第19話:宿命の再会

 今でこそロックミュージシャンであり、滋賀県知事でもある兄川高鳴ではあるが、その道のりは決して楽ではなかった。


 自分は音楽で生きていくんだと決心したのは兄川が高校生の頃。学校を中退し、滋賀をも離れ、大阪でバンド活動を開始した。

 しかし何の後ろ盾もない若者がいきなり成功するほど世間は甘くない。苦労の末にようやくバンドがメジャーレビューを果たすも、売り上げが伸びずにあえなく解散。果たして本当に自分は音楽で生きていけるのかと、若い兄川は苦悩した。

 

 それでも兄川は自分を信じ、自分を高めることを諦めなかった。

 今はまだ不遇ではあるけれども、いつかこの才能を世間が認める時がくる。その日の為に兄川はひたすら自分の中にパワーを蓄え続けた。


 兄川の故郷・野洲には三上山という山がある。近江富士の異名もあるように、富士山のような綺麗な山だ。

 この時の兄川は自分を三上山に喩えた。今はただじっと静かに佇む休火山ながら、いざ噴火する時には大爆発を起こしてやろう。より多くのマグマを蓄え、長く大噴火が出来る雄大な山になろう、と(注:なお実際の三上山は休火山どころか実は火山体ですらありません。完全に作者の妄想です)。

 

 そしてそんな若き日の兄川の才能と内に秘めたるとんでもない熱量に気付いたのが……。



 

「お前は浅井倉DA輔あさいくら・だーすけ!!」


 兄川に遅れて岐阜兵の包囲網を突破してきた比古は、敵の総大将である人物を見て思わず唸った。

 浅井倉DA輔、ミュージシャンであり、稀代の天才軍師プロデューサー

 彼こそが兄川の才能を世に導いた人物であった。

 

 今を遡ること25年ほど昔のことである。

 浅井倉の協力を得た兄川は、音楽界にセンセーショナルな大爆発を起こした。

 当時の華奢な身体つきからは想像もつかないパワフルな声に、誰もが耳を奪われた。

 強烈な逆風を受けながら歌う姿に、誰もが痺れた。

 すでに天下人となっていた下町小僧のふたりに「滋賀の田舎もん」とからかわれながらも「うっさいわ!」とやり返す新人歌手に、誰もが注目せざるを得なかった。

 下町小僧すらもそんな兄川に「面白い奴だなーおもろいやっちゃなー」と好感触を抱き、「ロックミュージシャンってみんなこんな面白い奴ばっかなんか」と勘違いさせたほどである。

 

 そんな今や伝説のように語られる若き日の兄川が起こした革命であるが、しかしある時突然異変が起きた。

 

「てめぇが今さら高鳴に何の用があるって言うんだ!? てめぇらはとっくの昔に袂を分けたはずだ!」


 そう、突如としてふたりは決別したのである。

 理由については当時から様々な憶測が流れ、今もネットであれやこれやと考察されている。

 もっとも実際のところはふたりにしか分からない。ただ事実としてふたりは袂を分かち、今に至るまでその線が交わることはなかった。

 

 なのにどうして今更!?

 しかも何故岐阜に与して兄川の前に立ち塞がる!?

 比古が疑問を抱き、嫌な予感に声を荒げるのも当然のことであろう。

 

「ふふふ、久しぶりだね、ター坊」


 だが、浅井倉は比古の怒気をあっさりと受け流すどころか涼しげな表情すら浮かべて、目の前で鮒寿司を握りこんだ右手を突き出す兄川のことを親しげに「ター坊」と呼んだ。

 その名はかつて兄川が子供の頃、大好きだった祖父からの呼び名に由来する。

 今は勿論、その名で兄川を呼ぶ者などいない。ごくごく身内か、あるいはよっぽど親しい者を除いて。

 

「ター坊だと!? こいつ、滋賀県知事うちの大将に対してなんて口をききやがる!」

「いや、いいんだ、比古兄やん。ああ、久しぶりだな、DAちゃん。何年ぶりだ?」


 浅井倉が兄川のことをター坊と呼ぶのに憤った比古であったが、兄川もまた浅井倉のことをDAちゃんと親しげに呼ぶことに考えを改めなおした。

 どうやらふたりは自分が思っていたような仲ではないらしい。

 なにより召し取るか召し取られるかという緊迫したシーンには似つかわしくない空気感が、ふたりには漂っている。

 ならばと比古はあえて口を挟まず、しばし静観することにした。


「正確には覚えてないなぁ。だけどお互い、いい歳になった」

「もう若い頃みたいな無理は出来ないな」

「そう? その割には今回もかなり無茶をしたじゃない? あれだけの中をたった二人だけで突破してくるなんてさ」

「DAちゃんを出し抜くにはこれぐらいしないとな」

「にしても二騎駈けはないよ。そういう無茶をする所は、ホント、あの頃と何にも変わってないね、ター坊」


 浅井倉が目を細める。

 その目の奥を覗き込むように兄川はじっと凝視した。

 

「それでどうだった?」

「どうだったとはどういう意味だろう?」

「焦らすなよ。DAちゃんは俺をテストしにきたのだろう?」


 比古との戦いで用いた戦術で、兄川は岐阜の背後に浅井倉がいるのを確信した。

 だからこそ無茶無理無謀の二騎駈けを敢行して、今の自分の全力を見せつけた。

 戦いながら思い出していたのは遠い昔、浅井倉との初顔合わせである。

 とりあえず声を聞いてもらおうと若き日の兄川は全身全霊を込めてブースで歌った。

 今回も気持ちはその時と同じだった。


「ふっ、思い出すなぁ」


 それは浅井倉も同じだったらしい。

 きっと彼も兄川渾身の戦いに、かつての兄川の姿を重ねていたに違いない。

 

「ター坊が僕の元を離れて行った時のことをさ」


 あれ、違った!?

 

「あの時、君は言ったんだ。自分はもっと変わらなきゃいけない、だからDAちゃんの元を離れるってね」


 しかも兄川は変わる為に浅井倉と別れたという。

 だとしたらさっきの「変わってない」発言は……拙いぞ兄川高鳴、よもやの不合格か!?

 

「あれには本当に驚かされたよ。なんせ僕たちは上手く行っていたと思っていたからね。よもやだった。君が一体何を考えているのか分からなかった」

「だろうな。正直、俺にだって分からなかった。ただ漠然とこのままではダメになるという予感だけがあった」


 この世にはスターになる運命のもとに生まれた者たちがいる。

 だが、その輝きがいつまで続くかは誰にも分からない。

 一瞬で消え去る者もいる。長く輝き続ける者もいる。そしてデビューしてから死ぬまでスターであり続ける者もいる!


 その差が生まれる理由は何か?

 一概には言い切ることは出来ないだろう。が、兄川は成長に鍵があると野生の勘で見抜いていた。

 一発芸人呼ばれたり、俺みたいにしくじるなよなんて言わない為にも更なる成長、更なる変化が必要だとずっと自分に言い聞かせていたのだ。


 それは浅井倉と手を組んでからも変わらない。

 常に新鮮な感動を、新たなエンターテイメントを世間に提供するべく成長し続けていた。


 しかし、結果としてそれがふたりの早すぎる決別を招いたのだろう。


「今ならター坊の考えていたことが分かるよ。君は僕が思っていた以上に早く限界を迎えていたんだ」

「ああ、DAちゃんと一緒に仕事が出来て本当に楽しかった。が、あの時の俺はもうDAちゃんのもとでは出来ることがなくなっていたんだ」


 限界だ、出来ることがない等マイナスなことを言っているふたりであるが、実際は違う。

 つまるところこの時の浅井倉プロデュースの兄川は、レベル99になってカンストしていたのだ。

 成長をし続けないと死んでしまう、そんなマグロみたいな生き方をしていた兄川にとってそれはまさに死活問題である。一日でも早くダーマ神殿かどこかの芸能事務所かは知らないがそこへ行って、ジョブチェンジしないと生きていけなかったということだったのだ。

 

「僕の手を離れたター坊がどうなってしまうのか、気にならなかったと言えば嘘になるね。でもまぁ、正直に言わせてもらえばつい最近まであまり興味はなかったよ。そう、ター坊が滋賀県知事になるまで……滋賀をプロデュースし始めるまでね」

「さすがはDAちゃん、俺の目指すところが分かっているんだな」

「もちろんさ。だから僕は再び君に会いに来た」


 とは言えそこはさすが稀代の天才軍師プロデューサーである。

 今の兄川の実力、本気度を測る為に浅井倉は岐阜軍を総動員するという大胆な手に出たのであった。

 

「それで試験の結果は?」


 兄川は突き出していた右手を振るって鮒寿司を投げ捨てた(後でスタッフが美味しくいただきました)。


「合格さ。手を貸そう」


 浅井倉が握り返そうと手を伸ばす。

 が。

 

「悪いけどター坊、どこかで手を洗ってきてくれない? 鮒寿司でぬちゃぬちゃしている手は握り返すのはちょっと、ね」


 かくしておよそ二十年ぶりにもなるふたりの再会は、至極当たり前な浅井倉の欲求によって幕を閉じたのであった。

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