異世界ヴィランズ・スクワッド ~テンプレ境遇な悪党共が悪を裁く物語~

とうもろこし@灰色のアッシュ書籍化

第1話 義賊のジョン


 俺の名前はジョン。


 今、俺はきりもみ回転しながら宙を舞ってます。


 どうしてかって? 


 路地から出た瞬間、エーテル車に撥ねられたからだ!


 二十五年生きてきた中で初めての経験だ。


 跳ね飛ばされた体は宙を舞い、革袋に入れていた宝石も一緒に宙を舞う。


 無様に宙を舞う人の体と、太陽の光を反射して幻想的な光を生む煌びやかな宝石達のコラボレーション。


 ある意味、芸術だよ。


 この悲劇を目撃した者達は何を思うだろう? そいつらも芸術的だな~、なんて思ってくれるのかな。


「―――」


 そんな馬鹿みたいなことを考えていると、未だ空中でくるくると回転する俺の体には激痛が走った。


 痛みで気絶しそうな中、回転する視界の中、俺の目は俺を跳ね飛ばした犯人を目撃する。


 黒塗りの金属で覆われて、排気口から緑色の煙を噴き出す馬要らず。


 十年ほど前に開発され、世間をあっと言わせた馬車に代わる新しい移動手段。


 ――黒塗りのエーテル車って、貴族か豪商が所有する高級仕様車じゃん。


 なんて考えたのが最後。


「へぶっ!?」


 俺は地面に落ちて、そこで意識が途絶えた。



 ◇ ◇



 周囲からギシッと軋むような音を感じて、俺の意識は徐々に覚醒していく。


 ハッとなって目を開けると、体が動かないことに気付いた。


 エーテル車に跳ね飛ばされた記憶を思い出して、俺の体が悲惨なことになってしまったから動かないのかと思ったが、どうやら違うようだ。


「ああ……?」


 俺は椅子に座らされ、両手を背中に回した状態で拘束されていたのである。


 着ていた愛用のコートは脱がされており、安物の黒ズボンと白シャツだけの恰好で。


 もちろん、コートの下にあったナイフホルダーなんかも外されている。


 おいおい、なんだよこりゃ、と思いながら体を動かす。


 ただ、動かしながらも「おかしいな」とも思った。


「痛みがない?」


 俺は本当に跳ね飛ばされたんだよな? 気絶するほどの痛みが完全に消え失せているし、拘束されてはいるが体の骨が折れたりしている感覚はない。


 あれは夢だったのか? なんて思いながらも周囲を見渡す。


「……地下室か?」


 狭苦しく感じる四角い部屋の天井には旧式のランプが吊り下げられており、窓は存在しなかった。


「一体、何なんだよ」


 そう呟いてため息を吐いた時、部屋のドアがギィと音を立てて開いた。


 コツコツと靴底を鳴らしながら進入してきたのは二人。


 一人は金髪の男と思われる人物。


 セミロングの髪を後ろで縛って、貴族のような質の良い白い服を着ていた。


 もう一人は灰色のフード付きローブを身につけた者。


 背が低く、子供みたいだが性別不明。顔もフードで見えやしない。


「目が覚めたか」


 そう言ったのは金髪の男だ。


 発した声は耳にすんなりと入り込むような美しい声。


 彼は部屋の隅にあった椅子を俺の前に持ってくると、椅子に座って足を組んだ。


「嘘だろ……」  


 ランプの光で男の顔がより鮮明になると、俺は思わず声を漏らしてしまった。


 何故なら、俺の目の前にいるのは、この国の――ローゼンターク王国の第一王子だったからだ。


 金貨のように輝かしい金髪、エメラルドのような瞳と長いまつげ。


 同じ男とは思えないほど顔面は整っており、これぞ王子様って感じの顔が今俺の目の前にある。


 高貴な血筋ってのは無条件で顔面レベルが高水準になるのか? 毎日良いモン食ってる連中は顔までよくなっちまうのかよ、と。


 階級社会における理不尽さと神様が与える個人個人への試練にまいっちまうね。


 あと、座った姿が妙に色っぽいのも付け加えておく。


「褒めているのか、貶しているのか」


 どうやら声に出ちまっていたらしい。


 王子様の綺麗で高貴な顔面が一瞬だけ歪み、これまた人を惹き付けるような両目がキッと鋭くなった。


「へへへ。すいやせん」


 相手を怒らせるのは損だ。


 この状況的にも相手の身分的にも。


 ご機嫌を取っておいた方が得だろう。そうに決まっている。


「……噂通りの男だな」


「へぇ。どんな噂だい? 王子様の耳にも届いてるとは、俺も有名になったもんだぜ」


 手が拘束されてなければ、間違いなく指で鼻の下を擦っていただろうよ。


「最近、国内で犯行を続ける自称義賊。貴族や豪商から盗みを働く悪党。君は義賊のジョンだろう?」


 続けて王子様は俺の外見も口に出す。


「その赤い髪と赤い瞳、背丈や恰好も積み重ねられた目撃証言と一致する」


 彼の口振りからは『確信』が感じられた。間違いないという確信を持って話していることがひしひしと窺えた。


「もう悪いことはしません。だから助けて下さい。見逃して下さい」


 だからこそ、俺は即座に命乞いをした。


 これに限る。


 だってさ、俺の正体に確信を持っているのもそうだが、もっと異常な事態が起きているだろう?


 目の前にいるのは王子様だ。


 国の中で王の次に尊い人。次の王となる人物。


 普通はあり得ない。


 悪党を捕まえたとしてさ。普通、王子様が目の前に現れることってある?


 普通の状況だったら、目の前にいるのは下っ端の騎士だとか、よくても隊長クラスの人間だろう。


 それが王子様だぜ?


 笑っちまうね。


 馬鹿でも分かるだろう?


 死刑よりも最悪なことに巻き込まれるって、嫌でも予想できるんだよ。


「いいや、ダメだ。優秀な悪党ヴィランである君にはこれから国のために働いてもらう。悪を裁くため、私の駒になれ」 


 ほらな?

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