第2話 婚約破棄した冷徹王子


 国のために働け、悪を裁くための駒になれ、と言われた俺は人生最大級のため息を吐きながらも首を振った。


「おいおい、ちょっと待ってくれよ。こちとら、エーテル車に跳ね飛ばされて頭がイカれちまってんだよ」


「ああ、知っているとも。何せ、君を撥ねたのは私だからね」


「あんたかい!」


 おっかねえ。


 心底おっかねえよ。


 こいつ、国の王子様だろ? 王子様のくせに犯罪の区別すらつかねえのかよ?


 大丈夫か、この国。


「だが、心配はいらない。撥ねた直後、君の腕や脚は曲がっちゃいけない方向に曲がっていたが全て治した」


 クソおっかない事実を口にした王子様は、自分の斜め後ろに立つ人物を親指で指し示した。


 灰色のローブを纏い、フードで顔を隠した背の低い人物だ。


 たぶん、子供だと思うんだが……。


 ローブの上からは身体的特徴が見えない。


 故に性別不明であるが、フードの中にある桃色の髪が辛うじて見えた。


 あと、さっきからずっと親指の爪を噛んでいる。ついでに小声でブツブツ言ってる。


 こわい。


「……どうして俺を駒にしようとする?」


 この不気味な子供っぽい人物は一旦置いておくとしよう。


 まずは相手の狙いを探るのが先だ。


「さっきも言った通り、君が世を騒がせる義賊だからだ。君の噂が囁かれて三年、ずっと捕まらなかったのは優秀な証だろう」


 これは事実である。


 義賊って部分も、優秀であるって部分もね。


 ――王子様が言ったように、俺はローゼンターク王国東部で義賊として活動していた。


 義賊と語るように、俺は悪どい野郎からしか盗みを働かない。


 世の中には思っている以上に悪どい野郎でいっぱいなんだぜ。


 クソみたいな商売をする商人やらクソみたいな方法で平民から金を巻き上げる貴族とかな。


 とにかく、俺がターゲットとする連中はそういう奴らだ。


 そういう奴らから金や宝石を盗み、換金して貧しい人や依頼人に還元する。


 もちろん、俺も『依頼料』は頂くがね。


 今回も依頼を受けて王都へ出向き、王都で暮らすアホ貴族の屋敷から宝石を盗んだのだが――盗みを終えての逃走中、路地から出たところで撥ねられた。


 申告によると王子が運転したエーテル車に。


 ここまで振り返ってみると、少しおかしいと感じないだろうか。


 どう考えてもタイミングが良すぎる。


「まさか、依頼人はあんたか?」


「正解だ」


 東部にいた俺へ闇ギルド経由で依頼を出したのは「王子様」であり、今回の依頼は俺を捕まえるための囮依頼だったってことだ。


 予めターゲットとなる貴族を知っていて、盗みを働く場所も知っていて……。俺の逃走ルートを予想、あるいは先回りしたのも他に仲間がいるからに違いない。


 たぶん、王子様の駒が他にいるんだろうと。


 ここまでは予想できた。


「俺が盗んだ宝石は? 返してくれる?」


「あれは私が用意した物だし、屋敷も今回のために用意したダミーだ。全部没収だよ」


 俺はガックリと項垂れた。


 ああ、全部失っちまったんだと。


 依頼料を貰って、華の王都で楽しむつもりだったのに。高い酒と綺麗なねーちゃんを抱きながら王都らしい一夜を過ごそうと思っていたのに。


 代わりはこのクソみてえな状況かよ。


 最悪だぜ。


「しかし、どうして王子様がこんなことをする?」


 俺は目の前にいる王子様の顔を注意深く観察すると同時に彼の評判についても思い浮べる。


 ローゼンターク王国第一王子。名はカイ・ローゼンターク。


 確か年齢は二十だったか?


 彼には双子の姉である王女様もいるが、王女様は病に伏せっているという。彼自身も最近までは病に苦しんでいたとのこと。


 病を克服したカイ王子は、最近になって王女様と同じく病に倒れた現王に代わり国政に関わっている。


 ここまで聞くと病弱だった王子様が病を克服し、倒れた家族のために奮起したって国民泣かせのストーリーだ。


 しかし、王子様の人柄を語る噂の中には「冷徹である」との話も。


 中でも有名なのは『婚約破棄事件』だろうか?


 王子様には婚約者がいたようなのだが、病気を克服すると同時に婚約者との約束を一方的に破棄したようだ。


 酷い『振り方』だったらしく、婚約破棄された貴族令嬢の心は深く傷ついたのだとか。周囲の貴族も婚約破棄を取り消すよう助言したらしいが、まったく意見を変えなかったらしい。


 以降、王城の中では「長年想いを寄せてくれた婚約者を簡単に切り捨てた王子」だとか「病気を患っていたせいで人格が変わってしまった」などと悪い噂が囁かれているって話だ。


 とにかく、王子様って怖い人なのね! ってイメージが平民層にも流れてきた。


 ……まぁ、確かに怖いよな。平然と人を撥ねるんだもん。


「私は国をよくしたい」


 王子様としちゃ定番の文句だわな。


 俺を撥ねてなきゃ、すんなり受け入れていただろうよ。


「知っての通り、この世界には大きな戦争があった。魔王と勇者達の戦争――十年戦争だ」


「……ああ、よく知ってるとも」


 この世界には魔王がいた。


 そして、魔王を倒すために異世界から召喚された勇者達がいた。


 魔王軍を倒すために勇者達と連合軍は大戦争を始め、血みどろの戦争は十年ほど続く。


 これが世に伝わる十年戦争。


 人類の敵と称された魔王の首が刎ねられたのは今から二十五年ほど前。魔王が死亡したことによって、ようやく世界から戦争が消えたのだ。


 まぁ、未だに魔王軍の残党を名乗る連中との小競り合いは各地で続いているがね。


「しかし、未だに戦争の爪痕は残っている。荒れた土地もあれば、まだ復興していない街もある。我が国も例外ではないよ」


 王子は前髪をさっと手で払いながらため息を吐いた。


 十年戦争でダメージを負った国は多いが、彼も言った通りローゼンターク王国も例外ではない。


 熾烈な戦争によって量産された死体は大地を汚し、戦略として行われた破壊行為は街を瓦礫の山に変えた。


 同時に戦争という特殊な状況下で倫理観を失った人も多い。


「破壊された土地や街はまだいい。時間を掛けて復興すれば元通りにはなるだろう。しかし、早急に解決しなければならない問題は悪化し続ける治安。それに乗じて行われる悪行だ」


 今度は髪を掻き上げ、組んでいた足を組みなおして。


 ――顔のいいやつがやると様になるな、なんて思いながらも少し違和感を感じた。


 何だか仕草が妙に色っぽいというか……。


 おっと、話に集中しないと。


「未だ戦争中だと勘違いしている連中もいれば、終戦から残る不安定な状況を利用して不正に手を染める者もいる」


 戦争で略奪行為を経験した元傭兵、戦争特需での儲けに憑りつかれた商人など。


 こういった輩も厄介ではあるが――


「だが、特に厄介なのは貴族だ。地位と権力を使って好き勝手しようとする者達もいる。私はそういった輩を排除して国内を正常な状態に戻したい」


 カイ王子は「不正や賄賂が横行せず、真に国民のために尽くす貴族達がいる国にしたい」と続けた。


 まるで、この国の貴族は不正している奴らばっかりみたいな言い方だ。


「つまり、貴族の腐敗が進んでいると?」


「残念ながら」


 俺の認識は正しいようだ。


 王子自ら「この国は腐っている」と宣言するとはね。


「国の舵を取る王家が無能であると自ら言っているようなものでは?」


「言い訳に聞こえるかもしれないが、王家は病に冒されている。私も数年前までは病気に苦しんでいたし、今度は父上までもが病に倒れてしまった」


 今、この国は万全な状態で政治を行える状態ではない。


 そういった『隙』を作ってしまったのは自分達の責任ではあるが、犯罪行為を見逃す理由にはならないと彼は語る。


「故に私はこの国の王子として、自らの手で責任を取ることにした」


 彼は力強く言った。


 緑色の瞳に決意の炎を宿しながら。


「んで、これかよ?」


 俺は拘束されながらも肩を竦める。


 責任を取るって。これが? この状況が、かよ?


「そうだ。悪党をよく知るのは、同じ世界に生きる悪党ヴィラン。私は悪を悪で制する。優秀な悪党ヴィランを駒にして対抗するつもりだ」


 なるほどね。


 事情は分かったし、俺を捕まえた理由も理解した。


 だが、それとこれとは別だね。


「馬鹿言ってんじゃないよ。俺にだって選択する自由はあるんだぜ? そうホイホイとあんたの指示に従うと思ってんのかい?」


 それこそ「悪党をなめるなよ」ってやつさ。


 俺を優秀と判断したことについては評価してやるが、この俺が素直に尻尾を振るって思ってんだったら大間違いだ。


「あんたが言った通り、俺は優秀な悪党――いや、だぜ?」


 悪党を簡単に使いこなせると思い込んでいる甘っちょろい王子様に対し、俺は「ハンッ」と鼻で笑ってやった。


 しかし、俺の反応を見た王子様もまた「フッ」と笑う。


「君に拒否権はないよ。君が気絶している間、死の魔術を刻ませてもらった。私の命令を拒否したり、意に反したことをすれば即座に殺せる」


「馬鹿言ってるんじゃないよォ!?」

 

 俺が目をひん剥きながら驚くと、カイ王子は俺の服をぺろんとめくる。


 自慢の上半身が晒されると、俺の胸――心臓の上には二重円と文字で構成された魔術式が刻まれているではないか。


「うわぁ……。マジで魔術式じゃん……」


 入れ墨みたいになっている黒い魔術式を見て、俺はドン引きした。


 この王子様、マジで容赦ねえわ。


 人としてどうかしてるよ。王子様自らが国民の人権を奪うってどうなのよ。


 悪を裁くって、あんたも結構な悪党じゃねえかと言いたいね。


「もちろん、私だって悪魔じゃない。君にも十分なメリットは用意する」


「メリット?」


 椅子に座り直し、足を組んだカイ王子は「ああ」と頷いた。


「君は悪党から金や物を奪って生活している。そこから察するに金が好きなんだろう?」


 金、と聞いて俺の瞼がぴくりと動いた。動いてしまった。


 ニヤッと笑ったカイ王子は言葉を続けた。


「先ほども奪った宝石の行方を気にしていたよな? 私の指示に従い、悪党を撲滅する仕事に従事してくれれば金を出す。たんまりとね」


「やります」


 俺は即座に頷いた。


 俺、金、好き。大好き。


 しかし、すぐにハッとなる。


 いかん。いかんぞ。これでは交渉になってないじゃないか。


「金の他にも欲しい物があったら用意してくれる?」


「たとえば?」


「生活する家とか高級な酒とか。ああ、家はなくてもいい! 代わりに毎日娼館で寝泊まりできるくらい金をくれるんでもいい!」


 俺がささやかな要望を口にすると、カイ王子は「なんて欲深い」と首を振る。


「おいおい、どこがだよ。正当な要求でしょうが」


 人の体に即死の魔術を刻んでんだよ~? ちょっとくらい良い思いして、最後の思い出を作るくらいいいじゃないの!


 俺の説得が効いたのか、彼は大きなため息を吐きながら「分かった」と頷く。


 へへっ。やったね。


 これが正しい交渉術ってやつよ。


「とにかく、ちゃんと悪党を撲滅してくれれば報酬は渡す。だが、私を裏切れば――」


 ギロリと睨みつけてきた。


 おいおい、綺麗な顔が台無しだぜ?


「へへっ。任せておけって。あんたが言った通り、俺は優秀な大悪党だぜ?」


 こうして、俺はカイ王子に手下に成り下がったわけだ。


 だが、魂まで売ったわけじゃないぜ。


 全ては金のため。大好きな金のためさ。


 悪党を捕まえて金をたんまり貰えるなんて、義賊稼業と大して変わらねえしな。


 やってやりますよォ! ボスゥ!

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