第11話 ボーナスゲットのために
白薔薇の館を出て、更にはフリッツとも別れた後のこと。
俺は一人東区の中を歩いていた。
メインストリートを半ばまで歩き、そこから裏路地へと入り込む。
表通りから外れ、奥へ奥へと進んで行くと見えてくるのは――住宅街の中にひっそりと佇む本屋だ。
ここには俺独自の情報屋がいる。
閉店の札が掛かった扉を問答無用に開けて、暗い店内の奥に向かう。
大量の本が収納された本棚と本棚の間を抜けていき、店の奥にあった部屋へ続くドアの隙間からは灯りが漏れていた。
灯りが漏れていることを確認した俺は、ドアをノックしてから「よう」と声を掛ける。
『――おや、こんな時間にいらっしゃるとは』
ドアの向こう側から聞こえてきたのは老人の声。加えて、僅かに本のページをめくる音も聞こえる。
「ああ、少し聞きたいことがあってね」
『何なりと。私は貴方に仕えております故』
「それはやめろって言ったろう?」
老人に返しながらも、俺は内心で「言っても無駄だろうな」とも思いながら鼻で笑う。
『それは無理な相談ですな』
ほらな?
まぁ、いいさ。いつものことだしな。
そう思いながらも、俺は内ポケットから破いた手帳の切れ端を出した。
「ラミアの毒ってまだ手に入るのか?」
破いたページにある文字は『ラミアの毒を搬入』というもの。
同じく記載されている日付は半年前。
『ラミアの毒と言いますと……。どれのことでしょう? 彼女達は毒も薬も開発しておりましたから』
「黒染め病の毒だ」
俺が引き起こされる病名を口にすると、ドアの向こうからは数秒ほど沈黙が返ってきた。
『黒染め病ですか……。あれは既に破棄されました。現物は残っておりませぬ』
「仮に残っていたとして、解毒薬も同時に入手できると思うか?」
『可能でしょうな。王城にいた薬師のラミア達は必ず解毒薬も生成しておりました』
黒染め病を引き起こす毒薬は、ラミア族由来の成分を使って生成されたもの。ラミア族の体内で生成される毒を原料に作り出すものだ。
解毒薬の生成にもラミア族の血が必要とされるが、魔王国の王城にて王宮薬師だったラミア族は安全性を考慮して必ず二倍の数の解毒薬を生成していたという。
『あれは遅効性の毒でありますが、解毒薬なしには完治しませぬ。しかも、効果は絶大。使用者は解毒薬を手元に置いておかないと不安で眠れませんでしょうなぁ』
そんな毒を作り出すラミア族であったが、十年戦争時に全滅してしまったという。
有能な薬師だったが故に、敵視されて根絶やしにされたと。
ドアの向こう側からは、昔を懐かしむような声音と恨みの篭った声音が入り混じって聞こえた。
『仮に流出していた場合、考えられるのは十年戦争末期。魔王都を連合軍が襲撃した際でしょうな。どさくさに紛れて数本持ち出された可能性は否定できませぬ』
「なるほどね」
となれば、まだ望みはありそうか?
『答えは得られましたかな?』
「ああ、助かった」
俺はページの切れ端をコートの内ポケットに仕舞う。
『しかし、ラミア族の毒について聞かれるとは意外でしたな。王家の者と調査している人身売買絡みですかな?』
「ん? ああ。調査の過程で毒の名前が出てね。近いうちに人身売買についても続報を持って来れそうだよ」
そう告げてから、俺は言葉を続ける。
「正直、最初は面倒事に巻き込まれたと思ったが。意外なところで接点があったもんだ」
『世の中、どう繋がっているか分かりませんな。しかし、私からしてみれば運命的にも思えます』
ドアの向こう側からは「フフ」と笑う声が聞こえてくる。
「運命ねぇ……。それはそれで厄介なモンさ」
運命ってやつは言葉にすると簡単だが、実際に被ってみるとこれほど嫌なモンもない。
振り切ろうとしても振り切れない、絶対に逃れらないクソッタレだ。
嫌だね。本当に嫌だ。
『ところで、探し物はどうでしょう? 見つかりましたかな?』
「いや、そっちはまだだ」
俺はコートのポケットに両手を突っ込みながらため息を吐く。
「この街にあるのは確かだが……。まぁ、もう少し探ってみるさ」
俺がこの街に来た本当の目的はまだ見つからない。
「あんたの言う通り、運命ってやつなら……。このまま王女様の事件を追えば見つかるかもしれねえな」
魔王国人を対象とした人身売買、元は魔王国人だったラミアが作り出した毒、これらも完全に無関係とは言えない。
「また何か聞きたいことがあれば来るよ」
『ええ、いつでも。お待ちしておりますよ。……貴方様に精霊のお導きがありますように』
俺はドアから離れ、店の入口に向かって歩いて行く。
入口のドアノブを掴むと、最後に奥の部屋を振り返った。
「…………」
灯りは消えない。
彼はこのまま朝まで過ごすのだろう。
俺は無言で店を出た。
◇ ◇
情報屋からヒントを得た俺は、セレスティアから紹介された宿屋で過ごした。
昼過ぎまで眠り、食事をして。また夜になるまで静かに過ごす。
そして、夜を迎えたら活動開始。
こんな安宿はさっさと出て、大金を持って別の宿に変えたいものだ。
特に綺麗なお姉ちゃんが添い寝してくれる宿にね。
ってなわけで、俺は王都北区に向かい――小さな丘の上に聳える王城内に侵入したのである。
王城ってのは凄いぜ。
どこにでも鎧を着た騎士がいて、煌びやかな服を着た貴族がいて、国を支える文官と王城の機能を支えるメイドや執事がせっせと働いていやがる。
隠れる場所を見つけるのも一苦労ってね。
加えて、廊下にはどこぞの絵描きが書いた価値ありそうな絵が飾られていたり、売れば一ヵ月は金の心配をせず生活できそうな美術品が飾られていたり。
とにかく、義賊である俺にとっちゃ誘惑の多い場所だ。
ただ、苦労して忍び込んだのはこれらの品を盗んで小銭稼ぎするためじゃない。
俺の目的は――
『今日もカイ王子殿下は離れに?』
『ええ、お仕事があるからって』
俺が潜むのは王城一階にある調理場の近く。メイド達が忙しそうに歩き回るのを影から見つめて、同時に聞き耳を立てた。
なるほど。
王子様は敷地内にある離れにいるのか。
『殿下がまた倒れてしまわないか心配だわ』
『だめよ。滅多なことは口にしないで』
お喋りなメイド達の会話を聞きつつ、俺はタイミングを窺ってその場から脱出した。
開けておいた窓から外に出ると、茂みに隠れながら敷地内を巡回する騎士達を躱す。
義賊らしく音を立てず、ゆっくりと進んで……。
王城の西側にある離れが見えてきた。
タイミングを見計らって離れの傍にあった薔薇園に入り込む。しかし、まだ見回りを続ける騎士がいるようだ。
騎士が掲げたランプの光を目で追いながら、バレないよう位置を変えていく。
「…………」
じっと身を潜めて待っていると、ようやく騎士は別の場所へと向かったようだ。
「ふぅ」
息を吐き、今度こそ建物に近付く。
離れの建物は二階建てであるが、一階には灯りが点いていた。王子様がこの中にいるのは間違いなさそうだ。
ゆっくりと窓に近付くも、カーテンで覆われて中が見えない。
別の侵入口を探すが、気になったのは建物を警備する騎士がいないことである。
「王子様がいるってのに護衛なし?」
かなり気になる点であるが……。まぁ、バレたら逃げりゃいいか。
正面のドアに向かってドアノブを回すと鍵がかかっていた。ピッキングツールで鍵を開け、音を立てないように中へと進入する。
ドアを閉め、廊下を進んで奥へ向かうと――
「シャワー中?」
廊下の途中にあった部屋の中から灯りが漏れる。同時に水が流れる音も聞こえた。
男の裸を見る趣味はない、と俺は奥の部屋へ向かう。
奥にはリビングに似た部屋があって、大きなソファーの前にあるテーブルには書類が散らばっていた。
どうやらここで仕事をしていたらしい。
「おっと、酒もあるじゃねえか」
テーブルの上にはワイン瓶とグラスまで。
こりゃ頂かないと失礼というもの。
王子様が使ったであろうグラスを拝借し、ワインをたっぷりと注いで。
「乾杯!」
きっと上物に違いない。だって王子様が飲んでたモンだし。
さっそく口の中に流し込む。
「……たぶん、上物」
安酒とは違った美味さがあると思う。たぶん。
飲んだあと、鼻から抜けるブドウの香りが安酒とは違うと思う。たぶん。
「まぁ、飲んじまえば変わんねえよな」
そのままカパカパと飲んでいると、流れていた水の音が止まった。同時にドアを開く音も聞こえてくる。
そろそろシャワーから出てくるかな。
俺を見つけたら何と言うだろう? どんな顔をするんだろうか?
王子様のリアクションを期待しながらニヤついていると、遂にシャワー室へ繋がるドアが開いて――
「……え?」
「え"」
因みに後者が俺である。
変な声を出してしまいくらい驚いた。
向こうも俺が想像する以上に驚いているだろうが、俺の方がもっと驚いている自信があった。
何故か?
何故ならシャワー室から出てきたのは『女性』だったからだ。
カイ王子に瓜二つの顔を持った『全裸の女性』だったから。
「お、えぇ?」
だが、俺は彼女から目を逸らせない。何か言葉を口にしようとしても言語化ができない。
それほど美しかった。
濡れた金色の髪が首に張り付いているところも、まだしっとりと濡れている肢体も、俺を見つめながら呆けている顔も。
全てが美しかった。
人生の中で一番美しいと思える女性が目の前にいた。
「え、あ、え? あ……」
一方、カイ王子に似た女性もタオルを握っていた手を震わせ、顔に張り付いた驚きの表情も震わせて。
「きっ――」
次の瞬間、彼女の喉が震えるのが分かった。
悲鳴が上がる。
そう考えた俺は瞬時に動き、彼女の後ろに回って口を手で塞いだ。
「待て、叫ぶな」
「むー! むー!」
「叫ぶなって! バレるだろうが! 落ち着け!」
自分で言ってて思うよ。
無理な相談だってな。
しかし、意外にもこの女性はコクコクと頷いて俺の要望を受け入れたのだ。
「手を離すからな? 叫ぶなよ?」
ゆっくりと手を離すと、彼女は俺の顔を睨みつけながら言った。
「どうして君がここにいるんだ!?」
その声は確かにカイ王子のもので……。
「いや、あんたも……。というか、あんた、カイ王子?」
どう見ても女、だよな? と俺の口から言葉が漏れた。
すると、彼女は改めて自分の姿に気付いたようだ。
自分が全裸だったことを思い出し、顔はどんどん真っ赤になって。
「見るなッ!」
「へぶぅっ!?」
俺の顔面に彼女の拳が突き刺さったのである。
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