第11話:京都反乱!
鎌倉攻略を果たした兄川の行動は早かった。
和睦を結び箱根の旅館で滋賀・鎌倉両軍入り混じってのどんちゃん騒ぎをした翌日には、マネージャーから催促されていた鎌倉の芸能人たちとともに東京へ。
すでにニューびわ湖タワーの建設地として買い上げが終了している、練馬は石神井へと足を踏み入れた。
この地にある石神井公園、その中核を成す石神井池を琵琶湖に見立てた一大テーマパークを作るのだ。
「すでに石神井池の拡大、成形工事は終わって、各アトラクション施設の建造が進められているポコ」
「うむ。この調子なら年内に開園出来そうだな」
タヌ子ともどもヘルメットを被り、園内を歩きながら工事の進捗具合を確かめる兄川が満足げに頷いた。
一週間にも渡って戦場で歌い続けたにもかかわらず、兄川に疲れた様子は見られない。
むしろ滋賀の東京進出を前にして気合満々、必ずや成功させてみせるぞという意気込みが園内を眺める瞳から見て取れる。
「それにしても今回も何も話してくれなかったポコね……」
対して鎌倉侵攻からこっち、ずっとモヤモヤしていたものを抱えていたタヌ子は、そんな目をキラキラさせる兄川を見てついに気持ちを吐露した。
「角砂糖さんを落として鎌倉を言いくるめるなんて聞いてなかったポコ!」
タヌ子とて秘書として兄川から信頼されているという自負がある。
しかし、瀬田川による西日本攻略に引き続き、今回も秘策を内緒にされてしまうとそれも揺らぐというもの。
信頼されずに一体何が秘書か。
おまけに鎌倉を落とせるかどうかもわからないのにニューびわ湖タワーの建設を進めておくよう指示された日には、もし鎌倉攻略が失敗したらどうしようとずっと胃袋がキリキリ痛む日々を送らされてきた。
ここらで文句のひとつぐらい言う権利は十分にある。
「悪かったな。万が一にも漏れるわけにはいかない秘策中の秘策だったのだ」
「むむむっ! それってタヌ子が漏らすと言いたいポコか!?」
悪かったと謝りながら、兄川が続けた言葉は最悪。タヌ子が噛みつくのも当たり前の愚策であった。
「いや、お前は漏らしたりなどしないだろう。だが、お前から漏れる可能性はあった」
「……どういう意味ポコ?」
「人間、口では言わなくても態度や行動で本心がバレることもある。本来なら勝てるかどうか分からないという戦いなのに、上の者が妙に余裕な態度を取っていたら周りはどう思う? 現場の気が緩んでしまってもおかしくはないな」
「それはそうかもしれないポコ……」
「タヌ子、下の者が付いてくるかこないかは上の者がどれだけ必死かどうかにかかっているんだ。裏で策を巡らしながらも、表では必死になって一週間歌い続け、仲間を鼓舞し続けるぐらいにな」
勿論、タヌ子はロック歌手ではないからそんなことは出来ない。が、今回の秘策を知りながらも同じくらい必死になって秘書としての仕事が出来たかどうかとなると、正直自信がなかった。
何かの拍子に心の余裕が綻び出て、軍の気を削いでしまった可能性は確かにある。
悔しいけれども。
「だがなタヌ子、秘策を教えなかったのは決してお前のことを信じていなかったからじゃない。むしろ教えなくてもお前は俺の指示通りに動いてくれると俺は信じていた」
「ポコ?」
「これからも頼りにしているぞ」
そう言って兄川は歩む速度を速め、タヌ子の半歩前を行った。
さすがの兄川とて今のはちょっと恥ずかしかったのかもしれない。
「ポンポコ!」
タヌ子が兄川の背中に元気に返答し、慌ててその背中を追いかけた。
令和5年12月24日。
メディア向けのプレオープンも好評を博し、世間の期待を大いに集めたニューびわ湖タワーがついに開園した。
急ピッチでの建造となったが、本家琵琶湖を模した石神井池の水面は美しく煌めき、その名に反してタワーはないものの代わりに今度こそ世界最大の大きさを誇る巨大観覧車・イーゴス256(それまでの世界最大観覧車ドバイ・アイの250メートルを越える高さを目指すと同時に、滋賀県に所縁のある数字を絡めようとした結果、滋賀県名物・鮒寿司に使われるニゴロブナから
出来たばかりとあってアトラクションはどれも大盛況だが、とりわけ観客を魅了したのは滋賀県の楽しさを盛り込んだふたつ。
ひとつは石神井池の対岸を目指して大空を滑空する『ザ・バードマン』。
言うまでもなく滋賀の夏の風物詩・鳥人間コンテストをモチーフにしたものだが、こちらは途中で力尽きてもドローンが安全に陸地まで運んでくれるので、落下の心配はない。
ゴール地点では大空を飛ぶ雄姿を撮った写真がその場で購入可能、さらにはもし自力でゴール出来た場合には認定書が発行されるオマケ付きだ。
そしてもうひとつは忍者屋敷。
ただの忍者屋敷ではない、なんと滋賀県の南東部に位置する甲賀市からそのまま運んできたホンモノの甲賀忍者屋敷なのである。
この様々なからくりが施されている忍者屋敷にプレイヤーは潜入し、難易度に応じたミッションをクリアしなければならない。
果たして君は甲賀忍者が待ち構えるこの屋敷を探索し、無事脱出できるか?
来年春には光学迷彩忍者スーツを使った新モードも搭載予定!!
また園内には滋賀の名産品が買えるお土産ショップやレストランなどの施設も充実している上に、しかも入園自体はなんと無料に設定した。
これは旧石神井公園の愛好家たちに配慮したものであり、従来のように自由に散歩することも出来れば、琵琶湖を模して拡大された石神井池では変わらず釣りが楽しめるスペースが各地に用意されている。
加えてパレードでは滋賀県知事の兄川高鳴自らがその美声を振るまって園内を一周するというミニライブ仕様なのだから、これはもう至れり尽くせりと言えよう。
かくして人々は東京にいながら滋賀県を満喫できるという僥倖に恵まれた。
これは人類長年の夢であった『修学旅行は千葉・滋賀・佐賀』の実現に向けた大きな一歩である。
事実、地方から東京へやってくる修学旅行生たちの日程には千葉の東京ディズニーランドと東京のニュー琵琶湖タワーが必ず組み込まれるようになった。
後は佐賀が埼玉あたりに進出するのを願うばかりである。
さて、滋賀県民の悲願・ニューびわ湖タワーが開園し、連日の大賑わいを見せることで、東京での滋賀県の認知度は急上昇した。
今やテレビで滋賀県の話題が取り上げられても、かつてのように千葉と聞き間違える都民はほとんどいない。
来場者アンケ―トでは「本物の琵琶湖を見てみたいと思いますか?」の問いに、脅威の98・5%の人が「是非見てみたい」と答えるほどであった。
ニューびわ湖タワーは紛うことなき大成功と言えるであろう。
しかし、その裏で密かに滋賀県では大きな問題点が噴出していた。
「あー、この件に関しては兄川知事にしっかり確認を取って」
「うーん、これはワシの一存では決められぬな。知事の承認がないと」
「申し訳ございません。ただいま知事は席を外しておりまして……え、いつ戻るかですか? それはちょっと分からないです……」
滋賀県庁・新安土城のあちこちで繰り返される「知事!」「知事!!」「知事!!!」のオンパレード。その様子には今にも兄川が「慌てない慌てないひと休みひと休み」と返事してきそうな雰囲気すらある。
しかし、その兄川がいない。
何故ならニューびわ湖タワーが開園してこっち、兄川はずっと東京に詰めているからである。
それは滋賀の広告塔であるニューびわ湖タワーを必ずや成功させるという意気込みの表れであったが、ぶっちゃけパレードで兄川自身が出演するのはちょっとやりすぎた感が否めない。
当初は開園記念の短期間だけのスペシャルパレードのはずだった。
ところがあまりにも好評すぎて期間が延長に次ぐ延長、さらには兄川自身もロックミュージシャンの血が騒いで回数を重ねるたびにあれやこれやと趣向を凝らすものだから、そりゃもう滋賀に帰っている暇なんてない。
とはいえ勿論、兄川が滋賀にいなくても滞りなく職務が進むよう調整はしている。
予めちゃんと指示を出し、権限を与えて兄川の了承がなくても動けるように整備、必要とあらばわずかな時間ではあるがオンライン会議を開いてきた。
しかし。
「最近の知事は本来やるべき仕事をやっておらん!」
「東京進出も大切だけどのぉ、それ以上に地元滋賀の発展の方が重要じゃないのかい?」
「地方政治の核である知事ともあろう人物がかくも長期間に渡って地元を離れるのは由々しき問題と言える!」
「今すぐ知事を呼び戻せ!」
「仕事が滞ってたまらん! 全部兄川のせいだ!」
などと議員や職員たちから不満の声が後を絶たず、今や滋賀県全体に不穏な空気が漂っていた。
まずい、これまで一枚岩だった滋賀県……いや、振り返ってみると結構みんな兄川へ愚痴を言いまくっていたような気がしないでもないが、それでもまだなんとか上手くやってきていたのに、ここにきて滋賀県の硬い結束にヒビが入ろうとしている!
東京進出を果たしたとはいえ、滋賀はまだまだ発展途上。
皆が一丸となって事に当たらねばいけないのに、この調子では下手したら足元を掬われる可能性が……。
「ち、知事、大変ポコ!」
そしてその日は唐突にやって来た!
「どうした、タヌ子?」
衣装に身を包み、パレードの山車に乗り込もうとしていた兄川の元へタヌ子が慌てて駆け寄ってきた。
「京都で大規模な反乱が発生ポコ!」
「なんだと!?」
「各地で同時に蜂起したため、鎮圧が追いついていないポコ!」
「くっ! かねてから地下で計画していた、ということか」
「このままで京都を奪い返されるポコ! あ、今、反乱グループのリーダーと思われる人物の画像が……ええっ!?」
スマホに送られてきた画像を見たタヌ子は思わず大声をあげた。
「どうした!?」
「ち、知事……これを」
タヌ子が震える手でスマホを兄川へと向ける。
画面には京都銘菓おたべや阿闍梨餅を手にした反乱軍と共に彼らを指揮する人物が映っていた。
「……まさか、この人が出て来るとはな」
その人物にさすがの兄川も驚きを禁じ得ない。
送られてきた画像は監視カメラのもので粗かったが、それでもはっきりと分かるリーゼント、知性と破天荒さを兼ね揃えた顔、静止画にも関わらず脳裏に刻み込まれたその卓越した話術が耳にリフレインする……。
「
そう、かつて日本芸能界のトップに君臨し、突如として引退した天下人・紳田島助その人であった!!
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