第3話:誕生! 滋賀県京都市!!
時は戦国、波乱の時代……とは言えども令和の世の中、首を討って勝ち名乗りを上げるのはさすがに御法度である。
故にこの新たなる戦乱の時代、勝敗は郷土の銘菓や料理で敵を食い倒すことによって決することになった。
これは当時のラノベ作家の卵たちが受賞し晴れてプロになれた時、周囲の者たちへ焼肉を奢ったことに端を発する。
焼肉を奢ることで新人作家は「ついに俺はこいつらを蹴落としてプロになれたのだ」という高揚感に満たされ、一方焼肉を奢られた方はいっそう深い敗北感を抱きながら肉を食べたと言う。
これを利用し、合戦時に敵を食い倒れさせることを「召し上がれ」と「討ち取る」を合わせて「召し取る」と呼ぶようになったのであった。
「京都府知事・八つ橋旨麻呂、召し取ったり!」
戦場に響き渡る兄川の勝ち鬨によって勝敗は決した。
京都軍は総倒れとなり、食い倒れて失神した八つ橋を車に乗せて敗走。
しかし、来た道を戻ろうにも高速道路は一方通行であり、当然ながら下り線のインターチェンジは既に滋賀勢によって封鎖されていた。
そこで仕方なく一度岐阜に抜けて態勢を整えようとするも、これまた米原インターチェンジで岐阜方面を封鎖されており、仕方なく京都軍は北陸自動車道を北上。木之元インターチェンジで降りて琵琶湖の北をぐるりと回る形で京都への帰還を目指した。
ところがここにも滋賀軍の大隊が待ち構えており、総大将がいまだ気を失った状態ではこの包囲網を突破出来ないと判断した京都軍は車を捨て、徒歩による比良山脈越えを決行する。
そして冬の雪が降り積もる比良山脈をなんとか乗り越え京都の地へ辿り着いたものの、その時には既に比古が指揮を執る滋賀軍によって京都の街は制圧されていたのであった。
かくして京都府は京都市から南を滋賀に奪われ、府庁を舞鶴に移さざるを得ないという歴史上稀に見る大敗北を喫したのである。
「わっはっは! 大勝利じゃー!」
戦が終わって三日後、JR琵琶湖線にて堂々たる京都入りを果たした滋賀の県議員たちは旧京都府庁議事堂にて歓喜の雄たけびをあげた。
「いやー、まさか知事があのような大胆な作戦を考えていたとは!」
「だからワシは言ったんじゃ! 大津トンネルで迎撃しないのには何か理由があるはずじゃ、と」
「確かにあそこで戦をしても撃退するだけで終わったからのー」
「敵将の首だけでなく京都まで狙っておったとは思わなんだわ!」
「さすがは
正直なところ、あの時、彼らはヤケ酒を決め込む一歩手前であった。
そこへ比古が突如として声を張り上げ、知事からの下知を宣告。その内容を聞き、ここに至ってようやく兄川の意図を理解した議員たちは「滋賀の興亡、この一戦にあり!」と一致団結して事に当たり、各々に課せられた京都軍封鎖網の大役を見事に成し遂げてみせた。
八つ橋を倒したのは兄川ではあるが、その後に完全なる包囲網を敷き、京都を陥れたのはまさに滋賀の兵全員の手柄であった。
「さて京都を支配下においたとなれば、色々と名称なども変えねばならぬな!」
「うむ、まずは京滋バイパスであるが、ここは滋京バイパスと改めるべきであろう」
「京都タワーはどうする? 滋賀タワーは安直だろうか?」
「ふむ、だったら第二びわ湖タワーというのはどうじゃ!?」
「それだ!」
ドッと盛り上がる滋賀の議員たち。
ちなみにびわ湖タワーとは、かつて滋賀は堅田にあった遊園地の名称である。
勿論、その名の通り塔もあったが、京都タワーのような知名度はまるでない。
なのに京都タワーを第二びわ湖タワーに改名しようなどとは、いかに彼らが浮かれているかがよく分かるであろう。
他にも「京都アニメーションもこれを機に琵琶湖アニメーションに変えてもらおう」だの「京セラも近江セラへの変更が望ましい」だのと言いたい放題である。
「皆さん、お静かにポコ。兄川知事のお越しポコよ」
そんな浮ついた空気は、知事秘書と言えどもまだ若いタヌ子如きでは抑えられるものではない。
静かにと言ったにもかかわらず、皆は逆に「おおーっ!」と歓声をあげると、議場へ兄川が姿を現すやいなや「あっにかわ! あっにかわ!」と兄川コールを挙げて迎え入れた。
もっともこれには兄川もまた満面の笑みを浮かべ、手を振って応える。
さすがはロックミュージシャンであり、戦場ではその歌声で味方を鼓舞し、様々な祭りでは観客を大いに盛り上がらせてきた兄川だ。その華のある振る舞いは実に堂に入ったもの、やもすればこのまま一曲披露しかねない雰囲気である。
「皆、静かに」
が、壇上に立つと、兄川はマイクを使わずともよく通る声で命令した。
たちまちそれまでの歓声がウソのように静まり返り、議員たちはビシっと背筋を伸ばして拝聴する。浮ついた空気感が元旦の朝のような鮮烈なものへと変わった。
「この度は皆よくやってくれた」
「ははーっ!」
労いの言葉に議員たちは一同平伏して頭を下げた。
「皆の働きにより、我らは京都を手に入れた」
「おおっ!」
「本日より京都市は滋賀県京都市となる!!!」
兄川の宣言に本日一番の大歓声が、議事堂のみならず府庁の建物すらも揺るがした。
これまで京都に蔑視され虐げられてきた滋賀県、それがまさか京都を支配下に置くなんて日が来るとは誰ひとりとして夢にも思わなかっただろう。
ただひとり、そう、兄川高鳴を除いては。
「また今回の併合により、京都南部を流れる宇治川を瀬田川に改名することとする」
「なんと!」
「それがあったか!」
どよめき、思わず感嘆の声をあげる議員たち。
唐突だが皆さんはご存じだろうか? 琵琶湖から流れ出る唯一の河川・瀬田川のことを。
瀬田川なんて聞いたことがない、それどころかその名前を聞いてもどこの県を流れる川なのか分からないって人は存外に多いのではないだろうか。
が、宇治川と聞けば京都の川だとなんとなく分かるだろう。宇治抹茶、宇治金時……宇治という言葉に我々は京都を想像するものだ。
しかし、この二つの河川は実は同じものなのである。
滋賀県は瀬田の地から流れ出る瀬田川。ところが何故かこれが京都に入ると宇治川へと名を変えるのだ。
意味が分からない。瀬田川は瀬田川だろ、それがどうして宇治川になる?
あまり表だって話になることはないが、滋賀県民の多くがこのことに不満を持っているのは間違いない。
そんな県民の気持ちを思いやって何よりもまず最初に宇治川を瀬田川に改名するとは、さすがは兄川高鳴である。
「さすがは知事! それは良きアイデアでございまする!」
「民も大喜びすることでございましょう!」
いきなり飛び出した宇治川の改名に議員たちの期待感はさらに高まった。
先ほどまでやれ滋京バイパスだの第二びわ湖タワーだの琵琶湖アニメーションだのと騒いでいたが、もしやすると知事はもっととんでもない改変まで行うつもりなのかもしれない。
それこそ京都の小学生にも、滋賀県独自の体験学習・びわ湖フローティングスクール(「うみのこ」と命名された船に乗って琵琶湖を一周する体験イベント。これを経験することで滋賀の子供は滋賀県民としての誇りを得て、琵琶湖に永遠の忠誠を誓うのである)を導入する腹かもしれなかった。
「次に今後京都市民が滋賀県民を侮辱した場合は厳罰を課すこととする」
だが、そこは早くも名君と名高い兄川高鳴、決して先走ったりはしない。
今は肝要な部分を押さえるのが大切であるとばかりに、続いて新たな県令を口にした。
「おおおおおおおおっ!!!!」
今日何度目か分からぬ歓声を上げる議員たちの中には感動のあまり涙する者まで現れる。
「やった……ついに俺たちはやったんだなぁ……これでもう京都の奴らに滋賀作と馬鹿にされずにすむ」
「ああ、学生時代、滋賀県民だとバレて京都の女の子たちに白い目で見られた合コンの苦い思い出を抱えて俺たちはここまでやってきた。その負の遺産をついに俺たちの代で断ち切ることが出来たんだ!」
滋賀県民なら誰しもが経験したことのある京都府民からの屈辱、それからついに解放される日が来た感動に打ち震える議員たち。
「なお滋賀県民が京都市民を貶めた場合も同様とする」
「……は?」
しかし次に兄川が発した言葉が、盛り上がる議員たちに冷や水を浴びせた。
「な!? 何をおっしゃいますか、知事! どうして我ら滋賀県民まで罰せられなくてはなりませぬ!?」
「そうですぞ! 我らはこれまで不当に虐げられてきました。次は京都市民が」
「ならぬ!!」
歓声をたちまちブーイングに変えた議員たちを兄川が一喝した。
「確かに我らはこれまで京都の連中から酷い扱いを受けてきた。が、それを我らが真似てどうする? 我らは誇り高き滋賀県民、他人を侮辱することなど決して許されるものではない!」
「そ、それはそうですが……」
「よいか、我らはこれを機に新たな関係を作るのだ。滋賀県民も京都市民もお互いを尊重し、共に手を取り合って歩む歴史を始めるのだ!」
「そんなことが本当に出来ると……」
「出来る! 我らならば出来る! 琵琶湖の如き広い心を持つ我ら滋賀県民を信じよッ!」
信じよと言われても、俄かには信じられないものではある。
が、そこは滋賀県民、何よりも愛する琵琶湖を喩えに出されては信じるしかなかった。
「それに我が革命はまだ始まったばかり。
「なんと! 滋賀を京都から解放したばかりか、支配下に置いたというのに、まだ始まったばかりですと!?」
「一体、知事は何を目指されておるのだ?」
「ま、まさかさらに西へ進む、と!?」」
京都のさらに西にあるもの……それは言わずもがな天下の台所・大阪!!
京都者に馬鹿にされても「琵琶湖の水止めんぞ!」と反撃する滋賀県民ではあるが、あまりにも格が違いすぎて貶されてもへらへら笑いへつらう事しか出来ない存在、それが大阪!!!!
「なんてことだ、知事の野望はかくも大きなものであったとは……」
誰もが唖然とする中、しかし、兄川の視線は大阪ではなく、その先――尼崎に向けられていた。
次回、兄川高鳴、尼崎を秘密訪問!
その地で待つ者たちとは!?
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