第10話:誰が為の戦い
ジグザグロック祭りで西山田俊雪が『もしも鎌倉を倒せたら』を披露した。
これすなわち法皇と呼ばれる西山田による『鎌倉討伐』の院宣である。
一度は大敗を喫し、心を折られてしまった滋賀県議員たちも西山田による『鎌倉を討て』との命に再び気力を取り戻したのは言うまでもない。
すぐさまに兵を再編し、準備を整えると、10月中旬に再び滋賀軍は鎌倉へと侵攻を開始。
第二次鎌倉攻防戦の幕が切って落とされたのであった。
「草津氏、銘菓うばがもちにて敵兵の切り崩しに成功!」
「マキノ軍劣勢! 至急応援に向かわれたし!」
「豊郷愛好軍なる者たちが援軍に駆けつけてくれましたぞ!」
「弾幕薄いぞ、何やってんの!」
前回は早々に総崩れとなったが、今度は違う。各地で一進一退の攻防戦を繰り広げている。
それは西山田の院宣、若手議員の奮闘なども大きかったが、なによりも前回と違うところは
「やはり我らには知事が必要、ということだな」
「ああ、さすがは兄川知事だ」
そう、兄川高鳴自らが総大将となって軍を率いていることである。
ただし、八つ橋や御好身と戦った時のように前線へ自ら出ることはない。後方から指揮を執るに留まっている。
しかし、そこはそれ、ロックミュージシャンでもある兄川高鳴には自ら武を振るわなくても、仲間を奮い立たせる歌の力があった!!
「それにしても知事の歌声は凄まじいものだな」
「ああ、噂には聞いていたがまるで自分たちも無限に力が湧いてくるようだ」
戦場に鳴り響く兄川の歌声が、
おかげで一騎当千の鎌倉軍に対し、滋賀軍はここまで同等の戦いを繰り広げられているのであった。
果たして滋賀は鎌倉を倒すことが出来るのか!?
鎌倉を破って東京に進出出来るのか!?
というか、西山田法皇の院宣に兄川の歌声バフまであるのに負けたら、もう滋賀県に打つ手はない。
頼む、勝ってくれ。勝ってニュー琵琶湖タワーを作ってくれ!
一週間後。
戦いの行方はまだ両軍の間で揺蕩っていた。
さすがに滋賀軍の消耗は激しい。連日の激戦に加えて、兵糧であるサラダパンも残りわずかになってきた。
一日も早く合戦を終わらせて、箱根の温泉でゆっくりしたい。兵士たちの間にもそんな気分が蔓延しつつある。
一方、鎌倉軍は余裕……かと思いきや実はそうでもない。
確かに滋賀勢と比べたら武将たちの疲労は軽いのだが、代わりに戦が長引くと困る事情が彼らにはある。
仕事だ。
人気芸能人である彼らは、もちろん仕事のスケジュールがびっしり埋まっている。
いつまでもこんな戦に付き合っている暇はない。
事実、マネージャーから「早く仕事に戻ってきてくれ」と連日催促されている。
芸能人の人気は移ろいやすく、メディアへの露出が減るとあっという間に忘れられてしまうのが世の常だ。そういう意味では長引く戦いに焦れているのはむしろ彼らの方であった。
早く終わりたい。でも負けるのは嫌だ。
お互いの意地と意地がぶつかり合い、我慢比べとなった戦場に、今日も今日とて兄川の疲れ知らずなパワフルボイスが鳴り響く。
(ああ、どうして知事はこうも元気なんだろう?)
(この一週間ずっと歌いまくっているのに――)
(兄川さんだってマネージャーから急かされているはずだ)
(なのになんでそんなに落ち着いて歌ってられるんだよ?)
両軍がそんな想いを抱きつつ、戦いは熾烈を極めていく……。
と、俄かに滋賀軍がざわめき始めた。
何事かと見守る鎌倉軍であったが、すぐにこちらも大きくどよめく。
ひとりの男が滋賀の軍勢をかき分けて前線へ姿を現したのだ。
背は決して高くないが鍛え上げられた肉体から放たれるオーラが、そしてなによりも聞く者を圧倒する声量が、その姿をとてつもなく巨大なものにしている。
言わずもがな、滋賀県知事・兄川高鳴である。
突如現れた敵の総大将に一瞬驚いた鎌倉武士たちであったが、次の瞬間には兄川へと殺到していた。
その様子はあたかも兄川の熱烈なファンのようである。
ただし手にするのはサイン色紙ではなくて鳩サブレ。抱くは恋心ではなく殺気。
この長い戦いに終止符を打つと同時に自分の名を天下に轟かせんとばかりに、若き鎌倉武者たちが兄川へと迫る。
ところが兄川にあと数歩というところで、彼らは皆まるで雷に打たれたかのように直立不動の姿勢で固まってしまった。
誰もが体験したことがあるだろう、超有名人や尊敬している人の前で突然口や身体がいうことを効かなくなった経験が。
あれは緊張のせいだと言うが、本当のところは違う。実際は超一流にもなると纏うオーラによって、周囲の人間の自由を奪うことが出来てしまうのだ。
今まさにそれと同じことが起きている。
固まった鎌倉武士を尻目に、歌いながら堂々と歩を進める兄川。
鎌倉の大軍がまるでモーセのエジプト脱出の如く、兄川を中心にして左右に割れていく。
そしてその先に待ち受けたるは――。
「…………」
無言のまま、しかし『今、決着の時』と書かれたマスクを口に装着した鎌倉の執権にして総大将・大栗準であった。
今、ここに両軍を束ねる者同士の視線が交わる。
兄川が走り出す。その右手には鮒寿司。
大栗も駆け出した。迎え撃つは大栗が信ずる鎌倉の山々で採れたキノコ。
大栗はマスクをしているが、歌いながら放つ兄川の『喰らえ! 国家統一イナズマ鮒寿司』はマスクはおろか鉄板すらも軽々ぶち抜くという。
一方、大栗のキノコも『ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲』と呼ばれるほど完成度が高いものであった。
即ちこの勝負、一瞬でも早く相手の口に得物を突っ込んだ方の勝ち――
「ええい、やめいやめい、お前ら!!」
が、そこへひとりの偉丈夫が割って入ってきた。
常人であれば指ひとつ動かせないほどの
しかし。
「やめろって言ってんだよっ!」
その偉丈夫は両手の掌を左右に突き出すと、突進してくるふたりをあっさり止めてしまった。
「……ご無沙汰しております、
突き出した鮒寿司を偉丈夫の掌に押しつぶされた兄川が、その名を呼ぶ。
砂糖剛一、言わずと知れた日本を代表する名俳優である。その実力は綺羅星如きの才能が集まる鎌倉武将の中でも抜きん出た存在で、皆から
が、前回も、そして今回の鎌倉侵攻においても砂糖は参戦していなかった。
その砂糖がどうして今、このタイミングで現れたのか。誰もが不思議に思っていると。
「ふん、部下にこの俺を引っ張り出させておいて、白々しいんだよ、兄川ァ!」
砂糖のその言葉に続いてひょっこり顔を出したのは、誰であろう、行方不明になっていた比古である。
多くのタレントを抱える鎌倉であるが、それ故に一枚岩ではない。特に御家人と呼ばれる有力タレントである砂糖剛一が鎌倉とは距離を取っているのは有名な話だ。
そこで砂糖が合戦に参加するかしないかを確認させ、もししないのであれば鎌倉攻略の手助けをしてくれるよう口説くように兄川は比古へ命じたのであった。
「大変だったぜ。ゴルフで俺に勝てたら言うことを聞いてやるなんて条件を出されたおかげで、この夏はひたすら千葉でゴルフ三昧よ」
「ご苦労だったな、比古兄やん」
難役を見事にこなした比古に笑顔でねぎらいの言葉をかける兄川。
それとは対照的にいまだこの展開に戸惑うばかりの鎌倉勢は、大栗の傍らに立つ
「どうもこうも、見たまんまよ」
「まさか滋賀側につくって言うんじゃないでしょうね?」
「それこそまさかだ」
「じゃあなんです、今さら滋賀と鎌倉が仲良く手を結べ、と? それは無理ってもんでしょう。仮に和平が成立したとしても、俺たちは滋賀をここから先に行かせる気などこれっぽっちもありませんぜ。それだとあちらさんは困るんじゃないんですか?」
「ああ。俺たちはどうしても東京に進出しなければならない」
「やはり。ならばさすがの砂糖さんと言えども聞けねぇ話ですな」
その言葉に鎌倉の誰も大きく首を縦に振る。
大栗は黙して語らないが、じっと兄川を見つめるその目が「こちらからは引く気はない」と雄弁に語っていた。
「無理、だと? だったら訊こうじゃねぇか、どうして無理なんだ?」
「そんなのは言わなくても砂糖さんだって分かっているでしょう? 俺たちは鎌倉殿・巨泉陽から受けた恩がある。ならば巨泉の野望に立ち塞がる今回の滋賀の行動を見過ごすことは出来ねぇ!」
「巨泉から受けた恩、ねぇ」
角砂糖が一瞬だがニヤリと口元を緩めた。
だがすぐに引き締め、逆に顰めた表情を作ると、鎌倉勢に問いかける。
「本当にそうか? 逆に俺なんかはあいつから酷い仕打ちを受けた気がしてなんねぇんだけどなぁ!?」
「な!?」
「あいつのために泥を被ってやったってのによ、なんか逆に処分されちまったような覚えがあるぞ。なぁ、みんなもよーく思い出せ、お前らもあいつのせいでえれぇめにあってたんじゃねぇのか?」
「馬鹿な! そんなわけが」
山本山が砂糖の言葉を笑い飛ばそうとした。しかし。
「あ、そう言えば俺もそんな気が……」
不意に鎌倉軍の片隅から挙手する者がひとり。
「なんか俺もあの人の為にすげぇ頑張ったのに、何故かめちゃくちゃ怒られたような……」
しかもあろうことか、この二度の戦で最大級の働きを見せ、義経の生まれ変わりとも呼ばれている
ざわめく鎌倉軍、そこへさらにもうひとり「なんか自分も些細な勘違いで怒りを買ったような……」と言い出す者が現れた。
蒲殿こと
「ほれみろ。みんなもよーく思い出してみろ」
砂糖が問いかけなくても、大物ふたりによってもたらされた動揺の波はもう止まらない。
鎌倉軍のあちらこちらで「そう言えばこんな無茶ぶりを……」「非道な仕打ちを……」「俺なんか言われた通りにしただけなのにクビになったぞ! なんでだー!?」と鎌倉殿・巨泉への不平不満が溢れ出てくる。
そしてついには「俺、二代目鎌倉殿なのに、大栗に酷い目にあわされた」「私は三代目鎌倉殿だが、大栗に色々邪魔された挙句に最後は見捨てられた」「羽林と仲良くしてただけなのに、大栗からめちゃくちゃ怒られた」と鎌倉軍総大将、執権・大栗準への不満までも次々と噴出してきた。
「くっ。こいつぁ拙いことになったぞ」
砂糖の発言によって揺れに揺れまくる鎌倉。もはや山本山では収まりがつきそうにない。
それどころかこれ以上話がこじれると、当の山本山本人も巨泉・大栗批判に走りかねない。
鎌倉での山本山はそういう男である。
「巨泉は確かに大した男よ。が、それ故に多くの人を望む、望まないにかかわらず巻き込んできた。中にはあいつのせいで人格そのものを変えられた奴だっているだろうよ。なぁ、
小四郎、それはここ鎌倉における大栗に与えられたあだ名である。今や大物俳優となり、鎌倉では執権の地位にまで登り詰めた大栗をこの名で呼ぶ者は数少ない。
しかし砂糖は敢えてその名で呼ぶことによって、大栗にかつて小四郎と周りから呼ばれていた日々のことを思い出させようとした。力を持つ遥か前、まだ純朴で、巨泉から変な影響を受けなかった頃の大栗本来の姿を……。
「…………」
「それとも銀さんと呼んでやった方がいいかい?」
あるいはそれよりもずっと昔、よろず屋でバカやっていた頃の姿を……。
「…………」
大栗は依然無言のまま、ただ静かにマスクを外した。
ここで大栗から和平の言葉があれば、長きに渡る合戦が終わる。
日々の生活に、仕事に戻ることが出来る。
「…………」
が、皆が期待するような言葉はなく、大栗が代わりのマスクを身に付け始めたことに滋賀軍のみならず、鎌倉軍からも失望するような溜息が漏れた。
いや、失望の度合いは今や鎌倉の方が大きいであろう。
つい先ほどまでは鎌倉殿・巨泉陽のために戦うという固い意志が、色々とあった過去のことを思い出して今や砂上の楼閣の如く頼りないものになっている。もう前のように戦うことは出来ないと誰もが気付いている。
それでもなお戦いを止めないという大栗の意志に、鎌倉軍の心は折れかかっていた。
だが。
「……そうだ、それが正解だ、大栗」
大栗が新たに身に付けたマスクの上に踊る文字を見て、砂糖は破顔した。
大栗だって薄々は気付いたのだろう。だから予めそんなことを書いたマスクを用意したのだ。
そう、マスクには大きく力強い文字で『全部巨泉のせい』と書かれていた。
そして。
「兄川さん、今度飲みにいきましょう!」
これまで無言だった大栗がついに言葉を発する。
それはこれまでのことは全部巨泉のせいにしてしまって水に流しましょうという意味であり。
「勿論、喜んで」
それを兄川が快諾するということは、この長く苦しかった戦いがついに終わりを迎えたという意味であり。
「はっ、今度なんて言わず今から行こうぜ。ここにいる全員で、温泉にでも入りながら親睦を深めようじゃねぇか!」
すなわち滋賀と鎌倉の歴史的合意がなされた瞬間ということであった!!
ちなみに。
滋賀と鎌倉が激しくやりあっていた頃、当の巨泉はどこで何をやっていたかと言うと。
「おいおいおいー、さすがにこれはあんまりなんじゃないの!?」
遥か異国の地でロケをやっていた。
さすがに今一番の売れっ子芸能人ということもあり、半年以上休む暇なく働き詰めだった巨泉。
だが、8月の下旬から二ヵ月ほど異国でのバカンスが用意されていた。
それを楽しみに一生懸命に働いた。それこそメールやLINEのメッセージなども見る暇もないほどに。
そしていざ休暇に入り、泥のように寝入った巨泉がようやく目覚めてみると、そこは見知らぬ天井、見知らぬ異国の地……。
そう、例によって何も知らされていない巨泉の海外旅行ロケの始まりであった。
「これはバカンスじゃなくて仕事って言うんだよ! しかもスマホの電波も入らないところなんて、オレ、聞いてないよ?」
「まぁまぁ巨泉さん、そう言わないで。あんたは今、重要な人生の岐路に立ってるんだ。ここで休まず仕事をして下町小僧を追い抜き、芸能界のトップに立つか。それとも休んでしまってただのチリチリ野郎になるかの瀬戸際なんだ」
「オレは芸能界のトップなんて狙ってないんだけど!?」
大学の演劇部から始まり、地元・北海道で人気者になって、東京進出も果たした。今や日本中でその顔を知らない者はいないと言われるぐらいの人気者だ。
しかし、誰よりもウケたい、愛されたいだけで、権力というものにはあまり興味がない。
やろうと思えば北海道知事ぐらいすぐに
だからぶっちゃけた話、滋賀が東京に進出しようが巨泉にとってはどうでもよかった。
鎌倉を通りたい? ええ、どうぞどうぞ、である。
が、いかんせん、日本にいた頃の巨泉は多忙すぎてスマホも十分に見れなかった。
そして今、この異国の地では電波すら入らない。
かくして兄川も大栗も巨泉に連絡が取れず、無駄な合戦に至ったのであった。
「ああー、早く日本に帰りてぇ」
異国の空に巨泉の嘆きがこだまする。
一方、遠き日本では滋賀と鎌倉が歓声を上げていたのだが、勿論巨泉が知る由もない。
例によって何も知らされていないまま忖度されて合戦が起き、何も知らないまま全部自分のせいにされる巨泉陽なのであった。
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