第六話 ジェーン男爵は白を切る

 カレンがジェーン男爵邸にいる情報を得た俺たちは、早速ジェーン男爵の屋敷へと向かった。


「フリードちゃん。それで、具体的にはどんな感じで屋敷の中に入るの?」


 屋敷へと向かっている最中、マヤノが招き入れてもらうための策を訊ねてくる。


「2人には悪いが、マヤノたちには俺の奴隷と言う設定でいてもらう。奴隷商と言うことを明かせば、ジェーン男爵も放ってはおかないだろう」


「貴族が奴隷商なんか相手にするのですか? 門前払いにされるような?」


 小首を傾げながら、サクラは俺の策は成功しないのではと言ってくる。


「確かに真っ当な貴族なら相手にはしないだろう。でも、ジェーン男爵は裏で女を寝室に招き入れ、毎晩楽しんでいるらしい。その対象としては、奴隷として買われた女ばかりとのことだ」


「なるほど、確かに奴隷は主人に逆らうことはできませんからね」


 ポツリと呟いたサクラだったが、その後直ぐに黙り込んだ。どうしたのだろうと思って彼女の顔を見ると、何やら怒っているようで目が吊り上がっていた。


「それを利用して女の子を穢すなんて許せません! 他国の貴族でなければ、私が直ぐに処罰をしますのに」


 どうやらジェーン男爵に対して、怒りのボルテージが上がったようだ。


 俺も男としてジェーン男爵の気持ちも分からなくはないが、あそこまでは流石にない。


 街中を歩いていると、大きい建物が視界に入った。建物の周りには鉄の柵で覆われ、門の前には警備を担当している鎧を着た人物が立っている。


 とりあえずは、あの兵士にジェーン男爵との取り次ぎをお願いするか。


「すみません」


「何だ? ここはこの町を統治するジェーン男爵様の屋敷だぞ。お前たちのような見窄らしい人間が訪ねて良いような場所ではない」


 声をかけると、兵士は俺たちの姿を見て、早速門前払いをしようとしてきた。チラリとサクラの方を見ると、彼女は一応笑みを浮かべていた。


 顔は笑っているけれど、もしかしたら内心怒っていたりするかもな。


「俺は奴隷商です。ジェーン男爵と取引をしたくて伺いました。これが身分を証明するものです」


 懐から奴隷商の証であるカードを兵士に手渡し、確認をしてもらう。


「確かに本物のようだな。たく、男爵様はまた次の女を呼んだのかよ。羨ましいものだ。待っていろ。早速男爵様に報告してくるから」


 踵を返して俺たちに背を向け、兵士は門を開けると屋敷の敷地内へと入って行く。


「まずは第一段階完了だね! さすがフリードちゃん! こうもあっさりと門番を攻略するなんて!」


「私もここまですんなりといくとは思っていませんでした。これなら、早く問題を解決して、お城に戻ることができそうですね」


 門番が扉を開けて屋敷の中に入って行くのを見て、マヤノとサクラが口々に言葉を漏らす。


 後はジェーン男爵次第だ。いくら俺が本物の奴隷商であっても、約束もなしに訪ねたのだ。マナーを知らないと言われて追い返される可能性もある。


 最悪のパターンを考えていると、扉が開かれて兵士が戻ってきた。


 彼の後には屋敷で働くメイドと思われる女性がおり、彼女は真っ直ぐにこちらに向かって歩いてくる。


「お待たせしました。旦那様がお待ちです。こちらにお越しください」


 門が開かれて中に招き入れられると、俺たちは門を潜って敷地内に入る。そして空いていた扉から屋敷の中に入り、メイドに付いて行く。


「こちらに旦那様がおります」


 メイドさんが扉に手を向ける。扉にあるネームプレートには、応接室と書かれてあった。


「旦那様、お客様をお連れしました」


「入ってくれ」


 ジェーン男爵と思われる男の声が扉越しに聞こえ、メイドが扉を開ける。


「失礼します」


 挨拶をして入室すると、50代くらいの男性がソファーに腰を下ろしていた。


「そちらにお座りください」


 対面のソファーに座るように促され、俺たちはソファーに座ってジェーン男爵と対面する。


「商談とのことですが?」


「はい。先日、ジェーン男爵はクレマース商会から、カレンと言う女の子を買われましたよね。あれはあちらの手違いでして、お金を方は返していただきますので、カレンを引き渡していただきたいのです。もちろん迷惑料として色をつけさせていただきます。それでも無理なら、そちらの言い値の分のお金を用意致します」


 率直に言うと、ジェーン男爵は口の端を引き上げ、ニヤリと笑みを浮かべる。


「ハハハ! なるほど、私はてっきり、そちらのお嬢さん方を売りに来たのかと思いましたよ。ハハハ!」


 突然ジェーン男爵が笑い声を上げ、彼の声が部屋に響く。


「いやぁ、遠くからお越し頂いたのに申し訳ない。どうやら情報に行き違いが生じているようですな。この屋敷にはカレンと言う女の子はいません」


 カレンはこの屋敷にはいない? そんなはずはない。こっちはカレンがこの屋敷に向かって行ったと言う情報を掴んでいるんだ。きっとジェーン男爵は、誤魔化そうとしているに決まっている。


「そんな訳がないじゃないですか。ちゃんと契約書にサインをされていることは確認済みです。それにカレンがこの屋敷を訪れたと言う情報も既に聞き及んでいます。彼女を手放したくない気持ちは良く分かります。なので、言い値で――」


くどい! そんな名の女など、この屋敷にはいないと言っておるだろうが!」


 どうにかして、ジェーン男爵を話術で丸め込めないかと試行錯誤しながら言葉を連ねていると、突如彼は大声を上げた。


「どうして怒るの? 怪しいよ!」


「そうです。きっとカレンさんはこの屋敷にいるに決まっていますよ! 隠したいからと言って、そんな態度を取るのは愚の骨頂ですよ」


「うるさい! うるさい! うるさい! カレンはこの屋敷にいないと、何度も言っているだろうが! 兵士よ! この者を摘み出せ! それとクレマース商会には今後取引をしないと言う文を送らせる! この私を怒らせた罰だ!」


 マヤノとサクラが追求をすると、ジェン男爵の堪忍袋の緒を切ってしまったようだ。彼の顔は真っ赤になり、この部屋に兵士がやって来る。


 ここは一度、出直した方が良さそうだ。


「マヤノ、サクラ、ここは一度出直そう。ジェーン男爵、貴方の気分を害してすまない。連れが迷惑をかけた。自分の足で出て行くので、乱暴なことはやめてもらいたい」


 もしここで無理やりにでも追い出されようとすれば、マヤノが暴れて魔法を使ってしまうかもしれない。そうなれば、この屋敷は吹き飛ぶことにもなり得る。


 そうなってしまっては、カレンの命も危ぶむ。


「分かった。だが、二度と私の敷地は跨らせないからな。その面を二度と私に見せるな」


 ジェーン男爵が右手を上げると、兵士たちは道を開けてくれた。


 俺たちは、どうにか無事にケガすることなく屋敷から出ることはできた。だが、ジェーン男爵とは心の溝を作ることになった。


「これからどうします?」


「こうなってしまっては、最終手段を取るしかないな。どうにかして屋敷に忍び込んで、カレンの所在を確認する。発見次第に連れ出そう」


 サクラが今後のことに付いて訊ねてきたので、俺は方針を語る。


 本当は平和的に解決したかったのだが、こうなってしまった以上は仕方がない。多少強引な手を使ってでも、カレンを連れ戻す。


「それなら、マヤノに良い考えがあるよ!」

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