第8話:いざ鎌倉!

 東京に滋賀県のテーマパーク、その名も『ニューびわ湖タワー』を作るという兄川の構想は、滋賀県議員たちから熱狂的に受け入れられた。 

 

「やってやりましょうぞ!」

「東京もんも楽しさいっぱいなテーマパークに思わず夢中になるでしょうなぁ」

「しかし、びわ湖タワーの名を語るならば、以前あったの観覧車『イーゴス108』をいかがしたことか」

「確かあれは今、ベトナムに売り払われたと聞いておる。買い戻すか?」

「いや待て。それならばいっそのこと、新たに建設するというのはどうか? しかも今度は世界最大級なんてケチなことを言わず、正真正銘世界最大の観覧車を作るのだ!」


 その提案に一段と大きな歓声が沸き、続いてアレも作りたい、これも再現したいと兄川を無視して勝手に議論が続いていく。

 ある程度の年齢以上の滋賀県民なら誰もが愛してやまない、それがびわ湖タワーであった。

 

 

 

 それから一気に月日が流れて同年6月。

 滋賀県の快進撃は表面上落ち着いたかのように見えたが、水面下では『ニューびわ湖タワー』建設に向けて積極的に動いていた。


 しかもいつもならば兄川が先頭に立ってあれやこれやと指示を飛ばすのだが、今回は各議員たちが言われることもなく動く。

 自らの夢に向かって驀進する力ほど強いものはない。おかげで土地の確保やら建設費の捻出やらと難しい問題までもがすいすいと進んでいく。

 気が付けば構想の発表から半年余りで、建設へ着手出来る直前まで準備が整ってしまっていた。

 

「知事、後は例の問題だけでございまする」

「先方の返事はなんと?」


 議員たちに急かされて兄川はパソコンのメーラーを立ち上げる。続いて自分のスマホも操作して目を通した。

 

「……相変わらずだ、返事がない」


 ニューびわ湖タワー建設計画の発案当初から、幾度にも渡って神奈川県鎌倉市へ会談を希望する旨の電子書状メールを送っている。

 また芸能界の友人たちから、巨泉陽と大栗準のLINEアドレスも入手。こちらはフランクに「ご無沙汰してます。良かったら今度一緒にご飯でも食べに行きませんか?」と送ってみた。

 

 が、今の今までどれも返信がなく、いくら送っても無視し続けられていたのだった。

 

「くっ! 無礼なり、巨泉陽、並びに大栗準!」

「これは完全にうちらへ喧嘩を売っておりますぞ、知事!」

「知事、かくなる上は鎌倉と一戦交えるのもやむなしかと!」

「鎌倉に潜ませていたお笑い芸人・鷹岸たかきしからも『なせばなる!』との報告があがっております。知事、ご決断を!」


 兄川へ押し寄せる議員たち。

 その様子を傍で見つめながら、タヌ子は京都が上京パレードを行った時のことを思い出していた。

 あの時も議員たちは大津トンネルで京都府知事・八つ橋旨麻呂を迎え撃つよう兄川へと迫った。

 が、結果は知っての通り、兄川は議員たちの要望を跳ね除け、然るべき時を待った。

 

 きっと今回も同じに違いない。

 議員たちのはやる気持ちも分かるが、力押しでなんとかなるような相手ではない以上、ここはじっくりとチャンスを伺うべきだろう。

 無視されているのは悔しいけれど、そのうちきっと状況が好転して――。

 

「わかった。出陣しよう」

「知事!?」


 議員たちが「おおっ!」と歓喜の声を上げる中、タヌ子だけが素っ頓狂な声をあげた。

 

「な、なんで!? さすがに今回は勝ち目が」

「ただし俺は秋のジグザグロック祭りの準備で忙しい。総大将は大津、お前に任せる」

「はっ! お任せを! 必ずや我らの琵琶湖魂で鎌倉を落としてみせましょうぞ!」


 兄川に総大将を任じられた大津氏の掛け声に、皆も「おうっ!」と威勢よく応えた。


「かくなる上は急いで戦の支度をしなくては」

「至急名産品を用意させよう」

「兵糧のサラダパンも忘れずにな」


 戸惑うタヌ子をよそに、議員たちがあれやこれやと素早く打ち合わせをして意気揚々に天守閣を後にする。

 残ったのは兄川とタヌ子、そして兄川の頼れる懐刀・比古の三人。

 

「ところでタヌキ、お前一体何年高鳴の秘書をやってたっけ?」


 比古が壁に背を預けながら、タヌ子をタヌキ呼ばわりしながらからかうような目つきで見やった


「何度言ったら気が済むポコ! タヌキじゃなくてタヌ子だポコ! てか、三年と少しですポコ?」


 いきなりの質問にタヌ子が「こんな時に何の話ポコ?」と眉を顰める。


「だったら高鳴こいつの考えぐらい分かれよ」

「考えって鎌倉を攻略するのに何かいいアイデアがあるって事ポコ?」

「たわけ。それが無ぇから出兵させるんじゃねぇか」


 怒られた上に意味分からない返答をされて、ただでさえ困惑していたタヌ子は頭の上にひよこが飛ぶぐらい混乱したぴよった


「それってとりあえず出たとこ勝負でやってみるって意味ポコ?」

「ああ、そうだ」

「そんな! ただでさえ勝ち目が薄いのに、攻略の糸口すらないのに戦うなんて絶対に負けるポコ! そんなの何の意味もないポコ!」

「絶対に負けるとはひでぇ言い様だな。せっかくみんなやる気になってるんだ。もしかしたらもしかするかもしんねぇぞ」


 確かに実力差はいかんともしがたい。しかし士気の高さで下馬評が覆されたことは歴史上で何度でもある。

 

「じゃあ勝てるかもしれないポコか?」

「まぁ無理だろうな」

「からかっているポコか!?」


 勝てないと言ったらそうでもないと言われるし、勝てるのかと訊いたら無理と答えられる。どないせいっちゅーねん。


「……比古兄やん」


 怒ったタヌ子が比古をぽんぽこ叩いて、いつものじゃれ合いが始まろうとしたその時、それまで黙ってふたりのやりとりを見ていた兄川が口を開いた。

 

「なんだ、高鳴?」

「この度の戦、お前に軍目付いくさめつけをしてもらいたい」

「ほう、軍目付か」


 軍目付とは戦場で兵士たちが指示にはない勝手な行動に出ないかどうかを見張ったり、合戦後の論功行賞の為にその働きぶりを確認する役職である。

 兄川の懐刀である比古には相応しい。とは言え八つ橋旨麻呂との戦いでは京都攻略を任された実力を持つ比古だ。合戦に参加しない軍目付では本人も物足りないのではないだろうか。

 

「いいだろう。承知した」


 だが比古はあっさり了承すると、にやりと口元を引き上げて「だが見るだけでいいのか?」と兄川の顔を覗き込んだ。

 

「ふっ。さすがは比古兄やん、全てお見通しか」

「まぁな。伊達に長く付き合っちゃいねぇ」

「ならばその後のことも頼んでいいか?」

「心得た。任せておけ」


 兄川の熱い視線に、比古も「ふっ」と微笑を浮かべて応える。

 分かりあえているふたりとは対照的に、いまだ全く分かりあえないタヌ子は「そんな勝てもしない戦に貴重な予算を使っていいポコか?」と頭を痛めていた。

 

 


 かくしてお盆が過ぎた8月下旬、ついに滋賀は鎌倉への進撃を開始した。

 県議員選挙10期連続当選の大津氏を総大将に、滋賀の大軍勢が鎌倉に迫る。


 対する鎌倉も数では滋賀に劣るものの、総大将・大栗準の元に綺羅星の如く才能溢れる武将たちが集結し、箱根にてこれを迎え撃った。


 滋賀の運命を賭けたこの大戦、果たして結果はいかに!?

 と言いたいところだが……。

 

「鷹岸の奴め、なにが『なせばなる!』じゃああああああああああ!!」


 口いっぱいに鎌倉銘菓・鳩サブレーを突っ込まれて気絶した仲間を背負いながら、大津は吠えた。


 箱根の山中である。

 芦ノ湖を越え、ひたすら西へ向かって道なき道を敗走する。鬱蒼と生い茂った草木が行く手を阻むが、同時に追っ手から身を隠してくれてもいるので悪くは言えない。

 が、アブ、お前はダメだ。刺されまくってさっきから身体中痒いやら痛いやらで仕方ない。あと暑い。残暑って呼ばれる暑さじゃねーよ、コンチクショー。


「そもそもあいつは昔からなんでも『なせばなる』しか言わん!」

「なんでそんな奴を密偵にした!?」

「他におらんかったからじゃ!」

「ええい、滋賀にはまともなタレントはおらぬのかぁぁぁぁぁ!!」

 

 数では圧倒していた。

 が、勝敗を決めたのは武将の質だった。


 今回の鎌倉遠征にあたって滋賀軍も様々なタレントを従軍させた。

 奇想天外な所から顔を出す神出鬼没の男・比世古里班ひょっこりはん、ありとあらゆる攻撃を華麗に受け流す雰囲気喝山ふんいきかつやま、他にも大安だいあん野獣爆発やじゅうばくはつ、そして三の付く日と三の倍数の日は馬鹿になるので使えない世界鍋熱せかいなべあつなど、一癖も二癖もある連中が集まった。

 

 しかし対する鎌倉は総大将・大栗準を筆頭に、上坂口剣太郎かみさかぐち・けんたろう山本山高次やまもとやま・こうじ瀬戸内工事せとうち・こうじ金子持大治かねこもち・だいち渋柿澤優斗しぶかきざわ・ゆうと中村屋始動なかむらや・しどう中川田太子なかかわた・たいしなど一騎当千の強者どもがこれに応戦。


 その実力差たるや歴然としたもので、鎌倉の志士たちは次々と滋賀の軍勢を蹴散らしていく。

 そして気が付けば開戦したその日のうちに滋賀軍は敗走を余儀なくされてしまっていたのだった。

 

「鎌倉は恐ろしいところじゃ。あんな強者どもがうじゃうじゃおるとはのぉ」

「中村屋始動らも凄まじかったが、驚いたのが巨泉陽の弟分と言われている中菅田正樹なかすだ・まさきよ。なんじゃアレは、武神の生まれ変わりか!?」

「結局、大栗準の顔すら見ることかなわなんだのぉ」


 名のある武将をひとりぐらい召し取りたかったと忸怩たる思いに暮れる滋賀県議員たち。

 ああ、鎌倉さえ超えることが出来れば東京に滋賀のテーマパークを作れるのに! ニューびわ湖タワーを建設し、「ニューびわ湖タワーへ行こう!」と大々的にCMを打てるのに!

 

 しかし、かくも鎌倉が強者揃いとなれば、それもまた夢まぼろし。琵琶湖の泡へとなり果てた……。

 

「ん? そう言えば比古の姿が見えぬな?」

「まさかあ奴、鎌倉武者に召し取られてどこぞで食い倒れておるのか?」

「いや、此度の戦は軍目付だったはず。前線で戦っておらぬのにそれはおかしいであろう」

「では一体どこへ行ったのだ?」


 まさか寝返ったわけでもあるまい。

 となれば「これは勝てぬ」と早々に逃げ出したか。


 たかが議員一期目の若造のくせして知事の覚えがめでたいおかげで軍目付とは鼻についていたところである。

 それが軍目付のくせしていの一番に逃げ出したとなれば、曲がりなりにも敵と一戦交えた自分たちはそれなりに面目が立つというもの。

 

 うむ、そうだ、奴は真っ先に逃げ出したのだ、そうに違いない、そうしよう。

 

 誰も口にはしなかったが、敗走する議員たちは皆そう結論付けてわずかながらの慰みとするのであった。

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