第十一話 カレンの行方
「嘘だああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ! これは悪い夢だあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
認識阻害の魔法の効果が切れたことで、自分が抱いていた人物が、髭面のおっさんだったことを知ったジエーン男爵は、断末魔のような声を上げる。
彼にとってはショックなことだっただろうが、簡単に俺の魔法にかかってしまった己が悪いと思ってもらうしかない。
「ショックを受けているところ悪いが、カレンはどこにいる?」
「貴様、よくも、よくも、よくもおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」
ジェーン男爵がベッドから飛び降りると、部屋にある机に向かう。そして引き出しを開けると、中から短剣を取り出して鞘を抜き、刃先をこちらに向けた。
「私にこんな屈辱を与えてただで済むと思うなよ! ぶっ殺してやる!」
眼球を充血させ、目尻から涙を流しながらジェーン男爵が突っ込んできた。
彼の方から凶器を持ち出して襲って来たんだ。ここで反撃に出たとしても、正当防衛が成立する。
まぁ、やりすぎると過剰防衛になってしまうから、ここはパンチ一発で気を失ってもらうか。
「エンハンスドボディー」
肉体強化の魔法を発動して、瞬間的に神経による運動制御の抑制を外し、自分の筋肉の限界に近い力を発揮させる。
魔法を発動したタイミングでジエーン男爵が間合いを詰め、短剣で突き刺そうとしてきた。
怒りで頭に血が昇っているからか、動きが単調だ。これでは容易に回避することができるな。
体を90度回転させて短剣を避けると、勢いのまま通り過ぎようとするジエーン男爵の頭部に拳を叩きつける。
その瞬間、彼は勢いよく床に倒れた。それと同時にミシッと音が鳴る。
今、床が軋むような音が出てしまったな。気を失わせるだけのつもりだったけれど、やり過ぎてしまったか?
今度からは肉体強化の魔法を使った際は、ある程度相手に合わせて手加減をする必要があるな。
「おーい、ジエーン男爵、生きているか?」
素っ裸で倒れている男に声をかけるも、返事は返って来ない。
念のために屈んで、手をジエーン男爵の顔に近付けると、一応呼吸はしているようだ。僅かに鼻息がかかる。
目が覚めても抵抗できないように無力化をしておくとするか。
ベッドにある掛け布団を使えば、拘束と同時に彼の裸体を隠すことができる。そう思って顔を向けると、男爵の犠牲になっていたおっさんは、白目を向いて気を失っていた。
ベッドの上にあった掛け布団を掴み、ジエーン男爵をぐるぐる巻きにする。
「これでよし、後は紐みたいので縛るだけだ」
「紐ならあるよ。はい、フリードちゃん」
紐を持っているとマヤノが言い、彼女から受け取る。
手渡された紐は、どちらかと言うと縄だった。太くて長いので、縛り上げるにはちょうど良さそうだ。
「いかにも縛り上げるのに丁度良いものを持っていたな」
「この部屋に落ちていたよ。多分ジェーン男爵の所有物じゃないかな?」
ジエーン男爵の部屋にある縄、それだけであっちの想像をしてしまう。彼がなんの用途で縄を持っていたのかは知らないが、今は完全に身動きを封じるのが先だ。
目を覚さない内に、縄で布団を縛り上げ、完全にジエーン男爵を拘束する。
現実を理解したジェーン男爵が声を上げた時、誰かが駆け付けて来ると思ったが、誰も来る様子がない。
メイドが更衣室で着替えていたし、もしかしたら今日の仕事を終えて帰ったのかもしれないな。
これなら、邪魔が入ることなく交渉することができるかもしれない。
「いたた。いったい何が起きたと言うのだ……って私はどうして縛られている! 女を縛るのは好きでも、逆は嫌いだぞ!」
どうやら男爵が目を覚ましたようだ。自分の置かれた状況を把握したようで声を上げる。
「目を覚ましたところ悪いが、もう一度訊ねる。今度は嘘を言わずに答えてくれ。カレンはどこにいる?」
「だから、カレンはこの屋敷にいないと言っているだろうが! それよりも早くこの縄と布団を外さないか! 暑くて体が蒸れる」
自分が不利の状況であることは理解しているはずなのに、ジェーン男爵はシラを切り通す。
まだ惚けるつもりか。それなら、決定的な証拠を突き出すしかないな。
「なら、これを見せてもシラを切ると言うのか!」
懐から、書斎で見つけたカレンの購入契約書を彼に突き付ける。
「これはお前の書斎にあった。これがある以上、お前は間違いなくカレンを購入してこの屋敷に招き入れたと言う証拠となる。もう、言い逃れはできないぞ」
「だから! カレンはこの屋敷にいないと言っておるだろう!」
「ほう、ここまで来てもまだ惚けるか。なら……」
床に落ちている短剣を拾い、刃先をジエーン男爵に向ける。もちろん彼を傷付けるつもりはないが、ここまで強情なやつは、命の危険を感じさせないと口を割らないものだ。
「ま、待ってくれ。お前は勘違いをしている。確かにカレンは私が買った。だが、屋敷に入って私に挨拶をした後、1時間後には消えたんだ!」
「消えた……カレンが?」
「ああ、彼女は突然現れた光に吸い寄せられたんだ。ブツブツと何かを呟いていた。声が小さかったので聞き取ることはできなかったが、光と会話をしているようだった。カレンが光に触れた瞬間、彼女は私の目の前から消えた」
目尻から涙を流し、必死に訴える彼の顔からは、嘘を言っているようには感じられない。つまり今言ったことは、ジエーン男爵が即興で作った作り話しではないと言うことだ。
カレンは謎の光によって連れて行かれた。その光の正体も分からず、彼女の行方が分かる情報を得ることもできない。
「そんな……せっかくカレンと再会できると思っていたのに」
夜中に忍び込んでまでカレンを見つけ出そうとしたのに、その結果がこんな形になってしまった。その事実に打ちのめされ、思わず肩を落とす。
「諦めたらいけないよ!」
俺のやるせ無い気持ちを吹き飛ばすかのように、突然マヤノが声を上げる。
「マヤノ」
「フリードちゃん、確かにカレンちゃんはどこに行ったのか分からないけれど、手がかりを探し続ければ、絶対に再会できるよ」
「そうですよ。フリードさんが再会できることを信じ続ける限り、絶対に手がかりが見つかるはずです。今は落ち込んでいる場合ではありません。1秒でも早く、カレンさんを見つけ出すために行動することです」
マヤノに続き、サクラも落ち込む俺を励ましてくれた。
確かに彼女たちの言う通りだ。俺はカレンを買うために90万ギルまで貯め、そして国境沿いの街まで来る行動力がある。彼女と再会することを信じて突き進めば、今まで培った努力がいずれ報われるはずだ。
「ありがとう。マヤノ、サクラ」
彼女たちに礼を言い、俺はもう一度ジェーン男爵の顔を見る。
さて、最後の交渉といきますか。
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