第9話:ヘッドライナー

 滋賀県の歴史的な大敗は、さすがに全国でも大きく報じられた。

 が、その内容はもっぱら鎌倉側に関するもので、しかも芸能枠で取り扱われたものだから合戦というよりも大作映画の撮影に関するトピックスだと世間、特に関東圏には受け止められた。


 繰り返すが関東の人にとって、滋賀県とは琵琶湖以外何の情報もないのである。

 ぶっちゃけどこにあるのかもよく分からないド田舎の県なのである。

 それがいきなり鎌倉に攻めてきたと言われても、とても信じられなかったのである。

 

 もっとも関西では違った。

 それまで快進撃を続けてきた滋賀県がかくも無様に敗れたのだ。


 大阪のテレビ局では「やっぱり兄川君は調子に乗りすぎたと思うのよねぇ」とご意見番の女性タレントが語り、「滋賀なんかが鎌倉に攻め込むとかアホちゃうん? 知らんけど」と街頭インタビューでは大阪のおっちゃんが快活に笑った。

 京都のテレビに至っては「わざわざ鎌倉に行きながら大仏さんも見ずに帰るとは滋賀県さんのやることはよう分かりまへんなぁ」と相変わらず嫌味なコメントを連発した。

 

 そして滋賀県では……。

 

「見てください、本番に向けてステージがここ草津市の烏丸半島芝生広場に急ピッチで作られています。今年もついにジグザグロック祭りの季節がやってきましたー!」


 敗戦のことには一切触れることなく、兄川が主催するジグザグロック祭りのトピックスばかり流しているのであった。


 現実逃避と思われるかもしれないが、そうではない。

 何故なら夏も終わるこの時期、滋賀県民たちの注目は全てこの祭りに注がれるからだ。


 そう、ジグザグロック祭りは兄川が滋賀県知事に就任するずっと前から自ら開催してきた音楽祭りであり、もはや滋賀の夏の終わりを告げる風物詩!

 なんせその経済効果たるや県予算を軽く凌駕するほどであるから、県民たちが鎌倉にまつわるドタバタよりも祭りの情報を知りたいと願うのはごく当たり前なのであった。

 

「今日は特別に主催者である滋賀県知事・兄川高鳴さんに来てもらっていますー」

「どうもー。兄川高鳴です」

「ついに今年も始まりますね!」

「はい! 今年もパワフルな演奏者たちが集まってくれました! 例年以上に盛り上がると思いますよ!」

「おおっ、それはすごいですねー!」

「しかも今年は最終日のヘッドライナーに凄い人が来てくれることになっています! 期待していてください」

「ええっ、気になります。どなたなんですか?」

「それはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁなんとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……当日までの秘密です!」


 伸ばして伸ばして十分に伸ばしきってからのお約束に、レポーターの女性がずっこけた。

 滋賀県と言えども関西なのだ、この手のしきたりはしっかりと守るお国柄である。


 とにもかくにも歴史的大敗を喫した後にも関わらず、兄川は今年も盛り上げると張り切っている。


 しかし皆が皆、兄川のようとはいかない。

 中には「祭りなんかやっている場合か」と不満を抱えている者たちも当然ながらいた。

 

「そもそも滋賀の未来を賭けた大一番に、どうして知事自ら出向かれなかったのだ!?」

「知事が出陣してくれていれば、あんな負け戦にはならなかったはずだ!」

「知事であれば鎌倉の十三神将と呼ばれる連中にも引けを取らぬであろうに」


 先の鎌倉攻めにも参加した若き県議会議員たちである。

 まだ無理が効く年齢故に合戦だろうが祭りだろうが、どんな些細なことにも駆り出される。それは構わない。むしろ名前を広げるチャンスと受け止めよう。

 

 だがしかし、滋賀県の東京進出という一大事業が頓挫しかけている今、呑気に祭りの準備とは一体どういうことか!

 

 彼らはまだ諦めていなかった。鎌倉のあまりの強さにベテラン議員たちは心が折られたようだが、彼らは兄川高鳴さえ出陣してくれればまだチャンスはあると信じてやまなかった。

 であるから祭りの大切さは分かるものの今はそれ以上にやるべきことがあるだろうと、忙しければ忙しいほどその悔しさや焦りが積もっていく。

 愚痴のひとつやふたつ出てきて当たり前であった。


「ったくもー、神聖なお祭りの準備中に一体何をぐちぐち言ってるポコかー」


 そんな彼らを一喝する者がいた。

 

「紫香楽さん!」


 いつの間にいたのか。組み上げられたステージの袖に積まれた機材を背に、タヌ子が立っていた。

 主催者であると同時に出演者でもある多忙な兄川に代わり、準備はタヌ子が取り仕切っているのだ。

  

「つまんない文句を言っている暇があったら少しでも手を動かしてほしいポコ。まだまだやるべきことが山積みポコよ」

「それは分かっています! ですが……」

「紫香楽さん、この際だからお聞かせ願いたい! 貴方は先の大戦のことをどうお考えですか!?」

「どうってどういう意味ポコ?」

「貴方だって兄川知事も出陣すべきだったとお考えなのではありませんか!?」


 何期も当選しているベテラン議員ならばいざ知らず、たかだか1~2期務めただけの若手による知事批判、しかも相手は知事の秘書である。下手したら議員生命を絶たれかねない。

 それは若手議員とて分かっている。一瞬しまったと表情を歪ませたものの、言ってしまった以上は仕方がない。覚悟を決めて、タヌ子の顔を見つめた。

 

「知事が出陣してたら勝てたのにってポコ? お子様ポコね」

「なっ!? 紫香楽さんと言えどその言葉は聞き捨てなりませんぞ!」

「お子様をお子様と言って何が悪いポコ? いいポコか、誰かがいなかったから勝てなかったなんて後から文句を言うのは、自分に力がないことを認められないお子様の言い分だポコ。だってそうポコ、誰かがいなくても自分に力があればいいだけの話なんだからポコ!」

「ぐっ。そ、それは……」

「皆さんは知事がどうしてキャッチコピーを『高鳴 メイクス レボリューションTMR』から『革命は進化へTMR-e』に変えたのか分かってないポコね」

「どういう意味ですか?」

「確かに知事はこの滋賀に革命を起こしたポコ。だけど知事だけの力で革命を進化させられると思うポコ? 無理ポコ。いくら知事が凄くてもひとりだけでは出来るわけないポコ。だからここからは皆さんが、皆さんの力がなければ革命は先に進まないポコよ。皆さんの進化なくして滋賀の明日はないポコ! それゆえのTMR-eポコ!!」

「おおっ!」

「知事がいたら鎌倉に勝てた、じゃないポコ! 皆さんが上坂口剣太郎を、中川田太子を、中菅田正樹を倒せばいいポコ! 皆さんの手で鎌倉を倒せばいいだけのポコよっ!!」

「おおおおおおおおーっ!!!」

「さぁ、分かったら手を動かすポコ! 皆さんがやるべきことは合戦だけじゃないポコ。祭りでも皆さんは出来るんだってところを見せてやるポコ!」


 タヌ子の檄にそれまで不平たらたらだった若手議員たちが目の色を変えてきびきび働き始めた。

 さすがは兄川高鳴の秘書である。この手のアジテーションもお手の物だ。

 そんな彼女を評して後の歴史家たちは言う。

 

 紫香楽タヌ子はただのタヌキではない、実に有能なタヌキである、と。

  

「だからタヌキじゃなくて、タヌ子だポコ!」


 思わずいつもの調子でツッコミを入れてしまったタヌ子。

 が、いつもなら傍にいる、自分のことをタヌキ呼ばわりしてくる食えない男はどこにもその姿が見えなかった。

 

「……比古さん、一体どこでなにをやっているポコか?」


 鎌倉での一戦からもう10日以上が経っている。 

 しかしいまだ比古の行方は不明のままだった。

 

 

 

 かくして鎌倉への大敗という爪痕を抱えたまま開催を迎えたジグザグロック祭りは、しかし最高に熱い三日間となった。


 琵琶湖の湖畔に設置されたた三つのステージには選りすぐりの出演者たちが次々と登場。

 その顔ぶれたるや豪華絢爛なうえにバラエティに富んでおり、片やハラキリフジヤマ同好会が演ずる一方、別のステージではアイドルスターPartMがパフォーマンスを披露するなんてのはこのジグザグロックならではである。


 また演奏の合間には先のいくさでは活躍出来なかった滋賀のお笑い芸人たちが芸を披露し、観客の笑いを取って大いに祭りを盛り上げた。

 

 もちろんフード類も充実している。

 有名な近江牛はもちろんのこと、兄川高鳴の必殺技に使われる鮒寿司、滋賀武将の兵糧として名高いサラダパン、他にも伊吹そば、近江ちゃんぽん、小鮎の山椒煮、赤こんにゃくなどなど。もちろん普通の焼きそばやホットドッグなど定番系も取りそろえ、アルコールもここ数年は新型コロナウィルスの影響で提供されていなかったが、今年からはオールオッケーとなった。

 

 食べて、飲んで、騒いで、笑って、拳を突き上げて。

 今年もジグザグロック祭り、絶好調である!!

 

「みんな、最高の三日間を、最高のジグザグを、最高の胸の高鳴をありがとうォォォォォォォォォ!!」


 最終三日目。祭りを締めくくる最後の曲を披露し終えた兄川がステージで吠えた。

 特撮ヒーローもののようなボディスーツを着込んだその肉体からは、晩夏であるにもかかわらずオーラのような湯気が立ち籠り、前髪からは汗が滴り落ちる。

 至上のパフォーマンスに、祭りの総責任者としての激務もあって、疲労は極限にまで達しているはずだ。しかしそんな様子は全く見せず、表情は恍惚とした微笑を浮かべている。

 

「こうして祭りを開催できたのも、ここに来てくれた皆さんのおかげです! その皆さんに最後にもうひとつ、贈り物をさせてください!」


 いつもなら三日目のトリを務めるのは主催者の兄川自身である。

 が、先の情報番組で今年はスペシャルベストのヘッドライナーを呼び寄せていると情報公開されていた。

 一体誰が来るのか? 憶測は憶測を呼び、やれ海外のトップアーティストだ、今話題のあの人に違いない、もしかしたら歌手じゃないのかもしれないと様々な有名人の名がネットを賑やかした。

 

 正直なところ、ここまで大事になってしまってはどんな大物が来ても期待外れに終わるのではないか、そんな不安が観客に無いと言えば嘘になる。

 だが兄川はそんな不安を払拭するように力強い声で「みなさん、あちらをご覧ください!」と、誰もが想像だにしない方向を指差した。


 琵琶湖である。


 日も暮れて、対岸の街灯りにぼんやりと照らされながら、静かに寄せては返す波の音だけが聞こえてくる滋賀県民の母なるうみ。その景色もウリであるジグザグロック祭りでは、琵琶湖側にはステージはおろか照明、出店などもない。

 一体、琵琶湖を見せてどうするのかと思っていると……。

 

「おおーっ!」


 突然、琵琶湖にいくつものスポットライトが照らされるやいなや、地響きをあげて水中から巨大なステージがその姿を現した。

 過去はおろか今回の三日間でも使われていない、まさに今回のヘッドライナーの為だけに用意された特別ステージである。

 

 そしてその中央には桔梗色の法衣にふくよかなる身を包み、ふっくらとした顔に穏やかな笑顔を浮かべて立つ人物……ああ、まさか! まさかこの人が来てくれるとはッ!!

 

「紹介させてください、西山田俊雪にしやまだ・としゆきさんです!!」


 なんと、日本を代表する大名優・西山田俊雪である。

 俳優、歌手として様々な活動をし、受賞数は数知れず。大河ドラマへの出演作品数は14作にものぼり、そのうち主演4回は最多。誰もが知っていて、誰もが敬愛してやまない、まさに大御所中の大御所!


 世間は彼のことを西山田法皇と呼ぶ!!

 

「ジグザグロック祭りへの出演、本当にありがとうございます、西山田さん!」

「さんきゅー。こちらこそありがとうね、兄川君」

「いえいえ、とんでもない! ところで今日は名曲『もしも当たりを引けたなら』の新バージョンを披露していただけるとのことですが」

「ああ、そうね。ちょっと思うところがあってね」

「では、早速お願いします! それでは皆さん、西山田俊雪さんで『もしも当たりを引けたら』のジグザグロック祭りバージョン『もしも鎌倉を倒せたら』です!!」


 切ないピアノの演奏へ寄り添うように西山田の人情味たっぷりの歌声が会場に、琵琶湖に、滋賀県に響き渡る。

 

 

 〽もしも鎌倉を倒せたら。

 滋賀のすべてを詰め込んで。

 みんなに伝えることだろう。

 

 

 音楽は常に人の心とともにあった。

 時に人を奮い立たせ、傷心を癒やし、郷愁を呼び起こす。

 

 

 〽輝く湖面の輝きや。

 温かい心の触れ合いや。

 忘れられない想い出や。

 

 

 そして音楽は十人十色な人々をひとつにする力すら持っている。

 

 

 〽だけど僕には力がない。

 鎌倉を説き伏せるすべもない。

 頼みはいつでも君らだけ。

 頑張れの言葉が贈られる。

 嗚呼、嗚呼ー。

 贈られる……

 

 

 黙って西山田の歌声に耳を傾ける観衆たち、その中には県外からの参加者も数多くいる。鎌倉からやって来た者だっているだろう。

 が、そんなのは関係ない。滋賀県民であろうとなかろうと、鎌倉の住民であろうと、歌の前では皆等しくひとりの人間であり、そのメッセージは聞く者の魂に火を付けた。 

  

 そうだ、鎌倉を倒そう!

 鎌倉を倒して、滋賀のすべてを楽しめるテーマパークを東京の人々に届けるのだ!!

 

「西山田さん、そして会場の皆さん、ひとつ約束させてください!」


 間奏に入るやいなや、兄川が力強い声で呼びかけた。

 

「もう一度! もう一度滋賀県は鎌倉に挑みます! そして今度こそ勝ってみせます!!」


 地鳴りのような歓声が響き渡り、祭りのボルテージは最高潮に達する。

 西山田は「うんうん」と嬉しそうに頷くのであった。 

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