第九話 現場突入前(前編)

 ~フリード視点~


 これは、俺たちがジェーン男爵の屋敷に侵入した時間まで遡る。


 ジェーン男爵の屋敷内に無事に侵入することができた俺たちは、カレンを探していた。


「屋敷内を探していれば、いずれ出会すかもしれないけれど、一応特徴を言っておく。白銀の髪をクラシカルストレートにしていて、赤い瞳の女の子だ。容姿も良くって、頭に黒いリボンをしている。一目見れば直ぐに分かるはずだ」


 カレンの特徴を語り、詳細な情報をマヤノたちに伝える。しかし彼女たちは顔をニヤつかせ、こちらを見ていた。


「何だよ?」


「うんうん、何でもないよ。ねぇ、サクラ」


「はい。何でもないです。フリードさんのためにも、頑張ってカレンさんを探さないといけないですね」


 マヤノたちは互いに顔を見合わせて、ニコニコと笑みを浮かべる。だが、彼女たちの表情からは、何か含みがあるようにも感じられた。


 少し気になってしまうが、今はカレンを探すのが先だ。


「手分けして探そう。俺は2階を調べる。マヤノとサクラは1階の探索を頼んだ」


「了解だよ」


「分かりました」


 二手に分かれ、階段を登ると2階に上がる。


 さて、どこから探そうか?


 見渡す限り、2階には全部で5つの扉がある。


 取り敢えずは、今いる場所から近い部屋から調べていくか。


 目の前にある扉のドアノブを握り、扉を開ける。


 扉には鍵がされておらず、押せば簡単に開くことができた。しかし、扉の向こうの光景を目の当たりにした瞬間、一瞬だけ体が硬直してしまった。


 どうやら更衣室だったようで、一仕事を終えたメイドさんたちが衣服を脱ぎ、下着姿になっている光景が広がっている。


 着替え中の彼女たちと目が合ってしまい、咄嗟に扉を閉める。


 まずい。今悲鳴でも上げられたら、人が集まってしまう。


 そう思ったのだが、一向に部屋から悲鳴が上がることはなかった。


 いったい何が起きている? 疑問に思っていると、更衣室の扉が開かれて女性が顔を出す。


「どうしたのですか? 着替えに来たのでは?」


「いや、部屋を間違えただけです。お気になさらないでください」


 どうやら俺は、今のところは女性の使用人に見えているようだ。だから誤って女子更衣室に入っても、悲鳴を上げられることはなかった。


「そうですか。分かりました」


 不幸中の幸いに安堵していると、顔を出した女性は扉を閉める。


 色々な意味で心臓が早鐘を打っている。


「この部屋にはカレンはいなかったな」


 最初の部屋はハズレ……いや、ある意味当たりだったかもしれないが、カレンの所在を確認することはできなかった。


 次の部屋を探そう。そう思っていると、奥の扉が開いて1人の男性が出てきた。


 ジェーン男爵だ。あそこがあいつの部屋みたいだ。


 遠目から見ていたが、どうやら部屋に施錠をする素振りは見えなかった。自分の部屋に鍵をかけないなんて不用心だな。


 別に勝手に入られても、発見されて困るものがないのか、それとも部外者が侵入して内部調査をされるとは思っていないのか、定かではない。


 だけど男爵の部屋に入れることは大きい。もしかしたら、カレンの居場所が分かる手がかりを見つけることができるかもしれない。


 他の部屋を放って男爵が出て来た部屋の前に立つ。男爵が2階の奥の部屋に入って行くのを確認した後に、ドアノブに手をかける。


 回してみると、思った通り、男爵は鍵をかけていなかった。押してみると、簡単に扉が開く。


 さて、早速中を見るか。


 部屋の内部を見渡すと、至るところに本棚があり、たくさんの本が収納してある。


 どうやらここは、書斎のようだな。


「何かないか? 何か手がかりになるものは?」


 棚に収納されている本の帯を見たり、机を調べてみたりする。


 机の引き出しを開けて見ると、ジェーン男爵の日記と思われる本が入っていた。


 手に取って本に書かれてある内容を黙読してみると、思わず目を大きく見開く。


「女奴隷遊女計画!」


 咄嗟に口から言葉が出てしまい、直ぐに口を塞ぐ。


 今度こそ声を出しそうになるのを我慢して、内容を読む。


『奴隷の女で性欲を満たすのも飽きてきた。そこで彼女たちを使った裏のビジネスを考えた。金さえ出せばお酌をしたり胸を触らせたり、性処理をしたりなど、男を楽しませる場を作ろうと考えた。もちろんそのためには資金がいる。だが、この国の大臣から援助を受ければ問題ないはずだ。あのデブは私と同じで女遊びが大好きだ。きっと賛同してくれるはず』


 最初のページを読み、俺はジェン男爵がこの国の大臣と繋がっていたことを知る。


 大臣はゼッペルに殺された。ジェーン男爵のこの計画がどこまで進んでいるのか分からないが、一応阻止されたと考えて良いだろうな。


 安堵しつつも次のページを開く。だが、次に書かれてあった内容に怒りを感じつにはいられなかった。


『もちろん、客の子供を奴隷が身籠ることもあるだろう。避妊具も完璧ではないからな。そうなってしまった場合は、捨てるしかない。もちろんみごもっている状態で犯すのが好きと言う変態もいるだろうが、需要は少ない。利益が伴わない女奴隷道具は捨てるに限る』


 ジェーン男爵はクズだ。いくら奴隷と言っても人であることには変わらない。いくら身分が貧しいからと言っても、こんなことをさせようとしていたなんて。


 拳を強く握り、次のページを開く。


『今日は大臣と実証実験をする約束をしていたのだが、姿を見せなかった。彼の身に何か起きたのだろうか? 近い内に私の方から顔を見せるとしよう』


 このページの日付は昨日だ。つまりジエーン男爵は大臣が死んでいることを知らない。


 こいつは取引材料になるかもしれない。一応持っておくとするか。


 他にも何か情報がないかと探してみると、反対側の引き出しから書類と思われる紙の束が見つかった。


 中身を確認すると、それは親父とジェーン男爵との間で交わされたカレンの契約書だった。


 やっぱりジェーン男爵はカレンを正式な手続きで購入している。いないと言っていたのは出任せだったと言うことだな。こいつも証拠として使える。一応持っておこう。


 他にも何かないかと思って捜索を続けてみるも、目ぼしいものを発見することはできなかった。


 もう、この部屋は用済みだな。


 次の部屋を探そうと扉の前に立った時、扉越しに2人の声が聞こえてきた。


「ジエーン男爵、お止めください。何をしようとしているのですか」


「逃げようとしても無駄だ。お前は牢から逃げようとした。その罰を受けてもらう」


 足音が遠ざかって行くのが聞こえる。もしかしたらこの部屋に戻ってくると思って身構えてみたが、そんなことにはならなかった。


 牢屋から逃げようとした? 声からして、ジエーン男爵が男を連れて行っているみたいだな。


 そう思っていると、部屋に入る前の光景を思い出す。


 もしかしたら、先程ジェーン男爵が入ったあの扉の向こうに、牢屋へと繋がっているのかもしれない。


 もしかしたら牢屋にカレンがいるかもしれない。とにかく行ってみるか。

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