第十四話 フリード!お前の仕業か!

 ~フリードの父親視点~






 何もかがワシの商会を陥れようとしている可能性がある。そう判断したワシは、急いで旅支度を済ませると、家を飛び出す。


 ジェーン男爵は国境沿いにある町を治めている領主だ。ワシらの住む地域も影響力を持っている。誤解を招いたままでは、今後の活動に支障が出るのは明白だ。


 早くジェーン男爵と会い、事の真相を確かめなければ。


 馬車小屋に向かい、馬たちを確認する。2頭の馬がワシを見て尻尾を左右に動かし、首を上げているところを見る限り、元気でやる気があるみたいだ。これなら、いつもよりも早い速度が出せるかもしれない。


 御者席に乗り込み、手綱を握ると前後に動かして馬に合図を送る。


 合図を受け取った馬がゆっくりと歩き初め、小屋から出た。


「くそう。今日に限って人通りが多いとは」


 早く馬を走らせたいが、町の住民たちが歩き回っているせいで最低速度しか出せない。


 思うように進めない現実と、刻一刻と過ぎ去って行く時間に焦りと苛立ちを覚える。


 くそう。お前たち、早く退かないか。


 イライラしながら馬を走らせていると、ようやく人混みから抜け、人が歩いていない道が広がる。


 ここだ。ここで最高速度を出し、今まで無駄に浪費した時間を一気に取り戻す。


 手綱を動かし、速度を上げるように馬に指示を送ると、2頭の馬は一気に速度を上げる。


 助走から数秒後、馬は最高速度に達し、町中を駆け巡る。


 これなら先ほどの時間ロスを補えるだろう。そう思っていると、建物の間から何者かが飛び出して来た。


 ローブで姿を隠しているせいで容姿を確認することができない。なので、相手が男なのか女なのか、成人なのか子どもなのかを判別することができなかった。


 最高スピードを出している馬は、急には止まれないものだ。ブレーキをかけるように命じても、間に合わない。


 左右を確認せずに飛び出して来たお前が悪い。事故のトラブルで余計な時間を費やす訳にはいかないのだ。


 ワシは馬に速度を落とすように命じることなく、そのまま走らせる。


 時間にして1秒ほどだっただろうか。一瞬の判断をしている間に、馬は飛び出してきた人物にぶつかり、吹き飛ぶ。


 確認をせずに飛び出して来たお前が悪い。運が悪かったと思って、そのまま死ぬことだな。


 馬を止める事なく突き進み、町を抜ける。


 森の中を駆け抜け、1週間ほど経過した。


 最初にトラブルが起きたものの、どうにかジェーン男爵の治めている町に辿り着くことができた。


「1週間かかってしまったが、どうにか町に辿り着くことができたな」


 町の中に入ると、直ぐにジェーン男爵のいる屋敷に向かう。


 屋敷の門の前には、見張り役の兵士がいた。あいつにジェーン男爵に取り次いでもらって、屋敷の中に招き入れてもらおう。


「おい、そこの兵士」


「何だ? ここはジェーン男爵様の屋敷だぞ。お前のような汚い顔の男が来るようなところではない」


 兵士の言葉に苛立ちを覚えるも、ここはグッと堪えなければ。こいつに力になって貰えれば、屋敷内に入ることができるはず。


「ワシはクレマース商会の……ぶへぇ!」


 身分を明かそうとした瞬間、兵士はワシの顔面を思いっきり殴りつけてきた。顔面にジーンとした痛みが走る中、ワシは殴られたことでバランスを崩し、そのまま後方に転倒する。


「い、いひなり何をすりゅ?」


 顔面を殴られたことで口内を切ったのか、口から血が流れる。


 この兵士はいったい何なんだ? いきなり来客を殴るなんて普通ではないぞ。


「お前がクレマース商会を名乗ったからだ。ジェーン男爵様のご命令で、クレマース商会を名乗る者が現れた時には、殴ってでも追い返せと言われているのでな」


 どうして暴力を振るったのか、兵士が説明をする。


 くそう。まさかここまでジェーン男爵から嫌われているとは、何者かは知らないが、ワシの商会を潰させてたまるか。


「ま、待ってくれ。あれは誤解だ。何者かがワシらを名乗り、ジェーン男爵に危害を加えのだ。ワシは誤解を解くためにこの屋敷を訪れたのだ」


「誰だって言い訳はできる。俺の仕事はお前を追い出すことだ。何を言われよう、俺はお前を通さないからな」


 ゴミを見るような目で、兵士は睨み付けてくる。


 くそう。このままでは誤解を解くこともできずに、何者かの策略に嵌ってしまう。こうなっては最終手段を取るしかない。


 懐から財布を取り出し、兵士の前に1万ギル札を複数枚見せる。


「頼む。これでジェーン男爵と合わせてくれないか? 本当に誤解を解きたいだけなんだ」


 金を兵士に渡すと、やつは枚数を数え出す。


「ひい、ふう、みい……10万ギルか。良いだろう。一応ジェーン男爵に伝えておく。だが、許してくれるかどうかはジェーン男爵様次第だ」


 受け取った金を懐に仕舞い、兵士は踵を返して門を開け、中に入ると屋敷の扉を開けて建物内に入った。


 それから数分が経過しただろうか? 扉が開き、兵士と一緒にメイドが出て来る。


「お待たせしました。男爵様が応接室でお待ちです」


 メイドの言葉を聞き、ホッと胸を撫で下ろす。


 どうにか中に入ることができた。後は誤解を解くだけだ。


 兵士が門を開け、彼とすれ違って敷地内に入る。そしてメイドの後を歩き、屋敷内に入った。


「こちらにジェーン男爵様がお待ちです」


 メイドが右手で扉を指し示すと、鼓動が早鐘を打った。


 ワシにとって、一世一代の大勝負だ。誤解であることを伝え、仲直りをしてみせる。


 扉を開けて中に入ると、50代と思われる男がソファーの上に座っている。


「私にあのような仕打ちをしてよくもまぁ、ノコノコとこの屋敷を跨げたものだな?」


 ジェーン男爵はこちらを睨み付けてくる。だが、ここで怯む訳にはいかない。


「その件なのですが、ジェーン男爵様の元にやって来た人物は、クレマース商会の者ではありません。何者かがワシの商会を名乗り、騙っていたのです」


「ほう、そうなのか」


「ええ」


 事情を話すと、ジェーン男爵は柔軟な笑みを浮かべる。


 どうやらワシが嘘を言っていないことを信じてくれたみたいだ。


「この場に来てもなお、嘘を重ねるか! 自分たちがしたことを恥、謝罪をすれば許してやろうとも考えたが、そのような態度を取るとはやはり許せない!」


 ホッと胸を撫で下ろしたその瞬間、ジェーン男爵は額に青筋を浮き上がらせ、怒鳴り付けてくる。


「嘘とは滅相もありません。ワシは本当のこと――」


「もうそれ以上口を開いて臭い息をするな! 黒髪の少年が持っていた奴隷商人の証は、間違いなく本物だったぞ!」


 言葉を遮るように、ジェーン男爵が大声で叫ぶ。


 彼の言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になりそうになった。


「黒髪の少年……まさか! ジ、ジェーン男爵! もしかしてその少年はフリードと名乗っていましたか?」


 真実を確かめるために思い切って彼に尋ねる。


「確か、そのような名前だったな」


「おのれ! フリード! 勘当したからと言って、ワシらにこのような仕打ちをするとは!」


 犯人はもう一人の息子だと知った瞬間、怒りが込み上がってきた。


 許さない。絶対にお前を探し出して、この罪を償ってもらう。

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