第二話 森の行き倒れ少女

 父親から勘当を宣言された俺は、現在実家を出て街中を歩いている。


「どっちにしろ、カレンを売って俺の金を使ったあいつらのことは許せないし、顔も見たくない。親子の縁を切られたことを幸いだと思った方がいいな」


 独り言を漏らしながら、今後のことについて方針を考える。


 まずはカレンを買ったと言う、ジェーン男爵の住む国境に向かおう。そして事情を話してカレンを引き取る。


 もしかしたら、多額の金を要求されるかもしれない。それでも俺は、言い分の額を用意してみせる。それだけ彼女は、俺の隣に居て欲しい人物だ。


 ポケットに腕を突っ込み、財布を取り出して中身を確認する。


「今の俺の所持金はたったの1000ギル。これでは馬車を手配することもできない。お金を稼ぐためにも、まずはギルドに行って金になる依頼を受けなければな」


 でも、顔見知りの居るこの町には居られない。だから隣町にまで移動する必要がある。


「とりあえずは、隣町に向かうとするか」


 今後の方針を決め、町の出入り口に向かって歩みを進める。


「おら、さっさとしないか! 早くその荷物を運ばないと、日が暮れてしまうだろうが!」


「はい……すみません」


 道を歩いていると、奴隷らしき人物が主人の言いなりになっている光景を目の当たりにする。


 本当に見ていて気分が悪い。奴隷商の子どもとして生まれ育ったため、奴隷がいる環境が当たり前となっている。ある程度力や権力に差があるのはしょうがない。でも、それでもやっぱり、同じ人間である以上は対等であるべきだ。


 あいつらもそうだが、本当にこの世界に住む人間はクズが多い。


 奴隷たちが扱かれている日常、もし俺に世界を変える力があれば、こんな世界はぶっ壊してやると言うのに。


 そんなことを思いながらも、生まれ育った町から出て行く。


「うん? なんだ? 獣か?」


 道を歩いていると複数のオオカミが、道を塞ぐようにして横列に並んでいるのが見えた。


「白銀の毛並みに鋭い牙、間違いない。ハクギンロウと呼ばれるモンスターだ」


 そして良く見ると、ハクギンロウの前に人が倒れている。


 まだ距離があるので、その人物が男なのか、女なのか、大人なのか、子どもなのか判別できない。


 ハクギンロウたちは、ゆっくりと倒れている人物に近付く。


『ぐー、ぎゅるぎゅるぎゅる』


 離れていても分かってしまうほどの空腹を奏でる音色が聞こえてきた。


「もしかして、あいつら倒れている人を食おうとしているのか」


 もしかしたら、空腹になっているモンスターに襲われたのかもしれない。あいつらは、飢餓状態になると凶暴化してしまう。


 このままではあの人が食い殺されてしまう。


 俺ならあの人を助けられる。でも、この力は極力使いたくはない。でも、あの人を助けるにはこれを使うしかない。


 覚悟を決めて地を蹴ると、勢い良く走る。


 全てを対象にしなくて良い。ハクギンロウは、基本的に群れで獲物を狩るモンスターだ。なのでリーダーさえどうにかすれば、身を引いてくれる。


 走りながらオオカミたちに目を配らせる。


 あれだ! 横列に並んでいるオオカミたちの後に、1匹だけ別のハクギンロウがいる。きっとあいつがリーダーだ。


「スレーブコントラクト!」


 リーダーと思われるハクギンロウに、強制的に奴隷契約を結ぶ。


 この力は、代々クレマース家に伝わる悪しき魔法。クレマース家は、この魔法で奴隷商として成り上がってきた。


 服従させるための力を、人を助けるために使う!


 奴隷化の魔法が発動し、リーダーと思われるハクギンロウの額に、奴隷の紋様が浮かび上がる。


 これで主従関係を結ぶことができた。後は命令するだけだ。


「我が契約に基づき命令に従え! この場から立ち去るんだ!」


『ワオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォン!』


 命令を下した瞬間、奴隷契約を結んだハクギンロウが遠吠えを上げた。すると前列にいたハクギンロウたちが、こちらに背を向けて走り去って行く。そして最後に奴隷となったハクギンロウも身を翻して背を向け、仲間を追うように走り去って行った。


「ふぅ、どうにか上手くいったようだな」


 作戦が成功し、胸を撫で下ろす。そして倒れている人物に近付いた。


「おい、大丈夫か?」


 地面に横になっている人物に声をかけた瞬間、思わず息を呑む。


 モンスターに襲われていたのは美少女だった。


 水色のセミロングで毛先にはウェーブがかかっており、カレンと同等かそれ以上の美貌を持っている。


 彼女のような女性は、どんな男でもすれ違い際に二度見してしまうだろうな。


 そんなことを思いながら、屈んで腰を下ろすと彼女の容態を見る。


 息はある。それにどこもケガはしていないようだな。それはそれで安心したけれど、どうしようか。


「おい、大丈夫か? どうしてこんなところで倒れているんだ?」


 もう一度声をかけるも、女の子が目を覚ます様子はない。


「はは、これは困ったな」


 苦笑いを浮かべながら、倒れている女の子の扱いを考える。


 さすがにこのまま放置してしまう訳にはいかない。こんなに綺麗な女の子をこのまま放置すれば、奴隷商や野盗たちに連れ去られるかもしれない。


 一番良いのは彼女が目を覚まして、自分の足で家に変えることなのだけど。


 悩んでいると、女の子の瞼が開いて紫色の瞳が顕になる。


「良かった。目を覚ましたか。いったい、君に何が起きたんだ」


 意識が戻ったことに安心してもう一度声をかける。すると女の子の唇が動いた。しかし小さな声だったために、聞き取ることができなかった。


「ごめん、なんて?」


『ぐー、ぎゅるぎゅるぎゅる』


 聞き取ることができなかったので、もう一度問いかける。すると、女の子のお腹から空腹を奏でる大きな音が鳴った。


「お腹……空いた」


 女の子はもう一度言葉を漏らす。


 今度はハッキリと聞こえた。お腹が空いたと。


 そして再び意識を失ったようで、彼女は開いていた瞼を再び閉じる。


「行き倒れだったのかよ」

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