第18話:令和戦国婆娑羅者
岐阜の狙いは兄川高鳴自身!
となれば、兄川をどこか安全なところに避難させるのが普通である。
が、今の滋賀はそんな消極的な手は打たない。
相手が兄川目当てなら、その兄川を前面に押し出してやればいい。さすれば敵は餌に群がる蟻の如く兄川へ集中するであろう。
それを叩いて叩いて叩きまくって突破! その勢いで敵のボスの元まで突き進むのだ!!
「ってそう簡単に行くもんかね?」
比古が両腰に近江牛特撰サラミソードを何本もぶら下げながら、今や遥か後方となった滋賀軍を振り返って独り言ちた。
「ふ、怖気づいたか、比古兄やん?」
片や兄川はこれから起こる
「そういうてめぇはどうなんだ、高鳴? さっきからせわしなくストレッチしてやがるが、体の震えを胡麻化すためにやってるんじゃねぇのか?」
「こいつは武者震いってやつだ。昔からワクワクしてくるとどうもこいつが止まらねぇんだよ」
「はん、はしゃぎすぎて怪我するんじゃねぇぞ?」
「比古兄やんこそしっかり俺についてこい」
「ぬかせ」
比古がトレードマークである猫耳のような突起のついた兜を深く被った。
兄川がステージ衣装のようなライダースーツにマントを羽織る。
それが合図だった。
「イッツ、ショータイム!!」
一斉にふたりが前方に駆け出していく。
目指すは目の前の岐阜軍1万人! そしてその奥に潜む敵の大将首!!
「うおおおおおおおっっっっ!!」
地鳴りのような声をあげて、岐阜軍も動き始めた。
令和戦国時代には基本的に飛び道具はない。京都の京飴スナイパーみたいな者たちもいるが、これは京飴という高度な技術を要する伝統菓子文化を持ち得るからこそ可能な兵科である。
召し取るにはやはり接近戦で相手の口に突っ込むしかないのだ。
であるからして一万の岐阜軍もまた一斉に高鳴たち目がけて突進を開始した。
想像してほしい。前方180度全てから怒涛の如きの勢いで自分たち目がけて走ってくる男たちの群れを。
しかも彼らは皆、我武者羅に兄川を召し取りに来ているのだ。普通の精神の持ち主なら堪らず逃げ出すであろう。
が、この大軍を前にして兄川はさらにスピードをあげた。
恐るべき胆力、恐るべきクソ度胸である。
「おい、高鳴! この俺を差し置いて前に出るなんて百年はええんだよ!!」
しかもその類稀なる精神力を持つ者がもうひとり、ここにはいた。
比古は兄川よりもさらに加速して前に出ると、両腰のサラミソードを抜いて敵陣に切り込む。
「比古幻十郎、見参!!」
左右のサラミソードを十字の形に振る比古。
それだけで前方から飛び掛かってくる岐阜兵たちの口の中に、次々と近江牛の豊潤な味が広がった。
サラミソードから溢れ出るジューシーな芳香を岐阜兵たちに飛ばしたのだ。
普通の牛肉では、そして並みの剣士では出来ぬ芸当。だが、近江牛と比古ならば出来る。芳香だけで敵を召し取り、吹き飛ばすことが出来るのだ!!
「さすがは比古兄やん。じゃあ俺もいっちょやってやるか!」
高鳴が走りながらマントの中へ両手を突っ込む。
両手を出した時には指の間に鮒寿司がぎっしりと詰まっていた。
「俺の
両手を頭上にあげると一気に振り下ろす。
指の間から放たれた左右4つずつの鮒寿司は見事岐阜兵の口の中へ……いや、違う、なんと4つの鮒寿司が四方八方自由自在に空を飛微回ると、鮒寿司の中から新たなる鮒寿司を次々と岐阜兵目がけて発射。凄まじい勢いで岐阜兵が召し取られていく。
まさかこれは鮒寿司ファンネル!? まだ研究段階だと思っていたが既に実用化されていたとは。恐るべし、兄川高鳴!!
「よし、このまま一気に激しく行くぜ、比古兄やん!」
「おう! 俺たちのニ騎駈け、貫かせてもらおうじゃねぇか!」
ふたりがサラミソードを振るう度、鮒寿司を握る度に岐阜兵が吹き飛ばされて召し取られていく。
その様子に後方へ陣取る滋賀軍は、ただただ見守るだけであった。
勿論、これは作戦である。
先の岐阜侵攻で比古が不覚を取った理由はいまだ解明されていない。
召し取ったはずの敵が何故か召し取られておらず、背後から襲われて誰が敵で誰が味方か分からない状況に再び陥るのは避けねばならない。
ならばいっそのこと攻撃は兄川と比古のふたりだけに任せてしまえ、ふたりだけなら敵と味方の区別は容易だもんなというと大胆な戦略であった。
とはいえ滋賀軍もただ見物しているだけではない。
それなりの人数で来ているのだ、当然ながら彼らにも役割がある。
「比古殿のセラミソード、最後の二本に手を掛けられました!」
「兄川知事の鮒寿司も残りわずかの模様!」
「よし、戦っているふたりの上空に得物を射ち出せ! 誤差5メートル以内に収めろよ!」
「了解。いっけーーーーーー!!」
どーんと轟音と共に束ねられたセラミソードがミサイルの如く、黒い布に包まれて丸められた鮒寿司が鉄球のように戦場へと吹き飛んでいく。
それをふたりは振り向くことなく、音と近づいてくる気配だけで察知して空高くへとジャンプ。飛んできたそれぞれの得物を上空でキャッチすると、比古はセラミソードを両腰に、兄川は丸められた布を解いて元のマントの形に戻すと、それまで羽織っていたものを脱ぎ捨ててそちらに換装した。
これぞ滋賀の深い絆が産んだ射出式空中補給である。
会議でこの方法を提示された時は「出来るかボケェ!」と思ったもんだがなんとかなるもんだ。
「いいねぇ! まさにでたらめもここに極まれり、だ!」
「しかし得物が次々と射ち出されると休む暇がねぇなぁ」
「なんだ、もう疲れたのか比古兄やん。歳だな」
「んなわけあるかよ。俺が言ってんのは敵さんが大変だなってことさ」
なんせふたりは常に全力で戦えるのである。確かに岐阜兵からしたら厄介なことこのうえない。
「余裕があるのはいいが、侮るんじゃないぞ、比古兄やん」
ふたりが
立ち塞がる岐阜兵を吹き飛ばし、関ヶ原を兄川と比古が疾走る。
砂埃で霞む戦場を駆け抜けながら兄川が前に出れば比古がその後ろをカバーし、比古が突っ込めば兄川が背中を守る。
その様はまるで螺旋して突き進むふたつの彗星の如し。息の合った連携に、岐阜兵は成す術なく召し取られていく。
滋賀の光となって剛腕を振るってきた兄川。
その兄川を影から支えてきた比古。
その光と闇の絆が今、ふたりの行くべき道を照らし出す!!
「妙技・霜降縦断剣!!」
比古は両手のセラミソードを高々と振り上げると、同時に目の前へ振り下ろした。
セラミソードが放つ鮮烈な芳香が、前方の敵を一直線に召し取って吹き飛ばしていく。
「見えた、敵本丸! 行け、高鳴!」
「承知! 発動、疾風迅雷!! うおおおおおおっっっっ!!!」
兄川が雄たけびをあげて、比古が切り開いた死地へと激走する。
そうはさせじと岐阜兵も兄川を止めようとするが、どうしたことか、身体が硬直して動かない。
それもそのはず、彼らは兄川高鳴の
その隙をついて兄川が駈ける。
幾多の岐阜兵のむこうに敵の本丸が、目指す男の姿が見えてきた。
走りながら右手に鮒寿司を握りこむ。
大きく振り絞る。
「よう! 来てやったぞ、DAちゃん!」
そして岐阜兵の壁を抜けると兄川は顔面目掛けて右腕を突き出し、その男の名を叫ぶのであった。
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