第五話 ギルドの裏の依頼

 絡んできたギルドの男を追い出すと、俺たちはギルドの受付に向かう。


「あの人が絡んで来たから、その分時間を消費してしまったけれど、ギルドの名物も見られたし、フリードちゃんが強いってことも分かったから、これで安心して依頼を受けられるね!」


 ニコッと笑みを浮かべながら、マヤノが言葉をかけてくる。


「いや、俺は強制的に力で支配して操ったに過ぎない。強いのは、あのガーラースだよ。俺は命令を下しただけだ。俺は別に強くない」


 そう、俺は強くない。そして奴隷商としても落ちこぼれだ。生き物を操るこの力がなければ、素の状態では確実に負けていただろう。


「俺は強くはないさ。この忌まわしい力だからこそ、あんな風に戦ったに過ぎない。こんな力を持つ俺は――」


 言葉を連ねる途中で、思わず口をつぐんでしまう。マヤノが眉間に皺を寄せ、目を細めて俺のことを見ていた。


 マヤノが怒っている? 俺、彼女を怒らせるようなことを言ったのか?


「フリードちゃんは弱くはないよ。能力自体は誉められる代物ではないけれど、それでも君の力であることは変わらない。マヤノだって、魔法がなければか弱い女の子だもん。でも……ファイヤー!」


 俺は弱くないと公言すると、マヤノは魔法を唱える。すると彼女の指先から小さい炎が現れた。


「魔法はマヤノの一部、力の象徴でもある。そして魔法が使えるマヤノ自身を誇っているよ。だから、フリードちゃんの生き物を操る能力は、君の力と強さの象徴、だから自信を持ってよ。自信がない男の子よりも、自信のある男の子の方が、女の子は魅力的に映るものだから」


 火球を消すと、もう一度マヤノは目を細める。しかし今度は眉間に皺が寄っておらず、柔軟な笑みを浮かべていた。


 この忌まわしい力も俺の実力を証明するものか。確かにそうなのかもしれないな。効果が素晴らしいとは言えないものだから、自分自信の価値を過小評価していた。けれど、こんなものでも俺が生まれ持った能力なんだ。そこは誇ってもいいのかもしれない。


 ようは使い方次第なんだ。包丁も調理に使えば便利な道具だが、剣のように使うと凶器になる。使用者が力に溺れることにならなければ、この力だって人を助けることができるかもしれない。


「ありがとう。マヤノのお陰で少しは自分に自信を持つことができたよ。君と出会えて本当に良かった」


「いつの間にか、またマヤノのことをマヤちゃんって呼んでくれなくなっている! どうしてちゃん付けで呼んでくれないのさ」


「いや、だって、あの時は行き倒れの理由を聞くために、1回だけ呼んだに過ぎない。今日出会ったばかりの人をちゃん付けで呼ぶマヤノの方が、俺的にはおかしい。どうしてそんなに馴れ馴れしくしようとするんだ?」


 普通は出会ったばかりの人に対しては、簡単には心を開かないものだ。それなのに、マヤノは俺との心の距離を詰めようとしてくる。これは異常と言っても良い。


「だって、フリードちゃんは命の恩人だもん。行き倒れになっているマヤノを介抱してくれた恩人に対して、少しでも仲良くなりたいと思って何が悪いの?」


 どうして心の距離を縮めようとするのか訊ねると、マヤノは命の恩人であることを理由に挙げた。


「それに、フリードちゃんに気に入られれば、美味しいご飯を奢ってもらえるかもしれないでしょう」


 悪戯を実行しようとしている子どものような、悪巧みを考えていそうな表情を、マヤノは浮かべた。


 彼女の顔を見て、内心安堵する。


 良かった。自分にメリットがあるから親しくしようとしているんだな。


 理由もなく親しくしようとしているよりかは、信頼することができる。


「分かった。なら、依頼を無事に終えることができたら、その報酬でまたご飯を奢ってやる」


「わーい! やった!」


 ご飯を奢る約束をすると、マヤノは両手を上げて満面の笑みを浮かべる。


 雑談を切り上げ、今度こそ受付のカウンターの前に向かう。


「すみません」


「はい。なんでしょうか?」


「あの、依頼を……うぐっ!」


 受付嬢に話しかけると、先にマヤノが用件を話そうとした。なので、直ぐに手で彼女の口を塞ぐ。


「ここは俺に任せてくれ。そっちの方が質の良い依頼を受けることができる」


 受付嬢に聞こえないように小声で話すと、マヤノは小さく頷く。


 彼女の口から手を話すと、もう一度受付嬢に視線を送る。


「今日は曇っていて採取日和ですね」


「今なんと言いましたか?」


 聞き取れなかったのか、受付嬢はもう一度同じ言葉を繰り返すように促す。


「今日は曇っていて採取日和ですねって言ったのです」


「あれ? 今日は雲ひとつない晴天のはずじゃ?」


 俺の言葉を聞き、マヤノが首を傾げる。


 そう、今日は雲ひとつない晴天だ。だが、俺は別に天気の話しなんてしていない。


「分かりました。では、案内しますのでこちらに来てください」


 受付嬢が座っていた椅子から立ち上がり、付いて来るように言う。


 ふぅ、どうにか通じたみたいだ。初めて訪れるギルドで、通用するか不安だったけれど、上手くいって良かった。


 彼女の後を歩き、付いていく。


「ねぇ、今の言葉って何なの?」


 状況が理解していないようで、マヤノが訊ねてきた。


 彼女が知らないのも無理はないだろう。だって、裏社会の人間にしか通じない合言葉なのだから。


「さっきの言葉は、裏社会の人間のみが分かる合言葉だ。俺たちは今から、ギルドの裏の依頼を受ける」


 他の人に聞かれないように、小声で話す。


「裏の依頼! 何それ! 面白そう!」


 興奮が抑えきれなかったのか、マヤノは声音を強めて言葉を口に出す。


「シー! 声が大きい! 俺が小声で話した意味がないじゃないか!」


 直ぐに周囲を見渡す。受付ロビーから離れていたからか、周辺には俺たち以外はいなかった。


 多分、誰も聞かれていないよな。


「こちらです。中にギルドマスターがいますので、彼からお話を聞いてください」


 ギルドマスター室と書かれたネームプレートがある部屋に案内され、俺はドアノブを握って扉を開ける。


 すると、揉み上げと顎髭がつながっているジャンボジュニアと呼ばれる髭を生やしている男が、こちらを睨み付けてきた。

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