第20話:誘致会議

 結局、滋賀と岐阜との戦いは、両県の間に和平が結ばれて終わった。

 また、その際に岐阜で参謀を務めていた浅井倉DA輔が、滋賀県知事・兄川高鳴に協力することを約束。

 滋賀・岐阜及び兄川・浅井倉の間に、再び平和が訪れたのであった。

 

 7月。

 先月の国会本会議で正式に決まった官庁の地方移転について、滋賀でも専門の委員会が設立されて本日初めての会議が行われることになっていた。

 場所は新安土城三階の中会議室。次々と集結してくる委員会の会員たち。顔触れは豪華絢爛で、滋賀の一流議員がずらりと揃っている。

 

「おい、浅井倉!」


 その中に比古と浅井倉の姿もあった。

 

「なんだい? えっと、君は確か比古兄やんひこにゃん?」

「比古でいい。俺は別にあんたの兄貴分ってわけでもないしな」

「あ、そう。それで何か用かい?」

「てめぇ、随分と舐めたことをやってくれたなぁ」

「ん、なんのこと?」

「岐阜が侵攻してきた時の事だよ!」


 激昂する比古に周りの連中もなんだなんだと注目するも、言い寄られている浅井倉はいまだきょとんととぼけた表情を浮かべるばかり。

 その様がまた怒りに触れて、比古はさらに声を荒げる。

 

「背後を突かれまくるからてっきり仲間に裏切者でもいるのかと思ったら、まさか兵士に召し取られたふりをさせただけだったとはよ!」

「あれ、ダメだった?」

「ダメに決まってるだろ、そんなもん! しかもだ、俺が喰らわしたセサミソードの肉を吐き出し、それをパンに挟んで飛騨牛サンドと偽って攻撃するって一体何を考えてやがるんだ、てめぇ!」

「だってそれなら貴重な飛騨牛を無駄使いしなくて済むし。いいアイデアだろ?」

「どこがだ! そんな一度他人の口に入ったもんで召し取られた俺の部下の気持ちを考えてみやがれ!」

「うわー。それは御愁傷様だったね」

「他人事みたいに言うな! てめぇの指示でやらせたんだろうが!」


 これには聞いていた者たちも皆一様に「ありえへんわー」と眉を顰めるも、浅井倉は依然として顔色一つ変えることなく平然とするばかりか、ついにはため息ひとつついて「はぁ、君、ホントにター坊の懐刀なの?」なんて言い出した。

 

「どういう意味だッ!?」

「だって命を切った張ったしてるのに反則だなんだって文句言うなんてさ。ナイーブすぎない?」

「て、てめぇ……」

「ター坊もター坊だよ。もっと部下には厳しく接しないとさぁ」

「おい、高鳴のことをター坊って呼ぶのはやめろッ! ここは県庁なんだぞ、下の者に示しがつかん!」

「別にいいじゃん。君だって高鳴って呼び捨てにしてるし」

「俺はいいんだよ! あいつの兄貴分だしな!」

「それを言うなら僕は彼をトップアーティストに導いてやった恩人だぞ?」


 さすがは魑魅魍魎蠢く芸能界で長年生き抜いてきた浅井倉である。口ではどうにも比古に分が悪い。

 とは言えぶん殴るわけにもいかず、仕方なく比古はしばらく睨みつけながらもプイっと顔を背けて浅井倉に背を向けた。

 

「あ、そうそう」


 もっとも当の浅井倉としてはこんなやり取りも存外に楽しかったらしく、比古の背中へ朗らかに呼びかける。

 

「今日の会議なんだけどさ、ター坊から何か聞いてる?」

「…………」

「あらら。無視するんだ? てか君さ、そんな脳筋ぶりでまともに会議出来るの?」

「……馬鹿にすんじゃねぇ。こっちはずっと前から環境省の誘致の為にあれやこれやと準備してきてるんだ。てめぇこそ何も知らねぇんだから、つまらねぇ口を挟まず黙って聞いてやがれ」


 振り返ることなく返事をすると、比古は自分の席にどすんと座ってはいまだ苛立ち収まらぬオーラを放ち始めた。

 もちろん、浅井倉の方なんて見向きもしなければ、もう耳も貸さない。

 だから比古は知らなかった。

 

「さて何も知らないのはどっちの方かなぁ」


 浅井倉がうっすらと笑いながらそんなことを呟いたのを。

 

 

 

 最後に兄川が部屋に入ってきて席に着くと会議が始まった。

 まずは省庁の地方分離に至った経緯とその意義から始まり、やがてここで誘致できるかできないかが令和戦国時代の勝ち組負け組を決めると熱の入った話へと移っていく。

 

「滋賀県と岐阜県はちょうど日本の真ん中あたりに位置しています」


 その中で岐阜からの特別大使として参加していた浅井倉にも発言が訪れた。

 

「ですからこのふたつの県に省庁がひとつもないというのはおかしな話ですよね。世間では地方移転と言っても所詮は大阪、あ、今は尼崎か、それに名古屋、福岡、仙台といった大都市に移すだけでしょと思われがちですが、それでは何の意味もない。各省庁が相応しい県に移動してこそ意味があると思っております」

「仰る通りですな。しかし、確かに我が滋賀は琵琶湖という日本最大の湖を有しておりますが、岐阜には一体何が? ただ中央にあるだけで省庁を置くべきという主張は、後半の『各省庁が相応しい県に移動してこそ意義がある』って言葉と矛盾しているように思えますが?」

「岐阜にはスーパーカミオカンデがあります。ニュートリノを研究しているこの施設を有するのですから、岐阜にも省庁を置く権利は十分にあると言えるでしょ?」

「つまり岐阜は文部科学省を誘致すると?」

「いえ、岐阜が狙うのは科学省です」


 この発言に会議室がざわついた。

 

「ご存じの通り、文部科学省は平成3年の中央省庁再編によって文部省と科学技術庁を統合したものです。ですが今回の省庁の地方分離によって、出来るだけ多くの県に省庁がいきわたるべきという考えから再度分けようという機運が高まっている。ですので岐阜県は文部省と別れた科学省を狙いに行く」


 もっとも名称は科学省になるのか、科学技術省になるのか、はたまた技術省になるのかもしれませんがねと浅井倉はおどけてみせた。

 

「ただ岐阜単体で動いても誘致は難しい。なんせ岐阜は地味ですからね。なので昨今何かと話題になっている滋賀県のお力を借りようということで、兄川知事と深い縁のある僕に岐阜県から依頼があったのですよ」


 比古が「何がお力を借りようだ、攻めてきやがったくせに」と大きな独り言を言ったが、浅井倉は軽く無視した。

 

「なるほど。そちらの事情は分かりました。しかし協力と言っても具体的に我々は何をすればよいのですかな?」

「特に何も」

「どういう意味です?」

「僕としては滋賀県さんの誘致活動がひいては岐阜の利益にもつながると考えています」

「我々の? しかし、環境省を誘致する我々の活動が、岐阜の科学省誘致に繋がるとは考えにくいのですが?」


 それは会議室の誰もが感じた疑問であった。

 ただふたり、当の本人である浅井倉と、そして――

 

「いやいや、滋賀県さんの狙いは環境省じゃありませんよね? だよね、ター坊」


 それまで組んだ手に顎を乗せながら黙って話を聞いていた兄川を除いて。

 

「ああ、そうだ。俺たちの狙いは環境省じゃない」


 兄川の発言に会議室が大きくどよめく。

 それぐらい誰もが環境省を誘致するものだとばかり考えていた。

 無理もない。滋賀県と言えば琵琶湖、琵琶湖と言えば世界湖沼会議、世界湖沼会議と言えば1984年に滋賀県が提唱し、これまで17回も開催されている国際会議である。琵琶湖のみならず世界の湖沼の環境問題を解決しようというムーブを起こした滋賀県が環境省を誘致せずに何を誘致するというのか?

 

 そもそも兄川だってその為に知事就任以降、琵琶湖の環境改善や湖底調査などに力を入れてきたのではないのか?

 なのに今さら何を――

 

「俺たちは宮内庁を取りに行く!」


 どよめいていた会議室が一瞬にして静かになった。

 誰もがその発言を俄かには信じられなかったのである。

 

 本年度の国会において各省庁の地方移転が決まったのは間違いない事実だ。

 その目的はやがて起こると言われている大地震や富士山の噴火などで、現在東京に集中している政府機関が壊滅するのを防ぐためである。内閣総辞職ビームを喰らう前に各地へ分散させるわけだ。

 

 ただ、それでもどの都道府県も手を出せない官庁があった。

 宮内庁である。

 皇室関係の仕事を一手に背負う宮内庁は、当然ながら皇居のある都市に庁舎を構えなければいけない。いくら大都市とは言え名古屋や札幌に移転しては仕事にならないのだ。


 つまり宮内庁と皇居は一セット。その宮内庁を誘致するということは……。

 

「おい、まさか高鳴お前、皇居を滋賀に誘致するって言うのか?」

「そうだ」

「それってつまり遷都……」

「ああ、我が滋賀県を日本の首都にする!!」


 日本の首都と言えば、言わずもがな東京である。

 が、実際のところ、我が国において首都という概念にきちんとした定義はない。中にはいまだに京都が首都だという人もいるらしい(そんなことを主張するのは京都人だけだろうが)し、日本は京都と東京というふたつの首都を持っているという人もいるそうだ。

 

 だが、一般的な日本人の意識としては、首都とは天皇陛下のおられる皇居がある都市という考えが根強いのではないだろうか。

 ちなみに平成8年の国会答弁において時の首相・橋本龍太郎は「首都移転は皇居の座所の移動をともなうものだ」と発言している。

 

「馬鹿なッ!? 宮内省誘致、皇居を滋賀に移すなんてそんなことが出来るのかッ!?」

「しかも滋賀を日本の首都にするとは!?」

「不可能だ! そんなこと出来るわけがない!」

「いやでももし実現したらまさしく滋賀が日本の頂点に……」

「さすがにそれは夢が大きすぎであろう!」


 初会議といっても環境省の誘致は以前からの既定路線、これまでもそれなりに準備してきていたし、何より今の滋賀県の勢いをもってすればまず間違いないという余裕があった。

 それがいきなり環境省ではなくよりによって宮内庁、しかも皇居を移し、遷都して首都になるなんて言い出しては、大いに荒れるのは当然である。

 

 これまで京都を一時的ではあるが支配下に置き、大阪府を尼崎府に変え、瀬戸内海を琵琶湖化し、東京に滋賀のテーマパークを作るなど、兄川が行う様々の革命を間近で見てきた。

 どれもこれも過去の滋賀からしたら考えられない偉業である。

 だが今回はさすがにスケールが違う。違いすぎる。

 一体どうすればそんなことに可能になるのか。全く想像もつかない。

 

「おい高鳴、さすがに今回ばかりは内密に事を進めるってわけにはいかねぇぞ。何を考えているのか、ちゃんと説明してくれ」

「うん、ではここからは僕が話をしてあげよう」

「浅井倉、てめぇは黙っていやがれ!」


 黙れと言われて素直に黙る浅井倉ではない。むしろ比古の反応にいたずらっ子みたいな笑みを浮かべると、この壮大なプロジェクトの核となる活動をぶちあげた。

 

「滋賀を日本の首都にする為に、ター坊の新曲PVを撮るよ!」

 

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