第十話 現場突入前(後編)
扉越しにジェーン男爵と擦れ違った後、俺は急いで先程彼が入って行った扉へと向かう。
さっきジエーン男爵が言っていた言動からして、この先が牢屋に繋がっている可能性が高い。
固唾を呑んで扉を開けると、先は階段のみの部屋だった。
等間隔で燭台が置かれており、蝋燭には火が灯っている。そのお陰で足元が暗いと言うことはなく、普通に歩くことができる。
牢屋に見張りがいる可能性があると思っていた方が良いだろう。ジェーン男爵が出て行った時間からしても、引き返して来るのはおかしい。見張りがいた場合は不審に思うはずだ。ここは慎重に降りたほうがいいな。
なるべく足音を立てないようにして細心の注意を払い、ゆっくりと階段を降りて行く。
長い階段だな。3階建ての建物にある階段を一気に降っているように感じてしまう。もしかしたら、この階段は地下に繋がっているのかもしれないな。
牢屋と言えば地下にあるのが定番だ。どうしてわざわざ2階から地下に繋がる階段を作ったのかは不明だが、カモフラージュのひとつかもしれない。
人間と言う生き物は、先入観に囚われる生き物だ。
長い階段を降りていると、ようやく地下に辿り着いたようで、細長い通路に繋がった。
通路にも等間隔で燭台の蝋燭に火が灯っている。なので、周囲が暗くて見え辛いということはなかった。
通路の左側には鉄格子で作られた牢屋がある。そしてその中にはこれまでジェーン男爵が買ったと思われる女性の奴隷が囚われていた。
「見張りの人物はいないな。もしかしたらジエーン男爵に連れて行かれたあの男が、見張りだったりするのか?」
確認するなら今だ。そう思って牢屋に近付き、女性たちの中にカレンがいないかを確認した。だが、俺が探し求めている幼馴染は、この牢屋の中には入っていなかった。
どうやら違ったようだな。
牢屋に囚われている女性たちに視線を向けると、彼女たちは怯えた表情で俺のことを見ていた。
「怖がらせて悪い。俺はジエーン男爵の敵だ」
この屋敷の主人とは敵対関係であることを告げる。すると奴隷の女性たちは互いに顔を見合わせ、1人がゆっくりと口を動かす。
「あ、あのう……もしかして……私たちを助けに来たのですか?」
女性はオドオドとしながら訊ねてきた。
俺が助けに来たのはカレンだけだ。この場にいる彼女たちではない。もしここで俺が助けに来たと言えば、彼女たちは喜ぶだろう。だけどそんなことはできない。ジエーン男爵は正式な取引をして、彼女たちを購入している。彼女たちを解放すれば、俺が犯罪者となってしまう。
もちろんカレン1人だけならどうにか誤魔化すことは可能だ。だけどこの場にいる全員の関係性を偽造するのは難しい。
「正直に言う。俺はこの屋敷に来たカレンと言う女の子を探しに来た。だからあなたたちを助けに来た訳ではない」
「そう……ですか」
事実を話すと、女性たちは顔を俯かせる。彼女たちからしたら、見えかけていた希望の光が途絶えてしまったようなものだ。
俺に力があれば、彼女たちを救うことができただろう。ジェーン男爵が違法な方法の取引で奴隷を入手していれば、力尽くで倒して彼女たちを救出することができる。でも、やつは正式な手続きをしているのだ。
現実は物語のように上手くはいかない。彼女たちには悪いが、一生ジェーン男爵の奴隷のままで居てもらうしかないのだ。
「すまない。本当のヒーローが助けに来てくれる日を待ち望んでくれ」
後ろ髪引かれる思いに駆られる中、踵を返して彼女たちに背を向け、そのまま地下室から出て行く。
その後、2階の他の部屋を探したが、カレンを見つけることはできなかった。
「そろそろ1階に降りてマヤノたちと合流するか」
階段を降りて1階に来ると、ちょうどマヤノたちが通りかかった。
「あ、フリードちゃん!」
「フリードさん、どうでしたか?」
「こっちは、ジェーン男爵が正式にカレンを買ったと言う証拠を発見することはできたが、彼女自身は見つからなかった」
首を左右に振って、目的の人物がいなかったことを告げる。
「マヤノたちも一緒だよ。カレンちゃんを見つけることはできなかった。後はあの一番奥にある部屋を調べるだけかな」
マヤノが残り最後の部屋だと言う扉を指差す。
あれが最後の希望となる部屋か。頼む、あの部屋の中にカレンが居てくれ。
心の中で神頼みをしつつ、扉に近付く。
「あ、ああ、気持ちいい。もう、いきそうだ。中に出すぞ!」
扉越しに僅かだがジェーン男爵の声が聞こえてきた。
「や、止めてください。これ以上されたら、痔になります」
続いて男の声が聞こえてきた。このふたつの会話が耳に入った途端、思わず立ってしまった。
毛が逆立ち、俺の腕が鳥肌になっている。
まさかな。でも、この部屋からは男の声しか聞こえない。なんだか嫌な予感がしたが、突入しなければ、この部屋の中にカレンがいるかの所在を確認することができない。
覚悟を決めてドアノブを握って回そうとした時、扉には鍵がかかって開けることができなかった。
「鍵がかかっているな」
「ここは私に任せてください。実家から持ってきたこのピッキングツールで開けてみせます」
施錠がしてあることを告げると、サクラが懐からピッキングの道具らしきものを取り出し、鍵穴に挿入する。
「はい、開きましたよ」
「もう開いたのか!」
どうやら使い慣れているようで、数秒で解錠することに成功した。もう一度ドアノブに手を置き、扉を開ける。
その瞬間、目の前の光景に思わず開いた口が塞がらなかった。
裸のジェーン男爵が、髭面のおっさんに覆いかぶさり、BL展開を繰り広げていたのだ。
「お前たち、どうしてここに入って来られた! 扉には鍵がしてあっただろう!」
「それは私が実家から持ち出したピッキングツールでこじ開けたからです」
扉を開けられたことで、ジェーン男爵は驚き、声を上げる。すると、俺に代わってサクラが答えた。
「ねぇ、フリードちゃん、ジェーン男爵は奴隷の女にしか手を出さないって話しじゃなかったの?」
「そう言う話しなのだが、おそらくジェーン男爵は、俺の魔法で認識を変えられているのだろう。ちょっと可哀想だが、目を覚まさせてあげよう。多分発狂するかもしれないが、頑張って理性を保っていてくれ」
可哀想だが、ここは目を冷まして今楽しんいるやつの正体を明かした方が良いだろう。
俺は指をパチンと鳴らした。
「嘘だああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ! これは悪い夢だあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
どうやら現実を理解したようで、ジェーン男爵は発狂して声を上げた。まぁ、日頃の行いが悪かったと思って我慢してくれ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます