第七話 マヤノの策

「それなら、マヤノに良い考えがあるよ!」


 ジェーン男爵の機嫌を損ねて追い出された俺たちは、屋敷に忍び込む方法を考えていた。その時、策があるとマヤノが提案してくる。


「それってどんな方法なんだ?」


 方法を訊ねてみると、マヤノは頬に人差し指を押し当て、首を傾ける。


「うーん、ここで話すのは、やめておいた方がいいかも。誰かに聞かれているかもしれないし、一旦宿屋に帰ろうよ」


 確かに、ジェーン男爵の屋敷からまだ数メートルしか離れていない。屋敷の関係者の耳に入るリスクもあるな。


「分かった。一旦宿屋に帰ってから、マヤノの策を聞こう」


 この場から離れることになり、俺たちは一旦宿屋に帰った。


 俺が借りている部屋は1人部屋なので、3人が入ると少し手狭になる。なので、3人部屋であるマヤノたちの方の部屋で作戦会議を行うことになった。


 彼女たちの部屋に入ると、テーブルを囲うように3脚の椅子が置かれていたので、それに座って互いに向き合う。


「それで、どんな方法で屋敷に侵入するんだ?」


「それはね。認識阻害の魔法を使うの」


「認識阻害?」


「そうだよ。サクラはルナさんから聞いたことがあるかもしれないけれど、昔、ルナさんが魔族の策略で、婚約者の別荘に連れて行かれたとき、パパとママが認識阻害を使って内部に侵入して、魔族の野望を阻止したことがあるの」


「あ、それ、ルナお婆様から聞いたことがある。あまりにも強力すぎて、テオお爺様のことを婚約者だと思い込んでいたって言っていた」


 血縁者であるだけあって、サクラはマヤノが言っていることが分かるみたいだ。しかし他人の俺では、彼女の言っていることがどれだけ凄いことなのかイマイチピンとこない。


 だけど彼女たちの反応を見る限り、期待はできそうだ。


 いったいどんな魔法なのだろうか? そう思った瞬間、脳裏にマヤノの記憶が浮かび上がる。






『パパ、またあの話しをして』


『あの話し?』


『うん、パパがママと協力してルナさんを救出した時の話しだよ』


『ああ、あれか。マヤノは本当にあの話しが好きだな』


 マヤノに昔話を強請られ、彼女の父親であるテオは苦笑いを浮かべる。


『何度も聞いて面白味がなくなっていると思うが、まぁ、次の会議まで時間がある。良いだろう』


『やった!』


 望みの話しをしてくれると聞き、幼いマヤノは両手を上に挙げて喜ぶ。


『あれは魔族の女であるメイデスの送り込んだスライム、マネットライムの策略で、俺はメリュジーナとルナさんと分断された。どうにかマネットライムを倒してメリュジーナを救出したのだが、鏡のモンスターに映し出されたメイデスが、ルナを救出するゲームを持ち込んだんだ』


『そう、それ! どうしてそんな勝負をして来たのか、マヤノはずっと気になっていたんだよね』


『それはさすがに俺も分からない……メイデスよりも先に行動する必要があった。だからメリュジーナに掴まり、彼女に無人島にまで運んでもらった』


『良いなぁ、ママはハーフだから最初から羽があったんだよね。マヤノもいつか羽が生えてこないかな?』


 両手を背中に回し、何かを探す動作をマヤノがする。


『ハハハ、マヤノにはパパの血も混ざっているから難しいかもしれないな。でも、マヤノにはパパの血がある。異世界の転生者であるハルトの生まれ変わりの血だ』


『マヤノも自分の羽でお空を飛びたい。ママの背中から見る景色は飽きた』


 マヤノの言葉に、テオは苦笑いを浮かべていた。


『とにかく話しを戻そう』


 一度咳払いを行い、テオは昔話しを再開する。


『婚約者の別荘の前にたどり着いた俺とメリュジーナは、インピード・レコグニションを使った。この魔法は脳の中にある海馬に、一時的に血流障害を起こしたように錯覚させる。これによって、ダメージを受けた脳は記憶を上手い具合に引っ張り出すことができなくなって、弁別能力、つまりほんの僅かな違いを見分けることができなくなる。その結果、俺たちの姿は別人に見えるようになった』


『その後、パパたちが屋敷に侵入して――』






「フリードちゃん。ねぇ、フリードちゃん! マヤノの話しをちゃんと聞いている?」


「うわっ!」


 ハッと我に帰ると、目の前にマヤノの顔があった。思わず驚いてしまった弾みで後に体重をかけてしまい、そのまま体勢を崩して転倒してしまう。


「だ、大丈夫?」


「すまない。ボーッとしていた。まぁ、確かにその方法が安全だろうな。それじゃあ、今夜その作戦を実行しよう」


 作戦が決まり、床から立ち上がると、俺たちは夜まで時間を潰した。


 そして作戦実行の時間が訪れる。


 ジェーン男爵の屋敷に近づくと、当然ながら見張りの兵士が門の前で佇んでいた。


「よし、まずはあの門番から仕掛けよう。マヤノは暴発する恐れがあるから、ここは俺が魔法を使う」


「うん、頼んだね」


 自身が魔法を使うことを説明すると、兵士に向けて認識阻害の魔法を発動する。


「インピード・レコグニション」


 魔法は発動した。後は成功したことを祈って近付くだけだ。


 固唾を飲んで兵士に近付く。


「お使いご苦労さん。寒かっただろう。早く中に入って男爵様に報告してくれ」


 どうやら成功したみたいだ。俺たちのことを知り合いの使用人とでも思っているのか、門番は気さくに話しかけてくる。


「お前も見張りご苦労さん」


 怪しまれないように兵士に労いの言葉を送り、門を潜って敷地内に潜入することに成功した。


 認識阻害の魔法は上手くいっている。このまま屋敷の中を探索してカレンを探し出してみせる。


「マヤノ、サクラ、カレンを探すぞ!」

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