第四話 初めてのギルドあるある

 マヤノの提案でギルドを訪れることになった俺たちは、スープの代金を支払い、食堂を後にする。


「ギルドに着いたらどんな依頼を受けようかな? ママは初めて依頼を受けるなら、薬草採取などが定番って言っていたけれど、モンスターの討伐依頼とかもあるんだよね。マヤノ楽しみ!」


 ギルドで依頼を受けることが初めてのようだ。マヤノは軽くステップを踏みながら道を歩いている。


 まぁ、俺も初めてギルドを訪れた時には、彼女のようにワクワクしたものだ。


 歩みを進める中、他の家よりも大きい二階建ての建物が視界に入る。


 建物の看板には、ギルドを表すマークが付いていた。


「あそこで間違いないな」


 ポツリと独り言を呟きながら、ギルドの前に来ると扉を開けて中に入る。


 ギルド内はとても賑わっており、依頼関連の談笑をする者、討伐した証を見せびらかす者などの様々な会話が耳に入ってくる。


「さてと、早速受付嬢に話しかけに行くとするか」


 依頼を受けに向かおうと、足を一歩前に踏み出す。


「おい、待てよ、そこの兄ちゃん!」


 受付に向かおうとすると、1人の男性に声をかけられた。


「お前、見かけない顔だな? 新入りか?」


「ギルドの依頼を受けた経験はある。だが、この町のギルドに顔を出したのは初めてだから、新顔が適切かもな」


「そうか、そうか。このギルドは初めてか」


 依頼を受けた経験はあるが、ここのギルドに顔を出したのは初めてであることを告げると、男はニヤリと口角を上げる。


「なら、特別に教えてやろう。俺はこのギルドで1番強い。俺が間に入って仲介役になってあげよう。そうすれば面倒な手続きをしないで済む。まずは仲介料として10万ギル支払ってもらおう」


 男は仲介役をしてくれる代わりに料金を求めてくる。だが、あいにくと俺はその額を支払うことができない。


「悪いな、今の俺たちには金が――」


「おお! これが噂に聞くギルドの名物、新人いびり! まさか実際にこの目で見る日が来るとは思ってもいなかったよ!」


 断ろうとすると、俺の後に立っているマヤノが、声を弾ませながら言葉を連ねる声が聞こえてきた。


「誰が新人いびりだ! 俺をあいつらと同じにする……ズッキューン!」


 マヤノの言葉が気に障ったようで、男は彼女を睨んだ。しかしその瞬間、胸を押さえて普通は言わないだろうと思う効果音を口にする。そして髪などを弄って身だしなみを整え始めた。


「なんて可愛らしい女の子なんだ。俺の好み、ストライク! なぁ、お嬢ちゃん。今から俺とお茶をしないか? 何でも食べたいものを奢ってやろう」


「これもママから聞いた! パパとルナおばさんが初めてギルドを訪れた時、ルナおばさんがナンパされたって! まさかマヤノが同じことを体験するなんて、夢にも思わなかったよ。人生何が起きるのか分からないものだね!」


 男がナンパを始めると、マヤノは意味の分からないことを口走る。


 この反応、もしかして満更でもないのか? まぁ、容姿を誉められて嫌な気持ちにはならないだろう。


 だけど、仮にマヤノがこの男に付いて行くと言い出して、この場から離れることを想像すると、なぜか嫌な気持ちになった。


「だけどごめんね! マヤノはフリードちゃんとこれから一緒に依頼を受ける約束をしているから、あなたの好意は受け取れないんだ」


 マヤノが俺の横に立って腕を絡ませてくると、こちらに顔を向けてウインクをしてくる。


「何だと! この俺の申し出を断ると言うのか!」


「だから断っているじゃない! あんまり傷付けたくないから、遠回りで断っていることに気付いてくれないのかな? それじゃあストレートに言うけど、マヤノの好みから外れているから、何を言われても靡かないよ。そもそも、新顔からお金をいびり取ろうとする人なんてサイテー!」


「ガーン!」


 マヤノのストレートな言葉に、クリティカルヒットしてしまったのだろう。男はまたしても日常会話では出てこないような効果音を口に出し、石のように固まる。


「まぁ、その、元気を出してくれ。これに懲りたら、今後は新人いびりをしないほうがいいぞ」


「くそう! こうなったのも全部お前のせいだ! お前がこのギルドに来たせいで、俺はこんなに惨めな目に遭ってしまっている!」


 支離滅裂なことを口走りながら、男は拳を握った。そしてすぐさま俺に向けて放つ。


 だが、拳を握った段階で殴ってくることは予想できていたので、身を屈めて躱す。そして前転をして立ち上がると、男の背後に立った。


「避けるな! 大人しく殴られろ!」


「いや、殴られたら痛いだろう」


「俺の心の傷の方が何倍も痛い!」


 男は振り返ると再び拳を放つ。だが、怒りにより冷静さを欠いてしまっているので、攻撃が単調になっている。その結果、避けることが容易だった。


 この男を鎮めるには、俺の能力を使ってこいつを奴隷にすれば解決する。だけど人を奴隷にすることには抵抗がある。さて、どうしようか。


 悩んでいると、黒い鳥が飛翔している姿が、空いている窓から見えた。


 あいつの力を借りれば、この男を追い出すことができる。


「スレーブコントラクト」


 空を飛翔している黒い鳥に強制的に契約を交わし、奴隷化させる。


「我が契約に基づき、命令に従え、この男を追い出すんだ!」


 命令を下した瞬間、黒い鳥が空いている窓から侵入してきた。


「何だ! ガーラースが入ってきた……いてて、痛い、痛い。くそう! 何をしやがる」


 黒い鳥、ガーラースは鳥にしては頭脳が高い。基本的にゴミを漁って迷惑をかける鳥だが、頭脳が高い分、人が嫌がるところを攻撃してくれる。


「痛い、痛い! ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁ! し、尻を啄まないでくれ!」


 ガーラースの攻撃を受け、男は無様に転げ回る。


「ワハハハハ! あいつ、ガーラースなんかに負けているぞ!」


「いい気分だ! 普段から威張っているバチが当たったんだな」


「あー、笑いすぎてお腹が痛い!」


 無様な姿を曝け出す男の姿を見て、ギルド内にいた冒険者たちがお腹を抱えながら爆笑を始めた。


 この男、このギルドで嫌われていたのか。


「痛い! 痛い! あ! た、頼むから股間だけは許してくれ! チン……ムスコだけは! ムスコだけは許してくれ!」


 泣き叫びながら、男は床を転がりつつギルドから出て行った。


 ふぅ、どうにかこの場を収めることに成功したな。


「ありがとう。もう自由になってくれ。解除」


 奴隷化の契約を破棄した瞬間、ガーラースは両翼を羽ばたかせて空中に舞うと、空いている窓から飛び去って行く。


「さて、それじゃあ受付を始めるとするか」

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