第2話:ゲリラ吹雪
同日午後二時。
でっぷりと太った京都府知事・
これほどの規模であるが、ここまでさほど大きな渋滞にはなっていない。
何故ならパレードには一番左の第一走行車線のみを利用しているからだ。一般車両は第二走行車線と追い越し車線を使っていただくことで、渋滞を緩和している。
が、同じ一般車両であっても
ゲジナンはパレードの追い越し禁止、また、先行する場合はパレードが通り過ぎるまで路肩に駐車。そして
「ほーれほれ、京の雅なお菓子・おたべでごじゃるよ。滋賀作ども、拾うでごじゃるー」
パレードの車から投げられる、京都銘菓おたべの施しを受けるのである。
「ありがとうごぜえます。ありがとうごぜえますー」
「うおおおー! こんな美味しいもの、オラ、初めて食べましただー」
「八つ橋様万歳! ばんざーい!!」
路肩に停めた車から飛び出して、我先にとおたべへと手を伸ばす滋賀県民たち。
誰もが感謝の言葉を述べ、あまりの甘美に咽び泣き、首を垂れてパレードを見送る。
その光景に八つ橋は満足げに頷くと、さらに掌いっぱいのおたべを宙へ放り投げた。
「ほっほっほ。やはり滋賀県民はこうでなくてはのー」
「まったくでございます。所詮は我ら京都の施しが無くては生きていけぬ連中、そんな滋賀が我らを差し置いて目立とうなどとは言語道断でございますナァ」
「それにしても兄川高鳴の情けないこと。あれだけ大口を叩いておきながら結局何も出来ぬまま我らを通してしまうとは」
「しかしそれも無理はありますまい。この八つ橋卿のご威光を前にして滋賀作など何も出来ますまいからナァ」
おーほっほと高笑いする八つ橋御一行。パレード最大の難関であった滋賀を難なく越えたと、この時の彼らは信じてやまなかった。
しかし、すでにこの時、彼らの目指す方向には暗雲が立ち込めていた。
「ぬおー、一体なんでごじゃるか、これは!?」
多賀サービスエリアを越えたあたりから俄かに雲行きが怪しくなって雪がちらついてきたかと思うと、ほんの少し進んだだけで一行は猛烈な吹雪に襲われた。
「申し上げます。どうやら地元の民によりますとこの時期は
「ホワイトブレスとな!? そんなもの聞いておらぬぞ!」
「普段はわざわざ滋賀などに来ませぬからナァ」
「ええい、そんなことはどうでもいいでごじゃる。寒いから早く帆を出すでごじゃるよ」
もちろん、長いパレードの道中には雨や雪に襲われることも想定している。故にオープンカーは全てメタルトップのものを用意した。
これで寒さを凌げる。が、こうも吹雪くとパレードは一時中断をせざるを得まい。
まったく忌々しい滋賀めと八つ橋が苦虫を噛みしめたように表情を歪ませていると……。
「た、大変でございます! 滋賀が! 滋賀がこの吹雪を利用してパレードの後方から奇襲をかけてまいりました!」
「なんじゃと!?」
「して敵の数は!?」
「視界が悪く正確には確認できておりません。が、かなりの数かと」
「どうしてそれほどの大軍の接近に気付かなんだ!?」
「それがどうやら一般民に扮していたようでして」
「まさか、道中で麻呂たちが施した連中が……?」
「さ、左様かと思われます」
なんたることか。
あまりの腹立たしさに八つ橋は手にしていたおたべをぎゅっと握りつぶした。
手が粒あんで汚れるのを見てお供の者が慌ててハンカチで拭こうとするも、八つ橋は振りほどいて怒りを露わにする。
「ええい! いくら隙を突かれたと言えども所詮は滋賀作、我らの敵ではない! とっとと蹴散らせい!」
「間違っても八つ橋卿へ近づけてはならぬぞ!」
激怒する八つ橋を見て、慌てて高官たちが指示を飛ばした。
とにかくここは時間を稼ぎ、今のうちに八つ橋を安全なところへ避難させるべきである。
「ささ、八つ橋卿、ここはお供の連中に任せて我らは先へ進みましょうぞ。岐阜まで抜ければ滋賀とて手出しは出来ますまい」
「むぅ、腹立たしいでごじゃるがここはそうするしか……ん、なんじゃ?」
「どうなされましたか?」
「エンジン音が聞こえるでごじゃる……誰かがこの吹雪の中、猛烈なスピードでこちらに近づいてくるでごじゃるぞ!」
言われて耳を澄ませてみれば、確かに聞こえる、ごうごうと吹雪く音に紛れて唸りを上げるV8エンジンサウンドが。
一般客に迷惑を掛けぬよう、追い越し車線は空けてある。が、それにしてもこの視界の悪いゲリラ吹雪、路面も雪で滑りやすくなっているというのに、なんて命知らずだろう。
音が近づいてくるにつれてスリップでもされて事故に巻き込まれたら堪らんと不安を募らせる八つ橋たち。
すると案の定、近づいてきた白いポルシェカイエンターボが八つ橋たちの目前でグリップを失い、車体を大きく横へ滑らせた!
「ひええええっ!?」
堪らず高官たちが悲鳴をあげる。
が、八つ橋はその視界に飛び込んできた男の顔に、悲鳴も忘れて思わず目を見開いた。
横滑りする車の中、落ち着いた様子で助手席に座り、胸の前で両腕を組む男……。
新安土城なんてものを作り、滋賀県から変えると大ボラをふく生意気な滋賀作……。
この男さえ出てこなければ金の茶室など作る必要なんてなかった。こんなパレードだってしなくて済んだ。滋賀は京都の属国で、京都は優雅にこれまで通りこの世の春を謳歌すればよかったのだ!
「やはり出てきたでごじゃるか、兄川高鳴ィィィィィ!!」
わずか数センチというギリギリのところを掠めて通り過ぎる車体に八つ橋が吠える。
一方、一見制御不能に陥ったかと見せかけて実のところは見事なドライビングテクニックで完璧に車体をコントロールしていた紫香楽タヌ子が八つ橋たちのオープンカーから十数メートル離れた所へポルシェを停めると、中から涼しい顔をした兄川が出てきた。
「おやおや、こんなところで出会えるとは奇遇ですな、八つ橋卿。卿はてっきり新名神を使って我が滋賀から隠れるようにそそくさと出て行かれるとばかり思ってましたが」
「隠れてそそくさとはなんたる言いぶりでごじゃるか! 麻呂は!」
「ああ、あんたは俺たちに自分の威信を見せつけたかった。滋賀をほとんど通らず三重へとっとと抜ける新名神ではなく、琵琶湖を北上する名神高速道を敢えて通ることで、滋賀県など所詮は京都の属国だと知らしめたかった!」
そう、兄川が敢えて大津トンネルで襲わなかったのは、そんな八つ橋の傲りを引き出すためであった。
加えて滋賀のことなんて何も知らない八つ橋がこの季節特有の
「だが、それが命取りとなったな、八つ橋旨麻呂!!」
「お、おのれ、滋賀の田舎者のくせにさっきから口が過ぎるでごじゃるぞ!」
「ふん、魂まで凍り付るほど怯えながら、今もなお滋賀の田舎者とかどうのこうのぬかすか! かかってこいよ! 決着をつけようぜ!」
もはや知事同士の一騎打ちは避けられない。ふたりはじわりじわりと距離を測りながら移動し始めた。
相変わらず強烈な横なぐりの雪が吹く中、唾を飲み込むことすらも憚れるジリジリとした緊張感が辺りを包み込む。
「愚かなり、兄川高鳴!」
突然、八つ橋が大声をあげた。
「風下に立ったのがおぬしの敗因でごじゃる!」
さすがは観光大国・京都の知事、移動しながら八つ橋は抜かりなく地の利を狙っていた。
懐から大量のおたべを取り出す八つ橋。するとそれをマシンガンの如く投げつけてきた!
八つ橋の必殺技『おたべマシンガン』である。この技で八つ橋は数々の政敵を打ち倒してきた。
しかも猛吹雪と相まってその投擲スピードは従来の二倍近くなり、次々と兄川へ襲い掛かる!!
「ふん!」
が、そのおたべを易々と兄川は躱してみせた。
「な!? 麻呂のおたべマシンガンを全て躱したでごじゃるとォォォ!?」
「愚かなのは八つ橋、貴様の方だ」
「ど、どういうことでごじゃるか!?」
「風向きを意識してたのはお前だけじゃない。俺だってそうだ。風下、すなわち逆風とは俺の
猛吹雪に晒されて、兄川の服がバサバサと大きくはためく。
しかし、その一方で驚くことに逆風の中を兄川のマフラーがまるで触手の如き動きでしゅるしゅると八つ橋へと迫り、その手へ絡みついた!
「うおっ!?」
マフラーに引っ張られて、なすすべなく兄川の元へと手繰り寄せられる八つ橋。
そしてその口へ。
「さぁ、これでも喰らえ!」
その口へ叩き込まれるのは滋賀県名物・
塩漬けした琵琶湖産ニゴロブナを炊いたご飯に重ね漬けて自然発酵させた最古の寿司である。
酒の肴に最高と呑んべぇには喜ばれるが
「臭い! 臭いでごじゃる!」
その通り、くさやの干物と同じくらいとても臭い!
通はその臭いがいいと言うのだが、慣れないと腐っていると勘違いするほどだ。
ちなみに兄川はこの臭さの影響を受けない。
兄川の身体全体を彼の特殊能力・
「わははははは! 喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえぇぇぇぇぇぇいいィィィ!!!!!」
しかしそんな能力を持ち得ない八つ橋の口へ、お構いなしに次々と兄川が鮒寿司をぶちこみまくる。
これぞ兄川の必殺技『喰らえ! 国家統一イナズマ鮒寿司』!!
無数の鮒寿司を食らわされて気を失わない者などいない!!
「う……うう……滋賀の田舎者にこの麻呂が……無念」
それはたとえ京都府知事とて変わらなかった。
八つ橋はついに失神し、ぐたりとその醜く太った巨体を兄川に預ける。
「京都府知事・八つ橋旨麻呂、召し取ったり!」
ごうごうと吹雪く中、兄川の声が戦場に響き渡る。
滋賀が京都を倒す、まさに歴史的な瞬間であった。
☆ 作者より ☆
お読みいただきありがとうございます。
明日からは通常通り一日一話、お昼の11時半に公開いたしますので、よろしければお付き合いください。
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