第5話:革命を叫ぶ

 三月。

 公布された大阪府知事選挙戦に、二人組のお笑い芸人・下町小僧が出馬したのは大きな話題となった。

 しかも公約が「大阪を尼崎に!」である。大阪の街が騒然としたのは言うまでもない。

 

 この大胆な公約に、三度の飯よりお笑いが大好きな大阪府民らしく「面白おもろいやん!」と好意的に捉える者もいれば、さすがにこれはやりすぎやと眉を顰める者もいて、大阪は真っ二つとなった。

 

 かくして大阪府知事戦は、下町小僧と現職知事・御好身蛸焼おこのみ・たこやきによる一騎打ちが繰り広げられることになったのである。

 

 4月。

 選挙期間になると、まず下町小僧の「ブッコミ隊」が中島川を渡って大阪へ侵攻を開始。

 同じくして京都は大山崎に待機していた滋賀県の軍団が、下町小僧支持の表明と共に高槻へと進軍した。


 この北と東からの二局同時攻撃に当初は対応が遅れた御好身軍であるが、大阪知事を二期続けた地力は確かなもので幾重にも防衛線を敷き、なんとしてでも本拠地・大阪城には近づけさせない構えを見せる。

 

 結局、ブッコミ隊は大阪梅田で、滋賀軍は花博記念公園鶴見緑地で一進一退を繰り広げることになった。

 

 

 

「いやー、もうホンマかなわんわー」


 大阪城の天守閣にて御好身が嘆息する。

 大阪知事の大役を二期とも無難に勤めあげ、三期目もまず確実と思われていた。

 しかし、そこへ突如として下町小僧が名乗りをあげてきた。

 大阪と言えばかつてお笑い芸人の横槍コックが知事になったことがあるぐらい、「面白おもろいこと」が評価される土地柄である。しかも天下の下町小僧が相手となれば、本来なら御好身は白旗をあげるしかなかったであろう。

 

 が、大阪を尼崎にするという、面白いにもほどがある度を越した公約で御好身にも勝ち目が出てきた。

 いわゆる師匠マスタークラスと呼ばれる芸歴うん十年の芸人たちがこの公約に眉を顰め、御好身側に付いてくれたのである。


「そない言うから出馬したのに、一体いつになったら応援に来てくれるんや?」

「みなさんいいお歳なんで、身体がいうことをきいてくれないそうなんです。やれぎっくり腰だ、やれ眼鏡が見当たらないだ、やれ背中が痒いだのでなかなか」

「そんなアホなことあるかい! そんな言ったらワシ、往生しまっせー」


 苦境ではある。が、それでもギャグのひとつでもかましてみせるのが関西人の性だ。

 

「ですが戦況も落ち着いてきましたし、ここで食い止めていればやがては流れがこちらに来るかと」

「そやな。いくら下町小僧に鍛えられたと言えども本場大阪のお笑いは止められへんわ」


 梅田でブッコミ隊と対するは、明日の関西お笑い界を担う若手お笑い芸人たちである。

 彼らの戦いはボケとツッコミによるツーマンセル体制だ。

 まずボケ役がボケる。それに対してツッコミを入れるわけだが、ツッコミは相方ではなく、敵のボケ役に炸裂させる。

 その攻撃ツッコミでボケ役が倒れれば、そのコンビは解散リタイアだ。

 

 ブッコミ隊は日頃の訓練の成果でボケの耐久力、ツッコミの攻撃力ともに高い。

 しかし相対する若手大阪芸人たちもそこはさすがお笑いの本場で鍛えられているだけのことはある。ブッコミ隊ほどの耐久力、攻撃力はないが、代わりに凄まじいボケの回転力であったり、ダブルボケ・ダブルツッコミであったり、異様なイジラレ耐性であったりして決して引けはとっていない。

 

 おかげで彼らが激突する梅田は今や笑いの坩堝であった。

 

「それに京都を落とした滋賀が攻めてくるのを想定して、あからじめ岸和田の連中に声をかけておいたのもナイス判断でした」

「そやろ? だんぢり饅頭の量産も進めておいたよかったわー」


 一方、花博記念公園鶴見緑地での戦いは、先の兄川VS八つ橋戦のような名物対決である。

 数千を超える武将たちが一斉にとびかかり、相手の口へそれぞれの名物を押し込み合うのはまさに壮絶のひとこと。


 だが、それでも自分たちで出したゴミはちゃんと自分たちで処理をする。それが戦場でのたしなみだ。

 

「にしてもいつまでもこんな状況では生きた心地がせんなァ。ワイも早く落ち着いて花見をしたいもんやわァ」


 眼下を望むとそこは大阪城公園の桜並木。満開の桜を肴に、大勢の人たちが花見を楽しんでいる。

 下手をすればここもそのうち戦場になるというのにアホとちゃうかと思われるかもしれないが、実際アホ(注:褒め言葉です)だから仕方がない。なんだったら酔った勢いでどさくさ紛れに参戦するのもアリかもと思ってしまう土地柄なのである。

 

「私も出来ることならばライブに行きたかったですな」

「ライブ?」

「ええ、そこの大阪城ホールで有名声優がライブをやっているのですよ」


 もし下町小僧が出馬しなければ他に候補者もおらず、御好身の三選が決まっていたはずだ。それならば心置きなくライブに行けたのにと思うと悔しくてたまらない。

 仕方ないからライブの円盤は必ず買おうと心に誓う選挙参謀であった。

 

「知事! 朗報でっせー!」


 と、そこへひとりの男が息せき切って天守閣へ登ってきた。

 

「なんや? どうしたんや?」

「目玉の先生が応援演説に来てくれはるそうですわー!」

「ホンマかっ!?」

「ホンマですわ! 小さなことからコツコツとやってこられた御好身知事を応援したいと言っておられます―」


 おおっという歓声と共に安堵の声が誰からともなく漏れ聞こえてくる。

 目玉の先生と言えば大阪お笑い芸人の中でもトップ中のトップ。その応援演説を受けられるとなれば、戦局はこれで一気に変わる。


「勝った!」

「勝ちましたな!」

「阪神優勝ですわ!」


 まさに「負ける気がしない負ける気せぇへん」とはこのことであった。

 

 

 

 一方。

 

「なるほど、目玉の先生か。これはまた大物が出てきたな」


 目玉の先生による応援演説の報は、すぐに兄川の耳にも入った。

 

「この膠着した状況で応援演説などされた日には、あのふたりと言えども危ないな」


 たかが応援演説、されど応援演説。拮抗している状況の中では、もはや候補者その者ではなく誰が支持しているかで勝敗が決まり得ることを兄川は知っている。

 たとえば目玉の先生と言えば、誠実さが売りのお笑い芸人である。その人が応援するのだから御好身さんも信じられるに違いない、となるわけだ。

 

 もっとも当の御好身本人は知事を二期続けているにも関わらず、公約で掲げた大きな約束は一切進めていないという、誠実さからは程遠いありがちな日本の政治家である。

 しかしそこはそれ、「一期目は種を蒔き、二期目で水を与えて、次の三期目で大きく花開くんです」なんてことを言えば「なるほど、そういうもんか」と世間はころっと騙されるのであった。

 

「選挙とは総力戦。使えるものはなんでも使って、とにかく勝てばいい。さすがは御好身、政治家としての肝はしっかり押さえてやがる」


 伊達に天下の台所・大阪の知事を二期務めてはいない。御好身蛸焼、存外にやり手である。

 

「知事、そろそろ時間ポコよ?」


 もっともそれは兄川とて変わらない。自分の選挙ではないが、下町小僧を焚きつけた以上、何が何でも勝ちに行く。

 

「了解だ。ちょっと暴れてくる」

「ご武運をポコ」


 かつてなら目玉の先生を味方に引き入れた時点で御好身の勝ちであっただろう。

 が、今は令和、波乱の戦国時代。選挙いくさの作法は劇的に変わった!

 

「御好身、今の時代の選挙がどんなものか教えてやるよ!」


 兄川は身を翻すと、いざ戦場へと

 

 

 

「ん? なにやら下が騒がしいやないか?」


 舞台は再び大阪城天守閣。

 目玉の先生の応援演説を受けれるとあって勝利を確信した御好身陣営は、早くも三選祝賀のたこ焼きパーティタコパを開いていた。

 

「知事、申し上げます。近くの大阪城ホールでライブを開催していた声優が知事の応援の為に一曲披露したく、ホールから観客を引き連れてこちらへ向かっているとのこと」

「なるほど、そやったんか!」


 外を覗き込むと、確かに花見で埋め尽くす人波の中でもひときわ大きな群衆が、興奮と熱狂を引き連れてこちらへとやってくるのが見える。

 

「ええやん、ええやん。ここはひとつ六甲おろしでも歌ってもらおうやないか」

「知事、それはさすがに。数々のヒット曲を誇る彼女に失礼でございますぞ」

「ほう、声優って言っとたけどそんなに有名な人なんかい」

「そりゃあもう。ナーナ様と言えばその界隈では知らぬ者はおらぬほどの有名人。ああ、まさかその生歌をここで聞くことが出来るとは!」


 御好身を窘めつつ、歓喜する参謀。その耳に歌姫・湖樹ナーナみずうき・なーなの代表曲のひとつのイントロが聞こえてくる。

 

「なっ! この曲は!?」


 途端に参謀の顔が急に青ざめた。

 

「ん? どないしたん? って、なんや、この子以外の声も聞こえるで!?」


 短いイントロの後に聞こえてきた湖樹ナーナの力強くも澄み切った声に続き、これまた聞く者の耳を捕らえて離さない男性のパワフルヴォイスが大阪城公園に響き渡る。

 

「し、しまった! 私としたことが!」

「なんや!? どないしたんや!?」

「知事、急いで脱出を! 兄川です! 兄川高鳴がここに来ています!」

「なんやて!? どういうことや!?」

「ナーナ様は兄川高鳴とのデュエット曲も歌っているんです!」

「はぁ!? ってことはなんや、つまりこの曲は……」


 そう、御好身を応援する曲ではない。

 御好身を召し取りに来た兄川高鳴の戦いの曲である!!

 

「なんてこっちゃ! 確かに言われてみればこの声は兄川のもんや! どこや!? どこにおるんや!?」


 慌てて眼下の公園を見渡し、兄川の姿を探し始めるものの、いくら探してもその姿は見当たらない。

 しかし声はどんどん大きくなり、湖樹とともに力強く何度も「革命」をシャウトしている。

 

「知事、今はとにかく脱出を!」

「アホか! ワイかて大阪府知事、滋賀の田舎もんぐらいワイのたこ焼きで返り討ちにしたるわッ!」

「知事、兄川を舐めてはいけませぬ! 京都の八つ橋もそれで敗れました!」

「あんなのとワイを一緒にすんなや! ええい、どこや!? どこにおるんや、兄川高鳴!」

「知事、行けません。そんなに身を乗り出しては、どこからか知事目がけて鮒寿司が飛んでくるかもしれません!」

「あんなもん、ここまで届かへんわ! それより兄川の姿を見つけるんや! ワシのたこ焼き火の玉ストレートを食らわせたるッ!」


 言う通り、地の利は御好身側にある。兄川の姿さえ見付けることが出来れば、御好身はたこ焼きを天守閣から一方的に投げつけることが出来るだろう。

 

「くそう! なんでや!? 声は聞こえるのに兄川がどこにもおらへん!!」


 が、見つからない。見つけることが出来ない。

 気ばかりが焦って、御好身は手にしたたこ焼きを思わずぐしゃりと握りつぶしてしまう。指の間から蛸の足がにょきとはみ出した。

 

「ふっ。御好身蛸焼、一体どこを見ている!? 俺はここだ!」

「なっ!? その声は兄川! どこや!? どこにおる!? 姿を見せぇ!」

「上だよ、上。上を見てみろ!」

「上やと!? そんなアホな、ここは城の天守閣やぞ!? それよりも上なんて……ああっ!」


 御好身が空を見上げるのと、上空から落下してきた兄川が空中でパラシュートを外すのは同時であった。

 

「御好身蛸焼! 俺がお前をジャッジメントしてやる!」


 パラシュートの戒めから解かれた兄川は驚く御好身目がけて落下しながら、右手の超巨大鮒寿司を大きく振りかぶる。

 

「な、なにを……うげぼげぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?!?」


 そして御好身の口へ超巨大鮒寿司を突っ込むと同時に、大阪城の天守閣に見事な五点接地を決めてみせた。

 

「む、無念……」

「御好身蛸焼、召し取ったり!」


 どうっと倒れこむ御好身を背後に立ち上がる兄川。

 湖樹や兄川だけでなく、もはや観客たちも連呼する革命のシャウトは、今まさに最高潮に達したのであった。

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