第三話 女の子の名はマヤノ

「さて、この行き倒れの女の子をどうしようか」


 倒れていた原因が、行き倒れであることを知った俺は、彼女の肩に触れる。


 触って軽く揺すってみても、目を覚ます気配がない。


「仕方がない。とりあえずは、隣町の食堂に連れて行くか。このまま放置して餓死されても、寝覚めが悪いからな」


 意識を失っている女の子を背負うと、目的地である隣町へと向かう。


 道を歩き続けること1時間、モンスターや野党に襲われることなく、無事に隣町に辿り着くことができた。


「さて、食堂を探すか」


 町中を歩いて食堂を探していると、食堂であることを示す看板を見つけた。


 とりあえずはあそこに入ってみるか。


 背負っている女の子はまだ目を覚ます気配がない。さすがに死んではいないと思うが、食べ物の匂いで刺激を受けて、目を覚ましてくれれば良いのだが。


 女の子が目覚めることを心内で祈りつつ、食堂の前に来ると扉を開けて中に入る。


「いらっしゃいませ。何名様ですか?」


「2名です」


「2名様ですね。こちらの席へどうぞ」


 空いている席に案内してもらい、先に背負っている女の子を椅子に座らせる。すると自然と頭が下がってテーブルの上に顔を置いた。


「すみません、スープを2人前お願いします」


「スープを2人前ですね。分かりました。出来上がるまでお待ちください」


 席に案内してくれた給仕の人がチラリと女の子を見ると、俺の注文を聞いて足早に去って行く。


 さすがに意識を失っている女の子を連れているのだ。気になってしまうのだろう。だけど変に関わり合いたくないから、逃げるように離れたのだろうな。


 給仕の行動を勝手に解釈して料理が運ばれるのを待つ。着席してから10分ほど経っただろうか。給仕がやって来ると、テーブルの上にスープの入った皿を2つ置いた。


「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」


 テーブルの上に置かれたスープの入った皿を、女の子の傍に置く。


 これで目が覚めてくれればいいのだけど。


 心の中で彼女の目覚めを望んでいると、女の子の頭が勢い良く上がった。


「食べ物!」


 女の子は声を上げ、まるで欲しいおもちゃを買ってもらった子どものように目を輝かせる。そしてスプーンを手に取り、スープを一口分掬うと口に運んだ。


「美味しい!」


 一言料理の感想を漏らした女の子は、皿を掴んで縁に口をつけると、そのまま一気に飲み干す。


「おい、そんなに一気に飲むと、胃がびっくりするって!」


「ガハッ、ゴホッ、ゴホッ」


「ほら、言わんこっちゃない」


 テーブルの上にある水差しを手に取り、空のコップに水を注ぎ込む。そして直ぐに女の子に手渡すと、彼女は水を飲み始める。


 行き倒れになるまで飲食をしてこなかったんだ。ずっと空だった胃に固形物が入ると、負担をかけてしまう。だからスープなのど流動食にしたのだが、ガツガツと食べたせいでその配慮もあまり意味をなさなくなった。


「プハッ! 生き返るよ。ありがとう」


「それは良かった。それで、君の名前はなんだ? どうして行き倒れになるまで――」


「お代わり!」


 名前とどうして行き倒れになっていたのかを訊ねようとした瞬間、女の子は空になった皿を突き出してくる。


 まぁ、行き倒れになっていたんだ。食欲が出るようになっただけでも、良かったと思っておくことにしよう。


「俺のをやる代わりに条件がある。今度は慌てずにゆっくりと食べろ」


「うん! うん! 約束する! だから頂戴!」


 満面の笑みを浮かべながらおねだりをする女の子の姿に、思わずこちらまで笑みが溢れてしまう。


 たく、本当にわかっているのだろうか?


 少しだけ不安があったものの、俺の分のスープを渡す。すると、約束通りに女の子はゆっくりとスープを飲み始める。


 素直に従ってくれるところをみる限り、悪い感じの子ではなさそうだな。


「食べながらで良い、君の名を教えてくれないか?」


「マヤノだよ! マヤノ・ローゼ、マヤちゃんって呼んでね!」


「わかった。それでマヤノはどうして行き倒れになっていたんだ?」


「むう、マヤノのこと、マヤちゃんって呼んでって言ったのに」


 名前を聞いた後、どうして行き倒れになっていたのかを訊ねてみると、マヤノは子どものように頬を膨らませる。


「いや、別にわざわざあだ名で呼ぶ必要性もないだろう」


「マヤノのことをマヤちゃんって呼んでくれたら、話してあげても良いけど?」


 行き倒れの理由を知る条件として、マヤノはあだ名で呼ぶことを提示してきた。


 主導権は俺の方が握っているはずなのに、なぜか手綱を握られている馬の気分になってしまう。


 少々恥ずかしいが、ここは彼女の要求を呑むとしよう。


 本当に抵抗があるのであれば、スープ代だけを置いてこの場から去っても良い。だけど俺の性格上、関わってしまった以上は、彼女を放っておく訳にもいかない。


「分かった。それで、マヤちゃんはどうして行き倒れになっていたんだ?」


「それはね、なぜか知らないけれど、お使いの途中で男の人たちがいきなり襲ってきたの。どうにか撒くことができたけれど、帰り道が分からなくなって。ママからもらったお小遣いも底を付いたんだ」


「なるほど、迷子だったのか」


「マヤノは迷子じゃないよ! 帰り道が分からないだけなんだから。子ども扱いしないでよ」


 迷子だと言ったのが不服だったのか、マヤノは否定してきた。しかし一般的に帰り道が分からないことを、世間では迷子と言う。


「それよりも、マヤノは君の名を聞いていないのだけど」


「ああ、そう言えば自己紹介がまだだったな。俺の名はフリード・クレマースだ」


「フリードって言う名前なんだ。素敵な名前だね。それじゃあ、君のことはフリードちゃんと呼ぼう」


 自己紹介を終えると、マヤノは俺のことをちゃん付けで呼ぶことにすると宣言してきた。


 まさかこの年でちゃん付けされるとは。


「フリードちゃん」


「何だ?」


「お代わり!」


 いつの間にか俺の分のスープを飲み干していたようで、空の皿をこちらに突き付けてくる。


「いや、ないよ」


「何で!」


「いや、だからお金がない。俺の所持金ではスープを2つ頼むので精一杯だ」


 金がなく、これ以上は注文することができないことを告げると、マヤノはしょんぼりとし始めた。


 彼女の顔を見ると良心が痛む。


「よし、それじゃあ今からお金を手に入れよう。確かギルドって言うところで依頼を受ければ、お金がもらえるってママが言っていたから」


 食事を再開するためにギルドでお金を稼ぐことをマヤノが決めると、立ち上がってこちらに周り、俺の腕を掴む。


「さぁ、行くよ、フリードちゃん! ギルドにレッツゴー!」


 食い意地からバカ力が発揮されているのか、女の子とは思えない力で引っ張られ、無理やり立ち上がらされる。


 俺も資金を調達しないといけないし、まぁ良いか。


「待てよ、スープの代金を払ってからな」

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