民が不自由なく使えるのは間違いなく王家のおかげだ。


 だからこそ、俺は本心で礼を言った。


「ついでに俺への報酬にも還元してくれると嬉しいねぇ」


 国で一番潤っているはずの王家が雇い主なんだからなぁ。

 

 しかも、本来指揮を執る王様は病で倒れてるって話だ。


 となると、俺をスカウトした王子様が全部管理しているってことだぜ。


 そりゃあもう、使い放題ってことじゃねえのかい?


「まったく……。君は本当に金のことばかりだな。先に言っておくが、私だって好き放題にできるわけじゃないぞ。事業に関してはあくまでも父上の代理というだけだ」


 呆れるように言った王子様は首を振って否定した。


 今回の件はあくまでも王子様のポケットマネーでやっていることだ、と。


「ふぅん。まぁ、金を払ってくれるなら何でもいい」


 一瞬だけ沈黙が続いたが、俺はすぐに別の話題を口にした。


「ところで、肝心の王様はどうなんだよ? 病気は回復しそうなのかい?」


 先ほどの話に繋がるわけじゃないが、仮に王様が死んじまったら王子様が国のトップだ。


 残酷な話かもしれないが、俺としちゃ雇い主が正真正銘のトップに座ってた方がやりやすい。


「分からない」


 しかし、王子様は首を振る。


「分からない?」


「ああ。原因不明の病だ。今、情報を集めている」


 生きてはいるが、飯もろくに食べられない状態らしい。


 ずっと寝たきりになったまま、体はどんどん痩せ細っていっているんだとか。


「ふぅん。そりゃ大変だ」


 ここでふと思いつく。


「少年に治してもらえば? 奇跡の力で」


 少し前を歩く少年の背に視線を送りながら言うも、王子様からの返答は「ダメだ」だった。


「彼の奇跡は怪我専門だ。病気は治せない」


「へぇ。魔法ってのは神の如き力って言われているが、色々と大変らしいからな」


「詳しいじゃないか?」


 先頭を歩く王子様が俺に振り返りながら言った。


「前に詳しいヤツに会ったことがあるだけだ。そいつから聞いたんだよ。真に万能なモンはこの世に無いってね」


 俺が肩を竦めて言うと、王子様も「確かに」と返す。


「真の奇跡なんて、神にしか扱えないのだろう」


「だろうよ。魔法を使えた魔王が本当に奇跡を起こせるなら、戦争になんか負けないよな」


 魔法を使えると言われていた魔王は殺された。


 それが証拠だ。


 魔法が使えても神にはなれないって証拠さ。


「この部屋だ」


 話しながら廊下を進んで行くと、最奥にあった部屋の前で止まった。


 俺は彼らと共に部屋の中へと進入していく。

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